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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第75話『終戦』

静寂が訪れる。猛り狂っていた竜も、今はその息の根を止められた。訪れるはずだった世界の終焉も、もう足音も聴こえない。
紅く照り輝いていたはずの月は、いつの間にか黄金の輝きを放っていた。

戦いは──終わったのだ。



「……はぁっ!」ドサッ


大きく息をついて座り込んだのは一真。今やもう、竜殺しの黒い刀は持っていない。肩で息をしながら、彼は眼前の絶命したイグニスを眺めている。


「俺が…やったんだな」


世界を救うという快挙の成し遂げたにも拘らず、湧いてくるはずの達成感も、今は安堵と疲労に押し潰された。もう立ち上がる気力さえもない。


「長かった、な……」


思い起こすと、この時の為に一体何年掛かっただろうか。九年間という義務教育と同等の時間。この世界でその時間を過ごして、果たして自分は何かを得たのだろうか。表世界ではなく裏世界で、自分は何を──


「・・・そんなの、わかんねぇよ」


わからない。結局、未来なんて誰にも読むことはできないのだから。裏世界が表世界以上につまらない可能性だってあった。それでも、選んだことを後悔だけはしていない。



なぜなら──この上ないくらいに、楽しかったから。






「部長、副部長、大丈夫なんですかその怪我!?」

「大丈夫もクソもあるか。完全に機能停止してるんだよ入院もんだよ。死ぬかと思ったわ」

「私も油断してたわ。まさかお腹が捌かれる日が来るなんて…」

「げ、元気そうでなによりです」


晴登は愛想笑いを浮かべながら、現状を把握していく。

まず大事なことは、戦争が終結したこと。もう次の戦争も起こることはない完全な終戦だ。イグニスも、それを狙う魔王も もう存在しない。多大な犠牲を経てこの世界は、晴れて平和となったのだ。

次に、被害について。今回の戦争は山中だけという、極めて小規模と言えるだろう。だが、こちらの被害はよろしくない。何せ先の会話の通り、終夜の左腕は壊死に近い状態であり、緋翼の腹部の傷も浅くはなかった。常人であればそう有り得ない怪我を彼らは負っているのだ。加えて、伸太郎は依然として昏睡している。晴登や結月、一真の怪我はほぼ無いと言えるが、魔力の消費で疲労が溜まっていた。


「死者が出なかったのが唯一の救い、か……大したもんじゃ、アンタら。儂の目に狂いは無かったようじゃの」


豊満な胸を張って得意気な様子の婆や。怪我こそあったものの、死ななかったのは喜ばしいことである。もちろん彼女の尽力無くして、こんな結末は有り得なかっただろう。これで、彼女の仲間が浮かばれると良いのだが。


「・・・じゃあ俺たちの役目は終わりですか?」

「そうなるな。色々すまんかったの」

「もう終わったことですし、いいですよ。良い経験と思えば」


終夜がぶっきらぼうに言った。そこには、初めて婆やと話した時ほどの棘は無い。魔王軍との戦争を通して、何か感じることがあったのだろうか。尤も、それは晴登には知りえないことなのだが。


「ちなみに、どうやって帰るんですか?」

「そこは儂に任せよ。心配せずともよい。それよりも・・・」


言葉を途中で止めて、婆やは振り返る。その視線の先には一真が映っていた。


「お前は、どうするんじゃ?」

「……」


短い問いだが、一真にとっては重く苦しい決断となるだろう。すなわち、「裏世界に留まるか、表世界に帰るか」だ。
そも、彼が住む世界はここではない。そして、彼がこの世界に居る理由も もはや無い。それでも彼にそう訊くのは、彼があまりにもこの世界に留まってしまったからだ。


「お前がここに来て随分と経ってしまったが、今一度ハッキリせねばなるまい。お前の答えを聞かせておくれ」

「俺、は・・・」


浮かない表情のまま、口を動かす一真。しかし、中々その先を言い出せずにいる。晴登たちには、ただその様子を眺めることしかできない。



「俺は・・・ここに残る。どうせ、戻ったところで何もねぇんだ」



それが、一真の決断だった。これに反論を上げる者はいない。何せ彼が決めたのだ。むしろ口出しする方が野暮というもの。


「……そうか。では、彼らを元の世界に帰すとしよう」ヴン


そう言うと、婆やはすぐさま魔法陣を立ち上げる。展開が早い気もするが、長居する理由もない。晴登たちは静かにその陣に入った。

これで、長かった戦いがようやく終わりを告げる。正直、異世界はもう懲り懲りだ。日常とかけ離れすぎていて、異常に疲労が溜まってしまう。帰ったら、皆とワイワイ楽しい日常を送りたい。

──おっと、そういえば言い忘れていた。



「一真さん」

「うん?」

「結月を助けてくれたこと、感謝してます。俺は、この世界で一真さんに会えて本当に良かったです。すごく頼れる存在でした」

「……っ」


晴登が本心からの言葉を伝えると、一真は一瞬だけ驚いた表情をした後、安心したように微笑んだ。その瞳には小さな光が見える。


「あぁ、あぁ。俺もお前らに会えて良かったよ。俺の分まで、向こうの世界で頑張ってくれよ」

「…そんな寂しいことを言わないで下さいよ。一真さんも、頑張って下さい」

「けっ、最後まで言ってくれるじゃねぇか」ハハハ


一真は目元を拭うと、快活に笑った。そして満面の笑みを浮かべたまま、彼は親指を立てる。


「じゃあな。また会えた時はよろしくな」

「はい! 二人とも、ありがとうございました!」


そう言った瞬間、徐々に魔法陣の光が増し、次第に晴登たちの意識は遠い彼方へと消えた。






魔法陣が消えた途端、辺りは森らしい本来の静寂を取り戻す。だが余韻に浸る彼らにとって、むしろそれはありがたかった。


「…行っちまったか」

「アンタ、ホントにいいのかい?」

「いいんだよ。俺はこの世界が好きなんだ。これから、失ったものを取り戻さなきゃならねぇ」


長年続いた戦争による損害は決して少なくはない。それでもこの世界が好きだからこそ、それを取り戻して、また皆で笑い合う。それが一真の望みだった。


「は、あの弱っちいガキがここまで言うようになったか。人間変わるもんじゃな」

「だーかーらー、その話は無しって言ってるだろぉ!」


復興を図る二人の様子を、黄金の満月と満点の夜空が静かに見下ろしていた。






「う…ん」


まるで長い旅を終えたかのような倦怠感と共に、晴登は目を覚ました。そしてやけに固い寝心地、すなわち地面の上で寝ていたことを悟った瞬間、汚れも気にせず急いで起き上がる。


「あれ、ここって…」


まだ夜なのか辺りは暗く、鬱蒼と木が林立して似たような景色が一面に広がっているが、見覚えは一応ある。そう、ここは肝試しに入った森の中だった。つまり、


「帰ってきたのか……」


異世界からの回帰を体験するのはこれで二度目だが、やはりこの倦怠感は慣れるものではない。身体の傷や汚れも、今や地面で寝ていたが故の土埃のみ。

『異世界での事象は現実世界に干渉しない』

この不思議な感覚も調子を狂わせる要因の一つだ。


「んん…」

「っ!」バッ


ふと背後から掠れるような声が聴こえ、慌てて振り向く。
するとそこには、土の上で眠る結月の姿があった。いや、それだけではない。見渡せば、肝試しを行った魔術部部員全員の姿があった。


「う……あ、ここは…?」

「森の中です、部長。俺たち帰ってきたんです」

「帰ってきた……あぁ、なるほど。そういうことか。うぅ、何かまだ頭がクラクラする…」


終夜は頭を抑えながら呟いた。確かに、初めてでこの感覚はキツいものがある。歴戦の猛者気取りだが、晴登とて慣れた訳ではない。


「とりあえず、森の外に出ませんか?」

「…あぁ。一度整理しねぇとな」


晴登と終夜は全員を起こし、何とか森の外へと抜け出した。





「・・・あれだけ時間が経ったのに、こっちの世界ではまだ夜だなんて、不思議な感覚ね」

「あぁ全くだ。三浦の気持ちがようやく理解できた」

「あと、傷が治ってるのも不思議」

「不思議ばっかだな、異世界って」


山の頂上には及ばないが、空には綺麗な星空が浮かんでいる。近くの時計台を見ると、時刻は21時を示していた。なんと、出発からはまだ1時間しか経っていない。
そんな不思議な状況に見舞われ、緋翼と終夜が口々に感想を言い合う中、晴登はある人物の元へと向かう。


「…三浦」

「体調はどう、暁君?」

「魔力切れでぶっ倒れて、気がつきゃここに戻ってたけど、別に悪くはない」

「やっぱり、あの爆発は暁君だったんだね」

「…あぁするしかなかったんだ。勝つためには」


力なく返事を返す伸太郎。いくら怪我は無かったことになるとはいえ、体力を使い果たした倦怠感からは逃れられないようだ。それに、彼は終夜に使うなと言われた爆破を使っている。その責任を感じてもいるのだろう。


「暁君は悪くないよ。結果論に聞こえるだろうけど」

「…いや、それでもそう言ってくれるとありがてぇ。悪いな、三浦」

「別に謝らなくたって」


まだ表情に曇りが残っているように見えるが、先程よりはマシだ。晴登はこれ以上の励ましは必要ないと察し、今度は結月の元へと向かう。


「怪我は無い・・・よな、結月?」

「あ、ハルト。もちろん、平気だよ!」


月夜に向かって伸びをしていた結月は、晴登の呼びかけに振り返ると、屈託のない笑みを浮かべた。

──あぁこれだ。良かった、取り戻せて。

晴登はその喜びを胸の中に仕舞い、再び結月に話しかける。


「ごめんな、危険な目に遭わせて」

「気にしないでよ。それに、ハルトが助けに来てくれるって信じてたから」ニッ

「っ…!」


純真無垢なその笑顔に、晴登は気恥しさを感じて顔を背けてしまう。ここまで堂々と言われると、心のどこかがむず痒くなるのだ。でも、上手く言葉では表せそうにない。


「おいおい、帰って早々イチャイチャか? お熱いねー全く」

「ホント。いい加減くっついちゃえば?」

「ちょ、何言ってるんですか!」


終夜と緋翼にからかわれ、晴登は顔を紅くしながら反論する。しかしそれは彼らの思うツボらしく、笑って一蹴された。
今まで考えないようにしていたが、やはり同棲している以上、結月とは友達以上の関係であることに相違ないのだ。しかし、結月の好意は理解しているつもりだが、それにどう応えればいいのかはわからない。だからこうして、よくわからないままの関係を引きずっている。


「あ、そういえば」


ふと、その一言で晴登の思考は途切れる。声を発したのは二年生の北上だ。彼は何かを思い出したかのように、手をポンと打っている。


「くっつくと言えば、俺ら的には部長と副部長もどうかなーって。だってあの時・・・」

「「……」」キッ

「あ、いや、はい、何でもありません…」


北上が何かを言おうとすると、終夜と緋翼は鋭い目を向けて制す。一体何の話だろうか。先が気になる晴登だが、詮索すればただでは済まなそうだ。大人しく引き下がろう。


「とりあえず、今日はここで解散だ。もう夜も遅い。さっさと帰れ。今すぐ帰れ」

「「は、はい!」」


終夜が急かすようにそう促すので、晴登は結月を連れて帰路についた。見上げると、月が眩しいくらいに輝いていた。






「はぁ……」


家に戻り、両親に帰りが遅くなったことの適当な言い訳をして、晴登はベッドに倒れた。身体に残る倦怠感は未だ抜けず、横になればすぐにでも寝れそうな気がする。

そんな時、ふとドアをノックする音が聴こえた。


「…あれ、結月? どうした?」ガチャ

「……」


もう夜もふけ、電気を消していよいよ寝ようとした晴登の元に訪れたのは、どこか浮かない表情の結月だった。彼女は晴登の問いに何も答えず、そのまま部屋に入りおもむろに晴登をベッドに押し倒す。


「えっ、ちょ、結月!?」

「……ハルト」

「な、なに…?」


急展開に焦る晴登をよそに、結月は晴登の胸に頭を埋める。そしてか細い声で、縋るように晴登の名を呼んだ。
暗闇の中で、目の前のヒンヤリとしていてもどこか仄かに温かい結月の体温を全身で感じながら、晴登は何を言われるのかと心の中で身構える。


「──今日は一緒に寝て」

「え、何で…」

「お願い」

「……わかった」


その雰囲気はいつもの軽いノリとは違う。声のトーンの低さからしてそれがわかった。そう察した晴登は結月を邪険に扱うこともできず、仕方なく彼女の言いなりになる。


「──」


互いに無言の時間が続く。その間も晴登の心臓は騒がしく鳴り響いた。ただその一方で、結月の身体が僅かだが震えているのを感じる。


「……ハルト」

「なに…?」

「あのね……怖かった。すごく、怖かったよ」

「結月……」


今にも消え入りそうな結月の声。その声色からは言葉通りの恐怖を感じ取れた。みんなの前では弱った様子を見せなかった結月だが、やはり拉致されたことが怖かったのだろう。


「もしかしたら、ボクここで死ぬのかなって。そう思うと、ホントに怖かった。ハルトが助けに来てくれるって信じてたたけど、それでも怖かった。もし、もし・・・」


それ以上先を、結月が言うことはない。同時に晴登は己の弱さを悔いた。


──あの時、自分が結月を守れてさえいれば。あるいはすぐに取り戻せば、彼女をここまで悲しませることもなかった。


「……ごめん」ギュッ


「…!」

「今の俺にしてやれるのはこれくらいだけど、でもいつか、俺は結月を守れるくらいに強くなる」


晴登は左手を結月の背中に回して抱き締め、右手でサラサラの銀髪を撫でながら、そう宣言した。それは、晴登の嘘偽りのない本心のものだ。ただ、


「・・・やっぱり、言っといて恥ずかしいなこれ…」

「ううん、かっこいいよハルト」ギュ-

「ちょ、苦しい結月!?」


「──ちゃんとボクを守ってよ、ハルト」


暗闇の中でも、その笑顔だけは確かに、確かに見えた。


──当たり前だ。もう二度と、怖い目になんて遭わせない。


「あぁ。それが、俺の"日常"だからな」


強い決意と仄かな温もりを胸に、晴登と結月はそのまま眠りについた。

 
 

 
後書き
大幅に更新遅れて申し訳ありません。ただ、これにて肝試し編は完結となります。果たして、肝試し要素はどこにあったのか。それは自分でもわかりません(焦)

そしてここで少々残念なお知らせです。
今回の話を持って、今後の更新を不定期とさせて頂きます。理由は端的に言って、受験を見据えているからです。
もちろん、受験さえ終われば帰ってくる予定ですし、そもそも不定期なだけでたまーに更新はするつもりです。ただ、そういうことになるということを皆様に把握して頂きたく思います。
・・・アレです。アニメの1期が終わったーみたいな、そんな風に考えてください。2期はいずれ来ます。

という訳で、今まで読んで下さった方には大変申し訳なく思います。ですので最後くらいは晴登にカッコつけて貰おうと考えて、今回の話を書きました。惚れてまうやろ←

・・・さて、長々とすみませんでした。伝えたいことは一つです、今までありがとうございました! 次回は遠い先でしょうが、また会いましょう。では!





ち な み に

次回はキャラ紹介なので、そう遠くない内に更新します← 
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