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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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第五次イゼルローン要塞攻防戦1

 宇宙歴792年、帝国歴483年5月4日。
 分艦隊旗艦に乗艦するアレス・マクワイルドも気づかぬことであったが、彼の知る原作よりも二日ほど早くに戦いは始まり、しかし、彼の知る原作と同じように推移をした。
 元より前提条件に変わりがなければ、彼が心配するような大きな変化は起きないのかもしれない。同盟軍の行動は、ちょうど合流直後に情報が伝わるように、フェザーンを経由して、イゼルローン要塞に届けられた。

 同盟軍は予定通りの出兵であり、迎え撃つ帝国軍もまた同数。
 だが、既にこの時点で原作は――歴史が少しずつ変わり始めていることを、彼自身が歴史を変えていることなど、神ならぬアレス・マクワイルドが気づくこともなかった。

 午後一時十五分。
 帝国軍から放たれたレーザーによる砲撃を皮切りに、両軍から雨のような光線が伸びる。
 放たれた光は、青く、碧く。
 さながら光の雨の様に向かい来るレーザーの光は、しかし、両艦隊の前ではじけるようにかき消された。艦隊の防御壁が作動したのだろう、ビニール傘に弾かれる雨のようだ。

 通常であれば、艦隊戦の初戦から大きな被害を受けることはほぼあり得なかった。
 可能性があるとすれば、防御態勢を整えていない状況での不意な攻撃であって、こうして正面から向き合っている状態であれば、射程圏内に入った時点で開始される砲撃は、ほとんど牽制といってもいいものだ。

 届くといっても豆粒のような敵艦隊を正確に狙えるすべは、科学がいかに発達しようとも不可能であった。偶然にも艦隊に向かったレーザー光の多くは、エネルギーが充電された防御壁にいとも簡単に弾かれて、かき消える。
 一辺すれば無意味とも見えるかもしれない攻撃であるが、このまま防御壁を展開していれば、いずれエネルギーを消耗して防御壁が薄くなることもあり、いわば牽制と同時に相手の弱体化を狙っている。

 最も、時には不運ということもある。
「巡航艦テルミット、撃沈しました」
「すぐに穴をふさげ、数はこちらの方が多い。敵右翼は第四艦隊に任せ、我々は左翼に攻撃を浴びせかけろ」
 聞こえた通信士官の言葉に対しても、スレイヤーは落ち着いた様子で言葉を出す。
 最前線にいた一部が火球に包まれて、宇宙に消えていく。

 牽制といっても、防御壁も万能ではない。
 防御壁が展開されている場所に、同時にレーザーを撃ち込まれれば、過負荷によって貫かれることがある。運が良ければ隔壁を閉じて、対応ができる。だが、運が悪ければ動力機関を破壊され、一瞬で塵となる。

 わずか数分の交戦で、数十隻の艦隊と、数百倍もの人命が失われた。
 夜空に浮かぶ花火の様に、儚く、平等に、双方に対して死の影を投げていく。
 両艦隊が次第に近づけば、必然的に被害も大きくなる。
 上がる花火の数が増え、代わりに叫ぶ声が少なくなった。

 損耗艦艇を個別に報告もできず、損耗率だけが機械的に計上されていく。
 友人も、同僚も、恋人も――聞こえる損耗率の報告には上がらず、ただ無事だけを祈りながら戦い続ける。

 午後一時五十五分。
 わずか数十分余りで、数千人の人命が失われた。
 戦いはまだ始まったばかりであった。

 + + +

『ファイエル』
「ファイエル」
 指令が流れるとほぼ同時、ラインハルトは一言呟いた。
艦橋で前部の大型モニターに、ラインハルトの乗艦する駆逐艦エルムラントⅡから真っ直ぐな光が伸びていった。

 数秒後、それに倍する光の雨が向かう。
 それが防御壁に中和されて、微かな光を放った。
 静かだ。
 元々駆逐艦ということもあって、少数しかいない空間である。
 そこでラインハルトは興奮した様子も見せず、ただ腕を組んで状況を見るのみ。

 艦長がそんな様子であれば、周囲が騒げるはずもない。
 本来ならばあるはずの、戦場の熱気は潜め、ただ静けさが広がっている。
 しかし、数回の応酬の後に、静けさは鋭い声とともに消えた。
「艦を前進し、艦列の前へ。敵艦隊右翼――主砲斉射三連!」

 腕の伸ばして告げられた言葉。
 驚いたようにちらりと見る兵士であったが、鋭い言葉に手元が自動的にコンソールを叩く。駆逐艦が動いて、艦隊の最前列へと進んだ。
「馬鹿な、何を考えている。最前列など!」
「決められた領域内における艦隊運動は、特段の命令がない限り艦長の専決事項です」

「そんなことは知っている。キルヒアイス中尉!」
 叫ぶようにクルムバッハが呟いた。
 元々がラインハルトは最前列に近い分艦隊の配置だ。
 だが、当然のことながら、この艦隊はここと座標が確定されるわけではない。

 刻一刻と動く艦隊で、同一の場所に居続けることは不可能だからだ。
 だが、もとより駆逐艦は周囲の大型艦隊に比べて小さく、その分スペースを取らない。
 大型の巡航艦や戦艦の防御壁の中で、安全に攻撃をすることも可能であった。
 わざわざ、全ての艦隊の前に出ていく必要はない。

 小さいことが災いしてか、いまでは最前列に出ている。
 そこで、主砲三連だ。
 攻撃に全力を注ぐ砲撃は、威力とともに防御壁のエネルギーまでも消費する。
 即ち、駆逐艦ならばともかく、巡航艦以上の砲撃があれば、防御壁など意味なさず、塵に消えることだろう。

「死ぬ気か、ミューゼル少佐!」
 クルムバッハは悲鳴のような声をあげて、目を血走らせてラインハルトを睨んだ。
 おろかと、冷たい視線がクルムバッハを捉える。
 最前線であろうと、戦艦の陰に隠れていれば命は助かるとでも思ったのだろう。
 相変わらず、この場所をオーディンの一等地で、三ツ星ホテルと勘違いしているようだ。
 だが、ここまで見苦しくはなくとも兵士の中でも不安な表情をするものは多い。

 視線を正面へと向け、ラインハルトは落ち着いたように声を出した。
「死ぬ気などない。開戦早々では、遠すぎて敵も牽制程度の砲撃しか向けてこない。砲撃を集中することもできなければ、広い宇宙で敵の砲撃が小さな駆逐艦を捉える可能性など、高額なビンゴにあたるようなものだ。ならば、我々が攻撃する時期は今をもってはない。気にするな、どんどん打ち込め」
 自信を持った堂々とした態度とともに、断言をするように命じられた言葉。

 腕を組んだままに命令する、若い獅子のようだ。
 その威容に、誰もがヤーとだけを応えて、攻撃へと戻った。
 時折攻撃が、防御壁をかすめて、光を瞬かせる。
 だが、それでも前へと臆することなく進み、砲撃を繰り返す。
 それを見ながら、キルヒアイスは笑い、そっとラインハルトに近づいた。

「しかし、ビンゴしたらどうしましょうか」
「ふん。その時は誰も批判する人間などいなくなる、簡単なことだ」
 返したラインハルトの言葉に、キルヒアイスは口元を手で隠して、笑う。
「何を話している。ミューゼル少佐、このような無謀な行為は断じて憲兵隊員として許しておけるものではない。今すぐ下がれ」

「結構。この場では戦場のいろはなど存じぬ憲兵隊の許可など不要です、クルムバッハ少佐。ここでの指揮官は卿ではない。静かにできぬというのであれば、キルヒアイス!」
「クルムバッハ少佐。そちらにかけてお待ちください。これ以上、指揮に口を挟まれるのでしたら、艦長の権限において強制的に部屋に戻っていただきます」

「平民風情が、誰に口をきいて――」
 クルムバッハが怒りを浮かべて、腰へと手を伸ばしかけた。
 その瞬間に、前方のモニターに赤い光を映った。
「敵、巡航艦の反応が消失。撃沈した模様!」
 砲術士官が、喜びよりも驚きを浮かべた声をあげた。

「よくやった」
 ラインハルトの短い誉め言葉に、艦橋が喜びに沸いた。
 言葉を出すタイミングを失ったクルムバッハはさすような視線をラインハルトに向けた。目に入るのは当然といった様子で前方を見る金髪の小僧と、クルムバッハに視線を向けて、その一挙手一投足を見るような赤毛の少年だ。

「この場の行為を覚えていることだ。後悔するぞ」
 吐き捨てるように呟けば、クルムバッハはすぐ近くにある椅子に音を立てて、座った。

 殺してやる。

 小さな呟きは、終わらぬ歓声にかき消されたのだった。

 + + + 

 赤い花火が遠くで上がるのを見届けて、ラインハルトは後退の指示を出した。
 戦火に沸く中で、水を差された様子に、問いの視線がラインハルトに集中する。
 だが、彼は表情を変えることはなく、同様の指示をもう一度出した。
「艦隊を後進させ、戦艦の防御壁内に配置。射撃は通常へ戻せ」
「戦いには機というものがある。敵は損害を受けてひるんでいる、この時こそ攻撃を仕掛けるべきではないかね」

「巡航艦一隻程度では敵をひるませることもできない」
 周囲に聞かせるようにラインハルトは呟いた。
 その心中では、巡航艦一隻を撃破し、これ以上は危険性の方が大きくなるとした合理的な考えによるものであったが、そこまでを教える必要もないと黙った。

 いいから下げろといったラインハルトの様子に、駆逐艦エルムラントⅡは緩やかに艦を後退させていく。元より小さな艦は移動による制限を受けることなく、開戦時と同位置にまで戻った。
 クルムバッハの言葉を無視するような行為に、怒りの色が強くなる。
 だが、この場には彼の言葉を聞くような、彼の言う高貴な人間はいなかった。
 駆逐艦の乗員の数は少なく、その多くが平民に位置する者たちである。

 搭乗するだけで、他に策を考えつかなかったのが、クルムバッハの限界ともいえたかもしれない。本当にラインハルトを亡き者にするのであれば、この艦にクルムバッハの縁者を乗り合わせたことであろう。だが、その協力者はイゼルローン要塞にいて、この場ではなんら役にも立たない。
 だからこそ、彼は今も怒りを込めた視線を向けて、悪態をつくのが精いっぱいだが。
「腰抜けが……ひっ」

 呟いた彼の目に、先ほどに倍するレーザーの雨が襲い掛かった。
 甲高くも小さな悲鳴だが、その多くは隠れた戦艦の防御壁に阻まれ、残す少数は駆逐艦の脇を抜けていった。
 敵との距離が近くなり、さらには巡航艦の仇を取ろうと敵が狙いを絞って来た。

 少し考えればわかるはずであろう行動であるが、クルムバッハは慌てたように叫んだ。
「下がれ、もっと下がれ!」
 時期はどこいったのかと、ラインハルトは苦笑する。
 ただ一人が取り乱すことで、周囲の兵士たちの中でも動揺は少なくなっているようだ。

 悲鳴を上げる前に、それ以上に大きく悲鳴を上げるのだから。
 無能かと思ったが、随分といい役割をしてくれる。
「いかがしましょう」
「この位置で構わない。これ以上後ろに下がっても、後方の陣営の邪魔になるだけだ。現在の位置を保持して、敵に対して攻撃を加えろ。狙いは気にしなくてもいい」

 本来であれば、こちらに狙いを絞ったのであれば、狙われなかった艦隊がより能動的に活動できるのであろうが、それ以上のことはラインハルトの任務外のことである。背後で下がれと喚き散らす雑音を聞きながら、ラインハルトはキルヒアイスに視線を向けた。
 ゆっくりとキルヒアイスがラインハルトに近づく。

「静かにさせますか」
「いい。あれはあれで有意義だ。俺たちが我慢をすればな、それよりもつまらないものだな」
「初めての大規模な艦隊戦です。喜んでおられるのかと思っていましたが」
「最初だけな。だが、駆逐艦一隻ではせいぜい敵を一隻沈めるだけだ。戦局には何ら意味をもたらさない。学べることも……」

 そっと背後を見て、ラインハルトは薄い唇をまげた。
「駄々っ子をなだめる母親の気持ちがわかるくらいか」
「……アンネローゼ様の気持ちが理解できるようになったのでしたら、十分ではございませんか」
「キルヒアイス」
 横目でじろりとした視線に、キルヒアイスが微笑で答えた。

「お前は嫌な奴になったな」
 怒っている様子を見せるが、表情が緩んでいれば説得力もない。
 だが、すぐに表情を元に戻して、前を向いた。
 徐々に近づく艦影が映り、攻撃差はより激しさを増している。
 同時にクルムバッハの悲鳴に近い声も大きくなっているのだが。

「キルヒアイス……中尉。どうみる」
「敵は数を頼んで押し寄せているようですが、少し変ですね」
「ああ、何か功に焦る新兵のように見える……だが、敵は精鋭のはず」
 ラインハルトはそのままに、静かに瞳を閉じた。
 長い睫毛が瞳を隠し、口元に手を当てて、考える。

 瞬間、瞳が開いた。

「そうか。総員、後退の合図とともに、全速力で後退せよ。分艦隊司令に伝達、敵はこちらとの接近戦を考えている可能性があると」

 
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