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勇者たちの歴史

作者:草刈雅人
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西暦編
  第二話 あの日②

 
前書き
 
とりあえず、一気に、ね?
  

 
 
 遠坂凛は、冬木のセカンドオーナーたる遠坂家の当主だ。
 一族の当主として霊地と龍脈の管理を行うが、時計塔所属の魔術師としての仕事も当然請け負っている。現在の仕事は、冬木の地に存在する大聖杯の調査、及び簡易儀式の確立である。
 凛としては、聖杯戦争という儀式に未練はない。
 だが時計塔の上層部にとって、それも降霊科のロードが非常に興味を惹かれる案件らしく、解体の目途が立つまでの場繋ぎ的な仕事として、期限未定の白紙委任状が届けられた。一応、遠坂と間桐の両家が反対の意を示したが、上層部の決定は覆らなかった。
 そんな訳で、凛はこの五年近く、宝石魔術の研鑽と並行して大聖杯の調査を行ってきたのだが、めぼしい成果はあがらず、士郎を呼んだのも愚痴を言う相手が欲しかったというどうしようもない理由だった。
 彼女のいう所の「心の贅肉」が不足した結果の行動と言える。
 ところが、士郎が日本に帰国する前日に状況が急変した。
『…………そうか。冬木の霊脈にも出たのか、龍紋が』
「はい、定期的に行っていた簡易な調査でもはっきりと分かるレベルでした。これで、ほぼすべての国で観測されたのではないでしょうか」
 時計塔における後見人、そして所属する教室の講師と言葉を交わしながら、凛は思考の海に沈んでいく。世界中で観測されている現象とはいえ、実際に目の当たりにするとその不可解さに頭を抱える羽目になった。根本的な解消法は、残念なことに思いつきそうもない。
 霊脈とは、大地に流れる魔力の軌跡、この星の命の脈動である。
 そして龍紋とは、霊脈の場所・形が不定的に変化し続ける現象のことである。魔術師にとって、霊脈は彼らの生命線といえる霊地の在り方に関連するものである。より優れた霊地に工房を構えることが魔術師にとっての死活問題となり得るのだが、前述の龍紋の影響によって一級と評された霊地の幾つかが、その力を完全に喪失する事例が確認されている。
 冬木も例外ではなく、既に遠坂邸の建つ土地は霊地として完全に力を失っており、現在はアインツベルン所有の古城が冬木における第一級の霊地となっている。
 最も、今なお霊脈は変化を続けているため、もはや霊地という概念は死んだに等しい。
 各魔術協会も非常に憂慮しており、あらゆる枠を超えて調査が続けられているが現象は世界に広まるばかりであり、唯一不自然なまでに観測されていなかった日本でも今回発生してしまった。
 とはいえ、冬木での観測結果は悲観する内容ばかりではなかった。
 驚くべきことに、霊脈の分散という異常な状態にあっても大聖杯は定量の魔力を蓄え続けていた。凛は、この観測結果を基に龍紋発生下でも霊地の安定化が可能ではないかと考え、時計塔で最も多角的な知見を有するロードに相談を持ち掛けたのだ。
『君のアイディアは、龍紋に対して効果的に働くだろう。幾つかの問題はあるが、霊地の安定化という至上命題に対しては今の段階で思いつく課題はない。強いて言うなら、パワーバランスが崩れることを上の連中が嫌がるだろう、ということくらいか』
「……しかし、現状では魔導の衰退は避けられません。後の混乱を考慮しても、今はあらゆる手を打つべきではないでしょうか?」
『同感だ、実に下らない。ミス・遠坂、礼装の開発を進めてくれ。上の説得と事後の対応は、私が他のロードに頼み込むとしよう』
 こういう時に権力争いに無縁な立場は役に立つ、と妙に自信ありげな言葉に苦笑する。
 実際、凛のアイディアには問題点が存在する。
 特に大きな問題は二つあり、複雑な大聖杯の仕組みの内どれが目当ての機能を担っているのか、それが単体で成り立つ仕組みなのかを調べ、簡易化した礼装を開発する必要があることが一つ。もう一つは、礼装が簡易化すればするほど、他の目的に濫用されやすくなる、ということだ。前者は今までの調査内容から分析を進められるが、後者は多様な場合が考えられるためイタチごっこになるだろう。
 一番考えられるのは、分散した霊脈のマナを取り合う展開だろうか。元が一等の霊地だろうが、ほとんど何の力もない下級の霊地だろうが、ただの土地も同然の今、礼装の機能に土地のマナが影響することはそう調整しない限りあり得ない。
 そうなれば、当然起こるのは取ったもの勝ちの争奪戦だ。元の霊地より多くマナを確保しているだの、低く偽装して難癖付けているだの、わざと争いを起こさせて漁夫の利を得ようとする魔術師も出てくるかもしれない。
 正直、その辺りの知恵が浮かばず相談したのだが、面倒ごとをまとめて引き受けてくれるというなら渡りに船だ。この偏屈だがお人好しのロードなら、適当に投げ出さず真摯に取り組んでくれるだろう。
 肩の荷がそれなりに下りた凛はさっそく礼装づくりに励むことにしたのだが、まずは大聖杯について情報を整理していかなければならない。必要な事柄が把握できていなければ、改めて調査に出なければならないのだから頭の痛い話である。
 そして翌日の夜、
「…………まあ、全然足りないわよねぇ、そりゃ」
 地下の工房で引きつった笑みを浮かべる、遠坂現当主の姿があった。
 最も、予想はしていたのだ。元々収集していた情報は、あくまで聖杯戦争を縮小し、簡易化した模倣儀式の開発に必要なものであって、霊脈から六十年もかけて魔力を蓄積する機能など簡易化から最も遠いものだ。
 寧ろ、持っていた情報を分析した結果、今の状態でも大聖杯を稼働させ得ることが分かってしまった。とんだ藪蛇である。これで調査にしろ、封印にしろ、大空洞に行かねばならない名目ができてしまったのだから。
「アインツベルンめ。何が『もう願望器としての機能は破損しておる』よ、しっかり動いてんじゃない。まあ、この世全ての悪をどうにかできたのは大きいけど、協力するってんならしっかり最後までやりなさいよね!」
 がぁーーッ、と気炎を吐くが後の祭り。錬金術の大家は、五年前の大聖杯解体(未遂)の際にこの世全ての悪(アンリマユ)の乖離と事後対応に協力していったが、対価として肝心の機能が破壊されている大聖杯の後始末と間桐、遠坂との縁切りを取り付けていった。なので、今さら何を言っても取り合ってくれないだろう。
 もう一方の協力者であった聖堂教会は、魔術には門外漢ばかり。アインツベルンが気づけなかった見落としに遠坂が気づけなかったように、専門外である聖堂教会側に責任はないだろう。
 結局、遠坂家がやる他ないという状況は変わらない。
「あーあ、面倒なことになっちゃったわね……、……あれ?」
 思わずぼやいた凛だったが、突然消えた電灯に首を傾げた。
 ――――確か、一週間前に替えたはずだけど。
「…………敵、侵入者? けれど、結界には何の反応もない」
 使い魔の情報から、停電が自宅だけではないことも把握している。
 もし敵対する魔術師の攻撃ならば、ここまで無差別で大規模になる必要はない。
 かといって、偶然の事故と片付けるには違和感が残る。身もふたもない言い方をするならば、彼女の中の本能が警鐘をならしている感覚。女の勘、などという言葉を昔使ったが、今の違和感はそれに近い。
 外へ出て、冬木に着いているだろう士郎と合流するか。
 あるいは、工房を封鎖して情報をもっと収集するか。
「……えーーい! 女は度胸よ、覚悟を決めなさい遠坂凛!」
 逡巡は一瞬のこと、新たに用意していた切り札の宝石を複数ひっつかむと、凛は遠坂邸を飛び出した。
「まずは士郎ね、あいつと合流してから考える!」
 大雑把だが行動方針を立て、使い魔を総動員して街を探す。
 宝石魔術の使い魔は目立ちやすいという欠点はあるものの、生体と違い必要な時に込めた魔術を開放するだけで即座に使用できるという長所がある。とはいえ、宝石は消耗品であり、切迫した遠坂家の経済状況としては無駄遣いを避けたいところだが。
 新都に二体、衛宮邸に一体、柳洞寺周辺に二体用意していたが、士郎の姿は見当たらない。
 使い魔の捜索範囲を広げるべきかと考えるが、入れ違いになる可能性もある。
「仕方ない。こうなったら、士郎の行きそうな所をしらみ潰しに当たっていくしか、」
 考えながら歩いていたせいだろう。
 不意に、自分の視界に影が落ちていることに気づいた。
 森の中なら、木陰だろうと気にもならないに違いない。新都でも、ビルや背の高い建物の影に踏み込んでいたなら気付くこともなかっただろう。
 だが、ここは住宅街。夜空の光を遮るものなどなく、
「ちょ……、なぁ……ッ!?」
 大口を開いて迫ってきた異形を、凛は間一髪で回避した。
 白く、口のような器官以外に目立った特徴のない外見。時計塔で、実験で生まれた合成生物は見飽きたと思っていたが、ここまで機能を単一に絞ったデザインは初めてだ。
 人間より一回り以上大きな身体は僅かに浮き上がり、こちらの様子を窺っている。……さっきの様子から見て、こちらを喰うつもりでいるのだろうか。
「冗談、まっぴらお断りよ」
 弾かれたように、勢いよく襲い来る白い化け物。
「―――――Anfang(セット)
 対して凛は、握っていた石の中から黒曜石を選んで放り投げる。
Gewicht(重圧、), um zuVerdopp(束縛、両極硝)elung――――!」
 猛烈な荷重が、対象を大地に押しつぶす。
 彼のギリシャの英雄すら動きを封じ込めた魔術は、未知の異形にも例外なく力を発揮する。
 もがくような動きも僅かな間のみ、抵抗空しく平たく潰れた化け物はあっけなく消滅した。
「使い魔かしら。それとも幻獣が表に出てきたとか?」
 首を傾げる間に、周囲に漂っていた化け物がゆっくりと距離を縮めてくる。
「なんにせよ、冬木はわたしが管理する土地――――好き勝手は許さない。徹底的に叩いて潰して、降参する意思もまとめて砕いてあげるから、覚悟なさい――――ッ!」
 宝石が幾色もの軌跡を描き、緻密で暴力的な閃光が炸裂する。
 二十三いた化け物は、瞬く間に十が弾けて散った。
 四は炎に焼き尽くされ、三は不可視の風に切り刻まれる。
 残りの六は、宝石の魔弾に貫かれて消滅した。
 遠坂凛――彼女は、敵が未知の化け物だろうと萎縮するような性質ではない。刃向かう敵は一切の容赦なく叩きのめし、徹底的に事を成すのが彼女の流儀である。
 五大元素使い(アベレージ・ワン)の一流魔術師を、有象無象の化け物が止められるはずもない。
 
 あかいあくまの蹂躙は、彼女の目的が果たされるまで続けられた。
 
     ☆    ☆    ☆    ☆
 
「ああ―――――ッ! いた、ようやく見つけたわよ、士郎!」
 響き渡る声は、士郎も桜もよく聞き慣れたもの。
 現れた遠坂凛は、二人よりいくらか落ち着いた様子で息を吐いた。
「はあ、手当たり次第に当たるつもりだったけど。近くにいたのは僥倖だわ、二人とも怪我してないわよね?」
「ああ、俺は問題ない」
「はい。私も、先輩に護っていただいたので、無事です」
 二人の答えに、凛はよしと頷く。
「なら、これからの方針を決めるわ。状況だけに、あまり時間はかけられないけど」
 二人の反応を確認し、凛は冷静に言葉を続ける。
「まず、侵入してきたあの白いのについてだけど、細かいことは一切分からない。ただ、数が多すぎるわね。使い魔越しに確認できただけでも、四百か、五百か……街の外からもどんどん入り込んでるから、それ以上にいるでしょうね」
 ……分かっていたことだが、状況は最悪だった。
 ただの人間では抗うことも出来ない化け物が、五百以上。既に侵入を許している今、取れる手段は迎撃ではなく撃破。いや、一体も残さず殲滅するしかない。
 だが、それも現実的ではない。
「あいつら、わたしのガンドじゃ怯むだけで傷もつかなかった。宝石を使えば倒せるけど、多勢に無勢でこっちの手が尽きちゃうだろうし……悪いけど、衛宮くん」
「ああ。あの化け物の相手は、俺がする」
「え? ああ、いや、それはお願いするんだけど、」
 士郎は即座に頷く。あてがわれた役に自分は適任だと、彼は十分理解している。
 遠坂家の宝石魔術は、高い威力を誇る反面、コストが非常に高い。まさに等価交換の魔術の原則を体現した魔術であり、士郎の投影はその原則に反した例外だ。終わりの見えない消耗戦ならば、凛の魔術より遙かに向いている。
 ただ、その速すぎる反応に慌てて言葉が付け足された。
「――衛宮くんには時間稼ぎをして欲しいの、わたしが状況をどうにかするまで」
「――――――む、」
「えっと、姉さん、どうにかするって具体的には何をするつもりなんですか?」
 困惑に押し黙る士郎の代わりに、桜が疑問を投げかける。
 彼女は単純に、自分にも出来る何かを求めていた。凛の策が何かは分からないが、内容次第で桜も手助けが出来るかもしれないのだから。
 期待の眼差しを受けた姉は、気まずそうに目を逸らした。
「………………、……………」
「……えっと、姉さん?」
 姉らしからぬその光景に首を傾げる。
 妙に歯切れの悪い。それほど話したくないものなのか、あるいは説明の難しい儀式でも執り行うのだろうか……?
 結局、たっぷり一分近くも押し黙った凛は苦虫を噛み潰した顔で呻いた。
「…………そう、何をするか。何をすればいいのか、それさえ考えつけば、あんな白いの簡単に片付くのに……ッ!」
 わしわしと頭をかき乱し、最後に深々と息を吐いた凛の目は据わっていた。
 桜の手を握り、士郎に向かって開いた左手を突きつける。
「いい、士郎――街の人たちは柳洞寺に逃がしなさい、そこに結界を張っておくから。それと、深追いは禁止よ。あくまで倒すのは街に入り込んだ敵だけ、外の奴らまで刺激することはないわ」
「待て遠坂、結局何をするつもりなんだ?」
「説明がないと、流石に私も先輩も動きづらいと言うか……」
 再び、重苦しい沈黙が訪れる、かと思われた。
 
「…………大聖杯を起動させるのよ」
「なッ!?」
「えぇ……ッ!?」
 
 
 一分後、魔術師と魔術使いが行動を開始する。
 ――――冬木市周辺に巨大な晶柱が顕現するまで、あと二時間半。
 

 
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