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魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~

作者:gomachan
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第25話『ゼノブレイドを求めて~独立交易自由都市へ』

刀は所詮――人斬り包丁。
地球より生まれ出でし鉄工技術の彫刻品(アーティファクト)の歴史は、一度紐をといていくと果てしなく長い。
神話より……原始期より……中世期より……近世期より……ヒトはとにかく対象物を斬ることにただただ追求し続けた。
迫りくる敵を倒すために――
大切な仲間を守るために――
自分自身の手で神を斬り、そして運命を切り開くために――
故に刀匠は己が『作品』に誇り、ときに刀士は己が『信念』に迷う。
それは、幕末と明治の渦中にあった、『伝説の最強人斬り』もまた例外ではない。正義と信じ、悪と断じて刀を振り下ろしてきたもの――己が運命に盲目となり、『不殺』の人生を完遂するようになった。
逆刃刀――出来損ないの中途半端な刀を『発端』と見るか、『可能性』と感じるか、答えは人それぞれなのだ。

いかなる綺麗ごとを並べたところで、刀の存在は『斬る』以外に意味を持たない。
近代化の進む銃火期に至る『明治』では、もはや力も技も魂も必要としない機械文明に重点が置かれるようになった。

超長距離砲撃砲の首長竜筒火砲(アームストロング)
拠点防衛迎撃砲の回転式機関銃(ガトリング)
そして——機械文明の具現化ともいえる、蒸気推進機関鋼鉄船の……黒船。

これら諸外国からもたらされた機械兵器の存在を、明治維新志士をはじめとする、当代の日本は深刻な脅威と受け止めた。
なにしろ、それまで日本においては戦国時代より続く、単発限定の火縄銃として、せいぜい大玉射出が限界の大筒砲しか存在していなかった。
次世代の戦略兵器に、『鉄材』が実用化されたとなれば、拠点防衛における機銃兵器の装備は最重要課題となる。
だがそうなると、自国防衛戦力以外の問題が生じてくる。

鉄を溶かし、やがて形を整える『鋳造』作業に対して莫大な費用を国が要求する……という点だ。

人――土地――貨幣――資産――それらは国という生命体が生きていくためには欠かせない栄養素。
鉄を喰らい、作品という形にして世に出すには、各地からの大いなる熱量を要する。
それはあたかも、一つの生命を生み出すのと同等の熱量を。
租税。技術。納品。生産。一つの圧縮を得てようやく生み出せるようになり、こうして大量の刀よりも一つの機銃が有効とされる時代となったのである。

しかし、国力で生産できるようになると、今度は別の問題が浮き彫りになる。

卓越した身体能力、凌駕する知能、それらを有する西洋人だからこそ巧みに運用できる――という事実だ。
西洋列強国に対抗するためにも、発展途上国は既存の兵器を凌駕する性能を、新たな機械兵器に求めた。それまで実用化のめどが立っていなかった制空兵器による戦略拡大、高力率化した牽制兵器なのである。しかし、無敵ともいえる防衛機構を造り上げたものの、それを運用する人間側の問題は、まったく解決されていなかった。結局のところ、彼らが実戦の場において運用可能となったのは、皮肉にもカロン=アンティクル=グレアストの存在だろう。

刀も機械も同じ『鉄』のはずなのに、目指す先は全く違う世界。
損耗率の操作を可能にする機械兵器という強い光は、瞬く間に民衆、軍人、官僚たちの目をくらませていった。
あらゆる価値が見失われていく時代なのだから、2000年代の現代においても、兵装においての刀の存在は、再び重要性を見出されることとなる。
気高く、崇高であれ。
刀の反りは気高く、刀の切先は崇高でなければならない。
機械の性能(アビリティ)は効率よく、機械の外観(デザイン)は美的でなければならない。
もしかしたら、本質的には同じかもしれない――という可能性があった機械と刀。
機械が蹴散らし、刀が斬り捨てる未来だけでなく――
共生できる未来も。
争わずに済んだ未来も。
本当に……あったのだろうか?

いつの時代でも、ヒトは本質的に『迷う』ことを捨て去ることはできない。

鬼剣の使い手――ブレイドオーガ
……彼もまた見つけられたのだろうか?
世界を焼き尽くした大戦で、数多の殺陣を振りまいたその先に、『思い描いた未来』を、手にした(ペンシル)で描けたのだろうか?
100年近くにもなる、その生涯の中で?
本当に切り開きたい未来は?
本当に描きたい明日は?
数多の骸で築き上げた牙城の王は、その世界で何を見つけられたのだろうか?
大切なのは、星の数ほど打ち落とした『得点(スコア)』ではなく、己が運命を切り開く『変革(リペア)』が必要なのだ。
評価のみに(めし)いた現代の物語は安寧(テンプレ)を求める者に守られて、正道を信じた物語は暖かい観衆の目に触れることなく葬られていくのだろうか?













異界神剣(ゼノブレイド)を求めて~独立交易自由都市へ』










「……した!?……ど……し……!?……どうした!?ガイ」

声が聞こえる。ぼんやりとした今の意識では、声というよりもさえずりに聞こえる。
鳥のような……でも、自身を呼ぶ声は少なくともとりではない。

「フィー……ネ?」

そう、鳥ではなく、隼の戦装束を纏った戦上手の女傭兵フィグネリアだ。

「一体どうしたんだ?いきなりボーっとして突っ立ったまま、動かなくなってたんだ。あんたは。ずっと黙ったままで」
「ああ、大丈夫。何でもない」

優しくつぶやく凱の掌に、折れたアリファールが視界に映える。

「アリファール、もう直す手段はないのだろうか?」
「いいんだ」
「良くないだろ!銀閃の竜具がない以上、どうやってあいつら『銀の逆星軍』と戦うつもりだ!」

奴らテナルディエ達の強さを肌身で感じたフィーネだからこそ、真剣にまくしたてた。
しかし、凱が次に浮かばせた笑顔で怒気を吹き散らされた。

「戦うのに大切なのは……(ペンシル)だけじゃないってことだ」

ふわりと、そして自信に満ちた凱の表情に、フィグネリアは正体不明の説得力に押された。

――そう、物語を描くために必要なのは、自身を見失うことのない、ライトノベルだけ。

そして、凱は傍らにいるティッタに振り向く。

「それをティッタが教えてくれた。(アルマ)をもってね」
「そ、そんな……ただ、あたしは思ったこと、感じたことを言っただけで……」

ちゃんとあなたの『姿』を見てる。
ちゃんとあなたの『心』を読んでる。
ちゃんと返してくれるあなたの……『返事』が、絆を結んでくれる。

だから、あなたは――ここで(ふで)を止めてはいけない。

それだけのことだが、凱にはしっかりと伝わっていた。
ティッタがどれだけ凱を見ていたことかを。

「俺にはティッタの、その『感想』が嬉しかったんだ。あと――黒竜の化身にも言われた」
「黒竜の化身?」

黒竜の化身という単語が凱の口から出た時、ティッタが首を不思議そうに傾げた。自国の聖剣王シャルルの名なら知っているが、ジスタートについてティッタの見識には薄いのも無理はない。
傭兵稼業の過程で既に知っていたフィーネがつぶやく。

「ジスタートの始祖となった建国王の名か」
「そう――その人にも言われたんだ。『お前の物語を見届ける者……その者たちの心に寄り添え』って」

暖かい感謝の想い……感想が伝わったなら、誠意をもってこたえること。
キズナを結ぶには、想いから。
戦うための力は、その後でいい。
そして、凱はふわりとほほ笑んでいった。

「大丈夫。俺はもう負けない。絶対に。誰にも――俺自身にも」

その力強い言葉を聞いたフィーネは、何か確信を得たような返事をした。

「そうか……私たちには預かり知らぬが、どうやらガイは何かをつかんだようだな」

凱は無言でコクリとうなずいた。
不殺をいくじなしと捕らえるものは多い。その中で、どれだけの批判が生まれるだろう?
ブリューヌ、ジスタートの各要人は凱の想いを甘えと断じるだろうか?

でも――ティッタが言ってくれた。
誰よりも優しいから、誰のためにも涙を流してくれるから、今までの原作(セカイ)とは違う可能性を示してくれる。

ガイさん。勇者のあなたに迷い続けてほしくない。という感想を。

フィーネだって、言ってくれた。
心の翼を広げ、ガイはどこへでも飛んでいけ。
お前の描く銀閃の物語を、お前が聴かせたい律動を――世界中の者たちに届けてやってくれ。
勇者のあんたに暗く冷たい迷宮は似合わない。という感想を。
凱は自らの掌を胸に当てて目を閉じた。

(俺の居場所はずっとここにある。フィーネがくれた『心の翼』がある限り、俺はもう迷わない。例え憎しみに酔いしれても、ティッタが広げてくれた『心の地図』がある限り、俺の戦いは続くんだ!)

――――ありがとう。ティッタ。フィーネ。

まずは、この折れた(ペンシル)をどうにかすることだ。
物語をつづる意志はある。そのためのチカラもある。今ならチカラをキズナにすることも。
だから……アリファールを何とか『再鍛錬』しなければならない。
チカラでは、それを成すことに気付くことができない。
キズナなら、チカラだけではできないことも、できるはずだ。

(俺をフォローしてくれる人たちのためにも……必ず!)

(ペンシル)(アルマ)(フォロー)を賭して、俺の物語を完遂させてみせる。
強い意志を秘めた光。青い瞳に宿った希望。その凱の瞳にティッタはティグルの面影を垣間見た。

――――?

直後、みんながガサゴソと草陰から現れる。

どうやら……みんなにずっと見られていたようだ。

「ガイ殿、こいつが不遜な動きをしていました」
「いいや!こいつが不審な動きしか、しないから!」
「ルーリック……ジェラール……」

ぽかんと、そっけない言葉がつい凱の唇から出た。

禿頭のライトメリッツの騎士――ルーリック。

長髪のテリトアールの貴公子――ジェラール。

恐らく、凱の行方を皆で探していたのだろう。連れ戻すにせよ、別れを告げるにせよ、どのみち凱と再会しなければ、今後の方針に支障が出る。
情勢を動かすほどの単体戦力は、多少なりとも『軍』全体に影響を与える。凱の行動を把握しておきたいのは当然だった。
どうやって切り出したらいいか分からないところ、皆の前に進み出たリムアリ―シャは凱と向き合った。

「みなさんは……あなたの「再筆」を待っていました。無論、私も」
「リムアリーシャさん?」
「――――今更、というのもおかしいですが、私のことはリムでいいですよ、ガイさん――僭越ながら私もフォローさせていただきます。貴方の描く未来とともに」
「俺なんかで……いいのか?リム」
「はい。なぜなら、今のあなたは『あの時』と同じ瞳をしていますから」

そう――あの時初めてあなたと会った、あの瞳のままで。
不愛想の副将閣下にして姫将軍の彼女らしからぬ、暖かい言葉と笑み。
いや――違う。
もしかしたら、これが彼女の本心なのだろうか?
そんな、艶のない金髪をなびかせる彼女の隣に、ぐんずりとした老人の伯爵マスハスが並び立った。

「――ガイ殿」
「マスハス卿?」
「わしらはいつしか、そなたの勇者としてのチカラに頼り切っておったのかもしれぬ。そういった意味では、アルサスの民となんら変わらぬ。だが――」

沈痛な面持ちで語るマスハスは、リムとは対照的に凱と顔をそらしている。

「ティッタは変わった。わしらの想像をはるかに超える勇者として生まれ変わっておった。ガイ殿……おぬしは……」

それ以上語るのがつらいのか、どうも言葉がうまく出てこない。対して凱は――

「俺は何も変わっていません。「前を向こうとしているあなたたち」と同じく」

怖い気持ちを乗り越える勇気ある人ですよ。あなた方は。
俺なんかよりも……ずっと。
マスハス卿、リムアリーシャさん、ルーリック、ジェラール……フィグネリア……
そして――ティッタ。

「きっと、ティッタだって何も変わってないと思います。それが――本来のティッタなんかじゃないかって……本人はあまり自覚ないようですけどね」

恐怖。乗り越えて勇気。そして前進。
ハツカネズミのようにぐるぐる考えて迷って、未来へ進んでいくしかないとしても――。

まだやれることはたくさんある。
明るい表情のまま、凱はみんなに言葉を届ける。

「……ガイ殿」「ガイさん……」「ガイ……」
「もう一度いうよ。大丈夫。俺はもう負けないよ。絶対に!何があっても!」

なんてことない、誓いの言葉。
だが、それはマスハスの涙腺を破壊するに十分な威力を秘めていた。
伝えたい決意がある。
覇気に押され、勇気に打たれ、健気な凱の想いにリムアリーシャ達は心を打たれた。
そして、先ほどから別に考えていたことを、凱は若干ためらいがちに語る。

「俺はいったん独立交易自由都市(ハウスマン)へ戻る」
「ハウスマン?」

フィーネの疑問符は当然だった。

独立交易自由都市――世界地図の概念を保有する国家なら、そこはブリューヌを東西経度0度とすると、ハウスマンはおよそ西経73度となる。現代地球の知識で照らし合わせれば、イギリス内ロンドンのグリニッジ天文台と、アメリカのニューヨークの立ち位置を思い浮かべればわかるだろう。
しかし、ブリューヌをはじめとした西洋勢力は牽制時代の最中であり、一部の人間を除けば、大陸内の政情対応で外の世界は無関心であった。
傭兵稼業で世情に詳しいフィーネも、ハウスマンの存在までは知らないのも無理はない。
かつて、ヴィッサリオンの古巣だったことも。

「……俺が世話になった自由交易都市だ。そこへ行って、アリファールを打ち直してもらおうと思っている」
「どこにあるのですか?」

リムは凱に尋ねた。

「ずっと―――ここからずっと東にある大陸だよ。俺はそこからここ、長い洞窟を抜けてアルサスへ来た。洞窟を抜けた先にちょうどアルサスがあって、ティッタと出会ったんだ」

「そう、だったのですか」

ドナルベインが野盗として金銭をあさりにアルサスへ現れたあの時――
あたしと……ガイさんは初めて出会ったんだ。
銀閃の竜具を再鍛錬しようとする凱の考えを受け入れたのか、フィーネは顎に手を当てる。

「世界各国の商船が集う唯一の貿易機構(ターミナル)を持つ都市なんだ。そこには商品だけじゃなく、技術や概念までも『交易』されている」
「……確かに、貿易都市と謳うくらいだから、ヤーファの刀鍛冶の技術が伝わっていても不思議じゃない」

玄関たる交港口(ララポート)を備えた独立交易自由都市なら、ヤーファからの商船を受けいれるのも可能だろう。むしろ、ヤーファ専用の検疫窓口が存在しても不思議ではない。
確かに、あの神剣の刀鍛冶も言っていた。元々は一子相伝の技術。
『折り返し鍛錬』は本来、大陸にある刀工技術ではない。
何かを思い出したように、リムは突発的につぶやいた。

「まだ私が傭兵の新米だったころ、ヴィッサリオンから聞いたことがあります。『かつて東の地には、――神を屠れる剣――ゼノブレイドを打つブラックスミスがいる……と」

ブラックスミス――それは、神の存在に干渉できる刃紋を打てる刀匠の事を指す。
しかし、凱の記憶にあるブラックスミスは生涯一人しかいない。

(……ルーク……君の力を借りる時が来たみたいだ)

凱の記憶に残る、一人の青年の姿。
ルーク=エインズワーズ。
後に神剣の刀鍛冶と呼ばれ、世界十大国宝の一人と謳われた人物。

「何か心当たりがおありですか?ガイ殿」
「当てはあるさ、ルーリック」

今まで後悔していた分、それを取り戻すための帰還。
凱のゆるぎない決意が握り拳となって現れる。

「今まで、俺は誰かに理由を押し付けて、この力を振るってきた。自分のしていることが、自分の振るうチカラの正当性を信じられなくて……だけど、今は違う」

きっと俺は……この力を、そして自らの行いを、誰かに定義してもらいたかったのだろう。
凱は目をひらめかせた。そして不敵に笑って見せた。

「本当の心の(ペンシル)――神剣(ゼノブレイド)に挑戦しようと思う」

事象編集と原作改変をも可能にする、『素粒子(モナド)――神への干渉』を実現した剣。
作者が決めた設定という名の運命(フェイト)の壁さえも切り裂ける……文字通り『神を殺せる剣』を。
訪れた試練をあえて挑戦と宣言した凱の言葉は、新たな物語の幕開けとなるだろう。

――だが、独立交易自由都市へ向かおうとする凱の動きを予測している集団があった。












『ブリューヌ・モルザイム平原・早朝・銀の逆星軍幕営』










一方、アルサスを撤退したテナルディエら『銀の逆星軍』は、モルザイム平原より少し南下したあたりに野営陣地を展開していた。

アルサス中央部にて凱との戦いを終え、テナルディエの目前へ帰還したノア=カートライトは、鎧の神剣ヴェロニカの(すがた)を見せていた。

「――まさかアリファールで究極の硬度を誇る鎧の神剣ヴェロニカが、ここまで破損されるとは思っていなかったな」

砕かれた刀身を見つめるフェリックスの声に、わずかに驚きの色が混ざっている。

「え?」
「ノア――貴様は七戦鬼最強なのに、理屈はよくわかっておらんようだな」

気が付けば、ドレカヴァクがそばにいた。

「戻っていたか。ドレカヴァク」

先代テナルディエ公爵より使える『占い師』もまた、ノアと同じ『七人の戦鬼』のうちの一人である。
『鬼竜のドレカヴァク』――それがこの老人姿なる占い師の二つ名である。

「本来、竜は神の化身――竜具もまた神の武具の化身ともいわれておる。貴様の持つ鎧の神剣ヴェロニカは『神への憎悪(ヘイト)』を芯としている為に、竜具に対しての絶対的優位がある。本来ならアリファールは木っ端微塵となり、そなたのヴェロニカは無傷のはず。だが、この損害とはな――」

過去に幾世代との戦姫と戦ってきたドレカヴァクとて、破損されたヴェロニカを見て、自身と凱のチカラの差を推し量る。
やはり、優性進化遺伝子情報(アンリミテッド)を持つ超越体には、我等『ヒトならざるもの』には荷が重いのか。

それは、フェリックスもドレカヴァクと同様の考えを持っていた。
この鎧の神剣ヴェロニカと、ノアの持つ『鬼剣—ブレイドオーガ』の実力があれば、不殺(ころさず)の流浪者ごとき相手にもならない。それがフェリックスの予測だった。

(ハウスマンに聞いた通り――いや、それ以上の結果となったか。奴は腐っても『勇者』だった。腑抜けになってもまだその『芯』は腐っていなかったか。いや、シシオウ=ガイには『勇者』の中に『王』が眠っている)

――やはり、直に勇者を見てみなければ、結局わからないものだなと、フェリックスは感服する。

「もういいよ。戻っておいで。ヴェロニカ」

金髪の青年がそう告げると、心金にまでヒビが入っていた剣に光が宿り、あたりを満たす。
次の瞬間、光の中から少女の姿が現れて、『頭』に悲惨な光景を確認された。

ぼんぼん頭。見事なまでの爆発的……アフロヘア―

剣の姿と形をとれる女性型の悪魔は、大なり小なりその損傷は身体のどこかへ反映される。例えば、頭部なら、髪が短くなったり、今のヴェロニカみたいな『アフロヘア―』みたいな髪型になったりする。

「ノア、ガイはきっと、わたしたちのまえにふたたびあらわれる」
「そうなの?」

竜具を介して凱の根底にある芯を感じ取ったヴェロニカの感想。やはり凱に被害をかぶせられたことは、結局根に持っていた。
対して、フェリックスはそんな二人達のやり取りに何の気にも留めず、ただじっくり、何かを考えこんでいた。

「――ノア、一つ頼みたいことがある」
「はいはい」

笑顔で快諾するノアに、魔王フェリックスは告げる。

「ブリューヌに散らばる七人の戦鬼をランスへ集結させるのだ」
「閣下――それはまさか……」

傍らにいる側近、スティードの緊張じみた声が迸る。

「力ずくでも、『勇者』の中に押しこめられている『王』の姿を引きずり出したくなった」

ニタリと、フェリックスの顔が兇気の笑顔に歪んだ。

――さあ、貴様に隠された設定を見せてもらうぞ。ガイ――











―――――◇◆◇―――――










暁光が朝日へと姿を変え、まばゆいスペクトムが大空を紺碧にシフトする。
さて、場所は打って変わってアルサス郊外の一画地――銀の流星軍の幕営へ。
最も被害が甚大なところへ銀の流星軍を呼び寄せ、村の修復作業へ当たらせていた。
もっとも、ヒトの心にまで被害が及んだアルサスの中央部、セレスタでは町の『復旧』こそできても、心の『再起』まではいくまい。

しばし、癒す時間が必要なのだ。お互いに。

指揮官の幕営へ主要人が集まり、軍議用の机上には各勢力圏を記した地図が置かれている。
その地図を見るや否や、皆は厳しい表情のままで見つめていた。
結局、凱やリムアリーシャ、フィグネリア達は不眠不休で、現状や今後の行動について協議していた。ブリューヌ着陣を果たした銀の流星軍にとって、ジスタートを背にするアルサスはまさに重要拠点だ。あの時、フィーネがいったように、再びテナルディエ達がアルサスを奪い返す可能性もある。防衛陣の構成や戦術の再考慮、物資の補給、他勢力の潜伏、協議項目など検討すればいくらでも出てくる。

「やはり、一番の課題は『機械文明』の戦力に対してどうやって戦うかだな」
「――ええ、私たちは何度も敗北を架せられました……そして、私たちをかばってエレンは……リュドミラ様は……ティグルヴルムド卿は……」

敗北以外の何者でもない――暗く、冷たい逃避行。その惨めな撤退戦がいかなるものか、リムの沈むような口調から聞いて取れる。
治水から始まるディナントの戦い以降、踏み入ること二回目の戦場。
飛び交う銃撃の火線を潜り抜け、地獄のようなブリューヌより、命からがら抜け出して。
あの時、凱がアリファールをもって駆けつけていなければ、ディナントの平原で骸と化していたのは間違いない。

一通り軍議にキリがつくと、申し訳なさそうに凱が口を開く。

「みんな、俺の勝手な都合ですまないが、戻ってくるまでの間――頼む」

そう――彼らリムアリーシャ達が開いた軍議の詳細は、凱の抜けた穴をどう補うかでもあった。
竜具も超常的事象を引き起こす武具だが、銃火器もまた力学をものともしない超常現象を引き起こす兵器なのだ。そしてまた、ディナントの戦いで銃火兵力を圧倒した凱もまた、今の銀の流星軍に欠かすことのできない貴重な戦力である。今は防衛に徹し、凱が再び翼を得て戻ったときこそ、満を期して反撃に転じる時。

「任せてください!我等もガイ殿の帰還を心から待っています!」

まるで作者の執筆再開を待ちわびるかのような、ルーリックのエール。
そんなルーリックの、凱に心配させまいような気遣い。きっと不安もあるだろう。凱の抜けたその穴のことが。
だが――凱の独立交易都市出立に凱との同行を願い出る者もいた。

「あたしも行きます!一緒に行かせてください!」

栗色の髪の少女が真剣な面持ちで躍り出る。

「ダメだ!これは、俺一人で行かなければならない」

対して凱も譲らない。
これから訪れる独立交易自由都市とて、あの時取り戻した平和は、今とて平和である保証はない。
もしかしたらどこかの新大陸と交戦中か、あるいは勢力の小競り合いをしているのか――

「あたしは見届けたいんです!ガイさんの物語の行く末を!」

――――ティッタ。

栗色の髪の少女の、切望の一矢。
言葉が矢じりとなって凱の耳朶に突き刺さる。

「ガイ、私からも頼む!私も……お前のそばにおいてほしい!」

意外なことに、現実主義と打算行動を軸に動く傭兵フィーネからも、ティッタに乗弁してきた。
だけど、俺も折れるわけにはいかない。

「……それでもだめだ。フィーネは銀の流星軍を助けてやってほしい。ティッタもアルサスの人たちを励ましてやってくれないか」

勇者(ガイ)の頼みに傭兵(フィーネ)は思わず歯ぎしりする。
自分にあれだけの仕打ちをしたアルサスの心配さえもする。

――そういうお前のお人よしは……死んでも治らないだろうな。

ならば、自分たちのすべきことは明白だった。

「――わかった。なら思う存分やってきな。お前が守りたいものは、私たちが守る」

その言葉は、まるで母親が子供を送り出すかのような――優しいもの。
いつも家を守ってくれる、大きくて優しい存在の……女性のみが抱く強さ。

「ありがとう」

たった一言。凱は言葉を返した。
数秒をおいて、凱は大空を見上げる。
すうっと深呼吸を行い、誓いの瞳を輝かせる。
それはどこか……絶望の今を乗り越えた先を見据えた――希望の光。
未だ誰も見たことのない原作(セカイ)を描く、ライトノベル勇者の使命を果たすために。
かつてないほどに、崩壊した原作(セカイ)を取り戻すためには勇者の剣を。

そのために。

――――――――舞台は独立交易自由都市(ハウスマン)へ!

心の中でそう決め込んだ凱の次の行動は速かった。そして、軽やかだった。

風影(ヴェルニー)!!!」

一人の青年を羽ばたかせるための大気予圧が吹き荒れる。
再び勇者はアルサスを去った。
しかし、かつて異端審問の時に抱いていた『後ろめたさ』は全くない。
彼の地へ想いを、過去を巡らせて勇者は再び戻っていった。

そして――――凱の『銀の流星軍』の一時離脱を察知した一団も、同時期に行動を起こしていた。











【ブリューヌ・ネメタクム・中央都市ランス・フェリックス=ボレール闘技場】









主の帰還に盛大に応えるように巨大な門が開き、広間が出現して、万を超える兵士たちが整然と並ぶ。
留守を預かっていたグレアストが、冷然されど深々と礼をしながら出迎えた。

「お帰りなさいませ、テナルディエ閣下」
「ただの『視察』に随分と仰々しい出迎えだな、グレアスト卿」

カロン=アンティクル=グレアスト――元々はガヌロンの腹心であったが、今は主の命令でテナルディエ家へ『借用(レンタル)移籍』している、機甲部隊の総指揮官。

「はて、おかしいですな。ノア=カートライトはてっきり共に合流する予定と思っていましたが……」

フェリックスの懐刀とも呼べる青年の不在に、グレアストは訝しむ。
この両者の共通点に残虐こそあるものの、その質には大きな相違点がある。
拷問処刑を得意とするグレアストには冷徹の、殺傷にはなんの感情を持たないノアには無邪気の、その違いだろう。
油断ならぬ相手がいないことに、さしものグレアストも緊張の糸を緩める。

「ああ、あやつなら、ブリューヌ各地に散らばる『七戦鬼』の収集に向かわせた。」
「なんと――――それは!」

フェリックスの言葉を聞き、グレアストの、そして並み居る兵士たちの間にどよめきが走る。

七戦鬼――フェリックス直属の精鋭部隊。

近日実行される『電撃作戦』において、王家要人の無差別暗殺のために組織された者たち。
ムオジネル、アスヴァール、ザクスタン、ジスタート、そしてブリューヌの王政国家を標的として。
彼らが招集されるということは……すなわち!











「そうだ。奴らがここへ集いし時――『ブリューヌ・ジスタート転覆計画』開始だ!」











「お……おお!」

それは、ついに始まるだ。

「とうとう……その日が!」

我らが夢見た理想郷を描く日が。

「おおおおおおおおおおおおおお!!魔王様あぁぁ!!!」
「テナルディエ万歳!ガヌロン万歳!」

訪れる戦を前にして、称えるかのように巻き起こるフェリックス・ガヌロンへの声。

「聞いたか!同志たちよ!ついに我らが『暁』を取り戻す戦いが訪れる!各自準備を怠るな!」

機を逃さず、グレアストが兵士たちに檄を飛ばす。
興奮はさらに高まり、やがてフェリックスの姿が見えなくなっても、彼らは声をあげ続けていた。

「聞いたか同志たちよ!―――か、グレアスト、貴様は少し演出過剰ではないのか?」
「一大勢力の参謀役はこれくらいがちょうどいいのです」

時代の闇に潜み、王政府の転覆をたくらむ革命軍――その結束を固めるには、単純な実行能力だけでは足りない。

フェリックスという『覇気』と、そして己が主であるガヌロンという『カリスマ』と、それによって高められる士気の高さこそが重要と、グレアストは考えていた。

「――――私が留守の間に頼んでおいた件はどうだ?」
「全て順調です。ああ、そうだそうだ!作戦決行にあたって、高性能の回転式機関銃(ガトリング)が手に入ったのです。まだどこの国の軍隊も配備していない最新式でして、毎分の連射性能もさることながら、軽量化と射程距離拡大を可能とした一品です――東の武器商人が自信をもって進める一品だと……ぜひともテナルディエ閣下にもお目に入れていただきたく……」

それまで貴公子の仮面を被っていたグレアストの口調と表情が。熱を帯び始める。

「グレアスト。そのあたりの判断は貴様に一任する」

剣や槍をはじめとした白兵武器ならともかく、銃火器の目利きはグレアストのほうが遥かに適任。
フェリックスの『弱肉強食』や『テナルディエ家の威光』は、ただ単に財力と武力に偏ったものではない。
どんな方面でも、いかなる出自でも、能力のあるものは相応の地位と権限を与える。
徹底した実力主義をとることで、フェリックスはこの国家反逆軍の勢力を短期間で急成長させたのだ。

「いえ……だから……その……ぜひ閣下に見ていただきたく……」
「貴様に任せるといっただろう。それで十分だ」

貴公子の仮面をはがし、熱狂者(マニア)の素面をさらけ出すグレアスト。それに対してテナルディエはうっとうしそうに引きはがす。少し寂し気な表情のグレアストがそこにあった。

「――ほんと、グレアストの旦那は『銃』となると途端に目の色を変えるんだから」

テナルディエの背後に、いつしか中肉中背の青年がいた。
魔王の影に潜み続けた魔物の姿。金喰い蛙とも呼ばれているヴォジャノーイが呆れた声をあげた。

「ヴォジャノーイか……早いな」

先ほどの通り、蛙の名にふさわしく、長い舌と異質なぬめぬめとした肌を持っている。

「そりゃあ、『勇者』を血祭にあげるって聞いたから、真っ先に飛んできたよ」

アルサスで敗北した屈辱を晴らしたいのだろうとテナルディエは察する。
かつてヴォジャノーイは、黒き弓を略奪する際にティッタを誘拐したことがあった。郊外まで出た矢先に凱と出くわし、銀閃殺法の餌食となった。

「落ち着けヴォジャノーイ。ホレーショーやノアが集まるまで待て……スティード、銀閃の勇者の動向は?」

ネメタクムへ到着するまでの間、フェリックスは早文を出し、スティードに凱の動向を監視するよう伝えていた。

「は!既にアルサスを出立し、遥か東の彼方へ向かったそうです。おそらく、ノアに折られたアリファールの代替えを求めているものかと――」

スティードからの報告を聞き、フェリックスは顎に手を当てて、しばし思考する。

「……となると、ガイは独立交易都市へ、刀鍛冶(ブラックスミス)、エインズワーズの元へ向かう……か」

その一言を聞いて、ヴォジャノーイが敏感に反応した。

「エインズワーズと言えば、神を殺せる刀――神剣の刀鍛冶の二つ名を持つ、伝説の名刀匠じゃないか」
「流石ヴォジャノーイ殿、伝説や神話については右に出るものはいまい」
「いやいや、スティードの旦那、僕たち『魔物』の筋では神剣の刀鍛冶の名を知らないものはいないよ。むしろ、そういうのはドレカヴァクのほうが詳しいんじゃないかな?」

先のアルサスでの戦闘の際、フェリックスは凱のアリファールを一目見た程度だったが、それでもノアの神剣ヴェロニカを砕いたことも含め、破断したアリファールの『折り返し構造—本三枚』を目視したことから、『竜具(ヴィラルト)』の作り手が神剣の刀鍛冶であることを見抜いた。
先ほどから黙っていたドレカヴァクは一人ほくそ笑む。

(竜具だけではない――抑止力の聖剣デュランダルもエクスカリバーも人間の手で造られたことを)

この地上にはない物質――はるか天空にそびえたつ、古代の人々が『宇宙』と呼ぶ城に蓄えられた『命の宝石』を使って竜具は造られた。

ブリューヌの神話や伝承では、かつて精霊の手かからシャルルへ譲渡されたことになっている。
しかし、事実は伝承とは違う。
そのことを知っているのは、この世界ではおそらくほんの一握りしかいないだろう。
今度はテナルディエが語り掛ける。

「とはいえ、勇者にとって剣は身体の一部も同然」

新たな剣を求めるにしても、鍛えなおすにしても、刀身を預けるならば、心を許した刀匠の元に辿り着くのが道理。

「しかし、『銃』もつくづく間抜けだね」
「ああ」

間髪なくヴォジャノーイが悪意を持って告げる。
中肉中背の彼が『銃』と呼ぶ際、凱に対して皮肉を聞かせて呼んでいる。
アリファールの主を『銀閃の主』や『剣』と呼んだり、ラヴィアスを『凍漣の主』と呼んだりしているのと同じように。

「閣下、それは一体どういうことですか?」

問いかけるスティードにテナルディエに代わって、この場で唯一事実を知るヴォジャノーイが答えた。












「神剣の刀鍛冶の真なる伝承者――バジル=エインズワーズは、とうの昔に死んでるんだよ」












【独立交易自由都市・工房(アトリエ)リーザ・上空近辺】











アリファールの竜技――『風影(ヴェルニー)』による超高加速を平然と耐えながら、かつてオステローデからディナント平原へ駆けつけたのと同じ要領で飛行中。生命体の耐熱を奪いかねない流動的風量にさらされながらも、身体には全く異常は感じられない。
気流による飛行進路(フライトコース)を見極める――宇宙飛行士時代におけるテストパイロットの訓練で養ったならではの能力だ。


(決して踏むまいと思っていた独立交易都市の大地……だけど、この折れたアリファールと俺自身の心を打ち直すには、ここへ来るしかなかったんだ)

自分にそう言い聞かせながらも、やはり『過去』への記憶はぬぐい切れない。
だけど、自分はその過去も含めて決着(ケリ)をつけにきた。
数刻の空中走破をやり遂げると、凱の青い瞳に懐かしき都市の全景が姿を現す。

(見えてきたな――)

分厚い雲海を『泳いできた』ことを思うと、なぜかサルベージャーのことを思い浮かべてならない。最も、宇宙飛行士も星の海を泳ぐ意味では、サルべージャーと大差ないかもしれない。

ふわり――

くるり――

一舞してアリファールの風による空力特性を、安全着地するために気圧を初期化(リセット)する。前転と側転を織り成して凱の長髪がさらり――と躍る。

すたりと――着地を終えて、凱の尋ね人である鍛冶師の住処の門をたたく。

(独立交易都市を出るにあたって、あんなこと吐いちまったけど……ええい!覚悟を決めろ!)

過去の出来事もあり、何の変哲もない木製戸が、なぜか分厚い鉄扉にも見えてしまう。
コンコンと心地よいノックをする割には、どこか緊張の音を隠しきれていないようにも思える。

「どちら様ですか?―――――――あ」

開かれた扉の中から赤い髪の女性が現れる。しかし、戸を開いた先の人物にその目を奪われた。
くすんだようなティグルの赤い髪とは異なる印象を与える――まるで情熱を燃やすかのような見事な赤色の髪を。

「やあ―――セシリー」
「……ガイ?……本当に……ガイなのか?」

瞳に涙を浮かばせつつある女性――セシリー=キャンベルが出迎えたのだった。

「――――この……馬鹿あぁ!」
「セシリー?」
「今まで……今まで何処へ行ってたんだ!?この……馬鹿!!」
「……あの時は黙って独立交易都市を出て行って……御免」

そうして――セシリーは凱の胸元で幼子のように泣き続けた。
まるで……親とはぐれた子供が、突然の安堵の為に泣き崩れたのと同じように。






紅い髪の少女、神剣の騎士セシリー=キャンベル。エインズワーズという、嫁ぎ先の姓を併せ持つ
独立交易都市の英雄。
戦闘力など皆無に等しかった彼女は、鍛冶師を営むルークと出会い、数多の試練を重ねるうちにヴァルバニルを封印せしめるほどの力を得て英雄視されることとなる。
数え切れる屍の犠牲を払って得た平和。阿鼻叫喚の戦乱を沈めた彼女は、代理契約戦争の後に訪れた新大陸からの侵略撃退にも貢献。一騎当千の活躍を遂げる。
とにかく彼女は、市民を守ること、何より生命を守るという使命に燃えた。

――目に映る人々を全て守る――

自らの赤い髪に誓いを立てるように、赤い瞳にも決意の輝きが滲んでいた。
だが、その決意と誓いは永久に果たせぬものとなった。

――獅子王凱の突然の失踪――

その人は、文字通りの勇者だった。
私なんかと比べるよりも、あの人がもっと称賛されるべきだった。
目に映る人々を全て救う。その誓いをいつしか凱に縛り付けていた。
だけど、今にして思えば、凱へ架した苦しみを想うと、私の誓いなど子供じみた、とるに足らない約束かもしれない。
一人の命を救う為に、一人の人間を犠牲にするその矛盾。
そして、セシリーは傷ついていた。

自分の活躍の裏に、自分の知らないところで、凱が『独立交易都市永久追放』の処分を受けていたなんて――

私は愚かだった。
愚かゆえに、ガイを失ってしまった。
だが、今はこうしてガイは来てくれた。
何のために来たのか分からない。しかし、今はそんなことどうでもよかった。
ガイは生きていた。例え自分たちの気が軽くなるとしても、それがわかっただけで充分だった。
そして、先ほどからセシリーが抱いている『小さな命』の姿が凱の視界にはいる。

「――子供が……生まれたんだね。おめでとう!セシリー!」

アリファールを布に巻いて隠し、荷物用として擬態させて壁にかけている。
常に風を巻くアリファールなら、長剣のような形を布に残すこともないし、風船のように若干膨らませれば、背負い型の袋に見えなくもない。
ともかく、いの一番に凱から祝福の言葉をかけられたセシリーは、うれしさのあまり顔をほんのり赤らめた。

「ありがとう――この子の名前はコーネリアス。女の子だ」

――そうか……ルークとセシリーはもう、『平穏』を得ていたんだな。
布にくるまう赤子を抱く母の姿はまるで、一枚の肖像画のよう。

「そういえば、ルークの本業……いや、工房リーザの本業は実用品だったな」

見れば、見本の出刃包丁や農作業用のクワが並べられている。家に入る前の隣庫にも、原料となる廃材品が並べられていた。元々は刀をも打っていたが、ルークの父君、バジルが亡くなられた際に廃業したのだという。
事実、代理契約戦争を終えた今の時代では、白兵戦の武具注文は無いに等しい。現在は包丁や鎌などの生活用品を打って暮らしている。
凱がここを訪れた際、ルークが打ったという包丁を手に取ってみたが、その見事な出来栄えは、かの『神剣(ゼノブレイド)』と同等の潜在性を秘めていた。
その技術は確かなものだった。
彼の腕は本物だった。
父親に引けを取らない……どころか、バジルを古くから知っているハンニバルも恐らく太鼓判をおすだろう。「神剣の刀鍛冶を名乗ったらどうだ」と。

そう―――凱がここへ来た理由はまさにここであった。

彼ならば、折れたアリファールを打ち直すことができるんじゃないかと。そう思ってここ、工房リーザへ訪れたのだが――

「もうじきルークとリサも帰ってくると思う。一度、ルークにも会っていってほしい」
「――すまない、俺……そろそろ行かなきゃ……」
「どうしてだ?二人とも、きっとガイに……ううん、絶対にガイに会いたがっている。私がそうであったように」

切ない声で凱を引き留めようとするも、刀鍛冶の家族たちの実情を見ると、これ以上とどまるわけにはいかない。
獅子王凱は、命の重さを知っている。
だからこその決断なのだろう。
下手をすれば、ルークやセシリーだけでなく、その赤子にさえ危険を晒しかねない。

「俺がここへ来たのも、何というか、その――セシリーの顔が見たくなっただけなんだ」

我ながら、随分と不器用な言い訳だ。

「……でも!」

あまりにもあっさりしすぎた凱の返答に、むしろセシリーのほうが戸惑いを覚えたほどだった。

「家族みんなで幸せに、セシリー」

そう言って、凱は改めて一礼した。

「だぁ、だぁ、だぁ」

つたない幼子の声。くすぐったい……愛しい子の声。
まるで、凱を送り出すかのように、笑顔で手を振るコーネリアスに、凱はにっこりと笑い、その場を立ち去った。

セシリーと別れ、工房リーザを後にする。
独立交易都市の中心部に向かうまでの間、凱は街道をふらつきながら思案する。

(仕方がない。アリファールの再鍛錬はまた一から出直しだ)

フィグネリアが同席していたら、凱のあまりにあっさりとした態度に、火山のごとく感情を爆発させたのかもしれない。
が――凱が改めて再出発を図るには理由があった。
確かに新たなアリファールはどうしても必要だ。
しかし、一つの家族の幸せを、あえて危険にさらしてまで手に入れるほどの……天秤にかけてもいいものだろうか?
刀を打つ人間にも、カタナを振るう人間にも、双方とも魂の宿らぬ駄痴となる。
そんな状態では、どのみちフェリックスや、アリファールをへし折った張本人であるノアとは戦えもしないだろう。
新たなアリファールは、新たな勇者は、既存の力を越えなければならない。

(……とはいえ、どうしたものだろうか?)

そこで凱には一つの提案が生まれた。しかし、それはアリファールを打ち直すことができたとしても、これまでのアリファールを超えることはかなわないだろう。
素粒子の折り返し鍛錬を可能とする人間は、凱の知る限りでは世界に一人しかいないのだから。

――正直言って不安だった。

ルーク以上の存在の刀鍛冶などこの世に存在しない。

「……あ?」

考えながら歩いていた矢先に、風車玩具売りの屋台が視界に入る。頬に吹き付ける風が、妙に優しい。
流石は世界の交易口、独立交易自由都市。売られている風車も、彩り鮮やかなものが多い。
きっと、風を操る竜具アリファールも凱に告げているのだろう。「もう少し肩の力を抜いて」と。

「それじゃあ……」

目の前の難題は置いといて、凱の顔に笑顔が戻る。

「これを一つください」

小さく可愛らしい、色鮮やかな風車。きっとコーネリアスも喜んでくれるかな。
そんなことを思い返しながら、凱は風車を指して言った。


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後書き
次回は「安息を喰らう非情なる刺客!ヴォジャノーイ再戦!」です 
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