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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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第五次イゼルローン要塞攻防戦6



「く、クライスト」
 もはや怒声すらも枯れたような、苦い、苦い響きであった。
 イゼルローンが輝き始めて、ヴァルテンベルクは全てを理解する。
 黒色の液体金属の海からは稲光が走り、宇宙を明るく照らしだしていた。

「焦るな。これは脅しだ――まさか、本当に撃つわけがない」
 くしくも同盟軍の期待と同様の考えであったのだが、願いとしては同盟軍以上に思っていたことだろう。敵と戦って死ぬのならば、ヴァルハラでも自慢ができる。
 だが、味方に撃たれて死ぬというのは、なんと間抜けなことか。

 ヴァルテンベルクの希望を十二分に込めた言葉は、周囲の将官たちも淡い期待となって広がった。
 このまま嘘でも狙いを外して発射するだけで、一瞬でも敵艦隊は後退するはずだ。
 そうならなくとも、前線に位置する艦隊には動揺が走る。
 すぐに追いつくことなど不可能であり、駐留艦隊は、その隙をついて後退すれば多くの艦が斜線から逃れることができる。ヴァルテンベルクにとっては腹立たしい事だが、一部の艦に被害が出ることは避けられないだろう。

 それもこれも、全ては要塞司令官の無能どものせいだ。
 後退のタイミングで敵に接近を許したとしても、要塞からの援護が十分であったならば引き離すこともできた。だが、主砲を封じられたことで愚かにも右往左往して、その挙句に完全な乱戦となってしまった。
 こうなれば、もとより数で劣る駐留艦隊にできることなどないに等しい。

 戻ったら、責任は取ってもらうぞ。
 拳を震わせながら、ヴァルテンベルクは腕を広げた。
「敵の隙をついて、後退をする。全艦隊後退の準備だ」
 叫んだ言葉に対しても、前方のモニターに映る艦影は明らかに動揺を隠せなかった。

 陣形が崩れ、先走って後退しようとした巡航艦が、動かぬ戦艦に衝突して、火花をあげる。
 状況は同盟軍も同じであったため、大きな被害こそ生まれていないが、これが通常の戦闘であったならば、致命的な隙であっただろう。
 何たる様だ。
「何を慌てておる。諸君らは栄光ある銀河帝国の将兵であろう!」

 怒号に近い声によって、騒めく艦橋が静まった。
 司令官席にて仁王立ちで、ヴァルテンベルクは拳を振り下ろした。
「要塞主砲は敵に対する脅し。それに諸君らまで驚いて、情けない姿を見せるな。我々は粛々と後退し、敵の後退のタイミングに合わせて、イゼルローン帰還すればよい」
 堂々とした声音は、貴族とはいえ一艦隊の司令官としては十分な覇気がある。

 だが、それを打ち砕いたのは他でもない。
 味方だった。
「イゼルローン要塞主砲――エネルギー集約しています。狙いは……敵最前線!」
「馬鹿な。機器の故障だろう」
「故障ではありません。エネルギー集約します」
 叫ぶような索敵士官の声に、もはや計器だけではなく、視界が理解させる。

 イゼルローン要塞――その前方に高出力のエネルギーが集約して、まるで太陽を思わせる光の渦が存在する。その射線の先に狙うは、敵の最前線があり――そして、味方の最前線でもあった。
 まだ撤退は完了していない。
 いや、わずかな後退すらできていない。
 数千隻にもある駐留艦隊の最前線の部隊だ。
「下がれ。前線から下がらせろ!」

 もはやこの期に及んで、脅しだと希望を膨らませて発言することはできない。
 先ほどの威厳すらかなぐり捨てて、ヴァルテンベルクは叫ぶように命令を下した。
 それは命令ですらない悲鳴に近い声であったが、兵士たちにとっては同意見であったのだろう。光の渦が巨大になるにつれて、一刻も早く逃げるよう命令が下され、前線の艦隊は全力で後退を始めた。
 そこに統制というものは存在せず、ある駆逐艦は戦艦の逆噴射に巻き込まれて炎をあげ、ある艦は自ら敵を攻撃中の主砲の斜線に入って、はじけ飛んだ。

 混乱の極みの中で、イゼルローン要塞から視線を外した索敵士官の一人が声をあげた。
「閣下。敵艦隊――敵の最前線の一部の艦隊が……前進しています!」
「何を馬鹿な」
 ヴァルテンベルクが顔をしかめ――視界に入ったのは同盟軍の艦隊が押し寄せている姿だった。
「ぶつかる気か」

 それは驚くべき加速であった。
 動力機関にある程度エネルギーを使っていなければ、戦闘中には不可能な高加速。
 その速度に前線はおいていかれ、駐留艦隊総旗艦であるヴァルテンベルクの脇を駆け抜ける。
「艦隊――前面に主砲を斉射せよ」
 雨の様に駐留艦隊からレーザーが降り注ぐ。

 選んだのが捨て身の特効だとしても、加速状態で正面から撃たれれば、こちらにたどり着く前に壊滅できる。
 降り注ぐ主砲の嵐が、敵艦隊を大きく削っていく。
 だが、それにしては敵からは一切の攻撃がなかった。
 いや、防御すらも最小限度にして、速度のみを優先しているようだ。

 ある艦は駐留艦隊の攻撃によって沈没し、ある艦は帝国軍の艦隊に正面からぶつかってともに破壊された。
 無謀ともいえる疾走に、だが、同盟軍の艦隊は止まることはない。
 疾走。
走り出す艦隊が目指すのは駐留艦隊ではなく――イゼルローン要塞だ。
「敵――こちらに向かってきません。閣下!」

 問われた声に、迎撃命令を出そうと考えたが、既に遅い。
 敵最前線は駐留艦隊の脇を縫うようにして、イゼルローン要塞に向けて走りだしている。
 主砲で迎撃するためには、艦隊の方向を変えねばならず、間に合わない。

 艦隊が反転したころには、すでに背後に回り込まれているだろう。
 もし、気づくのが早ければもっと対処もできた。
 だが、その時点では誰もがイゼルローン要塞に視線を向け、後退のために意識を最前線からそらしていた。完全な隙をつかれた形となり、既にヴァルテンベルクは遠ざかる同盟軍を見ることしかできない。

「このために余力を残していたというのか、反徒どもは……おのれっ!」
 憎しみを込めた叫びをあげた刹那。
 巨大な光が――前線に立つ駐留艦隊ごと全てをかき消した。

 + + +

 駐留艦隊の脇を駆け抜けたスレイヤー少将率いる第五艦隊第一分艦隊は、放たれようとする光の渦の脇すらも滑るように飛び込んだ。
 モニターによる遮光があってもなお、眩むような光が走ったのは、まさに紙一重の瞬間。
 高加速によって、敵を避けられずに激突する艦があった。

 防御のエネルギーすらも最小限にしたため、敵の主砲を防ぐことができなかった艦があった。
 後方にあった艦は、間に合うこともなくトールハンマーに巻き込まれた。
 多くの犠牲が生まれ、それでも第一分艦隊はイゼルローン要塞の脇をすれすれに駆け抜けていく。
 第一分艦隊は三割を失いながらも、多くが生き残っていた。

 それが少ないとみるか、多いとみるか。
 アレスは判断に迷ったが、少なくとも生き残ったと言えるだろう。
 加速を強めていくモニターには、巨大なイゼルローンの外壁が映し出されていた。
 静まり返った艦橋で、音が生まれた。

「生きているのか」
 問い。
 それはクリス・ファーガソン大佐と名乗った参謀の言葉だ。
 いまだに信じられぬように、口に出した言葉に、スレイヤーが頷いた。
「ああ。賭けには勝ったようだ、みんなよくやった」

 語気を強めた言葉に、喜びが生まれた。
 爆発するような歓声は、途切れることがない。
 隣にいる同僚と生存を喜び、抱きしめる。
 ローバイクが無言で、セランの背中を叩き、セランが腰を落とした。

 そのままの姿勢で呆然としたまま腰が抜けましたと、呟いて、笑いを誘う。
 永遠にも続くかに思われた瞬間であったが、その時間はほんの一瞬。
スレイヤーが手を打った甲高い音が、艦橋に響いた。
「諸君。喜ぶのはわかるが、まだ早い。いまだ敵の陣地の真っただ中だ。トールハンマーが連射できるということを忘れてはいないかね」

 厳しい言葉であったが、それは事実でもあった。
 誰もが理解しているのだろう。
 最もうるさいまでの歓声は途切れることになったが、表情のほころびまでは消すことができないようである。
「だが。見事なものだ――礼をいう」

「いえ。全ては皆の実力によるところです」
 脇に置いていたベレー帽を手にして、かぶりなおしながら、アレスは口にした。
 アレスはスレイヤーに、敵主砲が味方事撃つ可能性があると伝えると同時に、頼んでいたことが二つあった。

 一つは、追加の訓練である。
 元より練度の高いスレイヤー少将の部隊である。それ以上は他の部隊と悪い意味で差がついてしまうだろう。そのため、ある一定の練度に達すると同時に、急加速による訓練を願い出たのだ。名目としては、並行追撃をよりスムーズにするためにという説明であったが。
 それをスレイヤーは、了承して戦闘状態からの離脱という離れ業をやってのけた。

 もう一つが、戦闘中におけるエネルギーの運用だ。
 通常戦闘中であれば全力で攻撃と防御にエネルギーを振り分けるのが当然だ。そのため、加速するためにはエネルギーを一度動力機関に戻すという手間が必要であったが、乱戦状態であれば全力の攻撃も防御も無駄に終わる。そのため、半分程度を動力機関で運用してもらっていた。
 アレスは知らないことであったが、結果としてぐだぐだの乱戦となって、ラインハルトが無様と評価することになったが。

 通常の部隊であれば、綱渡りというよりも不可能に近い動きをやって見せたのは、まさしく同盟軍の精鋭ともいえるスレイヤー少将の分艦隊であったからであり、何よりも、そんな一大尉程度の戯言を信用して、行動してくれたスレイヤー少将の力でもあった。
 それらが一つでも欠けていれば、成功することはなかっただろうし、逆に言えばアレスがいなくても成功できたに違いないと思う。

 それをスレイヤーに伝えれば、スレイヤーは首を振った。
「私ならば、そんな博打はやろうともしなかっただろうし。何より敵艦隊の間を高速で駆け抜けるなどということは、君以外の誰にも不可能だ。戦術シミュレーターでも得意としていたな、突撃しながらの戦闘艇の射出は」
「所詮はシミュレーターでの話です。それに――仲間がいたからできたことです」
 悪戯げに笑んだスレイヤーに対して、アレスは行動を可能とした過去の仲間たちを振り返った。既に彼らは喜びから、現実へと戻って、それぞれの任務をこなしているのだが。

「それはいいことだな。さて……この後はどうなるかね」
「ヤン少佐が動いてくだされば、おそらくはお渡しした計画で進められると思いますが」
「ああ。そうだろうな、それで。どちらの計画になると思うかね」
 問いに対して、アレスは答えを持ってはいない。

 運のみぞというよりも。
「それは総司令官の判断次第でしょう」
「できれば正しい判断を願いたいものだ」
 正しい判断の言葉に、アレスは返答の言葉を持たず、小さく笑い、スレイヤーに敬礼をすると、静かに下がった。

 + + + 

 全滅を覚悟した状況の、朗報に沸く艦橋。
 アップルトンも喜びを浮かべつつ、しかし、前面のモニターを凝視していた。
「しかし、なぜあんな位置に」
「後退すれば間に合わない。と、すれば前面に向かうしかなかった」

「しかし、前進したところで、敵に邪魔をされれば」
「ぎりぎりであったのだろうな。だが、話をしている時間はないぞ」
 モニターを見つめたままで、ただ一人――シトレの表情は冴えなかった。
 彼だけが冷静に戦況を見ていたのだ。
 トールハンマーから逃れられたとはいえ、スレイヤーの艦隊は敵のど真ん中にある。

 イゼルローン要塞近くを走る艦隊の総数はわずか、一分艦隊数千程度。
 同盟軍が後退したため自由となった駐留艦隊は、被害を受けたとはいえ一万近くの数を揃え、イゼルローン要塞からは防御用の砲撃が間断なく続く。
 何よりイゼルローン要塞主砲は、鎖から解かれた巨狼だ。
 一撃は免れたが、次こそは逃しはしない。

 このままでは壊滅するのは目に見えている。
 結局として、寿命が数分ほど伸びただけだ。
「救出の案は?」
 尋ねたシトレの言葉に、主任参謀たちは顔を見合わせた。
 あまりにもイレギュラーな今回の事態は、主任参謀たちの思い浮かぶ過去の戦術には存在しない。新たに考えるにしても、調べるにしても、そのような時間は残されていない。

 少しでも考えればわかることであったが、参謀たちは気づいたのだろう。
 絶体絶命の状況は、いまだ終わっていないという事に。
 救出のために艦隊を動かすか。だが、それでは一分艦隊を救うために、それ以上の被害が出ることは確実であった。

 誰も発言をすることなく、表情が次第に曇っていく。
 重苦しい沈黙に、シトレが振り返った。
「解決する策はないか」
「総司令官……」
 参謀たちを代表するように声に出したのは、アップルトン中将だ。

 重い空気の中で誰も発言を躊躇する状況。
 それでも真っ先に言葉にしたのは、責任か勇気か。
 だが、口は開いたとしても、最後まで結果を口にすることはできない。

 より重い沈黙が下りることになった。
「閣下」
 深い、深すぎる沈黙――破ったのは、一段下の空間からだった。
 主任参謀たちが集まる位置からは離れた場所だ。
 集中する視線の中で、居心地が悪そうに――だが、それでも隠れることなく、堂々と手をあげる。
自らに視線が集中すれば、あげた手を戻して、所在なさげにベレー帽ごしに頭を撫でた。

「一つだけ。考えられていた案があります」
「考えられていた。この事態を予測していたということか」
「はい。敵が味方に向けて主砲を撃った際、どうなるかということです」
「事実か、ヤン少佐」
 シトレの視線が、ヤンと――そして、彼の上司であるアップルトンに向けられた。

 向けられた視線に、アップルトンは驚いたように。
 しかし、向けられた眼差しにしかと頷いた。
「はい。確かに、その可能性があると――作戦参謀では一時的に話題となりました。しかし、このような事態になるとは予想はしておりませんでした。申し訳ございません」

「いや、いい。それを考えなかったのは私も同じだ。それで、ヤン少佐。君がそれを考えたということか」
「いえ」
 はっきりとヤンは否定の言葉を出した。
「これを考えたのは、あの場に――スレイヤー少将の艦隊にいる、アレス・マクワイルド大尉です」

「マクワイルド大尉が。だが、彼は情報参謀だろう」
「はい。作戦参謀が考えた懸念を、彼もまた考えて……」
「嘘をつくな!」
 ビロライネンの叫びが、ヤンを遮った。

 怪訝を浮かべるシトレ大将に対して、ビロライネンはもう一度言葉にした。
「そんなことは情報参謀では聞いておりません。もしあったとしたのならば、作戦参謀から盗み聞きをして、都合の良いことを言っていただけです」
「何をおっしゃいますか、ビロライネン大佐!」
「アロンソ――中佐」

 ビロライネンを一括したのは、ヤンの隣から――クエリオ・アロンソであった。
 視線が、娘と同様に感情を表に出さないながらに、静かにビロライネンを見ている。
 だが、その言葉は苛烈であった。
「確かに小官は会議の際に、マクワイルド大尉の懸念を伝えました。それをシトレ大将にお伝えすると言ったのは、貴官だと記憶しておりますが」

「そのような記憶はない」
「え。いや、そう言ったではなかったかな」
 ビロライネンとアロンソの睨み合いに、追加されたのは、リバモア少将だ。
 情報主任参謀が口を出せば、ビロライネンが殺さぬばかりにリバモアを睨む。
「ああ。言ってなかったかもしれないな」

 あっさりと覆った意見を横にして、ビロライネンはアロンソを睨んだ。
 だが、リバモアとは違って、アロンソは一切の妥協を許さぬ表情だ。
 静かな目が二つ、ビロライネンを捉えていた。
「何をしている!」
 その均衡を破ったのは、シトレの呆れたような、そして、強い叱責の言葉だ。
「貴官らは、いまの現状を分かっているのか。誰が言った、言わないなど、ここで話す問題ではない。今の問題は、彼らをどう救うかだ――ヤン少佐。その策を!」

「……は! 作戦コード、D-3を開いてください」
「D-3を開きます」
 言葉に対して、シトレの背後の作戦会議用の円卓テーブルに立体映像が浮かんだ。
 それは現在の状況を映し出した映像――そして、時を加速して進む動きに、シトレは――そして、参謀の面々は食い入るように、それを見ていた。


 
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