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永遠の謎

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108部分:第七話 聖堂への行進その十五


第七話 聖堂への行進その十五

「彼はな」
「ではそうなれば」
「心の拠り所を失われ」
「己をも」
「それが彼を迷わせよからぬ方に向かわせるか」
 皇帝の案ずる言葉は続く。
「彼等を引き裂いた周囲に絶望して」
「そうしてですか」
「その結果バイエルン王は」
「よからぬ方に向かわれると」
「だが。決して残忍でも邪悪でもない」
 こうしたものとはだ。全く無縁なのもバイエルン王だった。彼にはそうした習性のものは備わってはいないのである。それも確かだった。
「醜悪さとは無縁の人物だ」
「そうした意味で道を誤らない」
「そうなのですか」
「美を求め。そうして」
 そうなると。皇帝は語った。
「それがよからぬものにならなければいいのだが」
「引き裂かれたワーグナーを追い求め」
「そうしてでしょうか」
「そうだな。追い求めるな」
 実際にそうなるというのであった。
「そうなれば」
「ワーグナーの世界を」
「それを」
「森と城か」
 王はこの二つをまたその言葉に出した。
「それを求めるのだろうか」
「その二つというと」
「一体」
「具体的には森の中の城か」
 それではとだ。皇帝は言うのだった。
「あの王が求めるとなると」
「それもワーグナー的な、ですか」
「そうした城ですか」
「城をただ求めるだけではあるまい」
 王の性格を考えるとだ。そう考えざるを得ないのだった。
「それはとてもな」
「王がお好きなのはタンホイザーとローエングリン」
「ワーグナーの中ではとりわけこの二作ですね」
「とりわけローエングリンですね」
「その二つだ」
 まさにその作品だというのである。
「だとすればだ」
「ローエングリンを実現させる」
「その城に」
「そして」
 まだあった。王が愛するものは。
「バロックとロココか」
「王はフランス趣味でもありましたね」
「そういえば」
 このことも知られていた。芸術をこよなく愛する王はバロックやロココといったフランス趣味でもあったのだ。それもかなりのものであった。
「ではかなり壮麗な」
「そうした城をですか」
「ワーグナーが傍にいればそうはなるまい」
 皇帝は王を気にかけながら述べた。
「だが。ワーグナーと別れることになればだ」
「そうなられる」
「城を求められますか」
「そうなっては王にとってもよくない」
 やはりであった。皇帝は王を心配していた。それは純粋に人間としてだ。
「周りにもだ」
「構わないのはワーグナーだけ」
「強かな彼だけが」
「ワーグナーは特別だ」
 皇帝はこの音楽家のあまりもの個性の強さと図太さを知っていた。だからこそ彼だけは違うとだ。はっきりと言えるのであった。それでだ。
「彼だけは何があってもだ」
「変わらない」
「己の芸術を追い求める」
「そうだというのですね」
「その通りだ。彼だけはだ」
 そのワーグナーだけはと。また言うのであった。
 
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