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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第三部 原作変容
第二章 汗血公路
  第三十二話 要害攻略

原作ではペシャワール城塞に、十一万の兵が集まった。中書令のルーシャンが一万五千の兵と共に留守を任され、九万五千が王都を目指した。この世界では更に俺ラジェンドラ王子が率いる三万弱、マルヤムのミリッツァ内親王率いる一万五千が加わり、留守居の兵を若干減らし、十四万での出兵となった。原作とはちょうど三ヶ月前倒しの2月10日にペシャワールを進発し、対外的には十万と呼号している。

原作でギスカール公はアルスラーンの兵力を四万と見積もっているが、これは余りに過少に見積もり過ぎだと思う。ペシャワール城塞には元々八万の兵力が駐屯していたのだし、この半数でも既に四万なのだ。更に領主や諸侯が参集したことを考えれば更に増えることぐらいは判るだろうに。

などと言うことを鑑みるに、ギスカールにはまともな情報収集能力を持った配下がいないのだろう。特に敵の兵数を全く把握できていないというのが致命的だ。アトロパテネでパルス軍の実数を正確に把握できていたのはカーラーンがルシタニアに内通していたせいだろう。また、カーラーンの息子、ザンデが情報収集に長けていたのを思うと、きっとそれがカーラーン家のお家芸だったのだろうな。だが、アトロパテネ以後はカーラーン配下はすべてヒルメスが率いることになった。自前の配下のみで情報収集を行うことになって、よりギスカールの勝ち目は薄くなったことだろう。

ペシャワールから王都エクバターナまで二百ファルサング(約一千キロ)。その間にある要害としてはチャスーム城、聖マヌエル城が原作では挙げられるだろう。だが、チャスーム城は原作でアルスラーンたちがシンドゥラへ遠征していた間に急造されていたものであり、この世界ではアルスラーンの布告を受けて集結途中のトゥース率いる軍勢が建築途中であるのを見かけて、行きがけの駄賃として攻撃し、破壊してしまっている。

さすがトゥース、機を見るに敏だ。原作で功を争って先行し敵にしてやられた頭足りない系のザラーヴァントやイスファーンとは訳が違うな。伊達に奥さんを三人も貰ってない。いや、今の時点では貰っていない訳だが。

もう一つの要害である聖マヌエル城は、元々放置され荒廃していたパルスの砦をルシタニア軍が改築したものだ。こちらについては既に砦としての原型があり、攻めるのが容易では無かったためトゥースも手を出してはいない。つまり、パルス軍としてはこの城が最初の攻略対象となる訳だ。

原作ではシャフリスターンの野での遭遇戦からなりゆき任せで攻城戦になだれ込んだのだが、そうでなければたった一日で落ちるような城ではなかっただろう。しかも、原作ではチャスーム城を守っていたクレマンス将軍がこの世界ではこの城を守っている。頭足りない系のザラーヴァントとイスファーンを翻弄しただけに、それなりに手強い敵と言えるだろう。さて、どうするか。よし、原作知識を応用しよう。

◇◇

「何?戦いに備えて鹿や野牛をシャフリスターンの野に狩りに行きたいだと?」

「はい、糧食の備蓄は大丈夫かと兵たちから不安の声も上がっていますし、城に籠もりきりでは士気も下がってしまいます。ここは一部の兵だけでも狩りのために外に出して狩りをさせ、不安の解消を図るべきだと愚考します」

部下の進言に儂、クレマンス将軍はしばし考え込んだ。確かに一理あるかもしれないが、しかし時機の問題もある。

「しかし、敵の王太子の軍勢が接近しつつあるとの知らせも入ってきている。今この時期にそれをするのは危険ではないか?」

「確かにそれはありますが、斥候の意味でもやってみた方が良いのではないでしょうか?それになるべく大陸公路を迂回し、敵に発見されないよう努めますので」

そこまで言われては反論の余地もない。とりあえずやらせてみることにしたのだが、まさか狩りから帰還する味方を追いかけて敵までもが城になだれ込んでくるとは。

「いかん、門を閉めろ!早く閉めるのだ!」

そう命令したのだが、門兵は突如として地面から頭と両腕を突き出した人影に足を切られ、苦悶の余りしゃがみ込んだところを今度は喉を突かれ絶命した。何人もの兵が門を閉めようと門に駆けつける度に同じ光景が繰り返され、ひるんでる隙に敵が突入してきた。

城壁から急いで駆け下り、馬を引かせて戦闘に参加した。が、そこに周囲の人馬を薙ぎ倒しながら猛然と襲いかかってきた者があった。人馬ともに黒一色。いや、翻るマントの裏地だけが血の色で染められたかのように赤い。

こ、これは、アトロパテネでルシタニア軍の数多の名のある騎士を馬上から斬って落としたという黒衣の騎士!遮ろうと立ちはだかった味方も血煙を上げて次々と倒れていく。儂は自分が恐怖の叫びをあげるのを止められぬまま、太陽の光を浴びて輝くパルス騎士の長剣が自分に落ち掛かるのを見た。そしてそれが儂の人生最後の記憶となった。

◇◇

諜者を使って兵士の間に糧食の備蓄が不安だとの噂を流し、シャフリスターンで一狩りすればいいんじゃね?というアイディアを自ら思いつくよう士官を誘導する。その上で原作と同じ流れで城に突入させ、門を閉じるのを阻む。文弱で優柔不断なバルカシオン伯と違い、クレマンス将軍ならすぐに閉門しようとするだろうが、そこもまた地行術を使える諜者に邪魔させる。

何か独創的な策を考えようかとも思ったが、原作というお手本があるんだし、それを活かそうかと思ってな。それに、この挙兵の序盤ではザラーヴァントやイスファーンなどの新参の将に功績を挙げさせようとナルサスは考えていたはずなのに、それが意外とおざなりになったままなのも気になっていたからな。こういう頭を空っぽにして戦える戦場で思いっきり戦わせた方が奴らは勲功を稼ぎやすそうだし。

城主のクレマンスこそダリューンに譲ったものの、ザラーヴァントは城へ一番乗りを果たし、イスファーンはそれなりの将の首級を挙げたそうで、奴らにはテキトーに賛辞を送っといた。まあ、これで多少は満足して独断専行を慎んでくれりゃいいんだけどな。

◇◇

私、エステルは、ラジェンドラ王子に渡された台本を確認しながらただただ冷や汗が流れるのを止められなかった。

「なあ、ラジェンドラ王子。私が、これをルシタニア軍に向かって喋るのか?」

出来れば冗談だと言って欲しいのだが。

「ああ、勿論大声でな。まあ、諜者が魔道で声を増幅するから声量に関してはそれほど心配は要らん。とにかく胸を張って一片のやましさをも感じていないと言った風情でな!」

「こんな神学的には突っ込みどころ満載な内容をか!後世の歴史家がきっと指を指して笑うぞ!」

「もっと未来ではいろんな掲示板でネタにされるだろうな。だが、お主は出来るだけルシタニア兵を殺したくはないんだろう?だったらこれを喋るのだな。何もせずに、望みが叶うなんて虫のいい話はどんな世界でも存在しないんだからな!」

「わ、判った…」

掲示板とは何のことだかよく判らないが、アルスラーンの嫁になった時点でもう私は引き返しようがないところまで来てしまっているのだからな。毒をくらわば皿までだ。もうどうにでもなれだ!…しかし、気が重い。

◇◇

いずれにしろ、これで王都エクバターナまでこちらの軍勢を阻む要害はなくなった訳だ。この後は、王都近辺で野戦対決だろう。そして、そこではエステルの弁舌が火を噴くはずだ。ああ、楽しみだなあ。
 
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