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人類種の天敵が一年戦争に介入しました

作者: C
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第9話

 微妙な空気が沙漠を吹き渡る。マ・クベ達の目の前には薄緑色した粒子を煌めかせた樽のお化けとしか言い様のないものが突っ立っている。つい先ほどまでこの樽が超音速で空を飛び、地上を猛スピードで滑走していたとはとても思えない、滑稽な姿だった。

「こうして顔を合わせるのは初めてだね。私が野良犬だ。さっさと済ませようか」

 野良犬は屈託なく話しかけたが、マ・クベの反応はない。怒りに任せて会うことに決めたものの、実際に会ってみると言葉が出てこなかったのだ。
 実はマ・クベ、野良犬のことを本国に連絡していなかった。本国に連絡というのは公的な話ということだ。その前に、私的な話ということで派閥の長であるキシリア少将と話したかったのだが、キシリアは地球侵攻軍に参加していない。いつも通り突撃機動軍の総司令官として月のグラナダにいた……のなら話は早いのだが、キシリアはグラナダにいなかった。キシリアはこの時期、第二次降下作戦のために本国に、サイド3にいたのだ。
 キシリアはマ・クベにある約束をしていた。野良犬の援軍の話ではない。キシリアの弟、ガルマ・ザビに関してのことだ。
 ガルマは貴公子然とした佇まいから国民に非常に人気が高いが、父親のデギン公王の溺愛ぶりも尋常ではなかった。そのガルマは、自ら第二次降下部隊を率いて地上に降りる予定となっていた。
 表では政治的、軍事的に重要な北米を抑える役割を与えられた、期待されているということなのだが、裏では地球侵攻軍、マ・クベに向けて差し出しす人質という面がある。何しろイレギュラーな地球侵攻作戦である。長らく宇宙で暮らしているジオン公国の国民にとって地球は異世界に等しい。そんなところに送り込まれる軍隊にとって最も恐ろしいのは、敵の猛攻より味方の心変わりである。宇宙の戦況は圧倒的に有利なのだから、地上で損害を積み重ねるのは馬鹿らしいと切り捨てられるかもしれないのだ。そのような事態に陥るかは定かではないが、かもしれないというだけで充分に戦えなくなる話でもある。誰も彼も白磁の壺のために戦えるわけではないのだ。この本国に対する不信感を払拭する一手、それはガルマを地上に送るということに尽きる。国民のアイドル、公王の溺愛するガルマを地上に送ることで、地球侵攻軍を見捨てることはないという強力なメッセージとなる。

 第二次降下作戦の正体は人質の護送であり、万に一つも過ちは許されないのだが、最大の不安要因は国民でもガルマでもない。父親のデギン公王だ。地球に降りてしまえばデギン公王も諦めざるを得ないが、だからこそというべきか、この親バカはガルマを手放さなくても済むように全力でゴネた。これを抑えるのがキシリアの役目である。
 長兄ギレンは父親と不仲なので説得には不向き。
 次兄ドズルもデギン同様ガルマを溺愛しているため、不向き。武功を立てて親の七光りではないことを証明したいとガルマ本人は地球降下作戦に非常に前向きで、ドズルはその健気な様子にガルマを応援する様を見せてはいるが、元がデギン同様ガルマを溺愛しているドズルであるから、その二人が仲良く話し合ったらどう転ぶかわからない。というより、ギレンと違って父親に従順、厳つい外見に反して身内に弱いドズルのことだ、簡単にデギンに取り込まれてしまうだろう。こういった訳で、消去法の結果、デギン公王の御守りをするのは長女キシリアとなったのだ。

 ガルマの件は重要な役目である。それはわかる。だが、野良犬の件も相当に重要な案件ではないのか? この危急に際してホウ・レン・ソウのできない上司だったとは!
 つまりマ・クベは誰にも相談出来ない中、勢いだけで行動したと言ってよい。勢いというのは一時的なものであるから、今のマ・クベには無い。元々が激情に任せてどこまでも行動するような男ではなかったし、実際の野良犬の様子に怒りを忘れるほど驚いてもいたのだ。

 野良犬の乗機、ジオンの巨人以外の巨人。その全高はザクよりだいぶ小さく、ザクの18メートルに対して12メートル程だろうか。歩行速度はザクと大差ないようだったが、一度ブースターに点火してホバー移動をすれば時速500キロメートル以上。全身が輝きに包まれる高速移動状態なら楽々音速突破。とてつもない推力だ。
 これを自ら確認したマ・クベの中で、野良犬がツィマッド社のひも付きというという疑惑はいまだ否定の割合が多いにせよ、ますます濃く、深くなっていた。
 人型の良さを追求した人間の延長としてのバランス重視ではなく、極端なまでの推力偏重というコンセプトはツィマッド社のEMS―04に似ている。しかし、似ているのはそこだけだ。EMS―04を含めて、明らかに既存のモビルスーツとは違い過ぎる。EMS―04とは開発コンセプトが同じだけの、似て非なるもの。ツィマッド社とは何の関連もない……と考えるのが自然なのだが、それじゃあこいつらは何者だ、という問いが立ちはだかる。そして、EMS―04とは違うとしても、やはりツィマッド社と繋がりを思わせる節があった。

 地球侵攻軍の総司令官であるマ・クベには、ジオニック社、ツィマッド社、MIP社などから彼ら曰くの『良いお話』が殺到している。新兵器の採用過程にマ・クベは関与しないが、地上で実際に使うのはマ・クベ率いる地球侵攻軍だ。試験に責任を持つのは技術本部、採用を決めるのは統帥部だが、直接運用する組織の長がマ・クベなのだから、マ・クベの推薦=現場の求める声である。その為、次期主力モビルスーツの開発計画の情報が黙っていても、嫌というほど持ち込まれるのだ。その情報によれば、目の前の樽のお化けは現在ツィマッド社が開発している陸戦用の重モビルスーツによく似ている。樽のお化けの方がだいぶゴツいが、開発中の重モビルスーツがザクと樽のどちらに似ているかといえば、断然、樽だ。ザクとは似ても似つかない。つまり開発中の重モビルスーツとは、樽に似たコンセプトということになる。ザクとは違う方向性で開発中の新型機と、その新型機に似た謎の機体。

 マ・クベの目が細くなる。

――なぜこの機体を最初から量産しない? 製造コストか? それとも機動に耐えられるパイロットが稀少で、主力機としては不向きだからか? コストの問題よりもそちらかな。

 そう考えたマ・クベは思考を切り替えた。現実の野良犬を確認した現在、非常に残念なことに、野良犬はマ・クベの一存で謀殺してよい存在ではなくなってしまった。キシリアからは現地の武装勢力と聞かされていたが、これはかなりの確率で、現地の武装勢力という言葉がイメージさせるゲリラ的な何かの類いではない。独自の研究開発機関と製造設備を持ったナニカだ。少なくともただの傭兵ではない。

 コックピットの中でマ・クベは一つ息を吐いた。野良犬と至急会うために色々と無茶を通したが、間違いなくそれ以上の価値がある。それを自分のものに出来るかどうか……いや、手に入れる為に更なる無理を通す覚悟を決めたのだ。

 外部音声のスイッチを入れると、マ・クベは野良犬に向けて機体を歩かせながら告げた。

「野良犬、報酬の話なのだが」
「うん」
「金銭や物資だけでは我々の感謝を伝えきることは出来ないと考えている。もちろん可能な限り応えたいと思うが、それとは別に……」

 部下達を介さず、直接通信を交わすマ・クベと野良犬。ほぼ不動のマ・クベのザクⅠに対し、どういうわけか野良犬の乗機は、頷いたり首を横に振ったり、若干の身振り手振りも混じる。巨人の隣でずんぐりむっくりとした樽がちょこちょこと動く様は、なかなかシュールな光景だった。どれだけ話したか、部下達がいい加減焦れ始めたころ、すっかり蚊帳の外に置かれた輸送車がマ・クベに緊急通信を送った。

「お話し中申し訳ありません。司令、基地から緊急通信です。大隊規模の連邦軍が接近中とのことです」

 野良犬とのランデブーポイントはジオン公国と地球連邦の勢力圏の境目付近であるから、マ・クベ達は事前に連邦軍の移動経路も予想していたが、ここまで連邦軍が北に寄ってくるとは考えていなかった。マドラスからはヒマラヤ山脈が壁になるので、マドラス基地やその周辺から直接来た連中ではない。大隊規模というのは哨戒部隊にしては多すぎる。昨夜頓挫したオデッサ奪還作戦か、現在も続くコーカサス地方の戦闘の増援か、移動中の部隊が進路を変えたのだろうが、一体その理由は。

「ミノフスキー粒子の濃度で逆探されたか……?」
「ミノフスキー粒子?」

 初めて聞く単語に、野良犬の乗機が顔を上げた。野良犬との通信回線を開いたままだったので、マ・クベの呟きが野良犬に聞こえたのだ。

「ミノフスキー粒子は我が軍の使用するチャフの一種だ。どうやら付近に散布し過ぎたらしい」
「……チャフの撒きすぎで位置がバレたと」

 12メートルの樽が18メートルの巨人を見上げる。樽はもちろん、野良犬も何も言わなかったが、樽の反り具合は見上げながらも見下しているようでもあり、馬鹿じゃねーの、という野良犬の気持ちを隠すことなく垂れ流していた。
 ちなみに、ミノフスキー粒子を過剰散布したのは急速接近する野良犬の乗ったARGYROSをミサイルと誤認したからである。地味に野良犬のせいでもあった。

「……とにかく、だ。野良犬、続きは次の機会にさせてもらおう。全機、撤収を開始せよ」

 輸送車が一斉に旋回し、18メートルの巨人が地響きを立てて移動を開始するが、すぐさまそれを止めたのは12メートルの樽だった。止めたと言っても、進路に立ち塞がったというわけではない。ただ一言発しただけである。

「まあまあ、司令官殿。せっかく向こうが来てくれるんだから、ここは派手にもてなしてあげるのが礼儀ってもんじゃない?」

 
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