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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第二部 原作開始
序章 王都炎上
  第十七話 公主帯同

ギラン郊外の平原で傭兵の調練を行っていた俺たちを訪ねてきた男。
何とそいつは「トゥラーンのジムサ」と名乗ったのだ。

何でこいつが今ここに居るんだか皆目見当がつかなかったが、事情を聞いてようやく疑問が氷解した。

パルスとトゥラーンの戦いで捕虜になったジムサはもう何年もエクバターナの地下牢に幽閉され続けていた。そこにシャプールと言う万騎長が訪ねてきてこう言ったのだ。「明日、アンドラゴラス王がルシタニアとの戦いの出陣式にてお主を血祭りに上げる。明日までここにいれば確実にそうなる」と。それは言外に今の内に逃げろと言ってるのと同じだった。その通りに脱走はしたものの、故国はすでに滅んでおり、行く宛はなかった。思案の末、そう言えば今まで生きてきて海と言うものを見たことが無かったので、南のギランへ向かうことにした。そして、ここで何者かが兵を募っていると聞き、ここに来た。そう言うことだった。

…全くアンドラゴラスも血祭りが好きだな。ルシタニア人よりよっぽど野蛮人だと思えるわ。そして、まあ、義侠心に富んだシャプールらしい行動だよな。

しかしなぁ、いいのかよジムサ?三カ国連合での戦いでトゥラーンの勇将の数多くを討ち取ったのはシンドゥラ(更に言うならラクシュ)なんだぜ?そのシンドゥラ人の俺が率いる軍で戦うことに忸怩たるものは無いのか?

そう訊いてみたんだが、帰って来た答えは「別に」だった。戦の上の事であり、恨み言を言う気などない。家族とは折り合いが悪く、仲間には吹き矢を使うなど卑怯と蔑まれていた。そんなヤツらも既にことごとくこの世を去っているし、最早何の義理もない。この上は、自分の腕を高く買ってくれる者に仕えたいと思うのみだと。

なので、俺は望み通りに高く買ってやる事にした。バハードゥル、ジャスワントに続く三人目の将として迎え入れたのだ。その上で現在集まった騎兵の約半数、五千騎をヤツに率いさせることにした。奇襲に、遊撃に、追撃に、と存分に働いてくれることだろう。

さてと、ラクシュとギーヴはどうしてるかな。タハミーネに恩賞をもらった後は、宰相フスラブから面倒な頼まれごとをされない内に王都から脱出しておけと言っておいたが、ちゃんとその通りにしてくれただろうか。

◇◇
おっ!愛しの殿下から、私、ラクシュに愛の電波が!

「勿論その通りにしましたですともさ、殿下!」

私が急に立ち上がり、虚空を見やりながら、何事かを叫ぶ様子に傍らに横になっていたギーヴさんは思わず、後ずさっていたみたいだった。

「おい、ラクシュ?何をいきなり脈絡のない独り言なんか言ってんだ?」

「ふふん、ギーヴさん。愛し合う殿下と私との魂の交流にケチを付けるなんてダメダメなのさー!」

「…愛し合ってたっけか?まあいい。好きにしてくれ」

「無論そうするともさー!」

「……」

タハミーネ王妃に恩賞を頂いた後、私とギーヴさんは早々にエクバターナを脱出した。地下水路の最短ルートは既に調べてあったしね。そして、王都近くのルシタニア兵によって滅んだ村落の一棟に身を潜め、カーラーン将軍の軍勢の動向を見守っているところなのだった。

カーラーン将軍は消息をくらましたアルスラーン一行を捕捉するため、村を焼いてみせしめにするであろう。アルスラーン一行はそれを止めようとするだろうから、カーラーン将軍の後をつければ、自然とアルスラーン一行と合流することが可能なはず。合流したら一緒にペシャワールを目指してくれ、俺たちとはペシャワールで落ち合おう。と言う事になっていたのだ。

とは言っても、二ヶ月も殿下の側を離れるなんて生まれて初めての事だ。そんなの嫌だと私は盛んにゴネたんだけど、聞き入れてもらえなかった。仕方ないから、戻ったらなにか一つ私のお願いを聞いてもらうことで手を打ったけどさ。戻ったら何をしてもらおうかな?にゅふふふふ…

その時、村落に面した街道に騎馬の一群が走ってくるような物音がした。ギーヴさんと私は即座に窓の側に身を寄せ、外の様子を伺った。すると、正確には騎馬の一群と言うより、どうやら先行する一騎をルシタニア兵十騎ほどが追いかけていると言う状況のようだった。追いかけられている騎手は異国の甲冑を纏った女の人のようだ。長い黒髪が兜にはまるで収まらずに、腰の辺りまでに流れ揺れている。でも顔は見えない。その女性は何と後ろ向きに馬に乗って疾走しているのだ。ここいら辺一帯が平地だからこそ可能な芸当だろうけど、まともな神経で出来る事ではない。そんな後ろ向きで馬を走らせて何をしているのかと言えば、弓で追手を射ているのだ。

彼女は続けざまに二本矢を放ち、二人の追跡者が永遠に追撃を中止した。だが、残りの者たちは怒声を上げながらなおも追いすがる。更に女騎士は弓をつがえようとするが、背負った弓筒にある矢は残り数本。全員を倒すには足りない。

「加勢しよ、ギーヴさん!」

「うむ、俺はいつでも美女の味方だからな!」

後ろ向きで顔も見えないのに、美女認定するのかい、ギーヴさん!

私たちは建物から飛び出して近くにつないでおいた馬に跨がり、追跡者たち目掛けて疾走を始めた。そして、女騎士とすれ違いざま、

「加勢するよ、おねーさん!」

「助太刀致しましょう、絶世の美女殿!」と

一声かけた上で矢を放った。ちょっ、今度は絶世の美女認定?私の方こそ好きにしてくれと言いたくなってくるよ…。

瞬く間に全ての騎士が射落とされ、逆乗りだったはずの騎手はいつの間にか普通に乗り直して私たちに近づいてきた。彼女が被っていた兜を脱ぐと、夜の闇を溶かしたかのような見事な黒髪が広がった。そこには周辺諸国の民族とは違った雰囲気を持つ凛然たる美貌の女性の姿が現れた。「おお」とギーヴさんがその美貌に感嘆の声を上げている。ちょっと、鼻の下伸び過ぎ!

「ご助勢痛み入る。パルスのお方!…と…そちらの女性はシンドゥラの方か?」

「うん、そうだよー。私はラクシュで、こっちの女たらしはギーヴ。ところでおねーさんはどちらのお人?」

ギーヴさんが横で「おい、人聞きの悪い!」とか言ってるけど、無視無視。

「私は絹の国の産で、シンリァンと申す。そしてこれが…」

そう言って、シンリァンさんは胸甲と胸の隙間から何ものかを取り出した。布の塊?…いや、違う!赤ん坊だ!ちょっと、赤ん坊連れで戦ってたの!?
産着を着せられた一歳ぐらいの赤ん坊は嬉しげに母に両手を伸ばしていて、その母が愛おしげに子をあやしながら言う。

「私と万騎長ダリューンの子、シャーヤールじゃ。パルスはどうやら戦に負けたようじゃが、我が良人は殺しても死なぬ男ゆえ、生き残ってペシャワールにでも身を寄せ、再度戦いを挑むじゃろう。その際には妾も轡を並べて戦おうと思うてな。それでエクバターナを抜け出して来たのじゃが、奴らに見つかって難儀しておった。お蔭で助かったぞ」

「へえ、ダリューンさんの奥さんなんだー。前に私たちも会ったことあるよー。強くてかっこいいよねー、あの人」

「まあ朴念仁ではあるが、無双の勇者じゃの。ところで、お主らはこんなところで一体何を?」

そこでアルスラーン一行と合流しようとしてることを話すと、シンリァンさんはすぐに同行を申し出てくれた。やった!頼もしい味方、ゲットだぜ!
ほらほら、ギーヴさん、「何だ、子持ちかあ。くそお、ダリューンの奴、うまいことやりやがって…」とか言ってないでよ、みっともないなあ。

◇◇

考えてみると、アルスラーン戦記って、やたらと妻帯者の少ない物語だよなあ。原作の十六翼将の中で明らかに結婚していたのは、キシュワードとトゥースぐらいのものだったろう。事実婚の状態にあった奴ならあと数人はいたかもしれないが、それにしても少数派でありすぎる。そもそも主君が結婚しないんだから、主君を差し置いて臣下がおいそれと結婚できる訳もないけどな。

そう言えば、フゼスターンでダリューンやナルサスと別れる前に、占いと称して奴らの未来のネタばらしをしてみたが、あれを奴らはちゃん信じてくれたんだろうか。特にダリューンは星涼公主をものに出来たんだろうか。何しろ、彼女は外伝の『東方巡歴』でしか登場しない上に、あの外伝自体が導入部分のみで終わっていて未完だから、何をどうすればうまくいくかも判らないし、特に気の利いたアドバイスは出来なかったけど、どうだろうか。

…やっぱり、難しいか。あれでも彼女は絹の国の皇族だものなあ。余程のことがない限り、遠国の一介の武人が結婚を望んだとしても叶うものではあるまい。何らかの策を弄することもダリューンには難しいだろうしなあ。

そんなことを考えながら今日も今日とて傭兵たちの調練を行っていたのだが、それを終えて陣幕へ戻ろうとしていたところに、三人娘の一人に大事な話があると言われた。何かと思って話を聞くと、何と結婚を考えている相手がいると言うのだ。しかもその相手は…。ちょっと待て、お前、本気か!?本気であいつでいいのか?
 
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