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緑の楽園

作者:どっぐす
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第一章
  第8話 神託

 今日も午前中は図書館に来ていた。
 今回は一人ではなく二人。連れが右横の席に座っていた。

 現在、俺のほうはもう疲れてしまい、背もたれに体重を預けたままぐったりとしてしまっている。
 久しぶりに頭をガンガンに使ったので、もう限界だった。

「ケッカン、ケッカン」

 ああ、俺は子供にも欠陥人間だと思われているのか。
 内定も無事もらって、就職先も決まっていたのに。何という転落人生だ。
 ……と思ったら。どうも違ったようだ。

 右横に座っている少年が、俺の右腕を両手でつかんで自分の前に引き寄せ、前腕をじーっと眺めたり、指でなぞったりしてくる。
 くすぐったい。
 どうやら『欠陥』ではなくて『血管』だったらしい。

「人の血管を見て楽しいのか?」
「ボクの腕は血管見えないもん」
「もう少し歳を取って、体を鍛えると見えるようになると思うぞ? 太ってしまうと見えないと思うけど」
「ふーん……」

 この少年の名はレン。
 やや短めの黒髪で、外見は外での遊びが大好きな男の子というイメージなのだが、実は孤児院では一番のインドア派である。
 本が大好きで、この図書館にもよく来ていると言っていた。
 現在十歳らしいので、いつも「あーん」をしてくるエドと同い年ということになる。

 いつも午前中に通っている修行先が、今日はお師匠さんの都合で休みらしい。
 俺が図書館に行こうとしたら「ボクも行く!」となり、一緒に来ていた。



 俺がクタクタなのは、とある本を集中して一気に読んだからだ。

 レン少年はその勉強好きな性格のせいか、歳の割にかなりの博識である。
 そして図書館の本や郷土資料などについては、だいたいどこに何が置いてあるか覚えていたりする。
 そこで、ここで資料を探すことになった経緯を彼に簡単に説明し、「何か心あたりのものがあったら教えてくれないだろうか」と気軽な気持ちで頼んでみた。

 するとレンは三十分近くに及ぶと思われる長考に沈んだ。
 今まで読んだ本の記憶を探っていたのだろう。
 そこまで考えてくれると思っていなかった俺は慌てた。
 「そこまで無理して考えなくてもいいよ」と言おうとしたが、真剣そのものな表情を見て、声がかけられなくなってしまった。

 そして長考明けに「これはどうかなあ?」と言って持ってきたのは、今から二百年以上前にこの国の全土地図を作ったと言われる人物、ヤマガタという男の伝記だった。

 俺は最初、意味が分からなかった。
 「これがどうしたの?」と聞いた。
 すると、「この人は十二年で全土地図を作ってる」とレンは答えた。
 彼の感覚では、それは速すぎて少し不自然に感じるということなのだ。

 なるほど、と思った。
 例えば伊能忠敬は地元千葉県の人物なので自分も知っているが、江戸幕府の全面的なバックアップがあった彼でも、日本全土の測量には時間がもっとかかっていたはず。十二年は確かに速い気がする。

 俺はレンが持ってきた本を、最後まで読んでみることにした。

 ヤマガタという男は、町やその周辺の略図を代々作っていた家の生まれであり、出自ははっきりしていた。
 つまり、この人物自体が、俺のいた日本から特殊な技術を持ったままワープしてきて測量、製作をした可能性はない。

 しかし、本文中には頻繁に「同行した協力者」なる人物が登場する。
 名前は書かれていないが、その協力者は高い測量技術を持ち、当時にしては高度な移動の術が使えたと書かれていた。

 「移動の術」ってアンタ、とは思ったが。まあそれは置いといて。
 確かにこれは怪しい。測量技術を持つ人間が、測量機器やマウンテンバイクと一緒にワープしたとかそんな話かもしれない。
 もちろんこれだけでは何とも言えないし、思い違いの可能性もあるが……。
 とりあえずこの「協力者」については情報を追いかけていくべきだろう。



 ……というところまで進み、今日は体力も気力も尽きた。

 まあそういうことで。くすぐったい。
 レンは前腕にはもう飽きたらしく、今度は俺の半袖シャツの裾をめくって二頭筋や三頭筋を触っている。

「ケッカン、ケッカン」
「そこはあんまり血管見えないだろ」
「……そうだね」
「あ、そうだ。全土地図なんだけどさ。今の地図ってこのヤマガタ地図にはない線があるよな? このへんに濃い線が引っ張ってあるけど」

 全土地図は、俺の記憶している日本全土地図とそっくりである。
 しかし、北関東あたりには濃い線が一本引っ張ってあるのだ。

「そこは国境だよ。今はそこから北は違う国。戦争してる」

 戦争があるということに驚いてしまった。
 もちろん、自分が関わることはないのだろうが。

「そうか。時代が変われば状況も変わるよな」
「うん」

 さて、そろそろ時間か。

「今日はありがとう。お前が来てくれて本当に助かった」
「どういたしまして」

 珍しく頭を使ってフラフラになった俺は、まったく平気そうなレン少年とともに図書館を後にし、孤児院へと帰った。



 ***



 疲れていたので、待ち遠しかったお昼寝タイム。
 天気も良いし、暖かい。気のせいか、こっちに飛ばされてきてからずっと暖かい気がする。
 せっかくなので、院の庭の芝生で寝てみることにする。

 お、先客がいた。
 クロともう一人、男の子だ。まだ寝てはいないが一緒にいる。
 最近、この一人と一匹の組み合わせをよく見る。
 男の子の名はジメイ。丸顔坊主の十一歳で、昭和の男の子のイメージそのままである。

「やあ」
「あ、リク兄さん」

 寝ているクロの背中を撫でながら、ジメイが答える。
 隣に座ると、彼はなぜか俺の背中も撫ではじめたが、特にとめる理由もないのでそのままにした。

「ジメイはよくクロに構ってくれるよね。犬が好きなのか?」
「神託だから。神さまがクロさんとリク兄さんをよろしくって」
「あはは。お前はいつも神託神託って言うなあ」

 ジメイは非常に信心深く、毎日時間を見つけて神社へお参りに行っている。クロについても、神性を帯びた犬であると本気で信じているようだ。
 そして、何かにつけて「神託」というのが彼の行動理由になっている。本当に神託があるとは思えないが、彼なりの動機付けなのかもしれない。
 その控えめで滅私奉公な性格は、本当の神主さんみたいだ。

「クロ」
「なんだ」
「ここには慣れた?」
「ああ」

 ふむ。

「クロ」
「なんだ」
「ジメイに撫でられるのは気持ちいい?」
「…………ああ」

 ふむふむ。

「クロ」
「なんだ」
「なんでもない」
「……」

 あまりからかうと噛まれそうなのでこのへんにしておこう。

「しかしこの芝生、柔らかくて気持ちいいけど、葉っぱがずいぶん幅広じゃないか? クロはこの芝を今まで見たことはある?」
「私は今まで見たことはない」
「やっぱり。高麗芝じゃないよな、これ」

 地面を覆っている芝はニラのような葉の太さだ。ほふく茎も出ているので、一応芝らしいといえばそうなのだが、デカい。

「ジメイ、この芝って何ていう名前なの?」
「セントオーガスチン」

 聞いたことがある名前だ。
 確か、関東よりももっと暖かいところに植える芝だったような。



 ***



 また、一日が終わろうとしている。

「ハイ、今日も一日お疲れ様でした。兄ちゃんどうだった? 何か進んだ?」
「……カイル。なぜお前はベッドの中で反省会を開催するんだ」
「へへへ」
「だいたいベッド二つあるのになんでこっちに来るんだよ。変な関係だと思われるだろ」
「変な関係って何?」
「いや、わからなければいいです」
「そう言う兄ちゃんのほうが変だ」

 いや、どう見てもあなたが変です。

「まあ、少し進んだかな。少しだけど大きな一歩というか。うん」
「お。よかったね!」
「いちいち抱きつかんでよろしい」
「へへへ」

 職員のカイルも含め、この孤児院は一癖も二癖もある子供ばかりだ。 
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