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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第二部 原作開始
第二章 王子三人
  第二十五話 師弟二人

全ての手筈を整え、俺とアルスラーンは東の城壁を目指して廊下を歩き出した。ダリューンやシンリァンの護衛を頭を振って断るフリをして。

城壁の上に着くとアルスラーンは大きく伸びをした。無理もない。この幼さで短い間とは言え逃亡生活を余儀なくされていたんだからな。だが、それも今日で終わる。追跡者は今夜ここで息絶えることになるのだからな。ほら、おいでなさった!

◇◇

俺、ヒルメスはようやく神々が俺に向かって微笑んだのだと思わざるを得なかった。昼間は小娘の邪魔が入って仕留め損ねたアンドラゴラスの小せがれが、すぐそこにいるのだ。生憎と一人ではなく、シンドゥラ人らしき男と一緒だが、絹服を纏ったその優男は武人らしくはなく、二人とも帯剣すらしていない。つまり、俺の敵ではないということだ。しかも、勇猛な部下も連れていない。馬鹿めが、味方の城に逃げ込んだことで油断したか。

俺にはここ最近、神が俺を見放したのかと思うようなことばかりが続いていた。命を助け、俺に服従させようとしていたサームは自ら死を望んだ。自分は豊かで強かったパルスに殉じて死にたかった。生き長らえてこの上王族の骨肉の争いを見せられるなど御免こうむる。せめてその手で自分を楽にして欲しいと。どれだけ言葉を重ねても奴を翻意させることは叶わず、心ならずも奴をこの手にかけることになった。奴の死に顔が安らかなものであったことに尚のこと腹が立つ。

その上、カーラーンに続いて、ザンデまでもがダリューンに討ち取られた。一騎打ちの最中に女に馬を矢で射倒され、落馬したところをダリューンに兜を両断されたのだという。戦士の中の戦士とまで謳われる男が何と卑怯な!いや、むしろあのダリューンにそこまでさせたザンデをこそ誇るべきなのか。

いずれにしろ、俺に仕えていた者、仕えさせようとしていた者、そのことごとくが俺の手の平からこぼれ落ちていった。不公平ではないか!あの未熟なアルスラーン如きにダリューンやナルサスなどの人材が集っているというのに。

更に近頃、王弟ギスカールの俺を見る目に奇妙な色がちらつくようにも思える。奴とはアンドラゴラスの処遇を巡って意見が合わず、奴にとって目の上の瘤であった教会権力もボダンの横死によって力を失った。奴は俺の利用価値に疑問を感じるようになったのかもしれない。この上は油断ならないこの俺よりむしろ幼いアルスラーンと手を結んだ方が御しやすいとでも考えている節すらある。

そんなことを許せるものか!アルスラーンだ。奴さえ殺せばギスカールは俺を協力者にし続けることを選ぶしかなくなるだろう。そして、隙を見てギスカールをも倒し、ルシタニアをパルスから駆逐し、俺がパルスの覇権を握るのだ。その為にも何としてもアルスラーンを殺さなくてはならない。

昼間はあともう少しだった。小せがれの無防備な背中が我が刃の届くところにあったのだ。そこに小娘が割って入らなければ、ペシャワールからキシュワードの軍勢があの場にたどり着かなければ!

だが、今ならば!今度こそこの俺をパルスの神々が嘉したもうたのだ。今日この日をもって、貴様アルスラーンと、この俺ヒルメスの、呪われた因縁に終止符を打ってやる!


むしろ俺の方から甲冑を鳴らして相手に自分の存在を教えた。弾かれたように二人がこちらを振り向き、そしてアルスラーンは緊張に顔をこわばらせ、シンドゥラの優男は口元を緩ませ言い放った。

「おやおや、そちらにおわすはアルスラーンの叔父御のヒルメス王子か!俺はシンドゥラの王子ラジェンドラ!こんな辺塞に三人の王子が一堂に会するとは、実に奇遇ですなあ!」

この男、俺を知っている?シンドゥラの王子だと?いや、その前にこの男、何と言った?この俺をこの男は…

「…貴様、今この俺を何と呼んだ?」

「ん?叔父御だよ?お主の父親はオスロエス王ではなく、真はゴダルゼス大王だからな。『ゴダルゼス大王の子の代でパルスは滅びる』そんな予言を受けたからと言って、息子に嫁を差し出させる方も、嫌々ながらでもそれに従う方も、全くどうかしているよなぁ」

「ば、馬鹿な…、貴様は何を言っている…。何故、そんなことを知っている…?」

「そりゃあアンドラゴラスに教えてもらったからな。前例から言って、オスロエスの後にはアンドラゴラスが続く、自分にもう一人子供がいれば、その子まで、つごうあと三代パルスは滅びずに続く、か。ゴダルゼス大王もよく考えたものだが、そんな老人のたわごとに付き合わされる方はたまったもんじゃない。付き合いきれないとばかりにオスロエスとアンドラゴラスが大王を弑したのも無理も無い話だよなあ」

「…ら、ラジェンドラ殿、そんな話をいつ父から…?」

アルスラーンの今の言葉、その調子だとこいつもこの話は初耳だというのか!?

「さあて、いつだったかな。あんまり昔のことなんで、いつだったかなんて覚えてないな。ついでに言うと、アンドラゴラスはオスロエス王を弑してはいない。オスロエスは病死でな、で、いまわの際に弟のアンドラゴラスに頼んだのだそうだ。『ヒルメスを、あのゴダルゼス大王の呪われた息子を殺してくれ!』とな。つまり、お主らの、アンドラゴラス王は先王オスロエスを弑したからその即位は無効との主張は間違い、と言うことだ。アンドラゴラス王は適法に即位し、そして王統は王太子アルスラーンに受け継がれる。ゴダルゼス大王の末子たるお主のしゃしゃり出る余地は何処にもない、ということさ!」

「…う、嘘だ…。そのようなこと、真実である訳がない!」

自分の声がまるで自分のものでないかのように響いた。俺の声はこんなに力なく、ひび割れたものだっただろうか?

「いいや、真実さ。それに、この話を知っているのは俺だけじゃあない。他にも大勢いる。今ここで知っているのはこの俺一人だがな」

そ、そんな!だとすると、真実だというのか…。だが…

「ど、どうして、そのようなことを俺に教えた…?、何故なのだ!」

「それは、多くの民を己が復讐心のために犠牲にし、この世界から最も大切な存在を消し去ろうとした大罪人であるお主を裁くためさ。お主、まさかここから生きて帰れるなんて、思っていやしないだろうな!」

その言葉が合図だったのか、時を同じくして俺の両足首を激痛が襲った。何だ?斬られた?背後を振り向くと地面から頭とナイフを持った腕だけを出した女が地面を泳ぐかのように遠ざかっていくのが見えた。あの術、まさか奴らが!?

「あれは地行術!?ぐおっ!」

それに気を取られている隙に利き腕の手首を矢で射抜かれ、手から剣が零れ落ちた。拾おうとしたが、両足に力が入らずに崩折れ、両膝をついてしまった。

更にその隙に、あちこちの階段から松明を片手に多くの兵士が駆けつけ、俺と二人の王子の周囲を遠巻きに囲んだ。その上、その人垣を縫うかのように一際強い気配を放つ強者たちが現れ、俺の周りに白刃の壁を築いた。ダリューン、キシュワード、バフマン…、他の者の名前は判らぬが、いずれ劣らぬ強者ばかりであろう。しかし、その中にバフマンまでがいるとは…。

◇◇

万騎長二人と、ほぼそれに匹敵する剣腕を持つ者たちがヒルメスを囲むのを待って、地行術で地面を泳ぐように移動していた人影が俺の傍らに浮かび上がった。三人娘の一人、医者としても天賦の才を持つレイラだ。こいつはエステルの背中に、女性の身には余りにもむごいほどの傷跡が残ったことに心を痛めていたからな。諜者として習い覚えた魔道の技でヒルメスを不意打ちすることに何の躊躇いもなかったようだ。

そして、ヒルメスの右手首を撃ち抜いたのはラクシュの放った矢であった。

「ヒルメスさん辺りだと余程大きな隙でも出来ない限り察知されて矢を斬り落とされるだけだよー」と言っていたが、レイラの不意打ちはそれに余りある隙を作れたようだ。ヒルメスは暗灰色の衣の奴ら以外に地行術を使える奴がいるとは思っていなかっただろうからな。一瞬は奴らが裏切ったかとまで疑っただろう。それがつけ目だった。

とにかくこれでヒルメスは、原作のように襲い来る剣環から身を守ることも、城壁から飛び降りて濠へと逃れることも叶わなくなった訳だ。そんな剣環の中から、一人の男が半歩進み出た。見事な白髯を持つ現存する最古参の万騎長、バフマンだ。

「儂はこの男の元師匠なのでな。ここは儂に任せてもらおうか。何、逃しはせんよ。ただ、我が手で引導を渡したいだけじゃ」

「ば、バフマン…」

その言葉にヒルメスが喘ぐかのような声で旧師の名を呼ぶ。バフマンの顔に僅かに痛ましげな色が浮かんだ。

「ヒルメス、この場ではあえて呼び捨てにさせてもらおう。ヒルメス、お主は何故ルシタニアの侵略に手を貸した?何故ルシタニア兵がパルスの軍民を虐げるのを黙ってみていた?答えよ!」

「そ、それは…」

それまでであれば、パルスの民が正統ならざる王を奉じていたからだと抗弁することが出来たであろう。だが、俺の言葉が真実かもしれないと考えてしまった時点でその様に舌は動かない。縫い留められたかのように動きを止められてしまっていた。

「儂には先程のあの王子の話が真実なのかどうかは判らん。儂に判るのは、お主が守り慈しむべき民を、救うこともせず苦しめたということだけだ。しかし、その一事だけでも、お主には為政者の資格がない。お主は己の罪を償うため、今ここで死ぬべきだ、ヒルメス!」

抜き身の剣を手に、バフマンがゆっくり一歩、また一歩とヒルメスに近づく。ヒルメスは気圧されるように下がろうとするが、傷口の痛みに顔をしかめ、動きを止めてしまう。逃げられない、と悟った時、ヒルメスの中で何かが壊れた。もはや彼はダリューンと互角の剣士ではなくなっていた。

「うわあああ、来るな、来るなあ!」

叫ぶというよりも、子供のように泣き喚いた。子供に戻ってしまったかのように、頻りにイヤイヤをするように首を振る。それでも何一つ現実が変わらないことを悟ると、何か頼れるものがないかと傷を負っていない左手で手元を探り始めた。その手に何かが触れた。取り落としてしまっていた剣だった。それを覚束ない手付きで逆手に握ると、

「やめろおおお!」と一薙ぎした。その瞬間だけは剣士の魂が蘇ったのかもしれない。その一撃は過たずバフマンの胴を薙いだ。傷口から血がしぶき、内臓がこぼれた。しかし、それでもバフマンは止まらない。表情すら動かない。何事もなかったかのようにヒルメスに近づき、肩に手を回して抱きとめるかのように動きを止めさせ、ヒルメスの背中を自分ごと剣で貫いた。

「ぐはっ!」

バフマンが血の塊を吐き出し、それがヒルメスの顔を直撃した。その不意打ちにヒルメスが自分を取り戻した。そして、自分と旧師がどんな状態になっているかを悟った。

「ば、バフマン…、何故お前まで…?」

「弟子の不始末は師匠の責任ですからな。儂も一緒に頭を下げると…致しましょう…」

「…済まぬ、済まぬバフマン!俺を…俺を許してくれ!」

ヒルメスは泣きじゃくってバフマンの体にしがみついた。そんなヒルメスをバフマンは優しく抱きしめる。

「ふふ、謝るべきは儂に対してではございませぬぞ?ですが、儂は貴方を許すと致しましょう。ヒルメス殿下、今まで苦しかったでしょうな。寂しかったでしょうな。一緒に居てやれなんだ儂をお許しくだされ。…アルスラーン殿下…お別れでございます、良き国王にお成り下され…」

そうして程なく、二人の師弟は息絶えた。遺体は城外の戦没者の墓地に二人一緒に葬られ、後ほど諜者秘伝の薬液で骨も残らぬよう溶かされた。非道いとか言わないでもらいたいね。これもザッハーク一味に遺体を利用されるのを防ぐためなのだから。


さてと、これでこの辺塞にいる王子は俺ラジェンドラとアルスラーンのみになった訳だ。だが、これで始められるよな、ルシタニアに対する反攻を!

俺たちの戦いはまだまだ終わらない。
 
 

 
後書き
第二章はこれにて終了です。次回より新章突入です。 
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