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永遠の謎

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133部分:第九話 悲しい者の国その六


第九話 悲しい者の国その六

「やはりトリスタン、いえ私の作品はです」
「はい、オーケストラの規模や歌を考えますと」
「大きな舞台の方がいいですね」
「そう思っていました」
 ワーグナーも考えをあらためたというのである。己の芸術に絶対の自信を持ち完璧主義者である彼だがそれでもここはなのだった。
「それで私は」
「陛下のお目はかなりのものです」
 また言うワーグナーだった。
「まさに私の芸術をです」
「はい、貴方の芸術のことならばです」
 王も微笑んで応える。
「私は。心で」
「頭でわかるのではなくですね」
「頭で、です」
 それでだというのであった。彼がワーグナーを理解するのは。
「ですから。私は」
「はい、それでは」
 こうしてであった。彼等は舞台の話を進めていく。ワーグナーはここで歌手の話をした。オペラならば歌手がいなくては話にならない。
「それで歌手ですが」
「遂にですね」
「はい、トリスタンとイゾルデ、二人共です」
 見つけたというのである。
「遂に来てくれました」
「見つからなくそれで延期にもなりましたが」
「それがやっとです」
 こう話すのだった。
「やっと来てくれました」
「それは夫婦でしたね」
「はい、カルロスフェルト夫妻です」
 また答えるワーグナーだった。
「あの夫婦ならば必ず」
「トリスタンとイゾルデを歌えますね」
「特に夫のトリスタンはです」
 いけるというのである。
「間違いなく果たしてくれます」
「あの歌手は貴方の贔屓の歌手でしたね」
「はい、かつてローエングリンも歌っていました」
 そうだったというのである。
「その彼ならばです」
「あの難しい役を」
「トリスタンは確かに難しい役です」
 それはかなりのものだというのである。そのトリスタンを創り出したワーグナー自身だからこそわかっていることだった。その難しさを。
「ですが必ずです」
「期待しています」
「演出も私がします」
「貴方がですね」
「私の作品のことは私が最もわかっていますので」
 それでだというのであった。
「だからこそ」
「ではそれも期待しています」
「そして指揮者は」
 話が進んでいく。オーケストラを指揮する者についてもだった。
「ビューローでどうでしょうか」
「彼ですね」
「はい、彼です」
 だが、だった。その名を聞いてだった。周囲は思わず顔を顰めさせてしまった。
「まさか」
「自分の弟子というだけではないではないか」
 そうした縁故等で人を選ぶワーグナーではない。ワーグナーはそれよりもその能力で選ぶ。これもまた彼の完ぺき主義故のことである。
「そのビューロー氏といえば」
「その妻を」
「その人物をか」
「何という人選だ」
 ワーグナーのあまりもの図太さにだ。誰もが唖然となっていたのである。
 そしてだ。誰もが言うのであった。
「陛下もお気付きの筈だが」
「それでもか」
「よいと仰るのか」
「どうなのだ、それは」
 皆王も注視する。するとだった。
 
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