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魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~

作者:かやちゃ
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第5章:幽世と魔導師
  第171話「残る謎と後始末」

 
前書き
日本(というより地球)と管理局の絡みは、次の章に回します。
実質これが第5章の最終話となります。
 

 






       =out side=







「優輝君!!」

 アースラの転送で追いついてきた司が、真っ先に優輝の所へと行く。
 少し後からアリシア達も追いついてきた。

「司……」

「……緋雪ちゃんと会ったの?」

「まぁ、な。……知ってたのか?」

 その問いは、緋雪が現世にいた事についてだった。
 主語のない問いだったが、司達はそれをきっちり理解して答える。

「うん。さっきエイミィさんから聞いて……それで急いで来たの」

「優輝が神降しをしていた時あたりに、学校で少し戦ってたんだって。その反応をエイミィさんが捉えて見つけたらしいよ」

「……そうか、学校も守ってくれたのか」

 司とアリシアがエイミィから聞いた事を簡潔に伝える。

「ここにいるって聞いてたんだけど……」

「………」

 司が辺りを見回しながら言うが、優輝はそれに構わずに手元を見る。
 つい先ほどまで緋雪を抱きしめていた腕を。
 その感触は確かに残っており、あれが夢でもないのだと実感させてくれた。

「……緋雪なら、幽世に帰ったよ。現世に留まれる時間が終わったらしい」

「っ……そっか……」

「引き留める……事は出来なかったのか」

「ああ。現世に留まるための“器”がない。幽世での肉体だけじゃ、現世にはいられないらしい。蘇生しようにも、こちらでの肉体がなければ意味がないしな」

 魂を馴染む“器”に入れる事による蘇生は、グリモワールに載っていた。
 だが、それを行う条件が揃っていなかったのだ。
 もし揃っていれば、すぐにでも蘇生魔法を使っただろう。

「……そうか」

「死んでからとはいえ、幽世で緋雪は元気にしてるみたいだ」

「優輝が納得してるなら、僕から特に言う事はない」

 クロノはそう言って、それ以上緋雪について聞かなかった。
 優輝はあの僅かな再会の時間だけで、緋雪が元気にしているのを理解したのだ。

「(……それこそ、シュネーの頃の苦しみなんてなかったように、な)」

 心の中で先ほどまでの緋雪の顔を思い浮かべながら、優輝はそう思った。

「じゃあ、アースラに戻るぞ。なのはと奏とは別に、君も検査を受けるべきだからな」

「ああ、わかった」

「それと……いや、こちらは検査の後で聞こう。とりあえず、休息するためにも……エイミィ!」

『準備出来てるよ!』

 何かを言おうとして中断したクロノは、エイミィに通信で呼びかける。
 すぐにエイミィは応答し、アースラへ行くための転送陣が現れた。
 それを通り、優輝達はアースラへと帰還した。









「……体への負荷でボロボロだけど、これは時間でどうにかなるわ。どうやら、表面上の治療は済んでいるみたいだし」

 アースラへと戻り、早速優輝はシャマルによる検査を受けた。

「でも……いえ、こっちの方が問題ね」

「ど、どうしたんですか?」

 付き添っていた司が、シャマルに尋ねる。
 ちなみに、他の面子は軒並み戦闘の疲労で休んでいる。
 司も疲労してるのだが、体に鞭を打って付き添っているのだ。
 シャマルもずっと気絶してたのだが、目が覚めてからはこうして治療に専念している。

「……優輝君。貴方、感情を失ってるわね?」

「……やはり、わかりましたか」

「これでもはやてちゃんの健康管理をしているので当然です」

 感情を映さない優輝の目を見て、シャマルが指摘する。
 それを否定する事なく、優輝は納得した。

「ほ、本当に……ですか?」

「ええ。細かい所まではわからないけど、検査中にわかったわ」

「……まぁ、自覚はしてました。あの時、“何か”が壊れると同時に、自分の中から感情が失われていくのを感じましたから。……おそらく、感情を代償にして、導王流の極意に至ったのかと」

 まるで他人事のように、優輝はいつ感情を失ったのか語る。

「まるで互換性がないのだけど……」

「……そういえば、なのはちゃんと奏ちゃんが同じような事を……」

「……その事ね」

 なのはと奏。二人は既にシャマルの検査を受けていた。
 内容は、優輝が極意に目覚めた時、誰かに乗り移られたかのような反応をした事だ。
 体に異常はないのか検査していたのだ。

「二人に異常はなかったわ。記憶の方も、抜け落ちている感じはなかった。……その時の事は、まるで覚えていない夢のように、“なかった事”になっているわ」

「……そう、ですか……」

「二人が、そんな反応を……」

 尤も、この場合異常が見られないのが“異常”であると、三人は理解していた。
 そして、話を聞いてどういうことなのかと優輝も考える。

「優輝君、奏ちゃんとなのはちゃんは、多分優輝君が感情を失ったであろうタイミングで、優輝君が感情を代償にしたって言ってたの。……心当たりは……」

「……ない、な」

「そっか……」

 優輝の事を言っていたので心当たりはないか司が尋ねたが、心当たりはないようだ。

「そうなると謎が残るわね……。どうして、二人はそんな状態になったのか……」

「……誰かの干渉を受けていた……とか?」

「無きにしも非ず……と言った所ね。判断材料が少なすぎる。一度落ち着いた時にもう一度考えた方がいいかもしれないわね」

「なるほど……」

 今はまだ考えるには早いという事になり、検査はそれで終わる。
 結局の所、感情を取り戻す方法も、なのは達のあの状態も分からず仕舞いだった。

「……とりあえず、私たちも休もうか」

「そうだな」

 いつもと違って素っ気なく感じるその返答に、司は寂しく感じる。
 だが、感情を失った状態では、仕方ないとも考えられた。

「……優輝、司」

「帝君……?」

「どうした」

 そこへ、検査が終わったのを見計らってか、帝が合流してきた。

「ちょっと来てくれるか?他に聞かれたくない。出来れば司も席を外して欲しかったが……椿の言ってた事をエアが覚えててくれてな。あの存在に敵うかもしれない司にも知ってほしい」

「……分かった」

 含みのある言い方に、二人ともただ事ではないと判断する。
 そのまま、誰かに見られる事のない個室に移動する。





「さて……どこから話すべきか……。以前、攻撃が通じない正体不明の男がいたな?」

「う、うん。あんな相手は類を見ないから、よく覚えているよ……」

 帝が初めに話したのは、以前に遭遇した攻撃の通じない男。
 結局正体が掴めず、今後に備える事すら難しいまま保留となっていた存在だ。

「そして、その男は倒されたと、俺が発言した事も覚えてるよな?」

「ああ。……今その話をするという事は……」

 優輝が返答すると同時に、なぜその話をするのか見当をつける。
 そして、言葉を投げかけると、帝は頷く。

「話が早くて助かる。……男を倒したのは、なのはと奏だ」

「嘘……二人も気絶してたんじゃ……」

「そのはず……だったんだがな」

 確かに、優輝が倒れる時には二人とも気絶していた。
 少なくとも、司も奏がやられたのは見えていた。

「優輝がやられた頃には、回復を受けた俺は目覚めていた。その時に、見たんだよ」

「二人がその男を倒しているのを?」

「それもある……が、問題はその時の二人の姿と口調だ」

 この際、倒した所見た事に帝は問題を感じていなかった。
 問題である姿の事を考えれば、倒せてもおかしくはないと思っていたからだ。

「口調は、優輝と守護者の戦闘中になったあの状態と同じだ。淡々と、まるで仕事をこなすだけの人形のような……」

「その時にも、二人はあの状態に……」

 以前と同じだった。
 だから、帝はその状態になった二人を見て震えていたのだ。
 以前に、あまりに未知だと思えてしまう“ソレ”を見ていたのだから。

「……もう一つの、“姿”の方は?」

「っ、そうだった。そっちも問題だって言ってたよね?」

「ああ……。いや、見た目自体は別に恐ろしいとか凄いとかじゃないんだ。……二人がその姿になる事に驚いたというか……」

「………」

「……“天使”だったんだ。比喩でもなんでもなく、そのままの意味で」

 言い淀んだ後、呼吸を整えて帝はその事実を伝えた。

「背中に白い羽。頭上に光の輪。服装もギリシャ神話とかにありそうな白い衣になっていた。それを認識した次の瞬間には、あの男が蹂躙されていた」

「……じゃあ、今回のも……」

「姿こそ変わらなかったが、以前と同じかもな。……もしくは、意識だけ湧いてきたか」

「………」

 帝の言葉に、優輝は考え込む。
 心当たりはないはずなのに、どこか引っかかるのだ。

 それも記憶などの無意識下によるものではなく、魂の奥底にある“何か”が……。

「……あの時、天使の姿になった瞬間。……なんというか、物凄い気配のようなものを感じたんだ。……そう、それこそ転生する時にあった神様と同じように」

「つまり、帝は二人の正体……もしくは二人の体を借りた存在は、僕らを転生させる“神”に連なる存在だと思っているのか?」

「……多分、そうじゃないかとは思っている。……だからこそ、あの場で言うのが怖かったんだ。俺たち人間の知る由もない存在が、何かしようとしてるんじゃないかって」

 抑えていたのであろう震え声で、帝はそう言った。

「俺が無闇に二人の事を言えば、目をつけられてしまうんじゃないかって……」

「……それは、確かに言えないね……」

 帝は、転生者である優輝達の中では一番の一般人気質だ。
 だからこそ、強い力を持って調子に乗っていた経歴がある。
 そして、そんな一般人気質だから、強大な存在を恐れていた。

「でも、対抗手段のある二人なら……」

「なるほど。僕は宝具の効果で」

「私は……そっか、ジュエルシードと天巫女の力で……」

「ああ。……と言っても、手段があるだけで対抗できるとは……」

 帝はそこで言い淀む。
 そう。これは飽くまで“対抗手段”だ。
 実際に対抗できるかどうかは、その時の相手によって変わる。
 以前の男ぐらいの強さであれば、どうにかなるが……。

「今回の守護者程の強さだったら……」

「どうにもならない、という訳か」

「ああ……」

 守護者との戦いは、対抗できる者が全員で戦ったから勝てた。
 もし、その強さに加えて男と同じ特性を持っていれば、やられていただろう。

「それでも話したという事は……そうか。知っている人数を増やす事で、目をつけられた時に分散させるためか」

「……そうだ。……悪い、利用する形になっちまった」

「素直に認められるだけマシだ。それに、今回は危険を承知でそうするべきかもしれんしな」

「そうか……」

 人を利用する。
 調子に乗っていた頃ならまだしも、今はその行為をするのに引け目を感じていた。
 だが、優輝がその行為を肯定してくれた事で、帝は若干安心した。

「……話したかった事は、それだけだ」

「結局、二人の正体?みたいなのはわからないんだね……」

「文字通り、“天使”なのかもな」

「あながち間違いじゃないかもね」

 司が苦笑いでそう言って、話は終わる。
 謎は謎のままだったが、これで少しは情報が増えた。













「さて、もっと休息を取りたい所だろうが、少し辛抱してほしい」

 しばらくして、クロノが一度招集をかけた。
 一部アースラ職員を除き、気絶している人達を除き、ほぼ全員がこの場に集まった。
 なお、リンディを含めたこの場にいない人達は、日本の各所へ説明に行っている。
 その際に士郎たちのようなコネがある人達も駆り出されている。

「事件解決した所で悪いが、これからの事でさらに苦労する事になる。その辺りは魔法の露呈からしてわかるだろう」

「それともう一つ、私たち陰陽師や式姫の存在もね」

 クロノに付け加えるように、澄紀がそう言う。

「紹介を忘れていた。こちらは現地にて協力してもらった陰陽師や退魔師の一人、土御門澄紀さんだ。陰陽師では有名な土御門家の当主として、この場の陰陽師代表として立ってもらっている」

「ご紹介に預かった土御門澄紀よ。……尤も、私自身はそこまで貢献していないわ。貢献したのは、そちらにいる陰陽師と式姫の人達よ」

 そういう澄紀は、一瞬澄姫の事も言おうとしたが、敢えて言わずにおく。
 今言った所で意味はないと判断したからだ。

「それから……」

「小烏丸蓮です。小烏丸という付喪神の式姫です」

「式姫のシーサーだ。名前としては山茶花と名乗っている。どちらで呼んでも構わないぜ」

「同じく式姫の鞍馬だ」

 澄紀の視線を感じ取った蓮から順に式姫が自己紹介する。

「同じく、織姫よ」

「天探女と言います」

「猫又だにゃー!」

「コロは、コロボックルって言うんだヨ!」

 次々と自己紹介が終わり、視線は残りの面子である鈴と悪路王に向く。
 ちなみに、葉月は既に自己紹介してあったので、今回は省かれている。

「土御門鈴よ。当主と違って、私は分家にあたる陰陽師ね」

「……吾は悪路王だ」

 鈴は堂々と、悪路王は渋々と言った感じで名乗る。
 悪路王が渋っているのも無理はない。本来ならば、慣れ合う気などないからだ。
 それは鈴や優輝達も理解しており、この場で混乱させないように妖の一人であることも伏せておく事にした。

「さて、紹介が終わった所で本題に入るが……今後の地球との関係だ」

「私たち陰陽師にとっては、一般人との関係ね。こちらは一度土御門家本家で話し合う必要があるわ。式姫一同と鈴、それと葉月、貴女達にも来てもらうわ」

「わかっているわ」

「わ、わかりました」

 澄紀の言葉に鈴と葉月は頷く。
 実質、これで澄紀が話すべき事は終わりだ。
 後は、クロノの話に補足できる事は補足するだけとなる。

「幽世の大門が開いた事で、今日本は大きな被害を被っている。これ以上被害が広がる事はないだろうが、問題はその原因だ」

 クロノはそこで言葉を区切り、とある映像を皆に見えるように映し出す。
 そこには一つのロストロギア……通称“パンドラの箱”が映っていた。

「幽世の大門が開いた原因は、このロストロギアが起動したからだと考えられる。そして、それを持ち運んだのは次元犯罪者だ。そして、その犯罪者は管理局員が追っていた。つまり……」

「今回の事件は、あなた方管理局の不始末と捉えられる可能性が高い、という訳です」

 付け加えるように、クロノの言葉を代わりに言う澄紀。

「そ、そんな!?」

「事実だ。組織というものには責任があり、今回の場合は管理局に責任があっても過言ではない。……それに、それだけじゃない」

 なのはが思わず声を上げるが、クロノがきっぱり言う。

「それだけじゃない……って?」

「銃刀法違反」

「っ……!」

 司が聞き返し、澄紀が呟くようにその一言を発する。

「私たち陰陽師の家系は裏で例外的な許可を取っているため、何とかなるわ。けど、管理局の人達と式姫はその許可がない。……杖で済んでいる人はともかく、刃物を扱っていた人は……」

「引っかかるって訳だ」

 魔法のための道具であろうと、刃物は刃物。
 18歳未満もしくは、無許可で刃物の武器を扱えば、それは銃刀法違反になる。

「普通の杖や、刃物ではない武器を使っていた者は大丈夫だろうが……それ以外は日本での法律に引っかかる」

「魔法や陰陽術の事を踏まえても、それを避ける事は出来ないわ。それに、器物損壊とか、他にも法に引っかかっているものもある」

 目撃した人であれば、優輝達が例え違反していようと“仕方ない”と思うだろう。
 だが、それで済まされないのが法律だ。

「……頭を抱えるような事態だ。管理局と地球の関係の擦り合わせ、戦闘を行った者の法律違反。正直、頭を悩ませる点では後始末である今の方が大きい」

「私たち土御門家からも何とか擁護してもらうけど、何かしらの罰がある事は覚悟してほしいわ。……私から言わせれば、日本を救った人達にとても無粋な事なのだけどね」

 一部からは、例外的に認めろと言う声が上がるだろう。
 その一方で、一部からは優輝達を銃刀法違反などで悪人扱いされるだろう。

「何も、変に否定する必要はない。原則的な事を違反していた事以外、悪い事はしていないのだから」

「そうよ。人助けに原因の解決。その過程で銃刀法違反や器物損壊などを起こしてしまっただけ。それ以外に後ろめたい事はないでしょう?」

 “悪い事していないのに”と言った表情をなのはやアリシアがしていたからか、クロノと澄紀が擁護めいた事を言う。

「だけど一部の法律を犯した事も事実。これは覆しようのない事実だ。……腹を括って、相応の罰を受けるしかない」

「さすがに、今回のような事態であれば大目に見てくれる……と言いたいのだけど……」

 そこまで言って、澄紀はクロノを一瞥してから溜息を吐く。

「……だけど、なんだ?」

「やはり、違う世界の人だからか、銃刀法違反をよく知っていないようね。……これは、所持しているだけでもダメなの。……地球に住んでいる魔導師の人は、ずっと銃刀法違反をしている事になるのよ」

「……そうだな。この銃刀法……銃砲刀剣類所持等取締法はそう言うものだ」

「優輝君、詳しいの?」

「一応知っている。とだけ言っておこう」

 優輝自身も詳しい訳ではないが、ある程度は知っていた。
 だからこそ、銃刀法違反で問われた時、警戒すべき事も理解していた。

「クロノ、僕らは常にデバイスを携帯している。それは言い返せば常に刃物を所持していた事になる。もし、デバイスをいつから所持していたかなどと聞かれれば……」

「そうか……」

「管理局としての職務を全うするために必要。もしくは普段は刃物や武器ではない事を主張しても、その意見が通るかどうか……」

 優輝の言葉に、澄紀は考え込むようにそう呟く。

「……少し情報を整理する必要があるな。とにかく、まだ今回の件は全て終わった訳じゃない事は忘れずにいてほしい。一旦解散してくれ」

 クロノのその言葉で、一度解散する。
 しかし、何名かは考え込んでかしばらくじっとしていた。

「(……この件の本質は、如何に法律違反から逃れるかじゃない。……人の悪意を、どう跳ね除けるかが重要だ。クロノが受け入れるつもりなのは大きく分けて二つ。ロストロギアの不始末によって生じる責任と、解決する際に法律を違反した事)」

 その中で、優輝も考え込んでいた。
 例え感情を失っていても、そういう所は変わらないようだ。

「(原則的な責任は受け入れるだろう。でも、必要以上の責任の押し付けは避ける。同じように、武器を持っていたからと、戦闘で街を巻き込んだからと、そう言って裁くように言ってくる偽善も跳ね除けるだろう)」

 相応の責任は確かにある。それは事実だった。
 だが、世の中にはそういった責任に付け込み、やり場のない憎しみや悲しみなどをぶつけたり、必要以上の憎悪をぶつけてくる輩もいる。
 厄介なのはそれを“善”だと思って行う輩が多く、そういった“悪意のない悪意”が自分たち……厳密には、まだ子供であるなのは達に向くのを、クロノ達は恐れていた。

「……優輝君?」

 考え事をしている優輝が気になったのか、司が話しかける。

「……少し考え事をしてた」

「クロノ君が言っていた事……だよね?……思い返してみれば、気にしてなかっただけで日本の法を破るような事ばかりしてたんだね……」

「ああ。だけど、クロノが言っていた通り、違反していた事以外に後ろめたい事はやっていない。……悪人呼ばわりされる謂れはない」

「うん。……でも……」

 司はどこか怯えたような様子だった。
 天巫女である司は、人の感情に左右されやすい所がある。
 人の悪意が向けられるのを想像してしまったのだろう。
 ただでさえ、司は前世の経験がトラウマになっている。
 いくら囚われなくなったとはいえ、それは簡単にはなくならない。

「怒涛の情報量に、未知の技術を持つ、地球からすれば宇宙人である管理局。ただでさえ幽世の大門の件で混乱している。……錯乱した悪意が集中するのも覚悟するしかない」

「そう、だね……」

 犯罪者などに向けられる悪意は知っていても、こういった類の悪意を司は知らない。
 “悪意なき悪意”と言えるような、ほんの思考のすれ違いだけでも生じる悪意。
 それは理不尽なもので、異様な程に人の心を抉るのに特化している。

「(必要となれば、誰かがヘイトを集める事になるかもしれないな)」

 理不尽に糾弾されるならば、せめてその対象を一つだけに。
 そう考える優輝だが、司を見て一瞬思い留まる。

「(……ダメだ。僕がそれを引き受けたら、周りはどう思う?一人で背負い込んだらダメだと、散々言われてきたんだろう?だったら、その手段は取れない)」

 感情を失っていても、その一歩は踏み止まることが出来た。
 しかし、それで何かが変わる訳ではない。

「……椿と葵なら、なんて言うやら……」

「……二人は……大丈夫なの?」

「わからない」

 現在、椿と葵はまるで優輝に溶け込んでしまったかのように、意識が感じられない。
 そのため、死んでしまったのか、まだその寸前で踏ん張っているのかすら不明だ。
 憑依を解除した時点で何が起こるかわからないため、状態も分からないのだ。

「幽世の大門を閉じたとは言え、そのまま丸く収まる訳ではない……か」

「……なのはと奏も、自分の中に何かいるかもしれないって、少し怯えてるみたい」

「アリシアか」

 二人で話していた所へ、アリシアが来る。
 既に、アリシアからすずかとアリサに託された力は消えていた。

「アリシアちゃんに力を託してたみたいだけど、アリサちゃんとすずかちゃんは無事だったの?」

「うん。力を使い果たしただけだから、休憩してるよ。かくいう私も、もうへとへとで……」

 司の隣に、突っ伏すように座るアリシア。
 慣れない戦闘を何度もしたのだから、心身共に大きく疲労しているのだ。

「話は途中から聞いてたよ。……椿と葵、どうなるか分からないんだってね」

「……ああ」

 既に家族同然として付き合ってきた二人。
 その二人が生死不明になっているのは、両親や緋雪がいなくなった時以来のショックだ。
 感情が失っている今だからこそすぐに受け止められたが、そうでなければショックでしばらく冷静ではいられなかったかもしれない。

「……これから、どうなるのかな……?」

「わからないよ……」

 不安を露わにする二人に、優輝は掛ける言葉が見つからなかった。
 既に取り返しのつかない所まで来ている……からではない。













「(……何かが、始まろうとしている。幽世の大門が前座とも言えるような、“何か”が……。この確信めいた“予感”は、なんだ……?)」

 “パンドラの箱”、帝から齎された“天使”の情報。
 以前夢の中で聞いた優奈の言葉。
 優輝とそっくりの姿をしていた、正体不明の男。
 いくつも“謎”は残っている。
 それらの“謎”から、優輝は大きな予感を感じ取っていた。













「(なぜ、こんな“知っている感覚”があるんだ……!?)」

 ……同時に、不可解な既視感を覚えながら。





















   ―――その夜……





       =椿side=







「………」

 ふわふわと、宙を漂う感覚に包まれている。
 私は一体どうしたのだろうか?
 なぜこんな状況になっているのだろうか?

「(私は……)」

 ぼんやりと、記憶を辿る。
 そして、すぐさま心当たりを見つけた。

「(……思い出した。私は、死の淵にいるのね……)」

 宙を漂うこの感覚は、今まさに死にかけている証なのだろう。

「(葵は……優輝は……)」

 私と同じく死に体だった葵。
 そして、そんな葵と共に私が憑依した優輝。
 二人の無事が、自然と心配になった。

「(……いえ、優輝ならきっと無事ね。いつも無茶してばかりだけど、ここぞと言う時はしっかり成し遂げてくれるんだから)」

 今の私がどんな状態なのか、私自身にもわからない。
 でも、実体がないような感覚だから、憑依は続いているのだと思う。

「(……葵、そこにいるの?)」

 何となく、感覚で近くに葵がいるような気がした。
 もちろん、伝心も念話もしていないのに、声が届くはずもない。

「(……人はいつか死ぬもの。それは式姫も例外じゃない。……とは、思っていたのだけれどね……。思っているのと、覚悟は別……か……)」

 今までいろいろあった。
 悲しいことも、楽しい事も、数えきれない程。
 ……でも、だからこそ……。

「(……死にたく、ない……)」

 ……だからこそ、私はそう思ってしまう。
 やっととこよの居場所を見つけたのに。
 今までずっと探して、ようやくどこにいるのかがわかったのに……。

「(……優輝、葵……!)」

 葵とも長い付き合いになっていた。
 優輝とも、私が生きてきた時間を見れば短いけれど、それでも家族として一緒にいた。

「(……私は、死にたくない……!まだ、生きていたい……!)」

 数百年と生きてきて、この数年間は非常に充実していた。
 それこそ江戸の頃と同じくらいに。
 だから、生への渇望が、私の中に渦巻く。

「(……あぁ、でも……)」

 ふっと、力が抜けるかのようにその想いの勢いが弱まる。
 体を動かせない。そも、憑依という実体がない状態では動かすも何もないのだけど。

「(憑依しているというのに、優輝が見ているものも見えない。……完全に、消えかけている状態よね……)」

 本来なら、憑依している状態は意識がないか、それとも憑依している対象と同じ視点を持つことができるはず。
 それなのに、こうして宙を漂うような感覚のみがある。
 ……厳密には、宙を漂うようにして、どこまでも落ちていくような感覚が。

「(優輝と別れるのは嫌だけど、幽世に還れるのなら、とこよに会えるかもね……)」

 徐々に“消えていく”のを実感する。
 死にたくなくても、その現状は覆らない。

「(……さようなら、優輝。出来れば、貴方と……)」













   ―――……ずっと一緒に、いたかったわ……





















       =優輝side=







「ッッ―――!!」

 ……何かが、起きた。
 “ドクン”と、一際大きな鼓動を感じて、僕はそう思った。

「一体、何が……!?」

 時刻は未だに深夜だ。
 あれから、情報などを整理する時間が必要だったため、休息を取っていた。
 ……なお、魅了対策のために司が澄紀さんや他の式姫に回復した魔力で加護を与えて回ったおかげで、例え織崎が目覚めても大丈夫なようにしておいた。

「っ………」

 胸の辺りを抑える。
 まるで、僕の中から何かが消えてしまったようだ。
 ……大切な、何かが……。

「……椿?葵?」

 “まさか”と、思った。
 確かに二人は憑依を解けばすぐに死んでしまう状態だった。
 でも、まさか……。

「………」

 感情を失ったはずなのに、僕の心が痛む。
 悲しみ、悔しさ。複雑な想いが僕の中を駆け巡る。

「……っ……」

 感情が失ってなお、涙が溢れて止まらない。
 声なき慟哭を、僕は上げる。
 感情を失くした事が、不幸中の幸いと言えるかはわからない。
 だが、感情の欠片だけでここまで感情が膨れ上がるのなら、この程度では済まなかった。

「くっ……!」

 誰にも、この慟哭を見られなくてよかった。
 ……今は、一人でいさせてほしかった。



























   ―――……僕は、また家族を喪った。























 
 

 
後書き
ちなみに、元々椿と葵は憑依を解けばすぐに死んでしまうような状態でした。憑依状態であればそれが阻止できる上、憑依対象(優輝)が回復すればそれにつられて回復する事もできるため、憑依をずっと解かずにいたという事です。
次章が(作者にとって)この小説で最も山場になります。
何せ、法律とか小難しい事ばかり関わってきますからね……。
最悪、カットを多用する事になるかもしれません。

優輝と緋雪は前々世。司は前世の事から、一般人の気質から離れています。
神夜も思い込みの激しい思考から、その気質とはかけ離れています。
そうなれば、病弱な人生を送っていたとはいえ、奏も一般人の気質だと思われますが、今回の場合は奏自身(もしくは体を使った存在)が関わっているため、除外しています。
また、もう一つ“ある理由”から非日常に順応できる気質になっています。ちなみに、その理由は司にもあります。
よって、一時は踏み台になっていたとはいえ、帝が一番一般人気質となります。

ちなみに、式姫勢が名乗る名前(蓮や山茶花)ですが、それはかつての時代では違う陰陽師が同じ式姫を使役していた時、区別するために使っていたものです。
区別する必要がなければ名乗る必要もないため、鞍馬達はそのまま名乗りました。 
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