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短編達

作者:RIGHT@
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彼と彼女の出会い 後編

 ──あれは、暑くも風が涼しい小学四年生のある秋の日だった。俺だけが全て知ってる貴女との出会いの物語。
 その日、奏輝は暇を持て余して少し離れた規模の大きい本屋に訪れていた。様々なジャンルの中でもマイナーな作品まで網羅しているその場所に奏輝はキョロキョロと楽しそうに見回していたのだが
 ─新しい出会いはないかな。
 1時間程見回ってみたものの買いたいと思える本は無く、奏輝は本屋を後にする。

「この後どうしようかな……」

 本を買ったならば即座に家に帰って熟読するのだが、買っていない為このまま帰るのは幼い彼にとって何か損をした気分になる。
 人通りのあまり多くない道を歩いていると不意に、背後からトンっと軽い衝撃が奏輝を襲った。慌てて後ろを振り向くと自身より少し低めの身長の少女が涙目で奏輝を上目遣いで見上げていた。

「ご、ごめんなさい……」

 その少女は奏輝から咄嗟に離れて頭を勢い良く下げて謝る。それに連動して彼女のポニーテールがフワッと揺れる。

「大丈夫だよ。君は怪我してない?」

 奏輝は涙目の彼女から妹と同じ雰囲気を感じ取ったのか、優しく目線を合わせて笑顔で対応する。
 「う、うん」と少女涙を拭ってから頷く。

「お父さんとお母さんは?」
「お、お姉ちゃん、と一緒に……でも」

 その後は聞かずとも奏輝は理解できた。つまり、この娘は迷子なのだと。

「お姉ちゃん……どこぉ……」

 自分が迷子だと再度自覚したからか、少女はまた涙目になる。奏輝は「大丈夫だよ」と声をかけるが、信憑性に欠けるその言葉は少女には届かない。
 奏輝の頭の中では現在、複数の選択肢が出現していた。このままこの場所で少女の相手をして「お姉ちゃん」を待つか、無謀に探しに行くか、交番を探すか、それとも見捨てるか。
 即座に最後の選択肢を捨て、現状維持も捨てる。結局は動いて探すしかないようだ。

「えっと……何処か待ち合わせとか決めてないの?」

 取り敢えず、少女から出来る限りの情報を取り出そうと決めた奏輝は質問を始める。

「……一人になったら、おおきな、駅に行きなさいって……」

 大きな駅、きっと砂地駅の事だろう。それなら帰るときの奏輝の目的地でもある。勿論、この場所からでも行けるが少しばかり距離がある。

「行き方、わからない?」
「行こうとしたら……知らない道で……最初は人も居たけど……段々少なくなってて……」

 うん、うんと奏輝は少女の言葉一つ一つに頷いて安心させようとする。奏輝は一人でいることも、一人で外出することも慣れているが最初の方は心細い事はよく分かっている。今、こうして誰かと話しているだけでもその寂しさは溶けていき安らぎを得ることが出来る事をよく理解している。
 「よし」と奏輝は何かを決意して合わせていた目線を外す。

「連れていってあげるよ」

 奏輝は少女に手を差し伸べる。少女は奏輝を少しの間見つめていたものの、直ぐに「うん!」と元気にその手を取った。

「早く早く!」

 少女はさっきまでの態度が嘘のように元気に走り出した。駅とは正反対の彷徨へ。

「そっちじゃないよー!」

 奏輝の大声に、少女は顔を赤くしてトボトボと戻ってきた。

「お願い、します……」

 キュッと奏輝の服の裾を掴む少女。奏輝は優しく「離れないでね」と言って駅に向かって歩き始めた。

────────────

 歩いている途中、少女は嬉しそうに自分の事を語っていた。と言っても、大半は「お姉ちゃん凄いんだよ!」や「妹が凄い凄い可愛くて!」と、とても微笑ましいものだった。その都度奏輝は「そうなの」や「へぇ」「うんうん」等、上手く聞き手に回っていた。

「やっぱり、お姉ちゃんは凄いし、妹は可愛いよね」

 奏輝は少女と全く同じ家族構成に共感したのか、その日初めて自分の事を話した。

「貴方にもお姉ちゃんと妹さん居るの?」
「うん、3つ上のお姉ちゃんと、3つ下の妹が居るよ」
「私とおんなじだ! 凄いね!」

 少女は依然として楽しげに奏輝に話しかけているが奏輝の意識は別の方向へと向いていた。
 ──人通りが少なすぎる。平日の午後だからかもしれないけど、それでも人が居ない。それにいつの間にか跡をつけられているのかな。黒服の人が此方をさっきから見ている……ような気がする。
 チラッと、奏輝は楽しげに話している少女の服装を見る。見るからに高そうな服で、持っているポーチは姉妹が「欲しい!」とおねだりしていた小中学生対象のブランド物のようにも見える。「いつもは車で──」とか「初めて電車に──」と言ってる事からお嬢様だということは容易に想像できた。ならば後ろの黒服はボディーガード、若しくは──といかにも物語っぽい事を想像した自分の考えを消した。

「────ター、ト──了解」

 奏輝の耳に、低く小さいがそんな声が届いた。声の主は恐らく後ろの黒服の男。奏輝は寒気を感じながら少女の手を引いて歩みを進める。なるべく、人が居るところに──

「ねぇねぇ、聞いてる?」

 横からクイクイと腕を引っ張られ、奏輝は意識を少女の方に向けた。

「……あ、ごめん。ちょっとボーッとしてた……」
「もう! だからね……わ、私とあなたのお姉ちゃんと妹さん……誰が一番可愛い?」
「えっ?」

 突然の質問に奏輝は足を止める。少女は「わわっ!?」と驚きながらも止まって奏輝を見上げている。

「えっと……それは……」

 どもっている奏輝の顔を期待と不安の眼差しで少女が見つめる。

「君が、一番可愛いよ」

 それに対して彼は裏切ることは出来ず、反対側に顔を向けてそう答えた。事実、奏輝はその少女の一挙一動、笑顔、泣き顔、怒り顔、が可愛らしいと思っていた。

「一番……えへへぇ……ありがとう!」

 少女は奏輝にぎゅっと抱きついた。暫くは嬉しそうに、抱きついたまま二人は歩いていた。



 駅まであと少し、というところで軽自動車が二人の目の前に停車した。中から一人の黒服の男性が降りてきて少女に向かって一礼する。

「お嬢様、お迎えに上がりました」

 低く重い声の男性に奏輝は後退るが、横に立っている少女は知り合いを見つけたかのような表情で話しかける。

「海遊さん? 今日は私とお姉ちゃんの二人でお出掛けだから送り迎えはいらないって……」
「ええ、しかしお姉様から連絡があり、お嬢様が迷子になったと……なので探して、お迎えに来ました」
「そうなんだ! お姉ちゃんに迷惑かけちゃった……」

 ──嘘だ。この人の言っていることは嘘だ。
 奏輝は何故かそう確信できた。そしてこの男は危険だと、逃げろと、警鐘を鳴らしていた。

「あっ──」

 何か言わなければ──しかし声は出ず、男性に遮られた。

「さぁ、行きましょう、お嬢様」
「うん! あ、この子も連れていっていい? お礼がしたいの!」

 少女が安心しきった笑顔で男性に話す。男性は少し渋ったが了承して少女を乗せた後に奏輝も車へ案内する。

「あの……俺───」

 遠慮しようとした所で奏輝はそれ以上何か言うのを止めた。ここで、もし自分が彼女と別れたら? 自分の予想が合っていれば彼女は誘拐されるだろう。そして寂しい思いもして、トラウマを抱えてしまうだろう。
 ──それに、連れていくと約束した。

「どうしたんだい?」
「いえ……お願い、します……」

 奏輝は軽自動車の後部座席に座り、隣は「えへへ」と少女が笑っている。
 ──この笑顔は、絶対に歪にしてはいけないんだ。
 少年は右手の拳を強く握り、そう決意した。

「あんなに歩いて喉が渇いたでしょう? お好きなお飲み物を飲んでください。君も、遠慮せずに飲んでくれて構わないよ」
「はーい!」
「あ、ありがとうございます」

 サッと見たところ、ラベルの貼られていない飲み物が数本並んでいた。一瞬、コーヒーを探したが「いやいや」と奏輝は飲み物を無視した。

「おいしー! 君は飲まないの?」
「あ、俺は……」
「もしかしてこのジュースがほしかった? ゴメンね、半分こしよ!」
「う、うん……ありがとう……」

 奏輝は半ば押し付けられた飲み物をどうしようかと処理に困っていた。怪しい雰囲気がしているため飲むのは気が引ける。だが、隣にいる少女の眼差しを裏切るのは──と考えてふと視線を外すと、ミラー越しの男性の冷たい視線が「飲め」と言っているように見えた。
 口を付け、飲み物を煽る。爽やかな葡萄の味を感じたが、途中で「これって所謂間接キス……!?」という思考に陥ってからは奏輝はジュースの味さえも感じることが出来なくなっていた。

「どうだった? 美味しかった?」
「あ、うん……美味しかったよ」
「よかったぁ!」

 まるで自分が褒められたかのように笑顔になる少女。そこから他愛ない会話をしていき、数分が過ぎたところで

「うぅん……」

 少女は眠そうに目を擦っていた。はしゃぎすぎたのだろうか、既に半分寝て半分起きているような状態だ。

「寝て大丈夫だよ。着いたら起こすから」
「でも……もっとお話したい……」

 しかし、少女は睡魔に打ち勝つことが出来ず、その言葉を最後に眠りについてしまった。
 ──と言った俺も眠い……
 奏輝も睡魔に襲われて寝てしまった。最後に聞こえたのは

「────計画通り」

 無機質な、感情の籠っていない冷たさを感じる声だった。



────────────

 奏輝は謎の衝撃で目を覚ました。反射的に声を出そうとしたところで口が何かに押さえつけられているようで、でなかった。
 ──ガムテープ? それに、腕と、足にロープなのかな。
 予想できていたからか冷静に事態を飲み込んで分析する。体は動かすことが出来ないため先ずは自分を拘束しているロープをどうしようかと──
 力を入れたらロープがほどけた、それも腕と足同時に。
 ──いや、そこを雑にしたらダメじゃ……
 脳内で誘拐犯にツッコミを入れて口を押さえていたガムテープを剥がす。
 隣を見てみると少女は穏やかな寝顔でいまだに夢の世界へ旅立っている。目覚める前に状況確認をしようと奏輝は部屋を見渡す。

「扉は一つだけ、当然……」

 奏輝は静かに聞き耳を立てる。外側から数人の声と先程の男性の脅すような声が耳に届いた。
 次に部屋の中にあるモノを見渡すとボロボロの机が一台、椅子が一脚、そして半壊した本棚のみ。だが、上の方を見上げると子供が入れそうな通気孔を見付けた。

「……いや、流石に子供を舐めてる……」

 試しに椅子を運び、ジャンプすると通気孔に普通に届いた。だが、柵に阻まれてしまう。これが少女だけだったら届かず、外せずだっただろう。

「よし、起こそう」

 奏輝は少女を揺すって起こす。すると少女は目を覚ましたが、直ぐに「んー! んー!」と目を見開いて暴れ始めた。

「大丈夫、大丈夫だよ。君を必ず助けるから」

 宥めるように、奏輝は頭を撫でて少女を落ち着かせる。口に人差し指を当てて奏輝は真剣な顔で少女に話しかける。

「ガムテープを外したら、小さな声で喋ること。暴れないこと。これを守って」

 うん、うんと少女は頷き奏輝は「待ってて」と言ってロープを外す。その次にガムテープを剥がした。
 ──なんで、誘拐なのにこんなにロープの縛りかたが甘いんだろう。しかも余裕で机や椅子も置いてあるし。

「ど、どうしよう……わ、私たち、ゆうかい……」
「うん。でも、逃げ道はあるから大丈夫。こっち来て」
「う、うん……」

 また涙目になってしまった少女の手を引いて奏輝は二人で椅子の上に立つ。

「俺は一人で登れるから、最初は君だよ。肩車するからね」
「うん……」

 奏輝は少女を肩車で上げる。予想外の軽さに驚きながらも少女の小さな両手は通気孔の柵を外す。その後、しっかりと登る。
 それに続いて奏輝も簡単に登って一息付く。中は暗く、緊張と不安を駆り立てる。実際、少女は怯えたような表情で奏輝の手をぎゅっと握っている。

「大丈夫だよ」

 繰り返し、安心させるように、優しく奏輝は語りかける。

「俺が君を守ってみせるから、安心して」

 頭を撫でると笑顔になり、「うん!」と元気な声を出す。奏輝も少女の笑顔を見ることで安心し、何かあった時の為にロープを四本結んで、腕に巻きつけて進み始める。
 順調に進んで行くと背後から少女が話しかけてきた。

「ね、なんか……物語の登場人物になったみたいだね?」
「うん、誘拐なんて話の中だと思ってたよ」

 不安にさせないように、奏輝は少女の言葉に向き合って会話を進める。

「あなたが主人公で、私がヒロイン……素敵じゃない?」
「初めて会ったのに?」
「ほら……ひ、一目惚れって……あるでしょ?」

 少女の声は小さくなったものの奏輝の耳にはちゃんと届いていた。
 こんな女子から告白されたことのない自分に一目惚れって……と思っていたが、これが姉の言う「吊り橋効果」というものだと納得した。
 少女を冷たい考えで突き放す事は、したくないと考えてただ少女の問いに頷くだけだった。


 進んで行くと、光が漏れた所に辿り着いた。ここがゴールだと奏輝は感じとり、柵を外そうとする。その前に少女の方を振り返り、真剣な眼差しで語りかける。

「……もし、ここから先……俺が居なくなっても決して止まらないで。後ろは振り向かないで」
「どうして……? 守ってくれるって……」
「守るために、俺は止まるかもしれない。でも、君が止まっちゃいけないんだ」

 キョトンとした少女に優しく奏輝は語りかける。返答を聞かずに奏輝は柵を外して外に出る。

「楽しかったか? 残念だけど、ここで終わりだ」

 ──やっぱり、居た。ならばすることはただ一つ。

「ああぁぁぁぁ!!!」

 勢いを付けて奏輝は目の前の山のような男に頭突きをかます。当然、小学生がボディーガード風の男に勝てる訳が無いが……突然の出来事に対応できないのは子供も大人も同じだ。

「行くんだ! 早く!!」

 奏輝は大声で叫ぶ。少女は「ごめんなさい!!」と言って逃げるように走り出す。頭突きは虚を突いたのが功を奏したのか、運よく鳩尾を捉えた。

「ぐっ……このガキがぁ!!」
「──っ!!?」

 しかし、その程度では大人を倒すことは出来ず、振りかぶられた拳に吹き飛ばされる。
 痛みが走る。肺の中の酸素が一気に吐き出され、咳き込む。勝てる訳がない。もし、奏輝が何か武道を習っていたら、筋肉が特別製だったら、物語の主人公だったら、ジャイアントリキングを果たしていただろう。だが、現実は甘くない。そんなことは奏輝がもっとも理解していた。

「それでも!」

 それでも、奏輝は約束したのだ。守ると、連れて行くと、約束したのだ。

「うるせぇなぁ……オマケが喚くな、よ!」

 今度は蹴りで吹き飛ばされる。勢い良く吹き飛ばされた身体は壁に当たることで止まり、力なくズルズルと床に投げ出された。

「それにさぁ、あんな子だけで逃げられるわけないじゃん。今頃つかまってるだろうなぁ」

 そんなことは、奏輝も理解している。だからこの男を倒して追いかけなければならないのだ。あの笑顔が眩しくて純粋な、天使のような名前すら知らない女の子を。

「ああ!!」

 奏輝は結んだロープを勢い良く振り回す。先端を何回か巻き付けた為、こけおどしではあるが当たると少しは痛いだろう。

「遊びは終わりなんだよ!!」

 突撃してくる男に対して奏輝はロープを投げつける。「うわっ」と歩みを止めて隙が生まれた男に対して奏輝は逆転の一手を模索する。
 人間の弱点は先程打った鳩尾、目、耳、鼻、口、関節、そして男女問わず確実に倒すことができて男性には特に効果抜群な────

「潰れろぉぉ!!」

 股間を思い切り蹴り上げた。「うごぉ!?」と奇声を上げる。それでも、まだ倒れていない。一発、二発と追撃の蹴り上げをかますと男は白目を剥いて倒れた。

「行くんだ……助けに……」

 倒れた男の横を通り、足を引きずりながら奏輝は向かう。守ると誓った少女の元へ。
 だが、数歩進んだところで奏輝は崩れるように倒れた。二発だけとは言えど大人の訓練を積んだ男の攻撃を喰らったのだ。普通の子供はここで限界を迎えるのが常だろう。

「────頑張ったね。偉いぞ男の子」

 奏輝は薄れ行く意識の中で、安心できるその声に包まれて目を閉じた。


 意識が戻る。痛みでいっぱいの身体を動かすと、少女……によく似た大人っぽい女性が「キリナギのー」や「ユナちゃんがー」や「男の子がー」と話している。
 女性が電話を切り、奏輝の方に笑顔で歩み寄ってくる。

「君、怪我は大丈夫? まだ痛いでしょ?」
「……このくらいなら……」

 明らかに無理をしている声で対応するが、女性は一度だけ「ふーん」と全てを見透かした目をしてからまた笑顔に戻る。

「強いね。君がユナちゃんを彼処まで守ってくれて本当によかったよ」

 ユナちゃん、それが自分が守ると誓って最後に手放した少女の名前だと奏輝は理解した。

「あの子は……大丈夫だったんですか? 怪我は? 泣いたりしてませんか?」

 そして、奏輝は少女の事が心配になり矢継ぎ早に質問する。「まぁまぁ」と落ち着かせられて奏輝は掴んでいた女性の腕を離す。

「えっとね、無事だよ。でも怪我は少ししたかな。あの子運悪いから転んじゃってね。あとは君が大怪我したのは自分のせいだって泣いてたかな」
「そう、ですか……」

 本当は、もっと上手くやれたんじゃないか? 奏輝はそう後悔しながら女性の話を聞いた。

「どうする? 会っていく? あの子は君に会いたいみたいだけど……」

 その女性の追いかけに、奏輝は少し考えて結論を出す。

「俺は────────」



────────────────

「あの時、俺は自分を責めていました。幸奈さんに会わせる顔が無いと、幸奈さんに自分の怪我を見せて泣いてほしくないと。だから、俺は……」

 そう言う奏輝に幸奈は思い切り抱き着いた。奏輝は拒絶せず、静かに抱き締める。

「奏輝君の……ばか……私は、あの時……あなたに会いたかった。会って、謝って、お礼を言って、名前を聞いて、す、好きって伝えようと思ってたのに……私のせいで怪我をしたことを、怒って居なくなったと思った……」

 あの時と同じように、奏輝は「はい」と幸奈の言葉に返事をする。幸奈は一旦離れて奏輝の目を見る。

「改めて言わせて……奏輝君。あの時、私を助けてくれてありがとう。私のせいで大怪我をさせてしまってごめんなさい」
「俺も、あの時……幸奈さんの事を考えたフリをして、逃げてすみませんでした」

 二人はお互いに謝り、出会いの思い出を共有した。生まれたのは更なる絆と微笑ましい過去だった。二人は抱き合い、自然と笑顔になっていた。



 ───奏輝君、私を幸せ者にしてくれてありがとう。
 

 
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