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真田十勇士

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巻ノ百四十八 適わなかった夢その一

               巻ノ百四十八  適わなかった夢
 秀頼は薩摩に島津家が用意してくれた屋敷において何の乱れもない暮らしを送っていた、その暮らしの中で。
 傍に控える治房にこう言っていた。
「源次郎達についてじゃが」
「はい、駿府に戦に行かれましたが」
「余は何も心配しておらぬ」
「必ずですか」
「この薩摩に戻って来る」
 こう言うのだった。
「そう信じておるからな」
「だからですか」
「何も憂いておらぬ、ただな」
「それでもですか」
「余は今まで何の為に生きておったか」
 ここでこのことを言うのだった。
「そのことはな」
「どうしてもですか」
「うむ、考えたことがなかった」
 こう治房に話すのだった。
「一度もな」
「そのことをですか」
「今考える様になった」
 薩摩まで逃れてからというのだ。
「そうなった、まことにな」
「大坂におられた頃は」
「うむ、何も考えることがなかった」
「では大坂におられた時の上様は」
「何であったか」
 それはというと。
「どうもな」
「一切ですか」
「考えなかった、母上に言われるまま大坂の主いや天下人のつもりであったが」
「しかしですか」
「母上が思われていただけでな」
 茶々、大坂で自ら果てて散った彼女がというのだ。
「余は余自身が何者であるかなぞな」
「お考えになったことは」
「なかった、しかし今になってな」
 薩摩に入ってからというのだ。
「考える様になった、余は何者であるか」
「では今の上様は」
「天下人でも右大臣でもない、只の一介の人じゃ」
「それがですか」
「うむ、余なのじゃ」
 豊臣秀頼という人間だというのだ。
「そうなのじゃ」
「他の何でもないと」
「そう思っておる、今はな」
「そうなのですか」
「そじゃ、それ以外の何でもないのじゃ」
「それが上様ですか」
「他の何でもない」
 秀頼はまた言った。
「左様じゃ」
「そうなのですか、それがしにとっては」
「また違うと思うか」
「はい、それがしにとっては上様は天下人です」
「まだそう思うか」
「それがしは。そう思いです」
「今も仕えてくれておるか」
「それ以上に豊臣家、そして上様だからこそ」
 秀頼自身だからだというのだ。
「お仕えしております」
「余が余だからか」
「器が大きく我等にいつも気を配っておられる」
「そうした者だからか」
「お仕えしております」
「余の人柄が好きと聞こえるが」
「その通りでございます」
 治房の返事は淀みがなかった。
「だからこそです」
「余に仕えてくれておるか」
「国松様にも」
 秀頼の子である彼にもというのだ。 
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