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或る皇国将校の回想録

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第六十八話 民間の愁ふるところを知らざつしかば

 
前書き
平川利一‥‥‥背州の地方新聞の社会部皇都視警院担当記者、龍州疎開後の情勢変動を取材している。 

 
皇紀五百六十八年 八月二十九日 皇立劇場
新星新聞 社会部 記者 平川利一

「失礼、入場券を拝見」「あぁこれで――」
「それにしても随分とにぎやかなもので――」「皇民本党の先生も何名か――」「私どももあちこちに声掛けを―――」

 いやはやこれは――
 平川はひそかに舌を巻いた。ここ数日は龍州疎開の取材にかかり切りだったがここまで大規模な催しが開かれる事を知らなかったのは自身の不明を恥じるばかりだ。
 ここに集っている人間は記者であればどこかで見かけた事があるような人間も多い、つまりは衆民院選挙や都令会選挙の際に動員される同業団体や商会の構成員たちだ。
 ――成程、だから俺を呼んだわけか
腕を組んで壇上を見上げる。そこの垂れ幕には“皇土解放連盟結成総決起集会”と書かれている。

弓月伯爵が渡したチラシについていた入場券は間違いなく本物であった。その証拠に立ち見ではなく真正面から壇上を眺められる席が宛がわれている。恐らくは取材に来た記者達よりも良い席であった。貴賓席というわけではないが取材対象になるような者達が世辞を交わしている姿もちらほらと見受けられる。
自分を含めてここにいる者達がすべて反〈帝国〉であるわけではない、半年前までは〈帝国〉への航路で年の半分を過ごしているような者も大勢いる。アスローンとの戦争に相乗りして商会としての体裁を整えるだけ物を勝ち得たものもいる――いや、〈帝国〉を使って身を立てきたからこそか。
東州動乱以来の緩やかな変化から“国そのもの”が変化しつつあるのではないか?――あるいは消えゆく国が最期にのた打ち回っているのではないか?そうした漠然とした不安とそれを覆い隠すような“愛国心”が流行しつつある。
――“異物”であることは恐ろしい事だ。だからこそ狩りたてられる前にこうして動いて見せるわけだ。
続く敗戦によって奪われるものとわかってこそ、吹き上がるものがあるのかもしれない、奪われるモノが幸福の象徴としても、或いは公然と不満を抱いていたものであったとしても。

――選択を奪うことは時に身命を賭けた状況に自身を置いても良いという気分にさせるものなのかもしれない。それはそういうものなのだろう、あぁだが理不尽に抗する為に理不尽の坩堝に自身の生命を投ずるというのもまた奇妙なものだ。あぁ戦乱の世とは大平のそれより尚更ままならぬ物という自然の摂理でしかないのかもしれないけれども。
 などとどうでも良い事を考えている間に司会らしき男が壇上に立っていた。
 陸軍大尉の階級をつけ、包帯を頭と肩に巻いた絵にかいたような傷痍軍人である。顔貌も何もかも分厚く武張った作りであった。顔には戦地帰りらしい無精髭が伸びているが、虎城の匪賊討伐などを経験した平川が見る限りどこかわざとらしく整えているようにも見える――要するに画になるように汚しているようにも見えた。

「皇都の皆様!本日はお忙しい中わざわざ本連盟が結成する場にお集まりいただき、誠にありがとうございます。私は皇土解放連盟の準備局長を務めております、藤井勇であります。僭越ながら後送されるまでは陸軍中尉として龍州鎮台におりました」

「本日、私めがこの場に立たせていただいた理由はただ一つ、皆様に誓っていただきたいのです!我々が失った土地を取り戻す事を!」

「そうだ!」「その通りだ!」
 どこか軽々しい声が飛び交う。
――暇つぶし程度の考えできている人間も存外に多いらしい。と考えていた平川の耳に
「帰してください!私たちの家を!!私たちの街を!私たちの誇りを!」

「私の弟が――おとうとが――」

「話して下さい、話してごらんなさい」

「あの賤しい男達です!あの浅ましい兵共です!あいつらは私のととさまの田を奪いました!私の産まれた家を奪いました!私の弟を嗤いながら殺しました!」

「悍ましい‥‥‥なんとも痛ましい‥‥‥」

「そうだ!奴らは私の弟を殺したのです!家族の帰ることころも!弟が帰るところも!もう‥‥‥」「俺の息子は足を失った!もう歩けない!」「私の夫はもう光を感じることができません!一生何も見ることが出来ません!」
 臓躁的な叫び声が観客席から飛ぶ、先ほどまでの軽薄な声はもう聞こえない。観客たちが静まり返り、すすり泣く音だけが響く。
 藤井が手を挙げると職員達が啜り泣く者達をそっと会場の外に連れ出していく。
「諸君!私は諸君らに問いかけたい!我々が奪われ!血を流し!匪賊にように追われた土地を!〈帝国〉に譲り渡して平和を請うべしと言う者がいる!これは愚考か?裏切りか?」
 静まり返った場内を睥睨しつつ藤井は再び吼えた。
「諸君らに問う!女を売りつけ!男達が切り開いた土地を奪った者達はこれを蛮族鎮定と称している!我々は蛮族であり、彼らはこの神聖不可侵たる〈皇国〉に君臨するに相応しき者か!それとも奴らこそ蛮族か!諸君!諸君らは皇主陛下と帝国軍のどちらを選ぶ!」

「何が蛮族鎮定だ!奴らの為すことこそが蛮族だ!奴らを追い返せ!」
「裏切りだ!裏切り者だ!」
「取り戻せ!我々の物を!我々から奪った物を!我々から永久に負わせた痛みを味あわせろ!」
 先ほどまでと打って変わった異様な熱気が燃え広がりつつある。
「皇都の方々よ!願わくば皇主陛下へ我らの嘆きを届けたまえ!前線の将兵へと我らの声を届け給え!〈帝国〉の蛮徒共に我らの怒りを浴びせたまえ!」

「〈皇国〉万歳!」「〈帝国〉に死を!」「〈皇国〉万歳!」「〈帝国〉に死を!」「〈皇国〉万歳!」
 それは憎悪を正義に包んだ何かであった。麻薬のような陶酔感と熱狂が広がっている。

「「「〈帝国〉に死を!!」」」
 もはや何もかもが画一化されていた。唱える言葉もそれに込められた感情すらも。
「同胞解放を!臣民らが奪われた土地を!誇りを!取り戻す為に!我々は宣言しましょう!我らの故郷があの圧制者達から解放されるその時まで戦い続けることを!我々は皇土解放同盟として団結し、戦い続けましょう!〈帝国〉軍が消えうせるその日まで!」
 会場は既に一つの感情を煮立てる釜になっていた。そして観衆たちはその一つの釜から怒りを食む同胞へと既に変貌している。




 ようやく解放された平川は劇場から少し離れた茶屋でようやく張りつめていた緊張の糸を緩めていた。
「あー‥‥‥あー‥‥‥」
 呻きながら手拭いで顔を拭いた、空気に中てられかねないほどの“異様な”熱気だ。
人として感情に酔う事は得難い快楽である。だがあのような熾烈で暴力的な感情の爆発、扇動はかつて匪賊征討で血を流した退役軍人をして吐き気を催させるほどのものだった。
弱さを武器として独善と排他に酔い、強きと名指した相手を挫くべしと煽り立てる。
 平川がかつて武器を向けた匪賊の首魁のそれと本質的には何ら変わるものではなかろう。群衆が自身らにとって都合良く持ち上げるか否かの違いに過ぎない。
 無論、そうせねばならぬ時もあるのはわかる、だがそれでも自身が受け入れられるかといえば話は別だ。
「失礼、お隣をよろしいですか?」
ふらりと現れた男が声をかけてきた。見覚えはあった。弓月伯爵に付き従っていた秘書官だ。細身の体を藍色の着流しで包んでおり町方に溶け込もうとしている。
 平川がいい加減に頷くと風を立てずに毛氈に腰掛けた。
「如何でしたか?あの集会は」

 「気分が悪いですね。あの将校が語ってみせた現実は確かに現実です。ですがそれを利用してあの手の他人に自分が正しいと信じ込ませるような連中は碌な結果をもたらさないと思います。誰よりもそれを信じ込んでしまった人にとって」

「あなたはそう思いますか――なるほど、いや、なるほど」
 やけに浮ついた声でなるほどなるほどと繰り返す隣の男は平川の沈黙をなんとうけとめたのか、先ほどまでの生真面目そうな顔で頷いた。
「いや貴方は良い見識を持っていらっしゃる。そうしたご自身の観点を持っていらっしゃるのは実に素晴らしい事です」

「それはどうも――しかしアレは誰が考えたのでしょうか?」

「さて?」

「あれほどに手早く場所と人を用意できたという事は後ろ盾が居るという事ですよね。それに随分と手立ても整っている。専門家が携わっていなければあのように快適に酔う事はできない」

「そうかもしれませんな」
 顔つきは仕事をさぼっている町人のそれのままであるが声の裏に鋭いものが漂いはじめた。

「貴方達は――なぜ私をあそこに送り込んだのでしょうか」
 平川も釣られて軍服をまとっていた時のそれが滲みはじめている。秘書官は互いに剣呑なものを心中から引きずり出してしまったことに気づいたのか、自嘲めいた笑みを浮かべて答えた
 
「貴方と協力できないか様子を見る為に」「協力?」

「あの連盟とやらがどのような騒動を巻き起こすのか分かったものではありませんからな、今すぐどうこうなどとは当局としてもやる気もありませんが予防措置が必要なのです」

 ――弓月伯爵は警保局出身者だ。天領の運営と警察への衆民流入を利用して権力地盤を固めている。その警護を兼ねた秘書官という事は――そういう事か。
「風聞には風聞で対抗するのも手です。アレが大衆の皮をかぶった無責任なお調子者共を盾にする以上、内務省(われら)が公然と介入すると余計に自体が悪化しかねない」
 要するに角が立たない監視役兼世論操作に使わせろという事だ。
「えぇまぁ理屈は分かりますが――私が取り込まれるとは思っていらっしゃらないのですか?」
「えぇまぁそれも想定しないといえば嘘になりますが――可能性は低いと思っていますよ」

「それは何故でしょうか」

「貴方が国を愛しているかどうかは関係ありません。ですが我々と同じく愛国心を語る人間達には失望しておられる」
 平川はもう少しで声をあげて笑いそうになった。しばらくは給金のタネに困らないだろう事を確信しながら。


 
 

 
後書き
ミリューコフ博士お許しください!!(決め台詞をパクリながら)
4か月ぶりです。気長に待っていただいた読者諸賢の方々には誠に申し訳ございません。
4か月あると色々ありました。
猫が可愛かったり、アルハラで心が折れそうになったり、猫が可愛かったり、飲み会接待の副流煙で気管支炎が慢性化したり、HOI4にハマったり、猫が可愛かったり。
とにかく拙作は私としても大好きな世界なのでのんびりですけど続けていきたいと思います。
どうかこれからもよろしくお願いします。 
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