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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第三部 原作変容
最終章 蛇王再殺
  第三十七話 王妃懐妊

パルス暦321年4月20日、ようやく俺たちはルシタニア兵をルシタニア国内まで押し戻すことに成功し、一旦マルヤムの首都イラクリオンでミリッツァと別れ、傭兵団二万四千、パルス兵三万六千と共にエクバターナへ帰還した。

約一ヶ月ぶりの王都はかなり落ち着きを取り戻していた。破壊されていた家々や人血で汚れていた路地などは奇麗に片付けられ、混乱の痕跡はもうほとんど見当たらなくなっていた。既に奴隷解放令も施行されており、町中で見かける労働者には以前と違い奴隷の首輪はなく、表情も心なしか幾分か明るいようだ。それどころか何となく浮ついてると言うか、いや、むしろ祝賀モードっぽい。

何かと思って通行人に聞いてみたら、五日前に王妃エステルの懐妊が発表されたのだそうだ。それには元々エステルの王妃冊立は概ね好意的に受け取られていたと言う背景もある。異教徒ではあるが、イアルダボート神の代弁者としてルシタニア王室と西方教会を破門し、袂を分かっていることで、邪悪なルシタニア兵とは違う、信頼に足りる御方だと庶民からの人気は高かった。その上、イアルダボート神の代弁者としてルシタニア軍の士気を大いに砕いたことは最大級の武勲だと誰もが評価せざるを得なかった為、領主や諸侯から王妃冊立への異論が出されることはなかった。また、前国王アンドラゴラスと違い、アルスラーンが側室を迎えることを否定しなかった点も領主や諸侯を安心させたのであろう。領主や諸侯はこれまで以上の忠勤を誓い、是非とも側室に我が娘をねじ込んでみせると皆息巻いていたそうだ。

エステルは既に妊娠三ヶ月だそうだ。とすると、逆算すると…。いやいや、そういう野暮なことはよそう。何にしろ、王妃に冊立することは決めても、なかなか実質的に夫婦になろうとしない二人を説教した甲斐があったというものだ。最初の内は「どうして契っていないと判るのだ!」「実際に見ていたのでもない限り判るはずありませんが」と抗弁していた二人だが、「そんなの見れば判る。全てさらけ出しあった夫婦が、お互いの手や肩をそんな遠慮がちに触るはずがあるか!お前らはそんな姿をこれからも公の前でさらして、臣民を心配させ続けるつもりか!」と詰ったことでようやく観念した。やり方がよく判らないというので、バハードゥルとパリザードの営みを見せたことは良かったのか悪かったのか。とにかくそれ以降の二人の様子は見ていて口から砂を吐きそうな程の仲睦まじさで、パルス陣営内には「おれ、この戦いが終わったら結婚するんだ」と死亡フラグを立てまくる奴が大量発生したものだった。ただ、それも決して悪いことではあるまい。国が復興に向かう中で結婚や出産が増加するというのはむしろ却って好都合だろうから。

◇◇

だから、その襲撃は半ば以上予想されていたものだった。私、エステルを殺すことで、王妃とアルスラーン王朝の子孫の両方ともを殺害できる。そうすることで新王アルスラーンの心をも弑することが出来る。これぞまさに一石三鳥だと思う者は確実にいるはずだと。

ラジェンドラ王子があと三日で戻ってくるとの知らせがあったその夜、悪阻で苦しみ横たわる私の目の前で、暗灰色の衣の人影が床から滲み出るように現れたのを目撃したときにも、「ああ、やっぱり来た」という感じだった。

「くくく、王妃よ、はじめましてだな。俺はガズダハム。尊師に仕える忠実なる弟子の一人だ」

うう、頭が痛いし、気持ちも悪い。全く、こんな最悪な体調のときに襲撃を受けるとは。

「…ああ、蛇王ザッハークを復活させようと目論む一味の一人だな。私は今それどころではないのでお引取り願えないだろうか?」

「ふははは、何を馬鹿なことを。今ならば、ラジェンドラ王子のあの化け物じみた配下どもも王都にはいない。騎士見習いとは思えないほどの手練と言われるお主がこの様な無様をさらしている今、この今を逃す馬鹿がどこにいるというのだ。さあ、観念してもらおうか!」

ガズダハムがゆっくりとこちらに近づいてくる。まずい、寝台の上には武器も何もない。いや、この寝室に武器自体が何処にもないのだが。それでも寝台横の小さなテーブル、その引き出しの中には投げるものくらいはあったはずだ。確かその中にはラジェンドラ王子から頂いた物もあった。ただ、何か仰っていたな。「一番最初には投げるな。他に投げる物が無くなってから投げるように」と。…意味が判らないが、その通りにしよう。無抵抗なまま殺される訳にはいかないからな。出来る限り、抗ってやる。私は這うようにテーブルに手を伸ばし、引き出しを開け、その中身一つ一つをまるで片っ端から吟味もせずに投げつけてるかのように投げ続けた。

「ふははは、何だ王妃よ。そんなものがこの私に効くと思うのか?いいぞ、どんどん投げてくるといい!」

畜生、奴め、全く避けようともしない。インク壺、硯、文鎮、その他を次々と投げつけるが、一向に奴は動じない。まだか、もう少し、よし、今だ!ラジェンドラ王子から頂いた小箱!それを極力何気ない風を装って投げた。

「ふふふふふ、はははははははは、は?ぐっ、何だ!何なのだ!これは?」

やった、奴がひるんだ!よし、この隙に!私は胸元のペンダントを弄り、そこに付いていた笛を思い切り吹いた。たちまちものすごい音が鳴り、それを聞きつけて護衛が大挙駆けつけてきた。同時に床と天井から合わせて四つの護衛役の諜者の黒い影が滲み出し、奴の両手、両足首を斬りつけた。そして、身動きも取れないまま奴は護衛の一人に首を刎ねられ、更に切り刻まれて、物言わぬ骸とされた上で運び出された。さすがにそんな部屋で大人しく寝てはいられないので、私は部屋を移ることにしたが。

◇◇

俺がエステルに渡しておいた小箱、それは投げて何かに当たると芸香が辺りに撒き散らされる仕掛けがしてあった。ペシャワールにヴァフリーズ老の密書を奪いに来たサンジェが引っかかったのと同じような仕組みだ。ただ、これの場合は当たらなければ意味がない。それを当てる前に当たっても何にもならないような無害なものを幾つも投げろと伝えておいたからな。無駄な抵抗だと笑って避けずに受け止めるならばもうこっちのもの。まともに喰らって身動きも出来ないままなますの様に切り刻まれるがいいさ。

これで暗灰色の衣の魔道士は尊師とグルガーンの二人のみ、グルガーンはこちらの内通者だから実質あと一人になった訳だ。尊師の次の動きはおそらく宝剣ルクナバードを奪いに来るというものになるはずだ。俺たちという主役も戻り、役者は揃った。さあ、デマヴァント山へ向かおうか!

◇◇

「ガズダハムが死んだようです。我ら弟子は元々七人おりましたのに、とうとう私一人になってしまいました」

私、グルガーンは内心のざまあみろとの思いを必死に押し隠して、沈痛な表情を作った。が、尊師はそれを見てさえいなかった。そういう御方なのだ。実のところ私たち弟子の生き死になど意に介しもしないのだ。

「ふん、どいつもこいつも未熟者ばかりじゃ。口ほどにもないのう」

「ザッハーク様の依代とする予定だったアンドラゴラスの遺体もラジェンドラ王子の配下に奪われ、跡形もなく溶かされてしまいました。この上我々はどうすればよいのでしょう。もう、打つ手などないのではないでしょうか?」

こう言えば、この御方はかえってムキになることだろう。

「まだだ!まだ終わりではない!そうじゃ、ルクナバードじゃ!あれさえ、奴らの手から奪い取って破壊してしまえば、奴らこそ打つ手が無くなるであろう!」

「おお、さすがは尊師!ではこの私が参りましょう!」

「いや、お主が行く必要はない。お主は儂に万が一のことがあった場合に、儂の復活の手筈を整えてもらわねばならぬ。今から言うものを用意するのじゃ。それが揃ったのを確認次第、儂はデマヴァント山へ向かうとしよう!」

そうですね、揃えはしますよ。使いはしませんがね。 
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