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緑の楽園

作者:どっぐす
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第一章
  第3話 見知らぬ町

 この国が日本と同名の、見知らぬ国であろうということ。
 街中に出て、それが「濃厚」から「確定」へと変わっていった。

 アスファルトで舗装されていない道路。一本もない電柱。一台も走っていない自動車。
 明らかに現代日本の建築ではないと思われる建物。化学繊維が全く使われていないと思われる服を着ている人々。

 町を見る限り、この国の産業はそこまで発展していない。鉄も武器くらいしか見かけなかった。
 産業革命がまだ起きていない時代なのだろうか。

 最初は、何百年も時代が戻ったのではないか? という疑いを持った。
 だが、よく考えれば、日本の中世や近世は武士の時代だったはず。
 ここには剣を持っている人はいたが、ちょんまげの人がいたわけではない。大名行列が通っているわけでもない。
 よって、過去にタイムスリップしたわけではない。

 日本語が通じる、中世と近世が混じったようなよくわからない国、もしくは世界――。
 そんなところに俺とクロは飛ばされた。
 今のところはそのような結論でいる。



 金髪少年カイルが、俺が乗っている車椅子を押している。
 その車椅子の車輪も、木製の車輪にゴムの輪を被せただけのものだ。

「町の中心をだいたい一通り回ったけど。どう? 何かわかった?」
「ああ。わからないということがわかった」
「あはは。何それ」

 カイルが車椅子の後ろで笑っている。
 彼には移動中に、俺がこの国の人間ではない可能性がある、という旨の話はしていた。

「兄ちゃんは宇宙人とか地底人とかだったりして。へへへ」
「違うっての」

 笑えない冗談はやめてほしい。



 さて。そろそろ帰ろう。
 そう思っていたら、広場のようなところに人だかりを見つけた。

「カイル、あの人だかりは何だろう」
「ああ、兄ちゃんと一緒に居た白い犬だよ。神社の霊獣様そっくりだって聞いてるよね? 町のみんなが見させてくれってことになったらしいよ」
「はぁ……。クロは霊獣様じゃなくて飼い犬だっつーの」
「きっと兄ちゃんに会いたがっているだろうから、寄って行こうよ。それでそのまま連れて帰るといいんじゃないの?」

 クロが俺に会いたがっているかどうかは置いておいて、すぐに連れて帰ったほうがいいと判断した。
 まるで人気の大道芸がおこなわれているかのような広場に、近づいていく。

「ちょっとごめん。通してもらってもいいー?」
「おや、カイルくんか。おおいみんな! 通してあげてくれ」

 外に出てからずっと思っていることだが、この少年はやたら顔が広い。
 人懐っこい性格なので、大人たちから可愛がられているのだろう。

 先頭に出ると、クロがいた。
 町の役人だろうか? 二人の男性につながれて、座っていた。
 そしてかわるがわる前に出てきた町の人に、ペタペタと触られている。
 紀州犬お触りの会になっていたようだ。

 前に出ると、クロとまともに目が合ってしまった。
 思わず視線を外してしまったが、頑張ってもう一回合わせた。
 まずは謝罪とお礼だ。

「クロ、えっと、あの、色々悪――」
「すまなかった。リク」
「うえぇ?」
「守りきれなかった」
「……」

 なぜか逆に詫びられてしまった。

 クロは飼い犬だ。野犬については、いや、森についても“初見”だったはずだ。
 当然、人間と野犬が戦えばどうなるかなどというデータもないわけだから、クロに過失はないと思うのだが。

 ……人間の感覚をあてはめて考えてはいけないのだろうか?

「やあ! 元気?」

 ビックリした。
 クロに声をかけたのはカイルだった。
 そのまま手を伸ばし、クロをなでなでし始めている。犬が苦手な俺にはハードルの高い行為だ。

「あの時の人間か……。世話になった」

 クロは礼を言っているようだが、カイルは特に反応していない。
 彼はクロの話していることが理解できるわけではないようだ。
 もしかしたら、俺だけがクロの言葉を聞き取ることが出来る状態なのかもしれない――そう思った。

「こいつ、カイルにお礼を言っているみたいだぞ。『世話になった』だってさ」
「え! 兄ちゃん霊獣様と話できるんだ? 凄いなあ。えへへ。ねえねえ霊獣様、強そうだし今度試合してよ」

 霊獣じゃないからとか、犬と人間が試合してどうするんだとか、心の中で突っ込みを入れながら通訳しようとしたが、その前にクロが返事をした。

「リクがよいと言ったらな」

 あれ?
 カイルはクロの言っていることはわからないのに、クロはカイルの話していることを聞き取ることはできるのだろうか?

 これは確認しておくべきだ。

「クロ、お前は俺以外の人間の言葉も理解できるんだな?」
「お前の言葉よりはずっとわかりづらいが」
「そうなんだ? それでも以前よりは少しわかるってこと?」
「以前よりはな」

 ふむ。
 よくわからないが、とりあえず、クロは俺とは双方向で会話可能。俺以外の人間とは聞くだけならほんの少し――ということか。

「ねえ兄ちゃん、霊獣様は何て?」
「だから霊獣様じゃないから……。まあ、俺が許可すればOKって言ってるよ。というか何で俺なんだ。関係ないだろうに」
「じゃあ今度やろうよ。兄ちゃん立会で」
「やだよ。めんどくさい」
「えー」

「あの、霊獣様の従者の方ですね? 療養中の……」

 クロをつないでいる二人の片方が、俺に話しかけてきた。

「あ、えーっと。俺は従者ではなくて一応飼い主、ということになるのかな? いろいろ面倒を見てもらっていたようでありがとうございます。こいつはうちのペットです。霊獣様じゃないですよ」
「どう見てもペットには見えませんが……」

 いや、どう見てもペットです。

「とりあえず連れて帰ります。あまりお世話になるのも悪いので」
「それならばこれをお持ち帰りください。お供え物です」

 示された先を見ると、干し肉や野菜がてんこ盛りになっている皿が置いてあった。
 お供え物。なんだか自分が町の人を騙しているような感覚になり、少し怖くなった。

 今後も貰い続けてしまうと申し訳なさすぎる。
 誤解されているようだが、霊獣様とやらでないことは今後きちんと説明していったほうがよいだろう。



***



「よっと」
「わっ! だから骨は折れてないんだし、自分でやれるって!」
「いいのいいの」

 病室に戻った俺は、カイルにお姫さま抱っこされてベッドに移された。

「お前、力あるよな……」

 手がプルプルしている感じがなかったし、持ち上げるときも実にスムーズだった。
 下半身がうまく使えているのだろう。介護の仕事の才能がありそうだ。

「そう? 兄ちゃんこそ、結構いい体してるし力は強いんじゃないの?」
「多分お前の方が強いぞ……って、胸を触るなコラ」
「へへへ。いいじゃん、減るもんじゃないし」

 時計がないので確認できないが、日が傾くまではまだ少し時間がありそうだ。
 落ち着いたことだし、カイルをあんまり引き留めておくのも悪い。
 お礼を言って帰ってもらって、それから今後のことを考えよう。

 ……と思ったのだが。
 これがなかなか帰らない。

 着ていた服は畳んでここに置いてあるとか、日用品で何か必要なものがあれば持ってくるからとか、病室の中のコレはああで……など、いろいろ世話をしてきた。

 さらには医者でもないのに、こちらのことを根掘り葉掘り聞いてくる。しまいには食べ物の好き嫌いまで聞かれた。
 正直少しめんどくさくなった。
 疲れてきたので丁重に追い出すことにした。

「お前、いつまでもここにいて大丈夫なのか? 俺ならもう外出はしないし、介助は要らないぞ」
「ん? オレなら大丈……あ、そろそろ時間がアレかな? じゃあいったん出ていくね! また後で来るから!」
「助かったよ。ありがとう」
「へへへ」

 人懐っこい笑みを浮かべながら、彼は出て行った。

 いったんというのが引っ掛かる。また来る気か。
 まあ……若干うざいが、もちろん嫌いなタイプではない。
 街見学の時に年齢を聞いたら、十三歳と言っていた。かわいい子供だ。



 さて……。
 俺の視線は、病室の入口の横、無言でペタンと座っているクロへと行く。

 最初は診療所に迷惑だと思い、外にいてもらうつもりだった。
 だが女医に「外は夜危険だから」と言われ、この位置に落ち着いていた。

「クロ」
「なんだ」
「何度か言いそびれてたけど。色々悪かった。あと……ありがとう」
「意味がわからない」

「俺のせいでいろいろ酷い目に遭っているだろ」
「遭っていない」
「いや、昨日さ。散歩のとき、お前吠えていたよな? あれは、崖が崩れかけているのを俺に知らせようとしていたんだろ?」
「……」

 クロは答えないが、イエスだろう。

「俺、それ全然気づかなくてさ。そのせいでお前も一緒に落ちてしまって、悪かったと思ってる」
「お前が気にする必要はない」
「そのあとクマや野犬から助けてもらって。感謝もしてる」
「助けるのは当然だ」

 クロの反応はともかくとして、やっと言えた。

 ふう――。
 心の中で、安堵のため息をつく。
 少し、つっかえていたものが取れた気がした。

「で、クロ。それ、食べないのか?」

 クロの隣には、お供えものが盛られた皿が、手つかずで置かれたままである。

「お前が先に食べろ」

 こいつは俺に毒見をさせる気なのか。
 一瞬だけそう思ったが、この流れでそれはさすがにないだろう。
 クロの真意がわからない俺は、再度促す。

「それはお前が貰ったものだから、お前が食べていいんだよ」
「まだお前が食べていない」

 ……なるほど。そういうことか。

 わかった。
 クロはやはり犬なのだ。

 犬は家族という群れの一員であり、群れのリーダーはおそらく俺の父親だった。
 今は父、母、姉の三人が揃って居ないので、俺が群れのリーダーに繰り上がっている。
 そういうことだ。

 そう考えると、不可解だったクロの言動もすべて説明できる気がする。

 森の中で先を歩けと言われたこと。体を張って俺を守ろうとしてくれたこと。俺が良いと言えばカイルと試合すると言ったこと。そして今、先に食べろと言われていること。

 すべては、俺をリーダーと見立ててのことだったのだ。
 頭の中でモヤモヤしていたものが晴れた気がした。

 しかしそうなってしまうと、俺が食事を始めないとクロも食べないということになる。
 うちの家族がそう躾けた結果なのだと思うが、今後のことを考えると少しまずいと思った。

「俺が食べていなくても食べていいよ。これからもそうだ。食べられるときに食べておかないと、身が持たないだろうしな」
「お前が先だ」

「……」
「……」

「……お前、頑固だな」

 犬はみんなそうなのだろうか?
 仕方ないので少しだけもらって食べたら、クロは堰を切ったようにガツガツ食べ始めた。

 そういえば、自分も昨日から今まで、水とおやつ以外口にしていない。
 とにかくいろいろあり過ぎて、疲れたということが大きく、お腹のことは意識していなかった。
 もう少しすると日が沈んで夕飯どきだと思うが……入院食でも出てくるのかな? 入院だし。

 そうだ。入院といえば。
 やはり入院費を払わないといけなくなると思う。
 財布に少しお金は入っていたと思うが、さすがにこの国では使えないだろう。どうしたものか。

 ……。

 今考えても仕方がないか?



***



 ひとまず先に、今後のことでも考えることにしよう。

 ……と思っていたはずなのだが、いつのまにか寝ていたようだ。
 やはり疲労がだいぶ溜まっていたらしい。

 窓を見たら、外がすっかり暗くなっていた。
 さて、では今度こそ頭がクリアなうちに今後のことを……
 と考え始めたところで、扉がガチャリと開いた。

 またカイルだ。
 そして今度は、ワゴンを両手で押している。上には皿が載っており、何やら湯気が出ているようだ。

「晩メシ作ってきたよ!」
「え? お前がメシを? なぜ」

「この町では……というかこの国では、だけど。入院して動けない人には、家族がメシを作って持ってくるんだよ。でも兄ちゃんの家族はこの町にいないんでしょ? だからオレが代わりにね」

「そ、そうなのか。ありがとう。けど、お前は料理人の見習いか何かなのか」
「ん? オレは料理人じゃないよ。あ、そうだ。兄ちゃんのキライなものは入れてないから、安心してね。へへへ」

 さっき食べ物の好き嫌いを聞いていたのは、そのためだったようだ。
 十三歳で料理が出来るというのは、素直に凄いと思った。俺は包丁すら使えない。

「食べたら、食器はワゴンの上に置いたままで大丈夫だから! じゃあオレは夜警の仕事があるからもう行くね。皿は仕事終わったらこっそり回収しにくるから。寝ててね!」

 仕事? 夜警?
 働いているのか……。 
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