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人類種の天敵が一年戦争に介入しました

作者: C
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第8話

 
前書き
 主人公機の初出なので、機体構成に迷いました。
 穴とか素敵すぎる。 

 

 連邦軍が地獄を見る一方で、野良犬を名乗る青年はコックピットで暢気に欠伸を噛み殺していた。連邦軍地上部隊は客観的に見ても奇跡というべき奮闘を示したが、それは言葉を飾らずに言うのであれば、野良犬が連邦軍に付き合ってあげたからである。わざと手を抜いた野良犬だが、別に連邦軍をなぶろうなどと考えたわけではない。こちらの世界における初めての大規模戦闘ということで、全力全速で粉砕するのではなく、正攻法で丁寧に戦ってみようと考えただけだ。野良犬の手抜きを考慮してもなお連邦軍の健闘は讃えられて然るべきであろうが、『この程度』で殺られるようなら、彼には人類種の天敵などという大層な渾名をつけられたりしない。彼の母を含めたオリジナルと呼ばれる26人は、別の世界では26機ですべての国家を打倒した。急遽編成された前準備もしていない三個師団が如何に奮闘しようとも、それで倒されるような相手ではないのだ。デビュー戦当時の野良犬――当時は別に名前があったが――でも何の苦戦もしなかったであろう。
 野良犬は暫く地上を衝撃波で撫で回して執拗にに生存者を潰していたが、やがて轍を追って連邦軍の進軍経路を逆にたどり始めた。後続に誰かいるかしらん? と考えたのだ。野良犬の愛機は漫然と走らせるだけでも旧世紀の超電導リニアを越える速度を出す。主軍の後方でもたついていた補給部隊に追い付いてこれを皆殺しにした後は、高度を上げて更に進んだ。
 この世界と彼の世界は辿った歴史が違う。彼の世界には国家解体戦争という大戦があり、更にリンクス戦争を経て人は汚染された大地を捨てて空に暮らすようになった。そのため、この世界と彼の世界では地形も相当違うがそれ以上に街並みが違う。文字通りの異世界観光なのだが、この世界に来て結構な時間が経っている野良犬は故郷の風景を懐かしく思うところもないではなかった。
 決して機体の背中に積んでいたキノコ雲が上がるミサイルを人口密集地に撃ちたいと思ったわけではない。



「何が野良犬だ、狂犬め!」

 マ・クベはコックピットの中で悪態をついた。相手はチンピラの皮を被ったキチガイだったのだから、悪態の一つや二つ出てこようというものである。現在のコックピットの中は通話状態になっていないから、部下に遠慮することなく罵倒出来る。
 リリアナとの初の会談だが、そこに至るまでがマ・クベにとっては散々だった。

 連邦軍の反撃、それは良い。折り込み済みだ。その反撃の刃はこちらに届くことなく折れた、それも良い。折り込み済みではなかったが、おかげで当方の被害ゼロ。司令官として、指揮下の将兵に損害が出ないことほど嬉しいものはない。こんなサプライズだったらいつでも大歓迎だ。
 ウィーン消滅というおまけがついて来なければ、だが。
 人類史の一つの時代、ヨーロッパを掌中に収めた一族がいた。ハプスブルグ家である。彼らが本拠を移したウィーンは旧オーストリアの首都だが、婚姻政策によってハプスブルグ家が複数の国家を支配するとハプスブルグ帝国の首都として大いに発展した。数世紀の長きに渡り、ウィーンはヨーロッパの首都であったのだ。時は流れヨーロッパの王として君臨したハプスブルグ家の支配も弱まった。加えてプロイセンの伸長と市民革命の広まり、続く二度の世界大戦によって旧オーストリアの地位は低下の一途を辿ったが、それでもなおヨーロッパの中心にあるという地理的要件が変わることはなく、ヨーロッパ有数の国際都市であり続けた。旧世紀末にあっても多くの国際機関が本部を置き、宇宙世紀になっても重要性は変わらない。
 そのウィーンが地上から消えた。宇宙世紀0079、3月7日未明のことである。

 こんなことをしでかすような人間は一人しかいない。オデッサは屋根のある建物が珍しいほど破壊されたが、ウィーンでは、壁のある建物が珍しいほど破壊された。当然だが、屋根もない。壁だけ無くなって基礎の上に屋根が乗っていたらそれはそれで凄い壊しかただが、現実にはそんなギャグ時空の存在する余地などない。ウィーンとその周辺は廃墟を通り越して文字通り更地と化し、民間人の死傷者は推定100万人以上。この光景を作り出した犯人は公開通信で高笑いしていたそうだが、笑える要素など何もない。

 ウィーン壊滅の一報を受けたマ・クベは立ったまま意識を失ったが、放心していたのは僅かな間であった。副官の必死の呼び掛けに意識を取り戻すと、マ・クベは幕僚団の用意した段取りを全て無視して精力的に活動した。これ以上は弄りようがないという過密スケジュールの中で予定を全て反故にして無理やり時間を作り、3月6日の通信で3日後と定めた会談の予定を繰り上げたのだ。
 マ・クベの元に連邦軍全滅の報せが届いたのが3月6日の日没後、ウィーン壊滅の報せが届いたのが3月7日の夜明け前。3月9日に会談する予定を3月7日に繰り上げたのも3月7日の夜明け前だ。全く無茶をしたものである。

 現在のマ・クベのいる場所は、旧ダゲスタン共和国、カスピースクの北方。カスピースクはカスピ海西岸に面した都市だが、カスピ海の環境悪化を受け放棄されて久しい。放棄されたのはカスピースクに限った話ではなくカスピ海周辺は廃墟が広がるだけの無人地帯になっており、ジオン公国軍が第一次降下作戦の降下地点に設定した地域なのはそのためだ。地球侵攻作戦の始まりの地だが、マ・クベにそういった感慨はない。彼の頭の中にあるのはリリアナのリーダー、野良犬のことだけである。ここに来るまでの間もずっと野良犬のことで頭がいっぱいだ。断じて恋などではないが。

 マ・クベの乗るザクⅠは指揮官型の改造の常として、正式量産型に比べて索敵範囲も通信範囲も広くなっている。マ・クベは野良犬を罵ることに一生懸命だったが、乗機の高性能センサーは南から接近する何かを捉えた。対象の速度は音速以上、1分と経たずに到達するだろう。すわ敵襲か、と身構えるマ・クベの護衛部隊の視界の先、青空の向こうに光点が一つ現れた。

「大型ミサイル!?」
「罠か!」
「閣下、お退きを!」
「ミノフスキー粒子散布濃度はどうなっていた!」

 一斉に騒ぐ護衛部隊だが、ミサイルと思われる未確認飛行物体に向けて迎撃を開始するものはいなかった。護衛のザクⅡの兵装のうち、迎撃に使えそうなものはマシンガンのみだが、マシンガンというだけあって短射程である。更に、根本的にザクⅡは……護衛部隊の多くを占めるC型は、遠距離攻撃を得意としていない。ザクシリーズは基本的に近距離で戦うことを想定しているからだ。レーダーに求められる性能も高いものではなく、対象の速度や武装の有効射程にレーダーの性能を勘案すれば、迎撃開始は着弾予想時間より10秒前。対象との距離が8キロメートルを切ってからだ。命中が期待出来るのは更にその半分以下からだが、相手は静止目標ではない。撃ちながら感覚を修正する必要があるため、少し早くから撃たなくてはならないのだ。
 固唾を呑んで見まもるというには短い時間の後、護衛部隊がマシンガンに指をかけたあたりで大型ミサイル(仮)の挙動が変化した。急速に高度を下げていく。目標は未だ眩しいくらいに炎を吹き出しているので、失速して落下しているわけではない。意図して高度を下げているのだ。それを見たマ・クベは、周囲が射撃姿勢を崩さない中、ただ一人、乗機を起こした。こちらに翔んでくる大型ミサイル(仮)が待ち人だと気付いたのだ。コンピューターが計算した『弾道』の正面で乗機を仁王立ちにする。絵になる構図だが、それを観賞する余裕は誰にもない。部下達が大慌てでマ・クベの乗るザクⅠを取り囲み盾になろうとするのを、マ・クベは抑えた。

「2機は私の両翼に、残りは後ろで並ぶのだ。奴の前だ、無様を晒すことは赦さん」
「はっ!? ……ははっ! 了解しました! 03、お前は右、俺が左だ。02は第2小隊と共に横列! 時間が無いぞ! 急げ!」

 マ・クベの意を受けた01……護衛部隊の隊長の指示のもと、護衛部隊は素早く配置を変える。遠目に見ているだけならば日系スクールで行われる運動会の組体操に見えるが、実際のスケールでは18メートルの巨人が地響きを立てて移動しているのだ。ザクⅠ、ザクⅡともに曲線を多用した外観をしているため、人によっては可愛らしさすら感じるかもしれないが、至近距離に無防備な人間が立っていたとすれば、伝わる振動だけで死にかねないほど物騒な光景である。
 組体操が終わった直後、地表を爆走する大型ミサイル(仮)の姿をマ・クベの乗るザクⅠのメインカメラが捉えた。
 ……話に聞いた通りの光の珠である。あの光の珠の正体が超音速を出す人型機動兵器だというのだから、運搬車の中で観測しているジオニック社から出向中の整備主任などは引っくり返ってしまっているのではないだろうか。
 とはいえ、マ・クベが整備主任のことを思った時間など1秒に満たない。相手は超音速である。2秒でジオン公国軍の射程圏内に踏み込むと、光の珠は光ることをやめて、その不吉な正体を現したからだ。超音速でカッ飛ぶことを止め、地上を高速で滑走し、距離が500メートルを切るとガッションガッション歩いて近付いて来た、そいつ。
 そこにいたのは、丸くてゴツくてうっすら緑がかった銀色の。
 変態技術者集団の名を欲しいままにする変態達が作り上げた、アレ。

 緑の悪魔こと、ARGYROSである。
 あちらの世界なら見る人の顔が色々な意味でひきつること間違いない機体だが、ARGYROSを知らないジオン公国軍の反応は違った。

「……なんだアレ」
「樽のお化け?」
「だっせぇ……」

 大変不評のようであった。




 
 

 
後書き

 トーラスマン、君に決めた!

 
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