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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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Alicization
~終わりと始まりの前奏~
  神立

雨が降っていた。

その雨音は結構大きく、ボロアパートの壁など容易く貫通する。

だから大雨が降った時などは、よく住人どもから不評が飛び出すのだが、さすがにこの程度の雨足でうるさいと感じたのは初めてだった。

静寂が耳に痛いと感じたのも、初めてだったかもしれない。

小日向蓮の現住所。ぺんぺん草でも生えてそうな安アパートの一角。その大きさには似つかわしくないほど大きな食堂は、音が一切発されていなかった。夜のしじまのようだった。

常ならばエネルギッシュで朗らかな笑いが絶えないそこが、まるで海の底のように静かだった。それこそ、微かな雨音が耳朶を震わすほどに。

そこに。

ガタリ、と。

小さな物音がした。

食堂にいた全員がその音源を求めて振り返ると、力の抜けた少女がこちらを見ているところだった。否、見ているのはこちらではない。食堂の入り口の真反対に据えられた、小さなテレビ画面。そこに映る確かな惨劇の様子を、虚ろな瞳が反射していた。

紺野木綿季は小さな手を戸板につき、ふらふらとした足取りで一、二歩進んだ。だがそこで、糸が切れたようにしゃがみこんでしまう。

思わず、住人の一人であるミニマム教師が駆け寄ろうとしたが。

「蓮はどこ?」

ちっぽけなその言葉が、その足のみならず空気までも凍らせた。

誰にも、答えられない質問だった。

彼女の学校にここから通うのは結構かかる。だからこそ、今まで報じられていたこの臨時ニュースに気付かなかったのだろう。

誰も、何も言わないことを確かめた後、木綿季は幼児のように頼りない首を巡らせ、食堂を一通り見回した後、もう一度こう言った。

「蓮はどこ?」










ヴォルティス・ヴァルナ・イーゼンハイムはその一報を、普段住んでいる英国王室別宅のウィンザー城ではなく、本宅のバッキンガム宮殿で知った。

ロンドンは霧の都というが、あれの由来はスモッグなので正確には違う。だが、雨が多いのは本当で、雨と傘が嫌いな者はロンドンには定住するには向いていない。その日も、さらさらとした細かな雨が朝っぱらから降り始めたところだった。

宮殿、というといかにも金ピカな成金ワールドを想像しがちだが、紳士の国の栄華の頂点であるバッキンガム宮殿はそんな低俗なものはお断りなのだった。

ルーヴルにありそうな絵画や彫刻は存在感だけ放って主張はし過ぎず、テニスコートの横幅ではなく縦幅ほどもある廊下、そこに伸びる絨毯は踏むためではなく眺めるためにあるようなもの。

一つ一つは目も眩むほどのインパクトは与えないのに、総括すれば思わずノックアウトさせられそうになる。上品というのはこういうことなのだろうが、親日家であるヴォルティスに言わせれば襖と花瓶に花を一本刺しただけで国賓を迎えられる日本の皇室もいい勝負だと思う。

さて、その日本から届いた報をロクに吟味せずに飛び出してきたヴォルティスを止める影があった。

「はーい、叔父上。ストップよ」

「……キャーリサ」

廊下の奥まった暗がりからゆらり、と現れたのは、真っ赤なドレスを着こなす二十台中盤ほどの女。華美なドレスなのだが、ところどころにレザーがあしらわれているため、どこかボンテージものの印象を受ける。

第二王女、キャーリサ。

爵位を口実に、権謀術数の権力闘争から追い払われた半端者である自分と違い、英国王室次期女王の継承権を握る者。

生まれただけで歴史の教科書に名が載せられる、間違いなく英国のトップに名を連ねるその人だ。

「相変わらず叔父上の脳細胞は灰色ではなく筋肉で構成されているわね。こんなご時世にいったいどこに行こーとしてる訳?」

「止めるな、キャーリサ。お前と争いたくはない」

剣呑な輝きの増した偉丈夫の視線を舌なめずりするように受け流し、キャーリサは軽く鼻で笑う。

「正当な女王候補である私とぶつかれるとでも?」

「我としては避けたいところだが、正面から張り合ったところで分が悪いのはお前だ。伯母上から聞いてないか。本来の正統な血統がどちらなのか。我が何のために後宮に甘んじているか」

チッ、とキャーリサは露骨に舌打ちをした後、サディスティックに目元を歪ませた。

「――――けど、現女王の命なら聞かない訳にはいかないでしょーが」

「なに……?」

思わず歩を進めようとしていた脚が止まる。

その一連を楽しげに見ていた第二王女は嗜虐心たっぷりに腕を上げた。ほっそりとした指の先が示すのは、ヴォルティスの背後。

振り返ると、いつの間にかひっそりと立っていた使用人が大型のラップトップPCを広げたところだった。初めから電源が付いていたのか、画面には一人の老練な女性が映り込んでいる。

「伯母上……!?今はスコットランドで公務中なのでは!」

狼狽する偉丈夫の声に、年老いた一人の女性は通信のラグであろう一拍の時を置いてこう切り出した。

『急遽時間を作り、そちらから掛けています。そして()()()()()()()()、言葉を慎みなさい。私は英国の女王です』

「――――――ッッ!!」

叔母が、甥にかける言葉の重みではなかった。

そこには一国を導く長としての《芯》が、確かにあった。

個人では決して入ることのない強く硬い《底》があった。

画面の向こう側であるのに対し、明らかに空気の質が変わる。ヴォルティスをして思わず頭を下げるしかない王の気質が、そこにはあった。

「……失礼を、女王」

『許しましょう。さて、要件ですが、今あなたをブリテンの外へ出す訳にはいきません』

「なぜです……!」

画面の向こうの老婆は、ふぅと小さな吐息を吐く。たったそれだけの所作で、男の肩に乗る空気の重さは跳ね上がった。

『あなたの気持ちは分かります。日本で事件に巻き込まれたあなたにとって、かの仮想空間で培った人脈は離し難いものでしょう。心配なのも分かります』

そんなシステマチックでおざなりに語るものではない、と言いたいところをヴォルティスはすんでのところで堪えた。彼だって引くべき一線は心得ている。

そして叔母ではなく王の仮面を被るがゆえに、そんな男を見ているようで見えていない英国女王は、どこまでも高圧的に言葉を重ねる。

『ですが、今は時期が悪い。航空機事故に紛れがちですが、つい先刻先進国の主要都市で軽微な地震がありました。……それについては?』

「いえ……」

『はぁ……。昔から、走り出すとそれ以外が疎かになるのは変わりませんね。キャーリサ、送ったものを』

「はーいはいっと」

阿吽の呼吸で第二王女から差し出されたのは、どうやら表記される単語から地質学関連の報告書らしい。受け取ったそれの表面を撫でるように視線を動かしていたヴォルティスは、次第に顔色を変える。

そこには、全世界の主要都市直下をピンポイントで震源とする地震が、()()()()()に発生した証左が示されていた。

一つ一つは、地震列島である日本人であれば気にも留めないようなもの。

だがそれが、まったく同時刻。しかも一番異質なのは、地質学的に地震が起こるポイントではない箇所でも起こっている点だ。

地震というのはそもそも、地殻プレートが重なる箇所でしか起こらない。だからこそ、そういったプレートのすれ違いなどから遠いアメリカのニューヨークやオーストラリア、ドイツなど高層ビル群を躊躇なく並べられるのだ。そうでなければドミノ倒しを恐れて、そうそう建築できない。

日本などはその立地条件ゆえに伸びた耐震技術を使って建てているに過ぎないのだ。

重ねて念を押そう。

本来ありえないのだ、この位置での地震などは。

「これは……」

『……加えて、先程からEU首脳陣の間で巡らされている緊急のホットラインが非常警報を鳴らしています』

「な……」

絶句する偉丈夫を前に、英国女王はその顔にありありと疲労の色を刻む。

『あなたも方々へ手を回し、調べていたでしょう。小日向相馬……あの《鬼才》が作り出した先端兵器の数々。それが一気呵成に、持ち主だったはずの国の手元を離れたのです』

「そ……な、ん……。馬鹿な」

頭を殴打されたような衝撃が、意識を突き抜ける。

自らがシゲクニやテオドラと連携し、加えてフランスのウィルヘルムや日本の狼駕に情報収集させていたことを、さも当然のように女王が知っているのは問題ではない。英国にだって映画によく出てきて、今や公然の秘密となった秘密情報部(MI6)の他にも、書類の上に載せただけで物理的に首が飛ぶ部署も存在している。ヴォルティスほどの有名人の動向など、その長である彼女にはいつだって知れる状態だ。

問題なのはその後。

「兵器が……離れた?じょ、女王、それは制御不能ということですか……!?」

『そうです。各国も混乱しているようで、傍受することはそこまで困難ではありませんでした。確認できているだけで、イタリアの超音波兵器にフランスの音響兵器、オーストラリアの重粒子砲はそのコントロール権が政府を跳ね除け、アメリカのイージス艦に搭載された火器管制AIはテスト運行中にも拘らずマスター権限を書き換えたそうです。そして、目下一番の脅威とされているのは……ノルウェーです』

「ノルウェーというと、海上発射型のマスドライバーが何か?」

首筋をヒリヒリとした感触が撫でる。

それはあの鋼鉄の魔城でたびたび味わった懐かしい感触だったが、今のヴォルティスにいちいち感傷にふける暇は与えられていなかった。

画面の向こうの老婆は、首をゆっくり振る。

その予感を、確実に嫌な方向へと転換する言葉を、女王は放つ。

『それとは別口。スヴァールバルで開発、調整中だった新型無人潜航艦が四機、基地そのものを全壊させて大西洋へ消えたそうです。スペックシート上では、その四機だけで核戦争より大規模な破壊の爪を文明に振るうことができる、と』

眩暈がしそうな言葉だった。

『分かりますか、ヴォルティス。理解しましたか、イーゼンハイム卿。これは脅迫であり、《開戦宣言》です。先進国の主要都市のみをピンポイントで襲った地震はその先ぶれです』

そこまで言われたら、さすがにヴォルティスでも理解できる。

具体的な行動である、自身の開発した兵器の奪取に先んじて、《鬼才》は先手を打った。

それが地震。

もはやなんでもありのあの男はついに、地震を起こすことができる兵器を、よりにもよって主要都市の直下に仕込んでいたのだろう。その発動によって混乱する政府に、兵器の奪取という行為そのものを突き付けて、彼奴は言葉を一切用いることなく先進国の重鎮達のこう示したつもりなのだろう。

次は沈ませる、と。

しょっちゅう地震に襲われる日本人は疎いだろうが、場所によっては諸外国人にすれば地震というのはハリケーンや竜巻よりも珍しい天災だ。なにより地震の起こらない主要都市のビル群は、それを前提とした作りも多く、大惨事は免れ得ない。

「首元に、ナイフでも突きつけたつもりか……ッ」

「実際、それはこの上なく有効だったの。軍事においての最善は、そもそもゲームをさせないこと。取引も交渉も駆け引きも、させる暇なく最初の一手で詰ませるのが一番。そーいう意味では、今回のヤツの行動は誰よりも先手を取っていた」

思わずキャーリサを睨むが、本人はどこ吹く風とチラッと舌を出す程度だ。三姉妹の中でも《軍事》に秀でた彼女の言葉は確かに理があるが、どうにも納得できない。

「事実、黄金の卵を産むガチョウに頼りきっていた先進各国の内部はもーズタボロ。母上は小日向相馬製の兵器を頑なに拒んでいたからそこまで深刻なことには至ってないけれど、それでも津波のように波及した被害は必ず出てくる。地震を起こすことが本当にヤツにできるとしたら、行動も慎重にならざるを得ないしね」

『その通りです、キャーリサ。今は慎重に事の趨勢を見極めなければならない時。あなたほどのネームバリューが動くと、何が起こるか分からないのですよ』

「――――――――ッ!!」

『部屋にお戻りなさい、ヴォルティス。そしてその後、ヴィンザーへ送り届けます。くれぐれも、軽率な行動は控えるように。……これは、英国女王としての命です』

重々しいその言葉を前に、ヴォルティスはしばらく無言で貫いていた。その台詞に、具体的な何かを投げかけようと考えていた。

だが。

もう、どうしようもないことがどうしようもないほど分かり、

「……委細、了解しました」

絞るような言葉を、吐き出した。

踵を返す偉丈夫に、画面の向こうの声はふと、窓の外を見る。

曇天の空。鼠色にして灰色の空。そして硝子窓に当たる水滴を、ヴォルティスはどこか忌々しげに睨んだ。

雨が降っていた。 
 

 
後書き
レン「はい、始まりました、そーどあーとがき☆おんら――――」
なべさん「アァアアア年号がァ!!年号が変わっている!!」
レン「遅すぎるだろ、そのネタ……。何か月前だよ」
なべさん「という訳で平成に取り残されていました。前回の須郷さんで燃え尽き症候群を起こしてしまってな……」
レン「アレで!?」
なべさん「うるさぁい!伏線というのは前に張ったものほど回収した時に気持ちいいんだゾ!」
レン「でもそれ、読者にはそんなに伝わらないよね?」
なべさん「…………………。(´・ω・)」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださーい」
――To be continued―― 
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