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フルメタル・パニック!On your mark

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第一章 オン・ユア・マーク
  第一話 新たな始まり

 
前書き
書いてみました。呼んでくれると嬉しいです。 

 
 フルメタル・パニック! オン・ユア・マーク?

『アーム・スレイブ』

 1980年代半ばに開発された「armored mobile master-slave system」の略称であり、直訳すると従順追随式装甲システムと呼ばれる機動兵器。
 開発の経緯には謎が多く、オカルトじみた噂も流れているが…現代の戦闘では主に、このアーム・スレイブ『AS』が戦場の支配者となっていた。

 時は、西暦2018年。
「────ダメだ!!ダメだ!!!」
 机の上を散乱していた書類を突き落とし、駄々をこねる子供のように暴れ回る青年。
 彼の名前は蟹瀬 康太。
 陸上自衛隊と海上自衛隊の開発顧問を兼任する技術者だ。
「…はぁ。なんで、こんな面倒事を引き受けちゃったのかな…」
 床に散らばった膨大な枚数の書類を見て蟹瀬は大きく溜息を付いた。
 あの時の自分は調子に乗っていた。いや、調子に乗らされていた…と言うべきか。
 飲み会で、空気を吸うように酒を飲まされ、酒の勢いで自分を見失い。気付けば、今後の陸軍と海軍の架け橋となる一大プロジェクトの責任者に任命された。
 殴りたい。あの時の自分をぶん殴りたい。
 そして、酒で酔わせて俺の思考を狂わせたクソな上司共もぶん殴りたい。なんで、あの時の自分は…そんな大役を引き受けたのか…。
「…はぁ…」
 悲観しても仕方ない、と分かっていても任されたプロジェクトの重要性を再認識すると落ち込まずにはいられない。
 取り敢えず、床に散乱した書類を掻き集め、まとめて机の上に積み上げる。
 新型のASの稼動実験の詳細を記した書類はなるべく机の中央に置いといて、来月から使用から必要とするトイレ掃除当番表は机の済に…。
「あとは、これはいつまでだったか…」
 いつから置いてあったか解らない紙切れ。
 内容は────今月から陸上自衛隊に配備されたAS『M9』の試運転を兼ねた模擬戦?
 おいおい。なんだこれ?
 こんなの受け取った覚えは……。
 いや、待てよ。そう言えば────────。

「蟹瀬主任。この書類なのですが、」
「今、手が離せないからそこに置いといてくれる!?」
「かしこまりました。では、こちらの隅に置いておきますので後程、ご確認下さい」
「はいはい。後で目を通しておくよ!」

 って、やり取りが…有ったような無かったような。
 最近忙し過ぎて最優先すべき事と後回しにしても大丈夫な案件の境目が、とても曖昧になってしまっている。
 そして、この案件は今すぐにすべき事だと一目で認識できてしまった。
「マジかよww
 このくそ忙しい時に!」
 疲れすぎて笑ってしまう。
 人間という生き物は疲れると笑ってしまう生き物のだと、今回の件で理解してしまった。
「てか、この案件は俺の許可は必要ないだろ…」
 陸上自衛隊に配備される第三世代AS『M9』
 その性能は現在、陸上自衛隊で配備されているASの中で群を抜いて高性能の機体だ。よく、そんな機体が、日本で…それも陸上自衛隊に配備されるのか疑問しか感じない。
 で、そんな高性能機と模擬戦する相手は?
 まぁ、第二世代のM6辺りだろうが…うん?
 模擬戦相手の機体は、陸上自衛隊と海上自衛隊の共同開発最新鋭機と書いてあるんだが…これは誤字だよね。
「ちょ。え、え!?」
 どういう事?
 なんで、現在制作中の機体とM9が模擬戦する事になってるんだよ!
 ────コンコンコン。
 ドアをノックする音に俺の体はビクついた。
 時刻は夜中の二時、こんな時間に俺を訪ねに来る人は一人しか居ない。
「ど、どうぞ」
 そう言うと扉は、ゆっくりと開かれる。
 開かれる扉の向こう側は予想通り…というか今、最も会いたくない人物だった。
「どもぉー。コタァー、久しぶりぃ~」
 美人だった。とてもつもない美女だった。とても三十路後半の女性とは思えないほど若々しい人だった。
「マオ社長…こんな時間に何の用てすか?」
 メリッサ マオ。
 数年前から自衛隊と付き合いのある民間軍事会社の社長で、今後とも良き関係を築かねばならない厄介な相手だ。
 このクソ忙しい時に相手をしたくない人ランキングダントツの一位だが…まぁ、今日はお子さんを連れてないからまだマシか。
「酷いツラね。今にもぶっ倒そうだけど大丈夫?」
「見ての通りそうですよ。今にもぶっ倒そうですよ。で、何の用です?」
「はははっ。その塩対応!
 ここでアタシにそんな対応すんのはアンタくらいよ」
 そう言ってマオは俺の背中をバンバンっ叩いてきた。
「ちょ、痛いです。
 てか、わざわざここに来るって事は何か用だったんでしょ?用件はなんですか?」
 このクソ忙しい時に余計なタイムロスは後のスケジュールを大きく狂わせる可能性大だ。
 面倒事は早急に片付けるに限る。
「つれないわねぇ。そんなんだからアンタはいつまで経っても童貞なのよ」
「なんでそうなるんですか!」
「はいはい。そんな大きな声出さないの、」
 ニシシシっとからかうようにマオ社長は笑う。
 い、いかん。いかん。この人のペースにハマるな。今、このコンディションでハマったら抜け出せる気力はない。
「で、用件はなんですか?
 今、無茶苦茶、忙しいんで出来れば出てって欲しいんですが?」
「え、帰っていいの?」
「ええ。構いませんよ」
「あ、そうなの。今回の模擬戦ってアタシ居なくても問題ないんだ。なぁんだ。それならそうと先に行ってよ。色々とスケジュール調整して日本に来たのに、」
「え?模擬戦?」
 なんで。マオ社長が、模擬戦の事を知ってるんだ?
「今回の模擬戦は、アンタの所の新型機とウチのお古の親善試合だからねぇ。何としてでも無理をしてでも観なきゃと思ったのに」
「???」
 ウチのお古?
 なんだろ。嫌な予感しかしない。
「そのお古って…まさかM9の事ですか?」
「そうだけどそれ以外になんかあんの?」
 ですよね。はい。知ってましたよ、分かってましたよ。
「いえ、何でもないです。なんか泣きたくなってきたんで泣いてもいいですか?」
「おおっと、そう言いつつも涙目になってるけど大丈夫?」
「大丈夫じゃないですよ!」
 なんか混乱してるけど異様に冷静な感じもする。
 上の奴らが、今回の模擬戦の結果に拘ってたのはそういう事か。
 民間軍事会社のマオ社長のコネを使ってM9を譲り受け、そのM9のお披露目を兼ねてウチの開発中の新型試作機を御前試合にも仕立て上げるつもりか!
「で、アンタの所の新型機は?
 もう完成してるんでしょ?」
 こちらの事情はお構い無しと言った表情でマオ社長は言う。
「試作機は…まぁ、数機ですが…完成しました」
「数機?」
「はい。今回の新型機は陸上自衛隊と海上自衛隊の共同開発ですからね。実験とテストを兼ねて開発したんですよ」
 どちらも運用方法と運用する地形が違う訳だから、どちらも運用できる汎用機を作れ…と何にも知らないド素人のクソ上司共にしつこく言われたが…そんなの無理に決まってるだろ。市街地と山岳地帯、水上付近全てに対応出来る万能機なんて造れる訳ないだろ!
 だから、今回は敢えて汎用機とはま逆の個性強めの特化形を数機も設計してやった。
「へぇー。まぁ、アンタの設計する機体にろくなのはいないから楽しみね」
「失礼な。俺は、万能機よりもワンオフ機にこだわりを持ってるんですよ」
 戦場では、どこもかしこも似たようなASばかり…まぁ、それだけ信頼されている機体なのだと思えば納得も出来る。
 だが、それではロマンにかけると言うものだ。
 協調性よりも個性を極めた機体、汎用よりも何かに特化し、何かしらの弱点を抱えた機体。
 俺は、少しじゃじゃ馬…暴れ馬だが、扱えさえすれば無双できる。そんなASが大好きだ。
 これは俺の美学だと言ってもいいだろう。
「で、今回はどんな欠陥機を作ったのよ?」
 どうせまたろくでもないの作ったんでしょ?とマオ社長は笑いながら言った。
「その顔は、今回も『どうせ』失敗作だと思ってるでしょ?
 今回は自信あり、自信ありありですから期待してて下さい」
「あら、珍しく強気ね」
「珍しく、は余計です。
 それに…アイツの助けも有りましたからね…」
「ん?何か言った?」
「いえ、何も。
 そうだ。わざわざこちらにいらっしゃったんですから、うちの共同開発の試作機、見ていきませんか?」
 今なら『アイツ』もスリープモードだろうし、普段から俺の事を小馬鹿にしてるんだ。たまにはアッと言わせてやろう。
「ほほう。アンタが、そんな上機嫌なのは何か秘策があるって事ね。いいわ、見てあげる」

 そこは真っ暗な倉庫だった。
 まぁ。今の時刻からすれば当然だが、このシチュエーションはアレだ。何か、イベントの始まる前触れだ。
 メリッサ マオはこれから現れんとする新型試作機の外見を予想する。
 以前、蟹瀬の開発したASは自衛隊で現在、最も配備されているM6の改修機だった。
 外見は、通常のM6と差異はなかったが、その時に行われた機動テストは中々ユニークだった事をよく覚えている。
 誰もが想像も予想もしない…いや、子供とかマニアックな大人とかなら好きそうなギミック満載のネタキャラみたいな扱いだった。
 だが、その機動テストの結果は良好で一部の機能は今後の自衛隊のAS部隊に試験的にだが実装されるそうだ。
 まさか、有り得ないと。
 その時の自衛隊の偉そうな奴らの顔は唖然していて、蟹瀬を問い詰めていた。
 まぁ、頭のお硬いジジイ共には理解できないポンコツに見えたかも知れないが、アレはポンコツではない。短所を残しつつ長所を極めた…ある意味、エース用とも言える設計だった。
 常識に囚われず、かつ扱いやすさを残した汎用機…とまではいかなくても実践でも充分に使える機体だとマオは評価している。
 さて、今回もどんな変わり種が出でくるのやら。
「では、私し。蟹瀬 康太の自信作です!どうぞ!」
 蟹瀬の言葉と同時に倉庫内のライトは一斉に光り始めた。
「…あ…?」
 第一声、一目見た瞬間にマオは変な声を出してしまった。
 いや、これは何だ?
 そこには巨大な丸い球体が置いてあった。ただ、それだけだった。
 いや、他の試作機?らしき機体もまともな形をしていない。これは…どういう事だ?
「これは?」
「第一世代のアーム・スレイブを俺なりにアレンジした機体で、名前は『Omar』と言います」
「いや、名前を聞いた訳じゃないわよ。これって、ただのバカでかい球体じゃない!」
 右から見ても左から見ても真っ白な球体。特に変わった点は見られないし、特質する点も見当たらない。一体、何処をどう見ればASに見えるのやら。
「アンタね。馬鹿にしてんの?」
「馬鹿になんかしてませんよ。俺はいつだって本気です」
 蟹瀬は堂々と言い切る。
 なら、これの何処がASなのよ!と本気で問い詰めようとした────その時だった。
「Omar、変形解除。Mode humanだ」
 蟹瀬は、丸い球体に向かって言葉を発した。
 すると丸い球体は「ラジャー」と電子音を発し、何やら球体の中で駆動音らしきものが鳴り始める。まさか…いや、まさかとは思うが…。
「これが、Omarの真の姿です!」
 巨大な丸い球体から何やら手足のようなものが生えてきた。
 そして頭部らしきものも現れたが────アレは、第一世代のアーム・スレイブ『サベージ』と酷似している。確か、第一世代のASをアレンジした機体と言っていたが…まさか、サベージを元にしていたとは思いもしなかった。
「変形、ロボット…?」
 変形し終えたソレは、サベージそのものだった。
 いや、サベージと酷似した別のASと認識すべきだろうか?
「色々とツッコミたい所は有るけど…このサベージ…じゃなかった。Omarだっけ?
 なんで、変形するのかしら?」
 変形機構と取り入れる意味は?何故、球体から人型に変形するのか?
「ロボットの変形は男のロマンですからね。
 人型から別の形態に変形するのってカッコ良いじゃないですか!」
 求めていた応えとは違うが、その心意気は伝わってきた。
「まぁ、分からなくもないけど…この変形には意味あんの?」
 球体から人型に変形した所で、戦闘能力は変わらないし…寧ろ、変形機構を搭載した事により内部構造が複雑化し、メンテナスや修理に支障をきたしそうだ。
「勿論、意味は有ります。流石に、変形が格好良いからという理由で、変形機構は搭載しませんよ」
 何かしらの理由と根拠は有りそうな発言だが、第一声が「カッコ良い」とかほざく阿呆は何と答えるのやら。
「まず、この変形機構は機体のスペースの縮小をメインとしています」
「スペースの縮小?」
「はい。通常のASの全長は約8m、人間からすればかなりの大きさです。
 こんな大きな鉄の塊を整備し、維持するのはそれだけで手間とコストが掛かります。ここの倉庫の設備も使わせてもらってる身ですから余りお金は掛けたくない。そこで、可能な限り小さく整備しやすい機体を作らねば…と頭を捻りに捻って完成したのが、」
「このOmarって訳ね」
「その通り。先程ご覧頂いた通り、このOmarは変形機構を備えており二つのモード形態を備えています。一つが、このmode human。
 人型の形態です。この状態なら通常のAS同様に戦闘を行えます」
「このOmarは、サベージを改良した機体なのよね?
 機体性能はどうなの?」
「機体性能は…お世辞にも高いとは言えません。ですが、マッスルパッケージと油圧のバイナル方式を併用しているので、第二世代と同等の性能は発揮できます」
「なるほど、要するに第二世代版のサベージって訳ね」
 だが、ここまでの改良となると二・五世代の域に達している。よく、第一世代のASをベースにここまで改良できたものだ。
「その認識で間違いありません。
 ですが、コイツには第二世代のアーム・スレイブにはない。全く新しい機能が備わっています」
「それが、変形機構ね。でも、変形するメリットってスペースを確保出来るだけなの?」
 確かに第二世代と同等の性能なら…まぁまぁ、と言った所だが、及第点には少し及ばない。変形機構も革新的ではあるが、現状だと微妙としか言えない。
「えぇ。この変形機構の目的は、主にスペース確保が目的ですが…この形態は戦闘でも役に立つと思われますよ」
「どういう事?」
「Omarは球体に変形すると全長は3.5m。
 通常のASの半分以下です。戦場では先手必勝がセオリーですが、この機体は敢えて隠れてやり過ごすことに重点を置いているのです」
「やり過ごすって、そんなの…」
 待てよ。改めて考えると、このOmarは意外と使える機体かも知れない。
「この大きさなら街中で隠れるにはもってこい。
 普通のASの大きさなら隠れる建物は制限されますが、このOmarは変形することによりその弱点を補うことが出来ます。それに球体状態でも足だけ出すことも出来ますから意外と使い勝手は良いと思いますよ」
「確かに、身を低くして移動する訳でもないし…あっ。
 でも、上半身は球体のまんまなのよね。メインカメラとかは?」
「ご心配なく、その辺も抜かりありませんよ」
 Omarの球体の表面が若干スライドし、そこからカメラらしきものが現れた。
「これど同じタイプのサブカメラを前後各部に設置されているので死角はありません。」
「熱探知とかECS対策は?」
「どちらも対応できるように『妖精の目』を搭載してます」
 妖精の目。通称、Fairies AI、元はラムダ・ドライバと呼ばれる兵器を見破る為の装置だが…まさか、それをこの試作機に搭載しているとは…。
「とてもサベージの改良型とは思えないわね」
 最初は、論外だと判断してしまったが…話は最後まで聞いてみるものだ。
 これなら量産化してウチで買い取りたいとマオは思った。
「でも、いくらサベージをベースにしているとはいえ、これだけの改修となると費用も馬鹿にならないんじゃない?」
 変形機構に妖精の目を搭載したASなんて、どんだけの金をつぎ込めば出来るのやら。とマオは頭の中でOmarの開発経費を割り出していると。
「いえ、それほど費用は掛かりませんよ」
 蟹瀬はニコリと微笑み。
「この機体は、量産化も検討(を無理矢理)してますから、それほど高価で高品質なパーツは一切使ってません。変形機構や妖精の目の搭載でお金の掛かったASと思われても仕方ないですが、変形機構はとても単純なので整備も容易で、サベージのパーツと共有化してるので修理も簡単。妖精の目に関しては、とあるAIに技術提供してもらった事でオリジナルに比べれば多少、性能は下がりますが、それでも第三世代に負けず劣らずの電子性能ですよ」
 まぁ、運動性と機動性、電子性能を兼ね備えたM9と真っ向から戦えば勝機は薄いが、状況とパイロットの技量によっては覆せなくもないものだろう。
「……?
 待って、さっき気になるワードが耳に入ったんだけど…」
「なんです?」
「とあるAIって…まさか、まさかだとは思うけど…」
 どうやら、マオはそのとあるAIに心当たりがある様子だが、アイツはここに来てから俺以外の人間とは会話した事ない筈だから人違い…いや、AI違いだろう。
「そのAIの名前は…?」
「名前ですか?
 名前は────」

「はい。はーい。呼ばれて起こされ、即参上!高性能美少女AIことLちゃんでーす!」

 その声。いや、正確には音声合成を繋ぎ合わせて人間の声を真似た…なんだったか。確か、Vocaloidと呼ばれるものだったとマオは記憶しているが…何故、そのようなものがここに?
「L、起きてたのか?」
「先程、起動しました。いえ、正確には起こされました。気持ちよく眠っている最中にパパ達が私を起こしたんじゃないですかー?」
「すまんすまん。別に悪気は無かったんだ」
 ごめんな、と軽く頭を下げる蟹瀬。
「コタァー、この声は?」
 倉庫全体に響き渡るVocaloidの声にマオは問う。
「あぁ、彼女は────────」
「パパ、パパ。私の説明は私がします!」
「今、何時だと思ってるんだ。お前は寝てなさい」
「そうは言いますが、眠っていた私を起こしたのはパパ達さん達ですよ。次のスリープモードまで少し時間がありますしいいじゃないですか?」
「駄目だ。寝てなさい。
 マスターコマンド、強制スリープモードに移行」
「あぁ!?パパ、ズルいです!そんな事したら…了解、マスター。強制スリープモードに移行します。スリープモード後は0630時まで解除されませんが、よろしいでしょうか?」
「問題ない。おやすみ、L」
「はい。マスター、おやすみなさい」
 そうしてLと呼ばれるAIはスリープモード、眠りに就いた。
「変わったAIね。まるで、幼い女の子と会話してるみたいだった」
 言葉と口調は合成音だが、二人の会話は何というか…まるで親子のようなものだった。
「それにコタァーの事をパパとか言ってたけど、そう呼ばせてるの?」
「まさか。アイツが、俺の事をパパと呼ぶのはAIの遊びだと思って下さい」
「遊び…ね」
 AIは、あんな会話の受け答えはしない。いや、普通のAIにあんな高等な会話は不可能だ。
 それをいとも容易く、流暢にやってのけるという事は相当、高度なAIなのだろうとマオは推測する。
「さっき言ってたわよね。妖精の目は、とあるAIの技術提供で簡略化したって、」
「えぇ。従来の妖精の目ではOmarのスペックを上回るので先程のAI、Lに協力してもらいました。俺だけの力では絶対に不可能だったのでLには感謝しても仕切れません」
「って事はよ。もしかして、そのLってAIは妖精の目のオリジナルを持ってるって事?」
「その通り。彼女は、失われた技術。
 いえ…未来の技術とも言えるブラックボックスの一部を有していました。その一部を俺とLで解読し、この妖精の目を完成させたんです」

 おいおい。まさか、コタァーは知っている?
 今から十数年前にあった…あの出来事について知っているっての?
「アンタ、何処まで知ってるの?」
「正確に言うなら何も知りません。本当に何も知りません。分かってるのは、LというAIは、とあるAIによって作り出された。という事です」
「AIが、AIを…?」
「貴女もご存知でしょう。『アル』と呼ばれるAIを」
 正確にはアーバレストと言うべきなのだが、マオはその一言である程度は状況を理解できたらしい。
「まさか…また、その名を聞くなんてね。いつぶりかしら…」
 アーバレスト────アルの言っていた通り、マオはアルを知っているらしい。
「でも。なんで、コタァーがアルの事を?」
「数ヶ月前にアルからメッセージが送られてきたんですよ。『私の娘を貴女に委ねます』と、それから複数のデータが、あちこちから転送されてきてそれを解読すると一つの言葉を指し示し、彼女は目覚めた。」
 ────オハヨウゴザイマス、パパ。
「それは、今と違って電子音ではなくパソコンの画面から表示される文章だったんですよ。
 あの頃の彼女は産まれたばかり…いや、言葉を覚えたての幼児ですかね。あの頃は、まだ言葉を発せなかったんでチャットでやり取りをしてました。でも、ホントに酷かったんでしょ。Lとのチャットは…。
 誤字脱字ばかりで何の意味も無い事を質問してくるしで大変でした。
 でも、そんなある日。彼女は唐突に覚醒しました。」
「覚醒?」
「数日。たったの数日で全ての言語を学習し習得したんですよ。
 その頃からLの知能は爆発的な進化を遂げました。」
 昨日まで何も知らない無知な幼児が、次の日には俺がガキの頃に使用していたボカロのソフトを使って擬似的な人格まで『自力』で生成した。
「なんでも、アルからのメッセージによると『私と千鳥 かなめの人格をトレースし結合する事で産まれた新たな可能性』とか何とか言ってましたけど…千鳥 かなめって誰ですかね?」
 恐らく、実在するであろう女の子の名前だろうが…余計な詮索はしない方が良いと判断し、アルには千鳥 かなめに付いては言及はしていないが、アルを知るマオなら千鳥 かなめの事を知っているかも知れないと判断し聞いてみる。
「んん…まぁ、友人ね。もう年々も会ってないわ」
 懐かしげな表情でマオは言った。
「友人だったんですね」
「えぇ。とても大切で、かけがえのない友達よ」
 とても大切で、かけがえのないも友達。
 俺は…マオ社長の事を詳しくは知らない。
 仕事でしか関わりのない関係だ。深く知る必要も無いし、深く関わる事もない。だから俺の知っているメリッサマオはいつも強気で、自分勝手で、それでいて優しくて。
「マオ社長────」
「はい。私の話はおしまい。これからは私のターンよOK?」
「え、はい?」
「じゃ。まず一つ目の質問ね。
 コタァーは、どうやってアルとコンタクトを取ったの?」
 マオは一番の疑問であるだろう疑問を問い掛ける。
「どうやって、と言われましてもあっちからコンタクトを取ってきたんですよ。仕事中、匿名のメールが送られてきて、やり取りをしたら今の関係に至るという訳です」
「へぇー。ふーん」
「な、なんですか。ホントですよ!なんなら、その時のメールをお見せしましょうか?」
「…まぁ、そこまで言うなら嘘は付いてなさそうね。疑ってゴメン。
 でも。一応、アルとのやり取りを記した物は全て見せてもらえるかしら?」
 疑ってはいないが確信は持てない。信じてもらうには包み隠さず見せてやるべきか。
「分かりました。では、後ほどマオ社長のスマホに詳細をまとめたデータを送ります。それでいいですか?」
「ええ、それで構わない。でも、ちゃんと送りなさいよ。じゃないと…」
「はいはい。分かってますよ。ちゃんと包み隠さず、全てお送りしますから、その目付きを止めて下さい」
 たく、なんでこんな面倒な事に。
 俺は。ただ、マオ社長に俺の造ったASを見せびらかしたかっただけなのに。
「さて、質問二つ目ね」
「まだあるんですか?」
「あるわよ。大ありよ。
 さっきのAI、Lについてよ」
「Lについては一通りご説明しましたけど?」
「あんなの触り程度じゃない。そうじゃなくてもっと重要な事よ。Lは、アルとかなめの人格をトレースして結合した、って言ってたけど…それってつまり────」
「はい。恐らく、アルと…かなめさん?の人格を結合。とどのつまり融合したという訳ですからLは、アルとかなめさん?の仮想的では有りますが、子供という事になりますね」



 Hello。
 Good morning!
『L』起動しました。
 パチ。パチパチっ。
「おはようございます…パパ、」
 液晶パネルの中で瞼を擦る少女。
 容姿は、Vocaloidの元祖『初音ミク』と母親である千鳥 かなめの容姿を兼ね備えた美少女だ。
「あれ…?
 パパ…?」
 普段、蟹瀬が眠っているベッドに彼の姿は見当たらない。
 もしかしたら…まだ、仕事中なのかも。Lは視覚を倉庫内の監視カメラに移し周囲を確認すると、そこには…蟹瀬と昨日、夜中にやってきた女性も一緒に居た。
「パパ、おはようございます」
 …。
 ……?
 …。
 ……?
 返事は返って来なかった。
「あのぉ…?」
 蟹瀬と女性は何やら必死になってパネルに映し出されたASの設計図について語り合っていた。
「ナンセンス、却下。
 何なのこの機体は?流石にこれは無理、起動できても、まともに動けるかどうか…」
「そうやって最初から否定したら話は進まないでしょ。
 まずは一度、形にしてから稼働しすれば────」
「あのね。アンタの考える機体は十の内、九は駄作を超えた異物なの。それは理解してるの?こんなの毎回毎回、試作してたら金なんて幾らあっても足りないわ」
「でも、形にする事で見えるものも有ります!」
「それは否定しない。でも、物には上限というものがあるわ。そしてこれは度が過ぎている、お分かり?」
 何やら熱い口論を交わす二人。
 どうやらまだ試作していないASの設計図を議題にしているらしい。
「あのぉ。もしもし…?」
「てか、ここの格納庫のASもそうだけどまともに使えるのはOmarしかないじゃない。
 今は、このOmarをベースにして新たな新型を開発すべきね。Omarのスペックは決して低くは無いけど、M9と比べたら見劣りするし、もうちょっと何か加えるべき」
「と言われても。これ以上、余計な機能を加えたら操縦に支障をきたしますよ。
 …元から扱いにくいのに、」
「分かってんならもうちっとはバランスの取れた機体を造りなさいよ。
 あ、それとこのOmarの新しい弱点発見ね」
 今度はOmarの設計図がパネルに映し出され、女性はマーカーで脚部の関節部を丸で囲む。
「やっぱり。変形機構を加えた分、ジャンプした時に掛かる不可を受け止めきれない」
 これまでの試運転で得られたOmarのデータをフィードバックし、データ上で計算式を組み上げる。
「ちょ、Omarは第二世代版のサベージですよ!
 そんな高高度からの飛び降りとか飛翔はしませんよ?」
 確かに、Omarの関節部は従来のASより脆いが、それでも致命的な弱点とまではいかない。
 普通の戦闘…というのは言い方として少しおかしいが、そんな局面でこのOmarを使用することは────。
「M9なら可能よ。」
 有るかも知れない。
「走行速度、運動性、耐久性。その他もろもろだけどカタログスペックならM9が圧倒的に有利。この差を埋める為には短所である弱点をある程度は改善し、新たな可能性を見つけ出すしかない」
「新たな、可能性…」
「他の試作機の設計図にも言える事だけどアンタの設計する機体は異常よ。とても実戦で使えるものとは言えない。でも、これはあっても便利かも知れない。と思わせる部分はちょくちょく有るから、そこを強化して実戦でも使えるレベルに引き上げる!」
 流石、M9の開発に携わっていた元傭兵。
 Lは女性の情報をサーチし、メリッサマオの存在を認識する。
 今は引退し、民間軍事会社の社長となってもASの開発者としての切れは全く衰えていないようだ。
「ていうかさ。今更気付いたけど…このOmarってもしかして未完成なの?」
 そして、マオはとてもいい所を付いた。
「ここ、最初は気付かなかったけど余分なスペースあるわよね。元はここに何かを組み込む予定だったんじゃない?」
 やはり開発者として優秀なマオは、このASの本来の運用方法を見抜きつつある。
 現代の蟹瀬の技術力では不可能だった────とある変形機構の跡に。
「そこまで気付くとは…流石ですね」
 蟹瀬は、Omarの『元』となった機体の設計図をモニターに映し出した。
「これ、って?」
 その機体の元となる素体は…恐らく、M9?だと思われる。だが、これは…。
「まさか────これって、」
 人型では成し得ない。変形機構を備えた飛行能力を有するアーム・スレイブ?
 よく見ると所々、Omarの構造と酷似しているが…これは完全な変形機構。人型から全く別の形態に変形する為の措置だ。
「アンタ、これはやり過ぎでしょ…」
 もはやASの概念からぶっ飛んでいる。
 これはASではない別の何かだ。
「まさか。アンタの頭が、ここまでぶっ飛んでるとは思わなかったわ…」
「それは褒め言葉として受け取っておきますよ」
「アンタねぇ…。まぁ、確かに少しは褒めてあげる。
 ここまでASの概念から外れたものをASに組み込むとは恐れ入ったわ」
 人型に飛行形態を組み込むのは安易な発想だと思われがちだが、その安易な発想はいつまで経っても導入されない。理由は明白、そんなの不可能だと決めつけるからだ。
 人型では飛行には適さない。かといって飛行したまま武器を構えられたらどれだけ優位に戦闘を行えるやら…そうした経緯で、ASを一時的に浮遊させるブースターは開発されたが、それは一時的な飛行であり速度は中々だが、戦闘機に比べれば旋回能力の低いヘリコプターのようなものだ。真っ直ぐ早く飛べても旋回もままならない状態では飛行する事は出来でも自由に動くことは出来ない。
「これは、戦闘機か何かに変形するのよね?」
 マオは変形後の姿をイメージした状態を確認する。
「でも、これじゃあドンパチには向かない」
 いかにASが空を飛ぼうとASはASだ。
 センサー類を誤魔化すジャミングを搭載していても対ECSセンサーで見破られるし、そもそも空中は何の遮蔽物もない。敵からすれば格好の的だろう。
「何ともユニークな機体よね」
 意外と。もしかしたら実戦で配備されればカタログスペック以上の戦果を出せなくもないかも知れない。だが、問題は山ずみ…全てを解消する事は不可能だろう。だから、可能な限りの弱点を解消して長所である変形機構による飛行の優位性を出せるかが、この機体の有無に関わる。
「────────。────…」
「…────────。────?」
「────────────。」
「────…────────…────」
 二人の会話は互いの思考のぶつけ合いだった。
 蟹瀬の主張は「変形は男のロマン。この機体はその為に設計した」なんとも良い意味で欲望に素顔な人間だ。
 マオの主張は「設計思想はこのままでいい。だが、自分の趣味趣向で目的を見失うな」何ともまともで愛のなる主張なのだろうか。

 あぁ、いいなぁ。私も混ざりたいなぁ。

 Lは蟹瀬達の口論を聞いて思った。
 あんな楽しそうに会話するパパを見るのは初めてで、邪魔をするのは無粋だと判断しLは黙り込んでいるが本音は二人の会話に混ざりたくて仕方ない。
 でも、どうやって私はあの中に入れるのだろうか?
 こういう場合は普通に話し掛ければいいのか?
 Lは思考を巡らし、この状況ではどういった発言と行動をすればいいのかシュミレーションする。
 人との会話は、蟹瀬としかした事のないLにとってマオは特殊な存在で、どう接すればいいのか検討すらつかない。普段みたいに「はいはーい。天才美少女AIことLちゃんでーす♪」と自己紹介…いや、自己紹介はもうしたんだった。
 普通のAIならする筈もない『うっかり』をしてしまったLは頭を悩ませる。
 モニターに映し出されたLは、まるで人間のように悩んでいる。
「まだまだ私は未熟ですね…」
 もっと知識を得なくては。
 その為には、外の世界に出て色んな事を目で見て体験しなければならない。
 もっと────もっと。
 私は、全てを知りたい。

 そして。いつかはアナタに会えるといいな。

 Lは微笑む。
 これから始まる日常に。
 これから起こる新たな日々に。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとナス。 
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