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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第73話『顕現』

それはまるで絶望の象徴。

あらゆるものを燃やし、破壊し尽くすと呼ばれるその竜──邪炎竜イグニスの姿は、見る者全てを脅かした。

今宵、竜は復活を果たし、久しい夜空を見上げて哮っている。

その鳴き声は怒りに満ちており、生きとし生けるものを震え上がらせた。






「さて、律儀にここに来る辺り、やっぱ竜って賢いのか?」

「さぁね。ただ、私たちを逃がす気は無いみたいよ」


終夜と緋翼の会話を聞いて、気を引き締める晴登。その傍らには、同じような表情の結月がいる。

場所は、無魂兵と争った広い草原。頂上から駆け下り、イグニスとの決着をつけるために選んだ場所だ。
終夜の言う通り、律儀にもイグニスは晴登たちを追って草原に降り立とうとしている。体高は学校の屋上くらいと言ったところか。見上げるほどの大きさと圧に気圧されそうになるが、結月が晴登の手をしっかりと握って言った。


「ボクが付いてるから、大丈夫だよハルト」

「…それって男の俺が言われるセリフじゃないよね?」

「はは、じゃあハルトもボクを守ってね?」

「はぁ・・・当たり前だよ。もう誰にも奪わせない」


絶対的に強大な敵を前にしても、晴登は不思議と冷静だった。仲間を守るため──それが晴登に勇気を与える。自分にはその力があるのだ。やらずしてどうする。


「お前らは暁運んで逃げろ。さすがにコイツに付け焼き刃は効かねぇ」

「でも……!」

「部長命令が聞けないのか?」

「うっ・・・わかりました」ダッ


終夜は戦えない二年生を先に逃がす。これは仕方のない決断と言えよう。何せ相手は得体の知れない化け物なのだから。


「それにしても、一真さんが"イグニスの抑止力"というのは一体・・・?」

「俺にもわからん。この世界に来て学んだのは刀の振り方ぐらいだ」


魔王が嘘をつく理由は無い。つまり、まだ彼は"目覚めていない"ということになる。イグニスを打破するための力を、彼はまだ自覚していないのだ。


「となると、攻略は厳しくねぇか? 時間稼ぎの耐久戦?」

「満身創痍の私たちでそんなに持ち堪えられるかしら? 一発喰らえば退場だと思うけど」

「要はジリ貧ってことか。もう一真さん頼りだけど・・・」


終夜は流し目で一真を見る。その視線に気づきながらも、一真は言葉を返せない。自分の不甲斐なさを感じているのか、少し暗い表情が印象的だった。

──それでも、晴登にとっては頼れる兄貴分でいて欲しい。


「一真さんなら、きっと何とかなりますよ」

「…随分と子供っぽい慰めじゃねぇか。お兄さん、惨めで泣きそうだよ。でも・・・」


そこで一真は、頬を緩めて晴登に言った。


「ありがとな。いっちょ正面からぶつかってやるよ!」


その声に全員に勇気が宿る。これが本当の最終決戦。誰も死ぬことなく、世界を守るために戦うのだ。


「──ッ!!」


耳を塞ぎたくなる程のイグニスの大きな咆哮が轟く。戦闘態勢だ。イグニスは大気を急速に吸い込み始める。それはまるで、周りの生命をも吸い込んでいるような──


「早速ヤバそうなのが来るぞ! 避けろっ!」


全員が即座に左右に回避。するとその合間を炎のブレスが迸った。通った跡には炭すら残らず、地面が抉れている。


「うわ間一髪・・・当たったら骨まで全部溶けそう」

「怖いこと言わないで下さい…」


しかし終夜の言葉は事実だろう。ブレスが通っただけで、触れてもないのに高熱で肌がヒリヒリする。もはや炎熱というよりは溶岩の様だ。直撃すれば跡形もなく融解されるだろう。


「守ってばっかじゃいずれ死ぬぞ! 突っ込め!」ダッ

「一真さん!?」

「ボサっとすんな! 女にかっこいい所見せるチャンスだぜ!」

「……っ、あぁもう!」ビュオ


言葉で丸め込まれ、晴登は自身と一真の足に風を付与した。当たれば死ぬが、当たらなければどうということはない。つまり逃げ切る作戦である。幸いか、相手はデカくて鈍い。ヒョウの時の様に逃げ回る必要は無さそうだった。


「こりゃいいぜ! ぶった斬ってやるよォ!」ブシャア


疾風の如き速さですぐさま間合いを詰め、一真の一太刀がイグニスの右足首を捉える。長い太刀から繰り出された斬撃は、鱗をも切り裂き血の雨を降らした。だが、それだけでは大したダメージでは無いようで、イグニスは一真を踏みつけようとする。


「うぉっ、危なっ!?」ヒュ

「援護します! 鎌鼬!」ブシャア


鋭い風の刃。しかし、晴登の力では鱗を切り裂く程度であり、一真の一撃には及ばなかった。

二人は一度後退し、様子を窺う。


「…厄介ですね、あの鱗」

「あぁ。本気で斬ってあの程度だ。正直言って有効打にはならねぇ」


その言葉に、晴登はイグニスを見上げる。

本来、生き物ならば弱点は心臓だ。そこを潰して心肺機能を停止させることで、絶命に至らしめることができる。ただイグニスの場合は体躯が大きいせいで、心臓があるはずの胸部まで手が届かない。


「四つん這いの竜だったら楽だったのになぁ」

「せめて俺が飛ぶことができれば…!」


"空を飛ぶ"ということを、風を操る晴登が考えない訳が無かった。ただ、風で身体を浮かして自由に動かすには、バランスを常に意識しなければならない。しかし訓練も積まない並大抵の人間に、それだけの平衡感覚は持ち合わされるはずもなく、初めてやってみて頭から落ちそうになって以来、晴登は渋々この技を密かにお蔵入りしたのであった。


「・・・と、そんな裏話を思い出しつつ、自分の役立たずっぷりにため息が出る」

「・・・何言ってるのハルト?」

「こっちの話。・・・こうなったら試せるもの全部試してやる! 行くぞ、結月!」

「うん!」ギュッ


晴登は結月と手を握り、互いの魔力を高め合う。そして背中を合わせ、握った手を前へと向けた。今こそいつかの試験で使ったあの技を、もう一度使う時──


「「合体魔術、"氷結嵐舞"っ!!」」ビュオオオ


風が唸り、大気が凍てつき、猛吹雪となって二人の魔術はイグニスを襲う。これには、さしものイグニスの足も瞬時に凍りついた。イグニスは動いて無理やり剥がそうとするが、結月の氷は鬼由来だ。竜とて容易には引き剥がせまい。


「身動きを封じたぞ! チャンスだ!」


ここぞとばかりに、終夜と緋翼、そして婆やも動いた。各々は魔力を溜め、必殺技を放つ。


「冥雷砲!」パシュン
「紅蓮斬!」ボゥ
「霊魂波!」ブォン


三人の強力な一撃はイグニスのちょうど腹部に直撃する。足よりはダメージが通るようだが、それでもイグニスが少し怯む程度だ。致命傷には至らない。


「ちっ、これじゃ埒が明かねぇ!」ダッ

「一真さん!?」


すると一真は何を考えたのか、イグニスに真っ直ぐ突っ込んでいく。晴登の風の加護は健在であり、そのスピードはまさに疾風。すかさずイグニスが手で押し潰そうとするが、一真は巧みな身のこなしで避け、さらにその腕を登り始めた。
イグニスは腕を振って一真を振り落とそうとするが、落ちるよりも早く、一真はイグニスの胸元へと飛び立つ。


「喰らえぇぇっ!!!」グサッ

「──ッ!!」


一真は持っている太刀の先をイグニス胸の中心に向けて、思い切り突き刺した。太刀は長い刀身が見えなくなるほど深々と刺さり、イグニスはようやく苦痛の咆哮をあげる。
返り血を浴びながら、一真は太刀を残して素早く離脱。高所であったにも拘らず、風の加護もあって軽やかに着地した。


「すげぇ……」


一真の華麗な一連の動きに、晴登は思わず感嘆の声を洩らす。もはや人間の領域ではない。彼が同じ世界の人間だとは、にわかに信じがたかった。

イグニスは依然として苦しそうだ。恐らく、今の一撃が最も大きなダメージとなったのだろう。やはり、竜と言っても所詮は生き物なのだ。倒せない訳ではない。

ただ──


「一真さん、刀どうするんですか? あそこに刺さったままですけど」

「あまりに深く刺しすぎて抜けなくなっちまったんだよ。でもまぁ気にすんな。新しいの"創れる"から」ヴォン

「それなら大丈夫か・・・うん??」


さらっと放たれた一言を、晴登は聞き逃さなかった。同時に、いつの間にか一真の右手に握られている大太刀も見逃さない。


「え、どういうことですか…?」

「そういや言ってなかったな。俺がこの世界に来て手に入れた、お前の風みてぇな異能だ。一応『創剣(そうけん)』って呼んでる」

「でもそんなこと一言も・・・」

「ははっ、最近使わないもんだから忘れちまってたわ。ちなみにこの刀が一番のお気に入り」


手に持つ大太刀を見ながら一真は言った。まさか、彼も晴登達と同様に魔術が使えたとは。ここに来て、予想外のカミングアウトである。あの身体能力も相まって、イグニスとどっちが化け物か区別がつかなくなりそうだ。

その一方で、晴登達はあることに感づく。


「一真さん、率直に言わせて下さい。一真さんが抑止力の理由って、その能力と関係が有るんじゃないんですか?」


決して証拠はないが、なぜか確信は持てた。むしろ、それ以外に理由が見当たらないのだ。彼の魔術こそが、唯一の竜を打倒する術なのである。
ただ、さすがに一真もそれくらいは気づいているだろう。その上で迷っているということは・・・やはり彼は目覚めていないということか。

しかし、この仮説に対する一真の反応は何とも拍子抜けするものだった。


「あ・・・考えたことなかった」

「「えぇっ!?」」


盲点だったと言わんばかりの一真の様子に、思わず晴登達は声を上げて驚いてしまう。イグニスがいる手前だが、緊張感が吹き飛んでしまった。
晴登はため息をつきたくなる気持ちを抑え、さっきの仮説を踏まえて思いついたことを一真に話す。


「その力って、"剣"なら何でも作れるんですか?」

「そうだな。試したことがあるけど、"剣"という概念さえ有れば大体オッケーだ」

「──なら例えば、イグニスを打倒できるような剣が創れるとか」

「ほう・・・そうか、その手があるな」


そう仮説を立てる他ない。いや、もはや結論ではないのだろうか。一真も得心がいったと頷いた。

しかし、結論に至ったところで問題は残っている。


「でもどういう剣だ? 全然ピンと来ないんだが」

「それは……」


竜を打倒できるような剣。並の剣でないのはわかるが、確かに想像もつかない。ただ「大きい」、「鋭い」ではない気がする。全く、これでは雲を掴むような話だ。見えてはいるのに、手が届かない──


「ちょい待ち。どうやら作戦会議はここまでらしい」

「なっ、氷がっ…!」


終夜の言葉に前を見ると、イグニスの動きを封じていた氷がついに砕かれていた。やはり、拘束し続けるのは難しいようだ。自由になったイグニスは一つ咆哮を上げ、そのまま灼熱のブレスを繰り出す。


「霊魂壁!」ズォッ


避ける暇が無かったが、婆やによってそれは防がれた。このブレスを防ぐなんて、一真に続いて婆やも桁違いな強さだと思う。


「悪い、婆や!」

「ボーッとすんじゃないよ! アンタは自分の成すべきことをしな!」

「俺の、成すべきこと…!」


婆やは振り向き、強く言った。一真はその婆やの言葉を口に出して反芻する。自然と大太刀を握る右手に力が入った。


「一真さん、信じてますよ」

「晴登…」

「結月、もう一度凍らせるぞ!」

「うん!」


一真に一声かけ、晴登は結月と再び手を重ねる。そしてイグニスの注意が一真たちに向いている内に、別方向へと走った。
もう一度凍らせて時間を稼げば、きっと一真が何とかしてくれる。そうするだけの何かが、彼にはあると思えるから。


「──ッ」ゴゥ

「俺の後輩に手ぇ出すんじゃねぇ!」バリバリィ

「アンタの相手はこっちよ!」ボゥ

「部長! 副部長!」


晴登と結月に気づいたイグニスは、ブレスの照準を二人に向けて放ったが、負傷の身にも拘らず終夜と緋翼の果敢な攻撃によって爆発に留まる。その隙に、二人は立ち止まって構え直した。


「「はぁぁぁ!!!」」ビュオオオ


一息の後に放たれた白銀の嵐。それは再び空気と共にイグニスの足を凍てつかせていく。その規模は先程よりも大きく、イグニスの胴体にまで迫る勢いだ。

これは──二人の全力である。


「絶対逃がさねぇぞ!」


全力の合体魔術。その魔力消費量は並大抵のものでは無い。最終奥義と言っても過言ではないレベルだ。

では、なぜそれを使うのか。ヤケクソ? いや違う。信頼しているから・・・一縷の望みを、信頼しているからだ。この身を犠牲にしてでも、託す価値がある望みを。



「ガキの癖に一丁前に──これでやらなきゃ、男じゃねぇよな」ザッ



一人の青年が、口元に笑みを浮かべながらイグニスの前に立った。その右手は淡い光に包まれている。


「俺の答え・・・それがこれだ。見せてやるよ、"竜殺しの刀"を」


一真は光の中から、一本の刀身の黒い太刀を取り出す。禍々しいオーラを纏ったその刀は、まさに竜を屠らんとするようだった。


そして一真はその刀を構え、希望への一歩を踏み出した。
 
 

 
後書き
夏休みはもう終わり間近。皆さん、宿題はきちんとやっていますか? ちなみに自分は暑さで手が進みません。

さて、今回はVS.イグニスということで、少々盛り上がりには欠けますが書いてきました。何と言うか、バトルシーンは魔王軍幹部を主としていたので、ちとやる気がね…(よそ見)
というのも、自分はそろそろ忙しさが増してくると思うので、早くこの章を終わらせたい気持ちで一杯なのです。手抜きとか言わないでね…?

ではでは、次回もよろしくお願いします! 
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