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艦隊これくしょん 災厄に魅入られし少女

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第十四話 災厄の少女の采配

「キャッ!!」

大淀が叫ぶのと同時に見張り台の近くで爆発が起こり、その爆風により大淀が転倒する。しかし見る限り何処も怪我はしていないようだ。
凰香は見張り台から眼下を見渡す。

そこには、恐怖の色を浮かべて逃げ惑う駆逐艦、軽巡洋艦たちの頭上を無数の黒くいびつな形をした飛行物体ーーーー深海艦載機がハエの様に飛び回っていた。
 
見渡す限り、艦載機以外に敵の姿は確認できない。おそらく襲ってきたのは深海棲艦の艦載機のみだ。だが、海上に浮かぶ駆逐艦や演習の的と違って、空を自由に飛び回る艦載機を狙撃するのは難しい。駆逐艦や軽巡洋艦には不得手な相手だ。
 
しかも今眼下の艦娘たちは実弾ではなくペイント弾しか撃つことが出来ない。飛び回る艦載機の機体が赤や黄色に染まっているのを見る限りペイント弾では艦載機を打ち落とせず、彼女達は逃げ回ることしか出来ないみたいだ。大淀が総員避難を呼びかけたのも頷ける。
 
しかし、深海艦載機は眼下を逃げ惑う艦娘たちを嘲笑うかのように機銃の一斉掃射を浴びせ掛ける。それに被弾して倒れる者、何とか掻い潜り被弾した艦娘を担いで引きずりながら逃げる者、被弾した者を目の前にして腰が抜けている者、歯を食いしばりながら砲門を艦載機に向けて砲撃する者など、時間稼ぎのために砲撃をしながら逃げ回る者の姿が見えた。
 
そんな三者三様の反応を見せる艦娘達に、今までいたずらに弾をばら撒いていた艦載機は一人一人を集中的に狙うことに切り替え、狙った艦娘を確実に無力化させていく。まるで蟻を踏み潰す子供の様にだ。
艦載機に集中的に狙われた艦娘は呻き声を上げながら地面に這いつくばる。その身体からは少なからず赤い液体が流れ出していた。

(本来ならここで金剛が指示を出すべきなんだろうけど……)

凰香はそう思うものの、無線機から今後いの指示はとんでこない。この状況に気づいていないのか、気づいているが見て見ぬふりをしているのか。
どちらにせよ呆れ果てて何も言えない。

凰香が呆れ果てていると一機の艦載機が凰香に向かってくる。その機銃の銃口は凰香を捉えていた。

「提督!!避けてください!!」

大淀もそのことに気がついていたらしく、背後からそう叫んでくる。凰香には消えてもらいたいのにそう声をかけてくるあたり、おそらく本能的に叫んでしまっただけだろう。
そんな大淀の声を気にすることなく凰香はため息を吐きながら、コートの懐に手を入れる。そしてそこに仕込んでいるものを取り出した。

ーーーーガガガガガガガガガッ!!ーーーー

次の瞬間深海棲艦の艦載機が穴だらけになり、墜落して爆発する。

「まったく、鬱陶しいハエ共ですねえ」

艦載機を撃ち落とした凰香はため息混じりにそうつぶやく。
その手に握られていたのは本来艦娘の艤装である『12cm単装砲』だった。ただ通常の12cm単装砲とは違い、銃身の根元部分にロングマガジンが差し込まれた片手用のサブマシンガンと化していた。
本来なら艦娘しか使用できないのだが、身体の半分が深海棲艦となっている凰香は艦娘の艤装を使用することができる。
しかしそのことを知らない大淀は目を見開いて驚愕している。そんな大淀を気にすることなく凰香はもう一つ仕込んでいた改造12cm単装砲を取り出しながら大淀に言った。

「大淀さん、鎮守府にいる艦娘……特に空母に応援要請を。空母の艦載機で敵艦載機を迎撃してください。それと何処かに敵空母が潜んでいるはずです。別働隊を組織して鎮守府近海付近を哨戒させてください」
「りょ、了解です!!提督も早く避難を!!」

大淀がそう言いながら凰香の腕を掴んでくる。
しかし凰香はすぐに大淀の腕を振り払い、視線だけを大淀に向けて言った。

「……『提督』である私には死んでほしいのではなかったのですか?」
「ッ!? そ、それは………」

凰香にそう言われた大淀はその先の言葉を出すことができない。何せここの艦娘は今までの提督を半殺しにして追い返しているのだ。そんなことをしてきた彼女達が今さら提督を守ろうとするなど滑稽きわまりない。
凰香は何も言えず表情を歪める大淀から視線をはずし、前方を見渡しながら言った。

「……ああ、安心してください。私は悪運だけは人一倍強いので、そう簡単に死ぬつもりはありません」
「…そういうわけでは………」
「時雨」

凰香は大淀の言葉を遮って時雨を呼ぶ。凰香に呼ばれた時雨はすでに自分の艤装を装備していた。
それを確認した凰香は時雨と大淀に言った。

「大淀さんは応援の指揮と避難する艦娘の誘導を。時雨は私と一緒に敵艦載機の迎撃を」
「……了解です」
「うん、わかったよ」

凰香の言葉に大淀は力無く、時雨はいつも通りに返事してくる。
それを聞いた凰香は自分の中に眠る防空棲姫の力を引き起こす。それにより黒かった凰香の瞳は血のように赤く染まった。

「……さて、悪い子にお灸を据えましょう」

凰香はそう言うと、時雨と共に大淀の制止の声を無視して見張り台を飛び出して演習場へと向かった。


………
……



見張り台を飛び出した凰香は一旦時雨と別れ、敵艦載機を撃ち落としながら演習場を走り抜ける。
その道中避難してくる艦娘達の一団と遭遇するが、声をかける間も無くすぐに走り去っていく。しかしすれ違う瞬間に確認したが、全員が全員何処かしらを負傷していた。それだけ演習場での戦闘が激しかったことが伺える。

(普通なら生身の人間が飛び出すなんて無謀もいいところなんだろうけど………)

凰香はそう言いながらこちらに銃口を向けてきた敵艦載機を撃ち落とす。
今の凰香はかつて艦娘達を苦しめた『災厄』こと防空棲姫そのものだ。ただハエのように飛び回る艦載機を撃ち落とすことなど造作もない。敵艦隊もこちらに防空棲姫がいるなど夢にも思っていないだろう。

敵艦載機を撃ち落としなが前に進んでいくと、目的地である演習場に辿り着いた。
目の前には爆撃や掃射によって破壊されたテントや物資が詰まった木箱が散乱しており、今だに火を燻らせる残骸や硝煙で見えないが、何処からともなく被弾した艦娘達の多くの呻き声が聞こえてくる。
否が応にも漂ってくる硝煙の匂いと、そこに微かに混ざる鉄の匂い。それが、ここが戦場であることを示していた。

「てめぇ!? 何でこんなところにいやがる!!」

凰香がその光景を眺めていると、横から怒号が飛んできた。
振り向くと、ボロボロの服を纏って鬼のような形相を浮かべた天龍が刀を携えて近づいてきていた。艦載機の掃射で被弾したのか、その肩と足は真っ赤に染まり足は引きずっている。
 
「無事でしたか、天龍さん」
「んなことはどうでもいい!!何でこんなところに居やがんだよ!!死にてぇのか!!」
 
近づいてきた天龍にそう言うと、胸倉を掴まれて顔をズイッと近づけられる。顔を近づけられる際に肩の傷口が見え、割と激しい出血をしているのを確認できた。
 
「天龍さん、その傷では満足に動けないでしょう。動ける子達を連れて早く避難してください」
「はぁ!? てめぇが言えることかよ!!」
 
天龍にそう言うと、当然のツッコミが返ってきた。まあ艦娘達から見ればこの中で一番死ぬリスクが大きいのは凰香なので、その反応が来るのも当たり前である。
 
「てめぇがやつらに歯が立つかよ!!人間風情が調子に乗ってんじゃねぇ!!深海棲艦を殺るのは『兵器』である俺の役目だ!!てめぇは動けるやつ集めて動けないやつに肩貸して避難してろ!!」
「なら、避難途中に敵に襲われたら誰がそいつらを守るんですか? 人間である私では歯が立ちませんから無理ですよ?」

凰香の言葉に天龍は顔を歪ませながら言いよどんだ。たった今、自分が言い放ったことをそのまま返されたのだ。こんな顔になるのも無理はない。
まあ本当は余裕で守りきることができるのだが。

「ああ、先ほど大淀さんにも言いましたが、私はそう簡単に死ぬつもりはありませんよ。悪運だけは強いので」
「そういうことじゃねえんだよ!!」
「それともう一つ、もうすぐうちの空母が出した艦載機が到着します。そうすれば敵艦載機はそちらにに気を取られてこちらへの攻撃が緩くなるはずです。その隙を狙って随時避難。それまでの辛抱です」

凰香がそう言うと、天龍は呆けた顔になる。言葉の意味が理解できない、とでも言いたげだ。
凰香の胸倉を掴む力が段々抜けていき、凰香はそれを見計らって天龍の手から逃れる。
凰香が自分の手から逃れたことでようやく気付いた天龍は呆けた顔を凰香に向け、次の瞬間噴き出した。
 
「っ……つまり、お前はそれだけを言うためにここに来たってことか?」
「ええ、概ねその通りです」
 
そう言った瞬間、天龍は先ほどよりも盛大に噴き出し、腹を抱えて笑い始めた。
そのことを不思議に思った凰香は首をか傾げる。
 
「一体どうしたんですか? 窮地にいる今なら士気うなぎ上り間違いなしの情報ですよ?」
「……っ、は……そ、それ、さっき大淀が無線で言ってたぞ?」
「え、本当ですか?」
「大淀が全艦娘共有の無線で応援要請を飛ばしていたからな。残念だが、今ここにいる艦娘は全員知ってるだろうよ」

天龍がそう言ってくる。どうやら応援を要請しただけではなく、そのことを全体に伝えていたようだ。
凰香が艦娘達に伝え回る必要は無くなったらしい。まあそれはそれでいいのだが。
 
「っ!? 退いてろ!!」
 
不意に天龍が鋭い声を上げて凰香を横に蹴飛ばし、それと同時に天龍自身も真横に飛ぶ。
次の瞬間機銃の発砲音が聞こえ、今まで凰香達が立っていた場所に無数の弾痕が穿たれる。
凰香が受け身を取って着地すると、頭の中に防空棲姫の声が響いた。

『凰香、ぼさっとしないで』
「(ごめん、ちょっと油断した)」

凰香は頭の中で短くそう返すと、天龍に言った。
 
「天龍さん、大丈―――」
「頭下げてろ!!」
 
凰香の言葉は天竜の怒号で掻き消され、視界も天龍に頭を踏み付けられたことで塞がれてしまう。しかし、頭にのせられた彼女の足はすぐに離れ、同時に地面を蹴る音が聞こえた。
 
凰香が顔を上げると、天龍が傍にあったテントの残骸を踏み台に大きく跳躍し刀を振り上げていた。その先に方向転換を行おうとする艦載機の姿がある。
 
「おらァッ!!」
 
腹の底から吠える様に声を出し、天龍は艦載機目掛けて刀を振り下ろす。刀を振り下ろされた艦載機は綺麗に真っ二つに割れ、次の瞬間爆発を起こした。
 
「天龍さん!!」
 
空中で爆風を諸に喰らった天龍は勢いよく吹き飛ばされる。
凰香は大きく跳躍し、空中で天龍を受け止めて地面に着地した。
 
「天龍さん!!大丈夫ですか!!」
「っ……し、心配ねぇよ……」

凰香の言葉に天龍は強がってみせるが、その言葉とは裏腹に両腕は爆風による火傷が痛々しく刻まれ、肩口の傷は先ほどよりも出血量が増したように見える。このまま放置すれば命の危険に関わるのは明白であった。
 
凰香は抱き留めた天龍を地面に横たえ12cm単装砲を地面に置くと、すぐさま服の裾を破って肩と足の傷口よりも心臓に近いところに固く結びつけて止血を行う。辺りを見回した際に水が漏れていたタンクを見つけ、それを持ってきて火傷の箇所にゆっくりとかける。大方かけ終わったら、服から破った布きれに水を含ませて患部に優しく巻き付ける。
 
「随分……手慣れてやがる……」
「血生臭い生活を送っていましたから応急処置はお手の物です。ですが文字通り応急処置ですので、ちゃんとした治療をしてもらってください」

凰香は天龍にそう言うと、周囲を見回す。
誰か天龍を鎮守府まで連れていってもらいたいところなのだが、そう都合よく艦娘が近くにいるはzがない。
凰香が時雨を呼ぼうとした時ーーーー

「天龍ちゃん!!」

ーーーー後ろから天龍の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。凰香が振り向くと複数の駆逐艦を連れた龍田がこちらに走ってきているのが見えた。それと同時に、頭上からブーンと言う羽音が聞こえ始めた。

どうやら鎮守府に残っていた空母達の艦載機が到着したようだ。これで敵艦載機も一方的に攻撃することはできなくなるだろう。

「提督、何でこんなところに……」
「話は後です。龍田さん、天龍を任せてもいいか? 私は他に動ける方を集めて避難を呼びかけてきます」

凰香の言葉に龍田は一瞬驚いた顔をするも、すぐさま顔を引き締めて力強く頷く。それを見た周りの駆逐艦は天龍に駆け寄り、肩を回して何とか立ち上がらせる。
それを見た凰香は地面に置いていた12cm単装砲を手に取る。
 
「では、よろしくお願いします」
「ま、まてよ……」
 
そう言って駆け出そうとした時、天龍が声をかけてきた。
振り返ると黒っぽい何かを投げ渡される。小さい割にズッシリと重いそれから、微かに人の声のようなものが聞こえてくる。
 
 
「俺の……無線機だ…そいつを使えば……指示が出せる……」

天龍がか細い声でそう言うと、周りの艦娘たちは驚いたような顔になる。天龍が凰香に無線機を渡したのがそんなに驚くことなのだろうか?

「いいのですか?」
「むしろ……てめぇが欲しいだろ? 俺が持っててもしょうがねえし……役立ててくれ。だからよ……」
 
そう声を漏らした天龍は痛々しいやけどが刻まれた腕をあげ、握りしめた拳を向けてきた。

「頼むぜ……『提督』……よ……」
「天龍さん!」
 
それだけ零すと、天龍の腕が糸が切れた人形のようにダランと垂れる。それに思わず駆け寄ろうとした時、龍田によって遮られた。
凰香を止めた龍田は天龍に近付いて様子を確かめ、やがて安心した様に一息ついてこちらを振り返った。
 
「気を失っただけみたいですから、安心してください」
「そうですか、よかった」

龍田の言葉に安堵の息を漏らす。いかにもな発言だったので思わず身構えてしまったが、よくよく考えてみれば艦娘の生命力は高い。凰香が『普通』ではないのでその辺りのことを忘れていた。
 
「では、提督。よろしくお願いしますね」

龍田はそれだけ言うと、天龍を抱えた艦娘たちを引き連れ足早に去っていった。
その後ろ姿を見送った凰香は早速天龍から預かった無線機を耳に付ける。

『敵艦載機が予想以上に多く、海上に回せる数が足りません!!更に増援をお願いします!!』
『無茶言わないでよ。『翔鶴姉』と『赤城』さんは出撃している上に加賀さんはこの前の件で遠征中なんだから、ただでさえ数が足りないんだよ? こっちの守りも考えると、これ以上数を割けれない。それに避難している子がいる以上下手に攻撃も出来ない。だから早く避難を終わらせてよ』
 
無線では悲痛な声の大淀と淡々とした口調の艦娘が言い争いをしているのが聞こえる。
どうやら主力が出払っていて艦載機の数が足りないらしい。まあ取り残された艦娘たちが居る以上、普通に戦えば味方に誤射してしまう状況でもある。
何にせよ、艦娘が避難出来てないから自由に動けずに戦況が膠着しているわけだ。

(なら、することは一つ)

凰香はそう思うと口を開いた。
 
「えー、言い争いに割り込んですみません。提督の海原黒香です」
 
無線に割り込んで声を出すと、二つの息を呑む声が聞こえた。おそらく大淀と先ほどの艦娘だろう。
 
「返答を待っている暇はないので手短かに言います。艦娘の避難は私が引き受けます。今、この無線を聞いていて演習場にいる奴は自分の居場所を伝えてください。そして、動ける方はその情報を元に探し出してください。見つけ次第、または避難が完了したら無線で報告、大淀さんは避難してきた方の確認を頼みます。全員避難が完了したら改めて教えてください」
『……情報量が多すぎる。発見、避難完了の報告は大淀さんか私への個人無線に回して。その情報が入り次第、逐一報告すれば情報を整理しやすいでしょ。提督達は場所の情報だけ頭に叩き込んで』

凰香の言葉に名前の知らない艦娘が助言を加えてくれる。
確かに場所の情報と発見、避難完了の報告を同じ回線でやったらパンクしてしまう可能性がある。それなら彼女が提案した案に沿った方が情報の錯綜は防げる。
 
「ならその案でお願いします」
『……あんたを信じていいんだね?』
 
無線の先から先ほどよりも温度の低い声が聞こえる。まあいきなり無線に割り込んできた奴が勝手に指示を出していたら不審に思うのも仕方がない。しかもそれが彼女たちが嫌っている提督その人なら尚更である。
しかし、今はそんなことをしている場合ではない。

「信じるか信じないかはこの際どうでもいい。今はこの状況を打破するのが先決だと思うのですが?」
『……そうね、この采配は良い判断ね』

凰香の言葉に名も知らない艦娘はそうつぶやく。
先ほどの低い声より幾分か高い、そして安堵の息のような、そんな声色だった。
 
「というわけで、皆さんお願いします」
『了解しました。提督もご武運を』
『それなりに期待してるから』

二つの返答を受け、凰香は傷ついている艦娘達を探すために硝煙が立ち込める演習場へと走り出した。 
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