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永遠の謎

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111部分:第八話 心の闇その一


第八話 心の闇その一

                    心の波
 ワーグナーの生活はだ。豪奢と言っても有り余るものだった。
 ビロードのベレー帽に絹の服の格好をいつもしていた。香水、それもかなり高価なそれの香りをいつも嫌になるまで漂わせている。
 ビロードにタフタにサテン、高価な布地のカーテンに絨毯。色彩は紫に黄色。庭にはつがいの孔雀がいる。そんな二階建てのバルコニーのある屋敷だった。
 愛犬達もいる。これが彼のミュンヘンでの屋敷だった。
「しかもこれだけではないからな」
「全くだ」
 その彼の屋敷に来た宮廷の者達は顔を顰めさせずにはいられなかった。そのうえで彼の屋敷の中を見回すのだった。そこは極彩色の豪奢の中にあった。
「別荘まであるのだぞ」
「しかも年金まである」
「途方もない借金は全て陛下が肩代わりされた」
「そのうえでこれだ」
「どういうことだ」
「図々しいにも程がある」
 この言葉も出された。
「陛下の寵愛をいいことにだ」
「ここまでするというのか」
「最近ではどうやら革命家と会っているそうだしな」
「革命家!?というと」
「あのマルクスのか」
 革命と聞いてだ。すぐにこの名前が出て来た。共産党宣言を行った哲学者である。昨今知識人の間でメシアとさえみなされている男だ。
「あの男の関係者か」
「まさか」
「そうらしい。危険ではないのか」
 このことがだ。宮廷の者達にこう言わせていた。
「あの男、このままでは」
「そうだな、確かにな」
「せめてそうした男と会わせてはならない」
「監視をつけるか」
「だがそれは陛下がお許しになられぬ」
 ここで王のことが話に出た。
「彼への過度の干渉はだ」
「陛下か。あの方はもう都に戻られるのだな」
「このミュンヘンに」
「うむ、間も無くだ」
 王の帰還がだ。近いというのである。
「帰ってこられる」
「エリザベート様と一緒におられたがな」
「そのフランケンから帰られる」
「無事な」
「ならばよしだな」
 それを聞いてだ。彼等はそれぞれ頷くのだった。安心した顔で。
「陛下がおられなくてはな」
「やはり何かが違う」
「王がおっておられてこそのミュンヘンだ」
「その通りだ」
 こうした意味でもだ。王は敬愛されていた。その臣下からも国民からも。
「しかしな。ワーグナーについてはな」
「そうだな。どうもな」
「あの方は違ってしまわれる」
「どうしても」
 それがだ。彼等の頭痛の種であった。それについても思うのだった。
「この屋敷には奥方さえおられぬ」
「そうだな。あの奥方とは別居か」
「あまり仲がよくないというがな」
「それでもな」
 ワーグナーと妻の不仲はだ。彼等の耳にも入っていた。それもよくだ。
「こうして妻と離れて豪奢な暮らしを過ごす」
「しかもだ」
 それもだというのである。
「あのコジマ=フォン=ビューロー」
「あのハンス=フォン=ビューローの妻だが」
「あの女性はワーグナーの何なのだ?」
 彼女のことはだ。どうしても語られずにはいられなかった。
「いつも傍にいるが」
「あれは弟子の妻の態度ではないぞ」
「そうだな、あれは」
「愛人ではないのか」
「この前娘を生んだが」
 その彼女はというのだ。
「父親はビューロー氏ではないというが」
「その噂はあるな」
「ああ、確かにな」
「ある」
 このよからぬ噂のことも話されていく。ワーグナーにとっては避けられない醜聞となっていた。このミュンヘンにおいてはなのだった。
 
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