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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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進軍~自由惑星同盟~



 宇宙歴792年、帝国歴483年4月。
 第八艦隊は惑星ハイネセンを出港した。
 第四艦隊と第五艦隊は既に出港しており、イゼルローン要塞に近いアスターテ星域で三艦隊は合流することになっている。一部では帝国側にばれた場合には各個撃破の危険性が懸念されていたが、上層部は各個撃破よりも、帝国に準備の時間を与えることを嫌った。

 最終的には総司令官であるシドニー・シトレ大将がアスターテ星域での合流を決断し、第八艦隊はまっすぐに、第四艦隊はシヴァ星域方面から、第五艦隊は逆側であるブリューベン星域を経由して、最終的には誤差はあれども、四月の二十日前後にアスターテ星域で合流する予定となっている。準備を考えれば、五月上旬が戦場となるのが概ねの意見であり、報道に対する発表もその時期で計画が立てられている。

 秘密保持の関係から、知るものも少なく、第八艦隊の出港に対する見送りは寂しいものだ。
 兵の多くは辺境警備に向かうものと思っており、イゼルローンの攻略を全員が知ることになるのは合流間近になるだろう。
 家族との最後の別れになるものも少なくはない。
 最後の晩餐すら許されないことの方が多いのが現実であった。

 だからこそ。

 各艦隊は旗艦の命の元で、恒星から恒星へと順次ワープ航法を行っていく。
 光に包まれ一瞬で消える最後の瞬間まで、兵は窓からハイネセンを見続け、それに対して普段は厳しい下士官も、注意することはなかった。

 + + + 

 宇宙歴792年、帝国歴483年4月23日。
 予定よりも三日ほど遅れて、第四艦隊が合流し、三艦隊はアスターテ星域に集まった。
 この時点において、兵たちは全員がイゼルローン要塞攻略を聞かされ、気の早い兵の幾人かは家族にあてた手紙を書き、家族へのメッセージ通信が許されることになる。

 超光速通信であっても、アスターテ星域とハイネセンでは距離がありすぎる。アスターテからハイネセンへ向けた通信がこの時点で帝国に流れたとしても、帝国からイゼルローン要塞に伝わるよりも早く攻略戦に突入する方が早いからだった。
 多くの言葉と同時に、艦隊司令官もまたアスターテ星域からハイネセンに対して、無事に到着した旨とこれより第五次イゼルローン要塞攻略戦を実行する旨が伝達された。

 ハイネセンからの返信を受け取るのは、おそらくイゼルローン攻略戦が本格的に始まる直前であろう。基本的には回答は出撃前に決まっているはずなのであるが、過去には戦闘前に政権交代が起こり、急遽作戦変更が余儀なくされ、艦隊に大きな被害を出した例があったという。大きな戦争は政権交代前に行われるというのは、単に政権の支持率のためであるのかもしれないが、軍自身も政権交代直後に戦いが始まるというのは避けたいのが実情であったかもしれなかった。

 総旗艦ヘクトルにて、今回の作戦の主要人員が続々と入室する。
 参謀、艦隊司令官、分艦隊司令官。
 参謀では各佐官以上という条件が付いているが、それでも総勢で百人近い数だ。
 中央に置かれる全方向に映る透過型スクリーンを囲むように、全員が着席した。
 中央では主任作戦参謀のアップルトンとヤン・ウェンリーがいる。

 最後に入室したシドニー・シトレ大将が着席を見届けて、アップルトン中将が口を開いた。
「お集まりいただいた、各艦隊の皆さん。ここにおられる方は同盟軍でも有数の知能、そして武勇をもって……」
「アップルトン。世辞はいい。早く始めてくれないか。帝国はもとより今回の件は部下に対してもだまし討ちのようなものだ。さっさと聞いて、部下に伝達しなければならん」
 切り捨てるような言葉に、ビロライネンが発言の主を見て、顔をしかめた。
 アレクサンドル・ビュコック中将。

 兵卒から中将まで昇り詰めた同盟軍の宿将。
 その人気は現場の人間ではシトレすら上回り、士官学校を卒業していれば、シトレを抜いて、宇宙艦隊司令長官に抜擢されていた可能性もある。だが、本人自身は現場を標榜しており、それが若手の人気と――そして、士官学校を卒業した多くの人間から妬みをもって受け入れられていた。
 今回もそうだ。

 本来であれば、大切な作戦を決める会議室。この場で発言ができるのはシトレ大将をおいていないが、自分の意見があれば述べることに躊躇はない。
 ビロライネンと同時に、多くが嫌な顔を見せたが、本人は素知らぬ顔。
 そして、ビュコックに言葉を向ける人間はいなかった。
 当のアップルトンは仕方がないなと言わんげにビュコックを見て、苦笑する。

「失礼しました。では、さっそく作戦の概要を。ヤン少佐」
「所属と自己紹介については、省略させていただきまして。作戦案を説明したいと思います」
 片手をあげると同時に、中央の透過モニターにイゼルローン要塞が映った。
 空気中の塵に対して映像を映す様子は、何もない空間からイゼルローン要塞が映ったように見えるだろう。囲まれた全席からブラックホールに似た黒い要塞の姿が見える。
「これが。イゼルローン要塞です、過去四度の攻略に対して、同盟軍は無力でした。第一回、第二回とトールハンマーを知らず、正面から攻略をかけ」

 映る画像は、第二回イゼルローン要塞攻防戦の様子。
 第一回の失敗から、単純に艦艇数を増加した結果、同盟軍にも歴史を残す大敗を期した一戦だ。多くの死者を生み出し、結果としてイゼルローン要塞砲の威力を確かめた。
 画面の中では、イゼルローン要塞の球体から発光して、その光が同盟軍の方に集約する。
 一呼吸。
 分厚い光が放射状に広がって、命がけの突貫をかけた同盟軍の艦船を、まさに塵と変えた。

 そこまでが映ってから、映像は再びイゼルローン要塞へと変わった。
「残念ながら今までの戦いは、偏にトールハンマーに防がれたといっていいでしょう。こちらは推定となりますが――出力は九億メガワット、この一撃で同盟艦隊の数千隻が一瞬で破壊され、さらに連射とはいかなくとも数分で再発動が可能です」
 再び移ったのは第三次イゼルローン要塞攻略戦だ。
 この戦いでは、複数の方向からイゼルローン要塞へと突入をかけた。

 だが、それも。
「このように時間差を置いたとしても、連続して五回の砲撃を受けました。五回以上の砲撃ができるか。それは未だにわかりません――この第三次イゼルローン要塞攻略戦では、時間差を置いて前後左右から攻め立てましたが、要塞から五回の砲撃を受けて、一万近くの艦隊が消えました。それ以上はわかりません。性能の限界などこの時点では、試せませんでしたし、今後も試すということはないでしょう」
 中央で説明するヤンを、全員が渋い顔で見ていた。
 全員が知識として知っていたとしても、それを実際に見るのは違うのだろう。
 くるくると画面が切り替わっていく。
「第四次イゼルローン要塞攻略戦では、持久戦を試みました。けれど、イゼルローン要塞では自給自活、さらには武器の開発も可能であり、帝国からの増援を余裕で待つことが可能であるとわかったことは皆さんの記憶に新しいことかと思います」
 補給はこちらが不利、過去の様に要塞を囲んで、兵糧攻めにしたとこで、何ら意味をもたらさなかった。同意するように頷いたのは、ビュコック中将だ。

「持久戦も無理、そして、トールハンマーをまともに対応することができない。そこで我々が考えたのが、並行追撃という作戦です」
 映った映像では、青の点と赤の点がある。
 青の点がイゼルローンから出撃すれば、赤の点が青の点を抑える。
 次第に、青の点がわざとらしく、下がっていく。
「敵はトールハンマーを信じている。いや、過信しているといってもいい。おそらく――といいますか、九割以上の確率でトールハンマーの射程に我が軍を引きずり込み、そして」

 呟いた言葉とともに、青の点が一斉にイゼルローン要塞を迂回するように半分に分かれて、要塞へと下がっていく。
 残されたのは、赤の点だ。
「このようにイゼルローン要塞からトールハンマーの斜線を開けて、ぼん」
 ヤンが手のひらを開けると同時に、赤の点の前方が消えた。
「およそ集まった五万隻の我が軍に対して、トールハンマーから数秒単位で被害数で千を超える攻撃が加えられます。作戦本部の計算では、敵艦隊との攻撃とも合わせれば」

 咳払いが聞こえた。
 実にわざとらしい、だがそれ以上は言うなという意味であろう。
 アップルトンの様子に、ヤンは逆らうことはしなかった。
 最悪の事態をわざわざいう必要もないと理解したからだ。

「相当な被害を受けることでしょう。だから」
 画面が切り替わる。
 新たに映ったのは、先ほど青い点が逃げていくシーンだ。
 そこに対して、青い点がついていく。
 赤い点と青い点の距離は変わりがない。
 そこでイゼルローンから光る白い光が、逃げた左右の赤い点を映していた。

「このように」
 ヤンは画面を見ながら、光る線を指でなぞった、
「敵についていくことで、敵が砲撃した際に被害を受けるのは敵の方が多いという形を作り出します。当然のことながら、敵の砲撃は近ければ近いほうが効果は高い。すなわち、この場合に大きな被害を受けるのは、イゼルローン要塞に近い敵艦隊であり、我々は被害を受けたとしても、敵の艦隊が盾になり、ダメージとしては敵艦隊よりも少ないものとなります」
 そう言ってから、ヤンは周囲を見渡した。
 賛同の意見が多く、ヤンを批判するような視線は向けられることはない。

 ビロライネン大佐などは今にも立ち上がって拍手しそうな勢いだ。
 それに対して、ヤンは小さく息を吐き、ビュコックを見た。
 果たして、これに対して現場の意見はどうだろうと。
 ビュコックは決して、周囲と同様に全面的に賛同しているようではなさそうだった。
 ただ、考えて、迷い、そして、ヤンを見る。
 視線があったのは数秒。

 やがて、ゆっくりと頷いた。
 それを見てから、ヤンは言葉を続けた。
「もちろん、これは現段階の予想であり、仮に敵が味方を無視して……」
 防ぐような拍手の音が響いた。
 立ち上がって、拍手をするのは情報参謀の席に着くビロライネンだ。

「素晴らしい。見事な作戦だと、小官は意見します。いかがですか、リバモア少将」
「え。あ、いや。どうかな、小官も良いと思うが。グリーンヒル中将はいかがか」
 と、リバモアは艦隊司令官の中で一番無難な立場に投げた。
 言葉に、第四艦隊司令官グリーンヒルは悩むように顎を撫でる。
 とはいえ、それはあくまでもポーズだ。
 そもそもの話、この場にいて、いや違うと言葉にするのは難しい。

 この時点で、作戦を実行することは、つまるところ評議会の了承を得ていることを知っているからだ。ここで大きく変えれば、困るのはシトレ大将であることを知っている。
 だから。
「……そうですね。確かにこれが最適かと思います。だが、何か疑問が残るのなら今の時点で解消しておいた方がいいと思います。いかがです」

 そう言って、周囲を見渡して、手を伸ばそうとしたパトリチェフが、ビロライネンの視線に遮られた。情報参謀として、近くにいたのがわざわいしたのだろう。睨まれれば、渋々ながら発言を取りやめた。
 その様子を、ビュコックは気づくことはなかった。
 だからこそ、しばらく考え。

「敵が味方を無視したとしても、トールハンマーによる被害は少なくなるのだろう。厳しいかもしれんが、無傷でイゼルローンを落とすのは無理じゃないかな」
 三艦隊のうち、二艦隊の司令官が了承した。
 そして、残る一人はこの作戦の構想を練った司令官だ。

「ならば、この作戦で実行しよう。異論があるものは」
「問題ございません」
 総司令官が言葉にすれば、アップルトンが即答する。
 全会一致とばかりに拍手が広がる中で、ヤン・ウェンリーが困ったように頬をかき、ワイドボーンがただ一人拍手をしながら、難しい顔で見ていた。

 + + +

「ヤン少佐」
 一通りの作戦会議が終了し、帰路となった廊下で、ワイドボーンがヤンに声をかけた。
 半ば予想していた声に、ヤンが振り返って、ベレー帽を抑えた。
「どうかしたかい、ワイドボーン少佐」
「それはこちらのセリフだ。言いかけた言葉を、なぜ取りやめた。敵が味方事砲撃した場合、確かに被害はこちらの方が少ないかもしれないが、考えない理由にはならんだろう」
「言っても意味のないことだったからさ。こちらは事前にアップルトン中将に、マクワイルド大尉が情報参謀に進言している。だが、一切触れられなかったというのはそういう事さ」

「決まったことを覆すことはできないか、気に食わんな。だが、考えない理由にはならんぞ」
「考えても意味のないことなのさ。敵が味方事砲撃した場合は、撤退するくらいしかできないからね」
「被害を減らすことくらいできるだろう。我々は常に可能性があることに対して、検討を重ねていかねばならない。そうだろう?」
 堂々として言葉にするワイドボーンを見て、ヤンは苦笑した。

 人は変われば、変わるものだなと。
「ああ、そうだね。だから、私もその場合のことは考えているよ」
「さすがだな。で、どういう作戦なのだ」
「今聞いたところで意味がない。どのパターンになるかもわからないし――でも、基本となるところはマクワイルド大尉が作ってくれた。楽なものさ」

「マクワイルドが立案して、お前が精査したということか。なるほど、それは心強い、わざわざ上にあげなくても問題ないな。だが、その精査に俺も付き合わせてくれ。これでも少しくらいは役に立つぞ」
「ありがとう、心強いよ」
「当然のことだ。しかし」

 と、そこでワイドボーンは不機嫌になったように、唇を曲げた。
 精悍な顔立ちに、どこか子供が拗ねた表情が混じる。
「どうかしたか」
「あの馬鹿は一切連絡をよこさない」
「それは仕方ないだろう。尉官は他の分艦隊の方で仕事があるだろうから」
「いくら後方で待機するといっても、通信の一つくらいは可能なはずだ」

「君に連絡したらまた怒られるから嫌なんじゃないか」
「これでも十分すぎるほど優しくしているはずだが。仏のワイドボーンと呼んでもらいたいくらいだ」
「明王のような気がするが。ま、いいさ――彼ばかりに働かせるのもかわいそうだ。少しばかり働こう」
「貴様は貴様でもっと働け、だから無駄飯食いとかいわれるのだ」
 ワイドボーンの怒りの矛先がヤンに向けられ、ヤンは困ったように頭をかいた。

「何だい、それは」
「自分の噂くらい把握しておけ。まったく、俺の周りの奴らはどいつもこいつも」
「事実を、訂正しても仕方がない」
「この大馬鹿野郎」

 ワイドボーンの怒声が、艦内に響いた。


 
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