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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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34話:春の終わり

宇宙歴767年 帝国歴458年 2月下旬
フェザーン自治領 RC社所有の邸宅
ザイトリッツ・フォン・ルントシュテット

好きなように過ごせたフェザーンの日々も、終わりが近くなっていた。俺は邸宅を拠点にしながら、商科大学の聴講生をしたり、図書館や独立商人から集めた情報を分析したり、フェザーン国籍の投資会社を設立したりと、やりたかった事を歯止めなく行う日々を過ごした。
正直、帝国にもどって軍人としてのキャリアを重ねるのを辞めようかと本気で考えたが、今更な話だ。ある意味、青春というか、軍部系貴族の一員として生きる前に楽しい思い出が作れたと思うことにした。

青春と言えば、21歳は前世で言うと新卒世代だ。お金が使えるようになり、大人の遊びを経験する時期でもある。俺は酸いも甘いも知っていたが、乳兄弟のパトリックは初めての経験だった。まあ、この時期に若気の至りで失態を晒して、悪い大人に酒の肴にされるのはよくあることだが、まさかフランツ教官まで凡ミスをするとは思わなかった。嫁に知られる訳にはいかないので、3人だけの秘密とした。パトリックも若気の至りの件があったので、秘密は守られるだろう。
俺の持論だが、若いうちにそれなりに遊んでおいた方が、そういう耐性ができると思っている。身を持ち崩す要因のほとんどは酒・金・女性の3つだ。ビジネスの面でも当てにしている2人に、良い経験をさせられたと思っている。
俺はもちろんクラブの蝶たちとビジネスライクな逢瀬を楽しませてもらった。それなりの金額を使っていたから、俺の帰国はフェザーンの歓楽街の皆様にとってはかなり痛いらしい。ビジネスライクを踏み越えた残留工作が繰り広げられたが、そこはきっぱりとお断りさせてもらった。

人によると思うが、俺の場合は巨額の資金を動かして巨額の利益を出すことが一番満たされる。承認要求が満たされるというか、快感なわけだ。それが権力を得る事だったり、階級を得る事だったり、名声を勝ちとることだったりする訳だ。一番欲しいものが明確だから、ぶれずに済む一方で、ほかの物では幸福感を得にくくなるからまあ、一長一短なんだろうな。

さて、話を戻すと形式上の挨拶回りはもう済ませたので、今後も深い関係を続ける相手との挨拶にこれから向かう。地上車で邸宅を出て、最初の目的地は中心街に近いホテル・シャングリラだ。別に愛人に会う訳ではない。ロビーを通り抜けてエレベータに乗り込み、7階のボタンを押す。ドアが開くと11号室にノックを4回して入る。まあ、符合の様なものだ。

「わざわざお時間を頂きありがとうございます。それにしても、もう帝国へお戻りになられるとは、残念です。」

部屋に先着していたのは、ワレンコフ補佐官だ。彼にはフェザーン国籍で設立した投資会社の顧問をお願いしている。

「お待たせしたようで、他の挨拶回りはともかく、補佐官とはまとまった時間を内々で取りたかったものですから。お手数をおかけしました。」

簡単に言えば、あちら側で投資先を探したかったという事だ。ルントシュテット領も辺境星域も投資先がないわけではないが、人口増と教育が追い付かなければ子供に大人の服を用意する様なものだ。バブルが起きていつかしわ寄せがくることになる。
帝国に戻ってからミュッケンベルガー家との兼ね合いでRC社は帝国後背地への事業展開をする事になると思うが、辺境と違ってあの一帯はそこまでカツカツなわけでもない。当然大きな動きにはならないだろうし、門閥貴族の利権は投資対象から外している。そうなると、適切な投資先がない資金が口座から動かないことになるので、あちら側への投資を考えたわけだ。もっとも使うことにならなければ良い策だと思うが、種銭は多い方が効果が高まるので、兄貴や叔父貴からも資金を融通してもらった。レオの事業でかなり貯まっていたらしく、それなりの額が用意できた。

「いらっしゃる前から、フェザーンに生まれていれば『今年のシンドバット賞』を受賞されただろうと話題になっておりましたが、本当に帝国にお戻りになられるのですか?こちらでビジネスをされた方がルントシュテット家の利益にもかなうと思いますが......。」

「ほかの誰でもなくワレンコフ補佐官にそう言ってもらえるのは光栄ですね。さては歓楽街からの圧力でもありましたかな?ただ、生きたいように生きられる生まれでもないので。ここだけの話、生まれが選べるならフェザーンを私は選んだでしょうしね。」

「それはフェザーン人として嬉しいお言葉です。投資会社の方はお任せください。金の色を塗り替えるのは私どもの本職でもございますので。」

「しっかり手数料を取ってくださいね。補佐官から無償の善意など受けては後が怖いので。私にとってはフェザーンで見つけた最良の投資先はあなただと思っていますから。それと、あちら側の商習慣は知りませんが、私はご配慮をお願いするなら、きちんとこちらも配慮するのがマナーだと思っています。ただ、誰に配慮していただいたのかはお知らせ頂きたいところですが......。」

「承知しております。顧客の名簿はそれ自体が財産ですからね。」

そんな話をしながらお茶を飲む。ワレンコフ補佐官とは昼に会うことが多かったのもあるが、お酒よりお茶を飲む関係だ。青田買いではないが将来の自治領主候補でもあるので、最良の投資先と言ったのも本心だ。向こうも補佐官に抜擢されたとはいえ、表できれいに使える資金はそれなりにあった方がいい。良い関係をそれなりの期間は続けられるだろう。

頃合いになると、ワレンコフ補佐官がでは先に出ますといって部屋を辞去した。この部屋はワレンコフ補佐官が一年中借りている部屋だ。補佐官ともなると表立って話せない案件の対応も求められる。そういう時にここを使っているらしい。まあ、フェザーンでは暗黙の了解らしいが。

もう一杯、お茶をゆっくり飲んでから私も部屋を後にする。次の目的地は酒場ドラクールだ。徒歩圏なので、フェザーンの中心街を見納めるつもりで、ゆっくり歩いた。この一年で、何度も押し開いたドアを開く。主人に目線を向けると軽くうなづかれたので、こっちも相手が先着しているようだ。通り馴れた通路を抜けてVIPルームに入る。

「ザイトリッツ様、お早いお着きで。早めに来て正解でしたな。」

「コーネフさんにはこの一年、先を越されっぱなしですね。今日こそは!とも思っていたのですが......。」

あちらからの機械調達の仲介人、コーネフさんが既にイスに座っていた。俺を待たせることをかなり気にしているのか、いつも先着していた。独立商人としての実績もある人だし、夜の飲み仲間としても気持ちがいい人だ。フェザーンの歓楽街を楽しめたのもこの人の紹介があってこそだったりもする。

「ヤンさんも予定を合わせてフェザーンにと話していたのですが、さすがに臨月の奥様を一人にはできないとのことで、お詫びをしておいて欲しいとのことでした。」

「いえいえ、予定日は4月でしたね。おめでたい話です。その件で先にお預かり頂きたいモノがあるのですが......。」

パトリックから、包みを受け取るとコーネフさんに手渡す。

「私は親交のある方の子弟の誕生日にはシルバーカトラリーを贈ることにしています。本来なら毎年ひとつずつお贈りして、成人になる頃に一式揃うようにするのですが、あちら側の方に私のような立場の人間から定期的に高価に見える物が送られてもお困りになるでしょう。最高級品では、ヤンさんもお気にされるかと思いまして、20回分の誕生日プレゼントとしてほどほどの物を一式用意してきたのです。お預かり頂いてもよろしいでしょうか?」

「これはこれは。ヤンさんもご配慮いただいてばかりでお困りになるかもしれませんが、せっかくの品です。お預かりいたしましょう。」

「コーネフさんの所は、毎年お贈りできるでしょうから、今から楽しみにしていますね。」

シルバーカトラリー一式を納めた箱の裏蓋にはちょっとしたサプライズを忍ばせている。この箱が幸せをきっかけに開かれるなら少なくとも20年後だろう。そうでない可能性もゼロではないが、ヤンさんには良い仕事をしてもらっているし、自分なりに気持ちを形にしておきたかった。帝国に戻れば軍人として戦争を主導する側になる俺が、あちら側の人間に気遣いをする事は矛盾するようにも思えたが、これも青春の思い出の一部になるのだろうか。

「それは一本取られましたな。ただ、ザイトリッツ様も帰国されればご婚約されるでしょう。失礼ながら先輩として『ようこそ人生の墓場へ』とでもお伝えしておきましょうか。しかしながら、帝国製のシルバーカトラリーに見合うものとなると難しいですね。」

「お気にされる事はありませんよ。これはどちらかと言うと帝国風・貴族風な誕生日の祝い方です。コーネフさんはフェザーン風・独立商人風なものをお返し頂ければよろしいのでは?」

そんな話をしながら、しばらく来れないであろうドラクールを楽しんだ。コーネフさんが手配してくれたのだろう。歓楽街の飲み仲間や蝶たちも顔を出してくれた。静かに飲むのもいいが、こういう送別もいいものだ。 
 

 
後書き
ワレンコフ:二次作品で最後の大物の私を出したのは良いですが、どこまでお考えだったのやら......。
ノーマン :そう言うなよ。まさか作中で20年近くでかいイベントが無いなんて想定外ですよ。
ワレンコフ:精々励むことですねえ。読者は楽しみにしてくれているのですから。
ノーマン :ぐむむ! 
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