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英雄伝説~西風の絶剣~

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第50話 新たな技

sidei:エステル


 大聖堂である人と密会した翌日、あたしはヨシュアとオリビエ、そしてジンさんと一緒に最後の試合に向けての最終調整をするために街道に向かっていた。


「いよいよ決勝戦だな、これに勝てば優勝か」
「しかし相手はあの情報部という得体の知れない奴らです、どんな手を使ってくるか分からないですよ。特にあのロランス少尉という男をどうにかできなければ勝ち目はないです」


 ジンさんが決勝に向けてやる気を出すが、ヨシュアが相手の情報を冷静に分析してこちらが勝つにはロランス少尉をどうにかしないといけないと判断した。


「それは分かっているわ、あたしたちが今からするのは対ロランス少尉の対抗策を覚えるために特訓するのよ」
「ということはエステル君はロランス少尉に有効的な技か作戦を持っているという事かい?」
「いいえ、あたしは持っていないわ。でも当てがあるのよ」


 あたしの言葉にオリビエが疑問を話してきたけど生憎あたしじゃあいつに対抗できるような技や作戦は思いつかなかったわ、だからある人に助っ人を頼んだの。確かこの辺に集合する手はずになっていたけど……あ、いたいた。


「あ、エステルさん、皆さん。おはようございます」
「おはよう、リート君。朝早くからごめんね」
「いえ、フィルから話は伺っていますから是非協力させてください」
「ありがとう」


 あたしたちを待っていたのはリート君とフィル、それにラウラさんとアネラスさんだった。


「あれ?どうしてアネラスさんまでいるの?」
「ふっふっふ。私も先輩として新人君……いやエステルちゃんたちの力になろうと思ってね」
「エステルちゃん?」


 前まで新人君って呼んでいたのにいきなり名前を呼ばれて驚いちゃったわ、嫌ではないけどどうしたのかしら?


「エステルちゃん、私ね、正遊撃士になってちょっと気が緩んでいたの。そんなときに君たちに負けて凄く悔しかった、だからエステルちゃんを私のライバルに決めたわ!だから新人君じゃなくてエステルちゃんって名前で呼ばせてほしいの。その方が対等に感じるからなんだけど駄目かな?」
「そういう事ね、全然かまわないわ。あたしだってアネラスさんにまた勝てるように強くなるんだから!」
「言ったわね!私も負けないわよ!」


 なんかよく分かんないけどあたしにライバルが出来たわ。こういう展開は全然好きだし楽しくなってきたわね。


「あのエステル?僕たちにどういうことか説明してくれないかな?君が言っていたロランス少尉に対抗できる手段っていうのはリート君達が握っているのかい?」
「ええそうよ、あたしは前の予選の時に見たリート君とラウラさんが使ったあの合体技について知りたいの」


 武術大会の予選でリート君とラウラさんがジンさんと戦った時に見せたあの合体技、あれを学びたくて昨日フィルに伝言を頼んでリート君達に来てもらったというわけよ。


「合体技というと俺とラウラが使った『炎魔洸殺剣』のことですか?あれはコンビクラフトというクロスベル辺りで使われる技です。リベールでは馴染は無いのでしょうか?」
「コンビクラフトというのは聞いた事がないわね……というかクロスベル辺りで使われるって言ったけどリート君はクロスベル出身なの?」
「……まあ、そんな所です」


 クロスベルかぁ……今は正遊撃士になる為にリベール王国を周っているけど、いつか外国にも行ってみたいわね。


「コンビクラフトは二人の息を合わせた連携技です、連携が取れていないと使えない難しい技ですが決まれば普通のクラフトを上回る程の威力を出すこともできます」
「お互いの動きや技の性質を理解し合っていなければ成功は出来ないということか。確かに難易度の高い技のようだな」
「でもオリビエさんとジンさんは既にそれに近い技を出していますよ。姉弟子たち遊撃士チームの時に使ったSクラフト同士のかけ合わせたあの技です」


 リート君の説明にジンさんがコンビクラフトという技の難易度が高いと言うが、リート君はオリビエとジンさんがコンビクラフトに近い技を使ったと話した。そういえばアネラスさんたちと戦った時にオリビエとジンさんがそんな技を使っていたわね。


「なるほど、確かに咄嗟に放った技だったけど2人で協力しているからアレもコンビクラフトといえる技になっていたんだね」
「はい、もっと動きを繊細にして隙を無くせば完璧なコンビクラフトとして使えるでしょう」
「じゃああいつに勝つにはジンさんとオリビエのコンビクラフトを完成させればいいのね」
「いえ、それだけでロランス少尉に勝てるとは言えません」


 オリビエとジンさんが既にコンビクラフトとして使えそうなくらいの技を出しているようだから、それを対ロランス少尉の技にすればいいんじゃないかとあたしは思った。でもそれに対してリート君が待ったをかけた。


「ロランス少尉は一度見た技をみすみす喰らうようなレベルの剣士ではありません。確実に勝つためにはロランス少尉が全く知らない技を使うしかないと思います」
「ん、そのための鍵はエステルとヨシュアが持ってると思う」
「えっ、あたしたちが?」


 リート君が言うにはロランス少尉に一度見せた技は通用しにくいとのことらしく仮にコンビクラフトとしてあの技を完成させても通用しにくいみたいね。でもその後にフィルがあたしとヨシュアの二人がロランス少尉に勝つカギを握っていると言ったので驚いた。


「はい、というのも本来コンビクラフトというのは、何回も練習してお互いの事を知り息を合わせなくては完成しない技なんですよ。ジンさんたちは偶々相性のいいクラフトを持っていたからきっかけを作ることができましたが、そんな直に使えるような簡単な技じゃないんです」
「うむ、私とリートの炎魔洸殺剣も何度も失敗を繰り返してようやくあの形に持ち込めたくらいだからな」
「そんな……」
「でもこれは他人同士の話、エステルとヨシュアは家族としてずっと一緒に過ごしてきたからお互いの戦闘スタイルや使う戦術、更には動きに出るクセなども把握しているからコンビクラフトを使う条件としては最高の状態にある。後はどんな風に連携をするか試行錯誤すればいい」


 リート君とラウラさんの話を聞いて少し男見かけたけど、その後のフィルの話を聞いてあたしはなるほどと思った。ヨシュアとは幼いころから一緒に特訓してきたり戦ってきたからお互いの事など手に取るように分かるくらいだからコンビクラフトを使うタッグとしてはいいのかもしれない。


「エステルさんとヨシュアさんには俺とフィルが付きます」
「わたしたちもエステルたちと同じだからね」
「そっか、2人はあたしたちと境遇が似ていたんだっけ。だったら先生として最適かもしれないわね」
「よろしくお願いするね、リート君、フィル」


 あたしたちにはリート君とフィルが付いてくれることになった。


「ジン殿とオリビエ殿は私がご教授させて頂きます。未熟者故、思う所はあるかもしれませんが……」
「コンビクラフトについてはお前さんたちの方が先輩だ、そんなに自分を卑下にしなくてもいい」
「そうだね、君たちの実力は知っているから是非とも先輩としてご教授をお願いするよ」
「分かりました。アネラス殿も協力して頂けますか?」
「勿論だよ!皆で協力して優勝を目指そうね!」


 オリビエとジンさんにはラウラさんとアネラスさんが付くことになり、あたしたちは本選決勝戦が始まるギリギリまで特訓に励み続けた。











「はぁ……はぁ……何とか形にすることは出来たわね……」


 その後あたしとヨシュアはリート君とフィルのコンビクラフトを見て参考にしたりアドバイスを貰って何回も連携の練習をしてようやくコンビクラフトの形まで持ってくることが出来た。


「完璧に出来るようになったわけではありませんが、数時間でここまで出来るようになったのなら十分な成果ですね」
「後はぶっつけ本番でやるしかないね」


 確かにこれ以上は本選に間に合わなくなってしまうので練習出来るのはここまでだろう、できれば完成させたかったが出来なかった以上後はぶっつけ本番でやるしかないわね。


「まあ後はやれるだけやるしかないだろう、勝つか負けるかなどその時にならなければ分からないからな」
「そうだね。それに僕は思うんだ、即興で作ったチームだったけどこのチームなら優勝できるってね」
「ジンさん、オリビエ……そうね、後はやれることをやるだけね!」


 ちょっと不安もあったけど、二人の言葉を聞いてやる気が湧いてきたわ!


「俺たちも応援しています、だから頑張ってください」
「応援なら任せて」
「エステル殿たちなら必ず優勝することが出来るはずだ」
「ファイトだよ、皆!!」


 リート君たちもあたしたちを勇気づけてくれた、こうなったら全力を尽くすだけよ!


「行こう、エステル。決勝戦はもうすぐだ」
「ええ、見てなさいよ、黒装束たち!優勝するのはあたしたちなんだから!」



―――――――――

――――――

―――


side:フィー


 エステルたちとの特訓を終えたわたしたちは、現在グランアリーナの観客席で決勝戦が始まるのを待っているところだ。他の観客たちの熱気は最高潮に達しており、速く決勝戦を始めろと言わんばかりの歓声が上がっている。


「凄い歓声だな、まあ決勝ともなればこれぐらいは当然か」
「うむ、何と言ってもここまで勝ち残ってきた強者たちの最後の試合だからな。私自身も早く決勝が見たいと血が滾っている」


 リィンとラウラも決勝を待ち望んでいるらしくいつもよりテンションが高くなっていた。


「あ、弟弟子くーん!」


 わたしたちに声をかけてきたのはさっき別れたアネラスだった。隣にはグラッツとカルナ、そしてちょっと具合の悪そうなクルツがいた。


「姉弟子じゃないですか。それにグラッツさんやカルナさん、クルツさんも一緒なんですね。皆さんも決勝を見に来たんですか?」
「おう、こんな面白そうな試合を見逃す訳にはいかないからな」
「私たちもエステルたちの応援に来たって訳さ」
「……」
「クルツ殿?いかがされたのだ?何やら苦しそうな表情を浮かべているが……」


 リィンがアネラスたちと話しているとラウラが様子のおかしいクルツに声をかけた。


「え……ああ、すまない。さっきから眩暈がしてね、体調は悪くないんだがもしかするとあの時の後遺症かも知れないな」
「後遺症?クルツ、何か怪我でもしたの?」


 後遺症と言う言葉を聞いたわたしは思わず何があったのかクルツに聞いてみた。


「もしかして昨日の試合で怪我を?」
「はは、違う違う。3か月前にちょっと事故にあってしまってね、身体中に怪我を負ってしまった上に記憶が曖昧になってしまって何が起こったのか思い出せないんだよ。何をしていたのかさえ頭から抜け落ちてしまっていたんだ」
「そうだったんですか、でもそんなことが合ったのに武術大会に出場しても良かったんですか?」
「ああ、身体に異常はないと医者からも言われたからね。問題はないよ」


 そっか、そんなことがあったんだね。怪我をする怖さは誰だって同じだよね、遊撃士も猟兵も危険な仕事には変わりないから下手をすれば死んでしまう事だってある、何事も無くて良かったと思う。


「君たちと話していたら少し落ち着いてきたよ、もう大丈夫だ」
「確かに顔色は良くなったね」
「でも無理はしないでくださいね、クルツさんが急に倒れたりしたら試合をしていたエステルさんたちが驚いてしまうかも知れませんから」
「はは、そうならないように気を付けるよ」


 リィンの冗談にも笑顔で返せる辺りクルツの体調は楽になったみたいだね。


「おや、君たちはリート君たちじゃないですか」
「アルバ教授……?あなたもここに来ていたんですか?」


 後ろの席から声がかけられたので振り返ってみるとそこにいたのはルーアンで出会ったアルバ教授だった。うっ……まただ、あのアルバって人が近くにいると妙に頭が痛くなってくる。わたしは咄嗟にラウラの背後に隠れて彼の視線が来ないようにした。


「どうしてここにいるんですか?前にあった時はルーアンにいたはずでしたが……」
「ええ、遺跡の発掘調査も大体終わったので今はあるツテを使ってグランセルにある資料館に滞在しているんです。折角だから武術大会を観戦しようかと思いましてね」
「そうだったんですか。なら丁度良かったですね、今日の決勝にはエステルさんとヨシュアさんも出るんですよ」
「それはいいタイミングでしたね、2人には随分とお世話になりましたから精一杯応援させていただきますよ」
「ええ、是非そうしてあげてください。エステルさんたちもきっと喜びますよ」


 リィンも警戒してるけど見た感じは普通の人にしか見えない。嘘をついているようなしぐさもないしわたしが気にしすぎなだけなのかも知れない。けど……


「そこにいるのはもしかしてリート君たちかな~?久しぶりだね~!」
「あ、ドロシーだ、やっほー」


 次に現れたのは前にエルモ村で出会ったドロシーだった。


「すっごい偶然だね!まさかこんなところで会えるなんて思ってなかったよ~!」
「ドロシーさん、お久しぶりです。今日は決勝戦を見に来たんですか?」
「うんうん、そうなんだよ。何て言ったって今日は武術大会の決勝戦だからね、しかもエステルちゃんたちも出ているって聞いたしもう飛び上がっちゃいそうな位興奮してきたよ~!」
「ドロシー、どうどう」


 ぴょんぴょんと跳ね上がるドロシーを見てラウラや遊撃士チームのメンバー、そしてアルバ教授までも目を丸くして苦笑いをしていた。


「はは、お前たちの知り合いは面白い人物ばかりだな」
「まあ、そうですね。でもいい人ばかりですから俺は人とのめぐりあわせには恵まれているんでしょうね」


 グラッツの言葉に苦笑いしながらも嬉しそうに話すリィンを見てわたしもリィンや皆に出会えて事を嬉しく思った。西風の皆やクロスベルの皆、そしてリベール王国で出会った人々……掛け替えのないわたしの宝物だ。


(……もし本当にリシャール大佐がクーデターを起こしてもわたしは最後まで戦って見せる、友達を守る為に……!)


 私がそんな決意をしていると不意にアナウンスが流れてデュナン侯爵が貴族席に入ってきた、その隣にはリシャール大佐とカノーネ大尉の姿もあった。


「リシャール大佐、出てきたね……」
「ああ、部下の試合を見に来たのかもしれないが用心はしておこう」


 わたしは小声でリィンに話しかけた、もしリシャール大佐が何らかの動きを見せようとしたらわたしたちでどうにかするために警戒はしておこう。その後はアナウンスの指示と共に両チームが姿を現した。


「出てきたね……エステルたち、大丈夫かな?」
「大丈夫さ、エステルさんたちを信じよう」


 そしてついに試合が始まり両チームが激突した、すると早速特務隊のチームに動きがあった。


「ロランス少尉がエステルとヨシュアの方に向かったね」
「ああ、残りの3人はジンさんとオリビエさんの方に向かったが分担する作戦なのか?それとも別に何か目的があるのか?」


 ジンとオリビエに部下の3人が向かってロランス少尉がエステルとヨシュアの相手をするみたいだね、でもリィンに言う通り何の狙いがあるのかは分からない。
 

「ジンさんとオリビエさんを抑え込める辺りあの3人はロランス少尉の部下の中でも上位の強さをもっているんだろう、だが……」
「うん、問題はやっぱりロランス少尉だね」


 エステルとヨシュアは果敢にロランス少尉に向かっていくが全ての攻撃がいなされてしまっている、背後や死角からの攻撃やアーツすらも完ぺきに対応してしまっている辺りロランス少尉の実力はやはり頭一つ、いやいくつも飛びぬけている。


「……おかしい」
「何がおかしいの?」


 リィンがロランス少尉の動きに何か違和感を感じたらしくわたしは何がおかしいのか聞いてみた。


「明らかに今までの戦いと違って手を抜いている、現にクラフトやアーツを使っていない」
「確かに使っていないね、なにがしたいんだろう?」
「俺にはロランス少尉がエステルさんとヨシュアさんを試しているようにも見える、でも敵であるロランス少尉がなんでそんなことをするんだ?」


 言われてみればロランス少尉は明らかにチャンスの場面でも攻撃に移行しないし無駄な動きもある。


「はぁはぁ……どういうつもりよ!」
「……何がだ?」
「しらばっくれる気!?明らかに手を抜いているじゃない!実力で負けるならともかくこんな風に遊ばれるなんて納得いかないわ!」


 エステルも明らかに手を抜かれていると分かったのか怒った表情を浮かべていた。


「悔しいのなら俺に攻撃を出させるだけの実力を見せてみろ」
「!ッ……だったらこれならどうよ!」


 エステルはクラフト「旋風輪」で攻撃を仕掛けるがロランス少尉は難なくとかわした。


「ふん、芸がないな」


 攻撃をかわしたロランス少尉は隙をついてエステルに攻撃を仕掛けようとしたが、エステルは回転したままスタッフを地面に立ててその回転を活かしてロランス少尉に蹴りを放った。


「なに!?」


 エステルが見せた事のない打撃技を使い、ロランス少尉は防ぎはしたがこの試合で始めてまともなガードを取らされた事に驚いていた。


「ヨシュア!」
「了解!」


 エステルの背後からジャンプしたヨシュアをエステルがスタッフを使って大きく上昇させた、そして勢いを付けたヨシュアがダガーを振るったがロランス少尉はそれを剣で防いだ。


「まだだ!真・双連撃!!」


 ヨシュアは攻撃を当てたダガーの上にもう片方のダガーを振り下ろして衝撃を与えた、いきなりの衝撃に流石のロランス少尉も威力を分散させきれずに体制を崩してしまった。そこにエステルがロランス少尉の背後に回り込んで金剛撃を叩き込んだ。


「ぐうっ……!?」


 エステルの攻撃をまともに喰らったロランス少尉は大きく後退させられた。


「驚いたな、まさかそんな戦い方をしてくるとは思わなかったぞ」
「ふふん、こっちには頼れる味方がいるのよ」


 驚いたと言うロランス少尉の言葉に対してエステルは得意そうに話した、エステルは元々八葉一刀流の螺旋の型を極めたというカシウスから戦い方を学んだらしくその動きには回転を活かす動きも取り組まれていた。そこにリィンが回転を活かした体術などをエステルに教えた事でエステルの戦い方の幅は大きく上がった。
 ヨシュアがさっき使った技も元はリィンの絶技『双雷』を応用させた技だ、双雷は太刀で攻撃をして防がれた時に自分の太刀に鞘をぶつけて衝撃を与え敵の防御を切り崩す技でリィンはこれをヨシュアに教えた、まああくまで八葉一刀流の技術としてね。


「面白い、なら俺も切り札を使わせてもらうとしよう……『分け身』」


 ロランス少尉が武器を構えると少し離れた場所にもう一人のロランス少尉が現れた。


「なにあれ、残像かしら?」
「エステル、油断しないで。攻撃を仕掛けてくるのはあくまで本物だけだ、そのタイミングを見逃さないようにね」
「了解、あたしは右を攻撃するからヨシュアは左をお願いね」


 エステルとヨシュアが同時に動いて二人のロランス少尉に攻撃を仕掛けた、エステルが攻撃した方のロランス少尉は攻撃を防いでヨシュアが攻撃した方のロランス少尉は攻撃を回避した。


「攻撃を防いだってことはこっちが本物ね!」
「貰った!」


 エステルがロランス少尉を抑え込んでヨシュアが攻撃を仕掛けた、その光景に誰もが捕らえたと思ったその時だった。


「ぐはっ!?」
「ヨシュア!?」


 ヨシュアの攻撃をかわした方のロランス少尉がヨシュアの背中に蹴りを放っていた。どういうこと、あれは残像じゃなかったの?


「甘いな」
「えっ、きゃあ!?」


 隙を見せたエステルをもう一人のロランス少尉が蹴り飛ばした。何とか体制を立て直したエステルだったがその表情には驚愕といった感情が込められていた。


「どういうことなの、さっきのは残像じゃなかったというの!?」
「あれは分け身という達人が使う技術だ。ほんの少しの間だけ実態を持った分身を生み出すことが出来るんだ」
「分け身を知っているようだな。だが俺の分け身は普通とは違う、俺自身の生命力と氣を流し込んで実態を維持すれば実力は本物と比べれば多少落ちるが正真正銘のもう一人の自分自身を作り出せる」
「あんですって……!?」


 もう一人の自分自身を作り出せるなんて反則もいい所だ、余りにも現実離れした光景にわたしは言葉を失ってしまった。


「さらにもう一つ教えてやろう、俺の分け身は一体だけじゃない」


 そう言ったロランス少尉の左に3人目のロランス少尉が現れた。


「そ、そんな……1人でも苦戦していると言うのに3人も増えるなんて……」
「勝ち目なんて最初からなかったのか……」


 ロランス少尉が3人に増えたという現実にエステルとヨシュアは戦う気力を失ってしまったようだ。その目には絶望が浮かんでいた。


「……残念だ、もう少し楽しませてくれるかと思ったがこれまでのようだな」


 3人のロランス少尉が武器を構えてエステルたちに近づいていく、そんな光景を見たわたしはつい叫んでしまった。


「―――――勝って!エステル!ヨシュア!」
「……フィル?」


 普段は出さないわたしの大きな声が聞こえたのか、エステル達が顔を上げてこっちを向いた。


「エステルさん!ヨシュアさん!最後まで諦めないでください!」
「二人なら必ず勝てると私は信じているぞ!」
  

 わたしに続いてリィンとラウラも二人を応援し始めた。


「エステルちゃん!私というライバルが見ているんだから負けたら許さないぞ!だから頑張れ!」
「ヨシュア!男ならもっと根性を見せてみろ!」
「あんたたちならきっと勝てるさ!」
「これまでの経験を思い出せ。君たちは強くなっている、あと一歩だ!」
「エステルちゃ~ん、ヨシュアく~ん、どっちもがんばれ~!」


 さらにアネラス、グラッツ、カルナ、クルツ、ドロシーもエステルとヨシュアに声援を送っていた。


「皆……」
「ふん、いかに声援を送ろうと戦う気力を失った者が俺に勝てるはずはない」
「それはどうかな?」


 背後から現れたジンの一撃とオリビエが放った水のアーツがロランス少尉の分け見を吹き飛ばした。


「ジンさん!オリビエさん!」
「遅くなって済まなかったね、ちょっと手こずっちゃったよ」
「だがようやく合流することが出来たな」


 ジンたちの後ろで膝をつく黒装束たちが悔しそうにジンたちを見ていた、2人はあいつらを倒してエステルたちのピンチに駆けつけてくれたようだ。


「ごめん、皆。あたし、後少しで諦めていた……でもこんなにも沢山の人たちがあたしたちの勝利を信じてくれているのなら諦めたりなんてできないわよね!」
「うん、皆の為にも僕たちはこんなところで負ける訳にはいかない!」


 エステルとヨシュアの目に闘志が蘇り武器を構えた。


「行くわよ、ロランス少尉!」
「……来い」


 ロランス少尉は再び分け身を使って4人になりエステルたちを迎え撃った。


「はぁぁ!真・旋風輪!!」


 エステルは今までよりも遥かに速度と威力の上がったクラフトで2人の分け身を吹き飛ばした。


「シルバーソーン」


 分け身の一体が放ったアーツがエステルの周辺に幻の剣を生み出して囲んだ、そして電撃がエステルを襲おうとしたがヨシュアが幻の剣を切り裂いて攻撃を防いだ。


「雷神脚!!」


 上空に飛び上がったジンがまるで雷光のような鋭い蹴りを分け身に喰らわせた。だが攻撃後のスキを突かれて新たに現れた分け身の攻撃を受けてしまった。


「がはっ!?」
「これでトドメだ」
「させない!」


 追撃しようとした分け身をヨシュアが瞳を輝かせて睨みつける、すると分け身の動きが一瞬止まりその隙にオリビエが分け身を撃ち抜いた。


「オリビエ!準備できたわよ!」
「ナイスタイミングだよ、エステル君」


 エステルから放たれた赤い光がオリビエを包み込んだ、そしてオリビエは目にもとまらぬ速さでロランス少尉の分け身たちに銃弾を放った。あれはオリビエのクラフト『クイックドロウ』だが威力が上がっていた、さっきエステルがオリビエに放った光は攻撃力を上げるアーツ『フォルテ』だったんだろう。


「いい腕だ、だが俺には通用しない」
「!?ッ」


 オリビエの死角からロランス少尉が現れてオリビエの溝内に剣を叩き込んだ。


「ぐっ!?……ふっ、引っかかってくれたね」
「何……!?」


 オリビエとロランス少尉の足元に時計の形をした魔法陣が現れる、するとその周囲の時間の流れが遅くなった。


「自身を囮にしてクロックダウンを狙ったか」


 オリビエを蹴り飛ばしたロランス少尉は冷静に判断して再び分け身を生み出した。動きが多少ぎこちないがその圧倒的な身体能力は未だ健在のようだ。


「今だ!オリビエ!!」
「今こそ僕たちのコンビクラフトを……!」
「「ダブルインパクト!!」」


 竜神功で身体能力を上昇させたジンと切り札の銃弾を銃に入れたオリビエがロランス少尉と分け身目掛けて必殺の一撃を放った、二人の放ったエネルギー弾は途中で一つになり龍のような形になってロランス少尉に向かっていった。


「そう来たか……だが!」


 ロランス少尉は分け身を盾として自身の前に立たせた、ダブルインパクトが直撃して分け身は消えてしまったがロランス少尉は多少ダメージを負ったくらいだった。


「やぁぁぁ!!」


 そこにエステルが現れてロランス少尉に攻撃を仕掛けた、だがロランス少尉はそれが分かっていたかのように大剣を振り上げていた。


「そう来るのは予測済みだ!」


 エステルに攻撃が当たると思ったその瞬間、エステルはその場から消えてしまいロランス少尉の攻撃は空振りしてしまった。エステルはロランス少尉の少し離れた場所に姿を現しておりさっきエステルがいた場所は地面に螺旋状のヒビが入っていた。


(もしかしてエステルは回転の力を利用して高速移動したの?)


 俄かには信じられないような話だがエステルは実際にやってのけた、土壇場で凄い事を思いつくものだと感心してしまった。


「ヨシュア!」
「行くよ、エステル!」


 攻撃が空振りしたロランス少尉のスキをついてヨシュアが攻撃を仕掛けた、すると続けざまにエステルが高速の突きを放ちロランス少尉の動きを止めた。


「これで……!」
「トドメよ!」


 そして最後に3つの残像に分かれたヨシュアが右・左・上から攻撃を仕掛けてエステルがトドメに重い一撃を放った。


「「太極無双撃!!!」」


 2人の放ったコンビクラフトはロランス少尉を見事に捕らえて場外まで弾き飛ばした。


「しょ、勝負あり!蒼の組、ジンチームの勝ち!」


 審判の言葉に一瞬会場が静かになった、でも直に大きな歓声が起こり会場を飲み込んだ。


「や、やったああああっ!!!」
「勝った……勝てたのか……」
「はぁはぁ……さ、さすがに疲れたねぇ……」
「ふぅぅ…………」


 エステルは嬉しそうにジャンプをして喜びヨシュアは勝てたことが信じられないような表情を浮かべていた、オリビエもさすがに疲れた様子を浮かべておりジンも大きな息を吐いていた。


「バ、バカな……こんなことが……」
「情報部の中でもより優れた者が集められた特務隊の我々が負けるなどあるはずが……」
「……ふっ、やられたな」


 特務隊の連中は全員がありえないという表情になっていた、でもロランス少尉だけは負けたことに問題が無さそうに笑いその場を去っていった。


「ロランス少尉、笑っていたね……」
「エステルさんたちが勝ったのは嬉しいがロランス少尉の様子を見るに何か引っかかるな……」


 確かに彼の上司であるリシャール大佐からすればエステルたちが女王に出会える機会が出来た事は面白くないことのはずだ。でも貴族席にいるリシャール大佐は余裕そうな表情を浮かべているから何か策があるのかもしれない。


(まあ後はエステルたちに任せるしかないんだけどね……)


 その後はエステルたちが賞金と晩餐会の招待状を貰って武術大会は幕を閉じた。

 
 

 
後書き
 エステルがやった高速移動は『ケンガンアシュラ』の桐生刹那の使った羅刹脚のような技です。




ーーー オリジナルクラフト紹介 ---


『双雷』


 リィンがフィーが使う双銃剣を見て、自ら編み出したクラフトの一つ。
 太刀の上から鞘を叩きつけて敵の防御を切り崩す技。また鞘を使ってフェイントをかけて太刀で攻撃する、鞘で敵の体を浮き上がらせてそこに追撃するなどの応用も出来る二段構えの技。
  
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