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いたくないっ!

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最終章 フフフフフ

     1
 定夫の部屋では、秘密会議が続けられていた。
 「魔法女子ほのか」の原作者であり、作品を愛する一ファンでもある身として、我々になにが出来るか。

 最初は勢いのまま恨みつらみ混じりの言葉を並べ立てているだけの彼らであったが、思いが非現実に暴走するでもなく、むしろ段々と、現実的に可能なことへ会話は絞り込まれていた。原動力が恨みつらみという点においては、なにも変わらなかったが、それはそれとして。

「その中からだと、まずは、デモかなあ」

 八王子が腕を組んでうーむと首をひねる。

「左様でござるなあ」
「おれもそう思うが、でもどこで? というか、どっちで?」

 どっち、とはデモの場として制作会社である星プロダクションか、裏に付いている大企業の佐渡川書店、必然的にどちらかに絞られる、ということだ。
 なお、いま定夫はデモどこでとダジャレをかましたのであるが、誰も反応する者がいなかったので、恥ずかしそうにゴホンと咳払いをしてごまかした。

「星プロでしょ」
「星プロであろうな。可能かどうかという話なのであれば」
「まあ、やっぱりそうなるよな。絶対に成功するという確証があるのなら、()()(がわ)なんだけど」
「佐渡川は、昼夜問わずガードマンが表にも裏にもたくさんいるからね」
「物騒なことへの対応にも慣れているであろうから、あっという間に取り押さえられ、なにもなかったことにされるのがオチでござるよ、ニン」
「というわけで、現実的に星プロ、と」
「あそこ小さなビルで、特にガードマンもいなかったしね。抗議活動を、長く続けられそう」
「仮に上手く事が運ばないとしても、騒ぎを大きくすれば、マスコミが取り上げてくれる可能性もあるでござるよ。大ブームのアニメなので、関連ニュースは喜んで流すのでは」
「ああそっか、粘って演説をしていれば、こちらの意見に耳を貸すほのかファンの通行人も出てくるかもと思ってたけど、報道の人が来るんならそっちの方がいいね。そうなったら、あることないことぶちまけてやるぞお」

 うふふ、と笑う八王子。

 輪に入れず焦れったそうにもじもじしていた沢花敦子であったが、ここでようやく口を開いた。

「もうやめましょうよお。というか、あることないこと、って、ないことはダメでしょ」
「いいんだよ。マスコミが面白おかしく書いて、問題が有名になればそれで。だいたいさあ、敦子殿だって大損害、というか大儲けし損なったんだぞ」

 彼らの作ったオリジナル版アニメのエンディングテーマとして使われた「素敵だね」という曲がある。

 敦子が作った曲だ。
 作詞、作曲、編曲、歌、すべて彼女が担当している。

 テレビ版でも後期からそのエンディングを採用したのだが、新たな編曲や別歌手による収録はせず、音源そのまま。

 敦子が作ったその曲は、歌の良さとアニメ人気とが合わさって、月間アニメソング売り上げランキング一位を達成、総合売り上げランキングでも最高五位。いわゆるスマッシュヒットを飛ばしたというのに、敦子に一円も支払われることもなければ、名前すらもどこにも出ていない。

 と、八王子はそうした現状をいっているのである。

「最初の契約の問題で、どうしようもないことです。でも、あたしは別に不満はありません。現在のままで、充分に幸せなんです」

 敦子はそういうと、にこり微笑んだ。

「でもさあ、名が世に出れば、そこからとんとん拍子にプロ声優への道が開けたかも知れないじゃないか」
「確かにおっしゃる通りかも知れないですけど。でも、いいんです。あたしは実力でプロ声優になりますから」

 敦子は、さらに力強く微笑むが、その顔には、少しイラつきが浮かんでいるようにも見えた。

「こういうチャンスを逃さない、ということも実力なんだよ。そういう意味では、実力ないってことじゃん。もっと貪欲じゃなきゃあ、よほどラッキーがない限り声優になんかなれないよ。だって声優になりたい人って、五万といるんだよ」
「こっ、ここで今あたしのそういう話をして、なにがどうなるんですかああ?」

 夢を見る資格を否定された、と思ったのか、敦子は怒気満面、八王子の顔へ自身の顔をぐいと近付けて睨んだ。
 ぼろり涙がこぼれると、敦子の顔は一転してぐしゃぐしゃに崩れ、声を立て泣き出してしまった。

「あ、あ、ごめん。いい過ぎたっ」

 我に返って、謝る八王子。
 えっくひっくと泣き続ける敦子。
 なんともいえない空気の重さが、どんよりと部屋を包み込むのだった。

     2
 ジャーン!
 ジャンジャジャンジャーン!
 ジャガジャンジャカジャンジャンジャン……


 軍歌のイントロのような曲が流れ出した。
 右翼の街宣車のような、いさましい音が。

 黒い画面はムラがあり、保管状態の悪い大昔のフィルムのようになんだか汚らしく、古臭い。すみには、チラチラ糸くずが映っている。

 軍歌が始まるとともに、ぼわーっとぼやけた白文字が浮かび上がる。
 文字が出ては、溶けるように消えていく。


 還れ。

 還れ。

 原点へ。

 恨む。

 怨む。

 魂魄、雲星霜を突き抜け幾千里。

 見ているぞ。

 見ているぞ。

 魔法女子ほのか
 原点回帰委員会

 九月弐拾四日

 まほのへの

 作品への、

 観る者への、

 愛すべき者への、

 愛を無くした

 金欲亡者どもへ、

 原点回帰委員会が

 いや、

 否

 天が

 地が

 入が

 天誅を下す

 裂けよ

 落ちよ

 見よ

 見よ

 金欲亡者どもの末路を


 突然、映像が切り替わる。黒背景からセピア色に。
 これまた古臭い映像だ。
 セピアの画面の中に、戦車が映っている。
 ヨーロッパだろうか。外国の、街の中だ。
 BGMに、エ○ヤのヒット曲が流れ始める。


 ♪タッタタタッタ
 フェゼアシャドウ……♪


 曲の中、戦車に追われ、逃げ惑う人々。
 戦車が突進で建物を破壊するシーンを集めた映像である。
 壊す、壊す、建物に突っ込み、砕き、突き抜け、破壊の限りを尽くしている。
 ○ンヤの曲が終わるまで、それが延々と続けられた。


 エン○の曲のフェードアウトに合わせて、画像もすうっと溶け消えて、画面は真っ暗に。


 真っ暗に。

     3
 東高円寺駅。
 杉並区にある、東京地下鉄の駅である。
 一日の平均乗降者数、三万五千人。

 周囲、特に有名なものはない。
 だがそれは、一般人にとっては、である。

 ここには、星プロダクションがあるのだ。
 日本のアニメ好きなら知らない者はいない、アニメ制作会社である。

 男たちは、
 その星プロダクション自社ビルの前で抗議活動をするため、遥々とこの東高円寺駅までやって来ていた。


 三人の、男たちが。


 (やま)()(さだ)()
 通称、レンドル。

「うおーーーっ」

 両手に持った(ほう)(てん)(げき)を頭上で振り回し、とんと石突を地に置き、身体は正面、顔はビシッと横向き決めポーズ。


 (なし)(とうげ)(けん)()(ろう)
 通称、トゲリン。

「はいーーーーーっ」

 ババッ、ババッ、と拳を突き出し、ぶぶんと回し蹴り。燃えよデ○ゴン。
 軽く腰を落とし、左右の腕を構えた。


 ()()()()(ひこ)
 通称、八王子。

「イヤーーーーッ」

 如意棒をプロペラのように回したかと思うと、くるんとバク転、孫悟空。


 イメージシーンで三人を紹介してみただけで、本当にこんなことをしているわけではないが。

 なお、ここに沢花敦子の姿はなかった。最近、彼らといつも一緒だった彼女であるが、今日はどこにもその姿はない。

 怒らせてしまったからだ。

 と、定夫は思っている。
 そんなんじゃプロの声優にはなれない、など散々にいってしまったからだ。
 罪悪感はあるが、それはそれ、ここまできたら突き進むしかなかった。
 まあ、声優云々ボロカスいって彼女を怒らせたり泣かしたりしていたのは八王子一人だけだが、それもそれ、連帯責任による罪悪感というものである。

 彼ら三人は、この東高円寺駅に、数分前に到着したばかりだ。
 現在ここでなにをしているかというと、着替えである。
 といっても脱ぐ衣服はなく、普段着の上から着込んでいるだけだ。
 「アニメイラスト的な白虎隊」をイメージした、白装束を。

 お金をかけて仕立てた、装飾豪華な服である。
 着ている者が美系アニメキャラではないどころか、超肥満黒縁眼鏡にガリガリちび、台無しもいいところではあったが。

 彼らの足元には、三本の白いのぼりが置かれている。


 「ほのぼのなくして」
 「『未来』なし」
 「原点回帰  新撰組」


 太く、大きく、書きなぐったような筆文字。
 白虎隊なのに新撰組とはいかに。おそらくは単なるノリ、勢いというものなのであろうが。

 白装束の、上をもそもそ袖を通し終え、

「あっ、おのおのがたぁ」
「いざっ、いざあ」

 などと、とりあえずそれっぽい言葉を発して、戦意を高め合っている、その時であった。

 怒鳴るような大声が、彼らの鼓膜を震わせたのは。

「あいつらだっ!」
「きっとそうだっ!」

 定夫たちは、びくり肩を縮ませて声の方を向いた。
 そこに立っているのは、リュックを背負った五人の若者であった。
 全員、眼鏡にデブ。

 なんの関係もない、通りすがりのオタか、
 それとも、関係ないといえば関係ないが、たまたま星プロダクションへ聖地巡礼に訪れていた、まほのファンのオタか、
 それとも、回帰委員会の宣戦布告動画に賛同し、やってきたオタか。

 この選択肢の、いずれかのオタではあろうが。
 そう考えてみて気付いたのだが、回帰委員会動画の賛同者が当日に参加してること、充分に想定出来ることだったのに、まったくその可能性を頭に入れていなかった。

 我らは決起するぞ、という意志こそ動画で表明したものの、具体的に指定したのは日付だけであり、どこでなにをするとは、一言も触れていなかったからだ。
 あんなに苦労して動画を作ったのに。

 でも、きっと、その動画を見た者が、まほのファンとしての勘を働かせて、わざわざ東高円寺まで足を運んでくれたのだ。

 定夫は、そう思った。
 であれば、ここにまだ人が集まるかも知れない。
 であれば、ここで布教をして、仲間を増やし、思いを語り合い、戦意を高め合い、それから宿敵である星プロダクションへ乗り込むのもよいだろう。
 ここで同志と出会えたこと。
 天の采配なり。
 ほのかウイン。

 定夫は軽く屈み、のぼりの棒を握った。
 同じ気持ち考えを抱いていたようで、トゲリンと八王子も、屈んでのぼりを手にしていた。

 ほのぼのなくして
 未来 なし
 原点回帰 新撰組

 三人それぞれのぼりを手にし、出会ったばかりの同志の顔を見る。
 同志が、こちらへと近付きながら、口々に叫んだ。

「ふざけやがって!」
「たたっ殺せ!」

 同志、いや男たちの顔に浮かんでいたのは、発する言葉通りの、間違いようのない怒気殺気であった。

 男たちの歩調が早まった。
 定夫たちはその雰囲気に押され、ずい、と後ずさる。

 この男たちは同志などではない。と、ようやく定夫は気付いた。
 おそらくは、トゲリンも、八王子も。

「あっ、おのおの…」

 殺気に負けてなるかと、トゲリンがうわずった声を発した、その瞬間であった。

 男たちが、殺気満面のまま、こちらへと走り出したのは。
 どむどむどむどむ、
 デブ五人が、けたたましい足音を立て、定夫たちへと迫る。アスファルトをぐらぐら揺らしながら、走り、迫る。

 定夫、
 トゲリン、
 八王子、

 三人は、

「ははあああん!」

 くるり踵を返すと、それぞれのぼりをぎゅっと握りしめ高く掲げたまま、全力で走り出していた。
 上だけ装束を着て下は普段着という、なんとも情けない格好で。


 「ほのぼのなくして」
 「『未来』なし」
 「原点回帰  新撰組」


 いざという時の武器に、と、のぼりを握り振り回しているわけではない。
 手放して逃げた方が効率的、という当然の思考すら出来ないほどに、頭がパニックを起こしていたのだ。
 男たちの、満ち溢れる殺意に。

 定夫たちは通行人をかき分けながら必死に走り、道を折れて、住宅地へ入り込んだ。
 星プロのビルまでは遠のくが、生命がなければ星プロもない。

 はあ、
 はあ、

 苦しそうに息を切らしながら、三人は必死に走る。

 と、
 不意に定夫は足を止めた。苦しさのあまり、ではない。

 伝説を、作るため。
 真のほのかを、守るため。

「おれがっ、おれが敵を引き付ける! せめて、お前らだけでもっ、星プロへ行けえええ!」

 魂の絶叫を放った。

「ありがとう、レンドル」
「無駄にしないでござるっ!」

 泣きそうな顔で走り去るトゲリンたちに、定夫は、

「先に(なな)(てん)で待ってるぞーーーっ!」

 叫び、そして、くるり振り返った。
 男たちの方へと。

 たり、と額から脂肪の汗。
 ……なんだか、追っ手が増えていないか?

 五人だったのが、六、七、……十人以上いないか?
 動画を見てやってきた他の連中と合流した、ということだろうか。

 どうでもいい。
 負けてたまるか。
 無事にトゲリンたちを星プロに行かせなければ。
 七天で、(よし)(ざき)かなえに会わせる顔がないっ!

 定夫はぎゅっと拳を握り、深呼吸、

「勇気 本気 素敵」

 ぼそりと呟いた。
 覚悟、完了だ!

「きゅやあああああああああっ!」

 怪鳥のような叫びを、全身から放った、

 その瞬間、くるり踵を返して逃げ出していた。

 恐怖に耐えられずに。
 走り出していた。

 先行する八王子たちが、背後の足音に振り向いて、びっくりしたように目を見開いた。

「なんでついてくんだよおお!」
「とっとと七天へ行くでござるう!」
「はっ、薄情なお前らこそ、七天へ行けえええ!」

 結局、七天もへったくれもなく。
 わずか数秒遅れで定夫がトゲリンたちの背中を追うという、三人揃って男たちから逃げ続けるという、ただそれだけのことであった。

「むわああ」
「あひゃいやあああああ」
「こーーーーっ」

 非力な身体に鞭を打ち、のぼりを振り振り、

 走る、
 走る、
 走る。

 あと少しでこの物語も終わりを迎えるというのに、一体なにをやっているのか、この三人は。


 「『未来』なし」

     4
 はあ、
 はあ、

 のぼりを振り回しながら、全力で走っている三人の男たち。
 その名、アニオタ新撰組。

 はあ、
 はあ、

 金欲の亡者どもに天誅を、と野望に燃えていた新撰組も、いまや野望どころか生命が風前の灯火。
 ひいはあ、死にそうな顔で、泣きそうな顔で、逃走を続けていた。


 「ほのぼのなくして」
 「『未来』なし」
 「原点回帰  新撰組」


 のぼりを両手にぶんぶん振り回しいるのは、捕まれば八つ裂き決定なんのその、と余裕こいているわけではない。ただ脳内が真っ白で、手放せばよいのではという正常な思考回路すらが働いていないというだけであった。

 はあ、
 はあ、
 はひい、
 はひい、
 ぶひい、

 すっかり息も切れ切れ。
 心臓、止まりそうである。

 いつ誰かの、いや全員の心臓が止まっても、不思議ではない状態であった。
 まほのの音声収録にあたり敦子殿にジョギングトレーニングを施され鍛えられていなかったならば、とっくに倒れていたかも知れない。

 もし倒れれば、追っ手に捕まること間違いなく、肉体を八つ裂きにされることもほぼ間違いないだろう。

 鍛えている、といっても、一般高校生からすれば底辺レベルもよいところであろうが、それでもなんとか捕まらず逃げ続けることが出来ていたのは、追う側もまた、定夫らと似たりよったりのデブで、すっかりバテバテだったためであろう。
 お相撲さんたちが追いかけっこをしているようで、ある意味の大迫力ではあったが。

 しかしこの、追いかけ続ける男たちが見せる執念の凄まじさはどうか。はひはひいいながらも、怨念情念が身体を突き動かしている。

 この男たちの方こそ、いつ心臓が止まってもおかしくないのではないか。ラーメンばかり食べて血管もドロドロであろうし。

 そもそもアニメの内容をめぐる対立という因縁程度で、初めて会ったいわば他人を何故こうまで執拗に追えるのか。
 定夫には不思議でならない。

 「はにゅかみっ!」の主人公(こと)(のり)(こと)()を演じる()()(ゆい)()の声がダサくて嫌い、とブログで発言していた者へ、定夫も、千件を超える苦情レスを書き込んだことがあるが、思考の方向性としては、まあ似たようなものなのではあろうが。

 「めかまじょ」の変身シーンが、いかにアニメ的リアリティを無視した最低なものであるかを、掲示板ごちゃんねるでとうとうと説明している輩に、いかにアニメ的リアリティに忠実でなおかつ視聴者を楽しませる素晴らしい演出に満ちたものであるかをとうとう説いたこともあるが、それもまた同様か。

 そう考えてみると、結局、おれとやつらは同じ穴のムジナだったのかも知れない。
 おれたち、いい友達になれたかも知れないのに、どこでどう、出会いを間違っちまったんだろうなあ。

 などとカッコつけている余裕など定夫には、いや、定夫たちには、これっぽっちもなかったのであるが。
 何故ならば、

 ついに、追い詰められてしまったからである。

 定夫たちは、
 住宅街の、狭い袋小路に。

 通り抜けられると思って曲がったはいいが、そこで道が終わっていたのである。

 はあ、
 はあ、
 はあ、
 はあ、

 男たちと、定夫たち三人、全員で汗をだらだらだらだら、はあはあはあはあ。ふらふらふらふら。いまにもぶっ倒れそうである。

 ここにいるみんながみんなバテバテなので、だからこの場この瞬間さえ逃れることが出来れば、そのまま逃げおおすことも可能かも知れない。だが、この狭い道は太った男たちがびっしりと塞いでおり、そもそもの逃げるスペースがまったく存在していなかった。アリすらも逃げるのは難しいであろう。

 はあ、
 はあ、

 と、息を切らせ肩を上下させながら、追っ手と逃亡者、デブ同士で見つめ合うしかなかった。

 はあ、
 はあ、

 この状態になってから、どれくらい経過した頃であろうか。

「お前、らかあ」

 男の中の一人が、はあはあ以外を口から発したのは。
 その言葉を受けて、隣のデブが続いて、

「原作者、を、詐称しっ、ファン、を、愚弄したのはっ!」

 その言葉がきっかけとなり、ついに、不満爆発猛抗議の火蓋が切って落とされた。
 どどどわわわーーーっ、と一斉に定夫たちへ向けて怒声が投げ付けられた。怒声というか、抗議というか、殺害宣言というか。

「舐めやがって!」
「クソ野郎!」
「全身の皮をはいで、ドブ川に流してやろうかあ?」
「ホノタソみたく胴体両断してやろうか? 少しはファンの痛みを知れ!」
「そうだ! 善良なファンを小馬鹿にしやがって。ファンの気持ち考えたことあんのか!」
「なにさまだ!」
「なあにが『聖地巡礼ごくろうさんバーカ』、だよ!」
「憐れな諸君に裏話を教えてやろうか、とか上からデタラメばかり書きやがって」
「挙句の果てに天誅だあ?」
「お前らみたいのがいるから、まっとうなアニメファンがバカにされんだよ」
「デブ!」
「むなくそ悪い面ァしやがって」
「覚悟出来てんだろうな!」
「なんとかいえよおい!」

 無数の男たちに口々すごまれて、じりじり後ずさるアニオタ新撰組の三人。
 どぅ、と背中に壁が当たった、その瞬間であった。

「ひきいいいいいっ」

 涙目でガタガタ震えていた定夫は、大きな口を開けて、幼児の金切り声のような奇声を張り上げると、
 巨体を宙へ天高く舞わせ、着地と同時に正座姿勢で両手をついて、

「許してくれえええい!」

 頭をぐりぐりぐりぐりアスファルトへとこすりつけ始めた。
 俗にいうジャンピング土下座である。
 頭をこすりつけ、尻をくいくい振りながら高く上げた瞬間、

 ぶーーーーーっ!

 大きな屁が漏れた。
 定夫は恥らっている余裕もなく、というか気付く余裕すらもなく、なおもぐりぐりがすがす頭をこすり、叩きつけ続けた。

「たたっ」
「助けてくれえい!」

 トゲリンたちも、定夫の両脇で土下座に参加。同じように頭をこすりつけた。同じようにといっても、屁は漏らさなかったが。

「バカにしてんのか!」
「謝って許されることじゃねえんだよ!」
「屁ぇこいてんじゃねえよ!」
「覚悟出来てんのかって聞いてんだろ? 早く答えろよ!」

 土下座や、定夫のガス漏れは、男たちの怒りには火に油だったようで、彼らの怒声はより激しく殺気に満ちたものになった。

「まほのをバカにしたこと謝れ!」
「謝った上で、死ね!」

 わめき叫びながら、地に頭をこすり付け続ける三人へと、ずいっずいっと近付いていく。

 定夫は、死を覚悟した。

 死体になって、石神井池にでも捨てられるのかなあ。
 無数のブルーギルにたかられつつかれてるとこ発見されるのかなあ。
 トーテムキライザーのラスト、どうなるんだろう。
 めかまじょも、()(とり)()()()()()()()(おり)が解体されるとか聞いたけど、ひょっとして合体への伏線なのかな。ストロ○グザボ○ガーみたいに。
 そうだ、コーラ飲みかけだったっけ。もう気が抜けてるんだろうなあ。

 迫りくる死への恐怖から脳が現実逃避を始めていた、そのためであろうか、
 聞こえるはずのない声が、鼓膜を震わせたのは。
 ここにいるはずのない声が、脳裏に反響したのは。

「もも、もうやめましょう! こんな、無意味な争いは!」

 幻聴?
 いや。

 男たちも、それぞれ背後を振り返っている。
 ということは、つまり……

 定夫は、顔を上げた。
 男たちが肉の壁になって向こう側が見えないので、土下座を解除して立ち上がっていた。肥満にかかわらずジャンピングまでしてしまったので、足はずきずき痛んだが構わず。

 定夫は、小さく口を開いた。

「敦子……殿」

 やはり、男たちの向こうに立っているのは、沢花敦子であった。
 この殺伐とした雰囲気のためであろうか、彼女はすっかり涙目になっていた。

 心配で東高円寺駅まできてみたはいいが、このようなとんでもない事態になっており、警察を呼ぶ暇などないと恐怖をこらえて男たちへと声を掛けたのだろう。
 しんと静まり返った中、敦子は、いまにも泣き出しそうな震える声で、続く言葉を発した。

「みなさんも、ほのかのファンじゃないですかあ」

 かすれ消え入りそうな、情けない声で。

 なんなんだこいつは、部外者が口を出すな、というような、殺意に興奮しきった男たちの態度であり表情であったが、不意に彼らのその表情に変化が起きた。
 一人の、疑問の言葉をきっかけに。

「なんか、オリジナル版の声に似てないか?」

 その、言葉に。

「た、確かにっ」
「ほわんとした頼りない感じが酷似しているかも。あつーんに」
「確かに、あつーんっぽい」
「え、あの新エンディングの人?」

 新参古参、色々なファンがいるのであろう。
 ぼそぼそがやがやする中、デブの一人が、一歩前に出て、敦子へと問い掛ける。

「ひょ……ひょっとして、本人、ですか?」
「え、ち、ちが…」

 慌てて否定しようとする敦子であったが、

「その通り!」

 定夫たちは、アニオタ肉の海をもにゅむにゅ素早くかき分け泳ぎ、通り抜け、敦子の前へと立った。

「ひかえいひかええい!」

 トゲリンが叫ぶ。
 八王子が続いて、

「ここにおわすは、ほのかオリジナル声優なるぞ!」
「水戸の黄門様、いや、あつーん様であらせられるぞ!」

 肛門様において色々やらかしてるのは、むしろ定夫の方であったが。

「うおおーっ!」
「降臨!」
「キター!」

 怒り殺意もどこへやら、いま男たちの顔に浮かんでいるのは歓喜の表情であった。
 こうして敦子と家来たちは、十八人のデブに取り囲まれ、キラキラ眼差しを受けることになったのである。

 定夫とトゲリンを入れて、デブ二十人。単なる住宅街の袋小路にデブ率九〇パーセント強の、まさに異様な光景であった。

 だが、まだまだ。
 むしろここからが、異様な光景の始まりだったのである。

「なな、なんかっ、プリーズ、ホノタソの声で喋ってくれプリーズ!」

 野球帽をかぶったデブが、息をはあはあ興奮しきった顔を、敦子へと寄せた。

「プププリーズ」

 周囲の男たちが続く。
 いまにも敦子へ飛びかかって頬にすりすりしたり舐め回したりしそうな興奮具合である。

「え、えっ……そんなこといわれても」

 真面目な敦子は、困った様子で考え込んだ。

「じゃあ、いきます。……『そういう嫌味をいまいって、どうなるんですかああ?』」

 やり込められて涙目になっている時の、ほのかの台詞である。
 どどおおおおん、と男たちは大爆発した。

「ハッピーラッキー!」
「もう一声っ、プリーズ。一声っ。あつーん、プリーズ」
「ハニー! ハニー、お願いっ!」

 飢えた子犬のように懇願する男たち。
 まほの大ブームは、テレビアニメ版によりもたらされたものであるが、その影響によって、裏サイトで視聴出来るオリジナル版も有名であり人気なのである。

 つまり敦子の声は、彼らの知る「正真正銘の裏ほのかの声」なのである。
 はあはあするなという方が無理というものなのであろう。

 とはいえ振られて困るのは、敦子である。
 難しい顔で考えている。

「ええと、弱ったなあ。どうしよう。……あ、じゃあ、これいきます、『ほのかの、ほのかな炎が、いま激しく燃え上がります!』」

 うおおおおおおお!
 吠える燃える十八人のデブ。

「ポーズ、やってポーズやって!」

 デブが一人、右の握り拳を天へ突き上げた。

「ほのかウイン!」

 敦子は叫び、彼と同じように右拳を突き上げた。

「ウイン!」

 デブ全員が声を合わせて、ウインポーズ。

「ウイン!」

 頼まれていないのに、敦子もういっちょ。

 果たして誰が気付いたであろうか。
 敦子の顔に、なんともぞくぞくとした、喜悦にも似た表情が浮かんでいることに。

「う、う、歌もっ!」
「そ、そうだ、歌を聞きたいっ!」

 懇願する男たち。

「えー、歌ですかあ? それじゃ、『素敵だね』を歌います。アカペラでもいいですかあ?」
「はーい。もちろんでーす」

 こうして敦子は、自分の右拳をマイクに見立て、歌い出したのである。


  ♪♪♪♪♪♪

 そおっと目を閉じていた
 波音、ただ聞いていた……

  ♪♪♪♪♪♪


 二十人近いデブたちは、すっかりノリノリで、敦子の歌声に合わせて肩を大きく左右に揺らしている。
 押し寄せる感動をこらえきれず、涙目になっている者もいる。

 いつしかみな、まるでコンサートのペンライトのように、掲げた右手をゆっくり大きく左右に振っていた。

 「素敵だね」は、歌手不詳の曲であり、イベントで誰かが代理で歌ったりしたことは一度もないはずなのに、なぜこうまで見事に合わせることが出来るのか。
 これがオタの本能というものなのだろう。

 曲の一番が終わり、続いて二番に入った。

 敦子、先ほどの涙目もどこへやら。
 実に楽しそうな顔で歌っている。
 すっかり、ハイになっているようであった。
 魔法女子ほのかの歌手として、ファンの前で歌っているという、この現実に。

 盛大な拍手が起きた。
 曲が終了したのだ。

 敦子、ぺこりと深く頭を下げる。
 その顔には、にんまりとした幸せそうな笑みが浮かんでいた。
 彼女はすぐさま、

「では次の曲はあ、挿入歌用に考えていた未発表曲です。『キラキラスパイラル』、聞いてくださあい!」

 誰も曲をリクエストしたわけでもないのに、勝手に歌い出したのである。


  ♪♪♪♪♪♪

 きらきらきらきら
 きらきらきらきら
 きらきらきらきら
 きらきらきらきら

 素敵な連鎖がとまらなーい

 すきすきすきすき
 すきすきすきすき
 すきすきすきすき
 すきすきすきすき

  ♪♪♪♪♪♪


 おおおおおおお!
 吠える燃えるデブたち。

 未発表曲に対して思っていたより受けがよかったためか、敦子はさらにさらにハイテンションになって、スカートめくれるのも気にせずぴょんぴょん跳びはねながら歌い続ける。
 一番が終了し、

「続いて二番、いっくぞおーーっ」

 どっかん右腕を突き上げた。

「うおーーーっ!」

 デブたちの大絶叫。何故か定夫たち三人まで一緒になってペンライト、いや腕を振り回している。

「君たちっ! そこで、なにをしてるんだっ!」

 野太い声に振り向けば、パトカーから降りてきた、警察官が、三人。


 こうして、アニオタ新撰組の生命をかけた(つもりの)デモ活動は、結局のところなにも成すことなく終了したのであった。

     5
 職員室のドアが、ちょっと頼りない感じにこそーっと開いた。

「失礼しましたああ」

 語尾伸ばし。といっても敦子ではなく定夫である。

 定夫がのろーっと廊下へ出てきて、続いてトゲリン、八王子、敦子殿。
 みな、肩を縮めてしょんぼりした顔である。

 ドアを閉めようとした敦子は、中にいる(さだ)(むら)先生と目が合って、びくりとさらに肩を縮こませた。

「もうやんじゃねえぞ!」

 定村先生の(ハゲ頭でけっこう怖い)、低いガラガラ声。
 敦子は涙目で肩をぷるっと震わせると、恥ずかしそうな顔で深く頭を下げ、ドアを閉めた。

「はーあ。怒られちゃった」

 八王子が、ふうーっと小さくため息を吐いた。

「本当に、すみませんでした」

 元気ない四人の中で、最も肩を縮こまらせ、申し訳なさそうな顔をしているのが、敦子であった。

「なにいってんだよ。敦子殿がいなかったら、おれたち間違いなく生皮剥がされて殺されてたから」
「そうそう、命の恩人だよ」

 定夫と八王子が慰める。

「でも……」

 敦子はなおも、申し訳なさそうに俯いている。
 一番テンション高くノリノリで歌い騒ぎ踊っていた、その絶対値の分だけどんよりと落ち込んでしまっているようであった。

 なんの話をしているのか。
 順を追って説明しよう。

 

 昨日、定夫たちは、かねてより画策していたアニメ制作会社への抗議活動のため、東高円寺駅に集結した。

 たち、といっても三人だけで、敦子は参加しなかった。
 もとより反対派だったこともあるが、一番大きな理由としては、夢をめぐって喧嘩してしまっことだろうな、と定夫は思っていたのであるが、後で本人から聞いたところ本当にその通りだったらしい。

 ただし、怒っていたからではなく、単に顔を合わせにくいという理由とのことであった。

 とはいえ色々と心配で、こっそり東高円寺駅を訪れて、こっそり遠くから様子を見ていたのであるが、ところがなんたること、定夫たちがまほのファンに怒声罵声を浴び、追われ、逃げ出して行くではないか。

 慌ててあとを追う敦子であるが、見失ってしまった。
 どうしようかと考えた末、まずは警察に連絡した。
 追う男たちのただならぬ様子に、本当に定夫たちが殺されかねないと思ったからだ。

 アニメファンの狂気、というのもそれなりに理解しているつもりだったし。

 警察に連絡したあとも、土地勘のない中、自分の足で定夫たちを探し続けた。

 そして、見付けた。

 ぶーーーっ、という放屁の音が風に乗って微かに届いてきたのだ。それがなんの音だったのか敦子は分かっていなかったし、定夫も教えてはいないが。

 とにかく音の方へと走ってみれば、なんだかとんでもないことになっていた。
 駅では四人か五人くらいだった男たちの数が、なんと二十人ほどに増えているのだから。

 住宅街の袋小路。
 太った男たちが、びっちりぎっちりとひしめき合って、それぞれ怒号怒声を放っている。
 その隙間から、ちらり見えるのは、

「助けてくれえええい!」

 やはり定夫たちであった。
 土下座して、頭をぐりぐり道路にこすり付けている。

 警察に、彼らはここだと伝えたわけではないし、到着を待っている暇はない。

 凄まじい怒気殺気に、怖くて、怖くて、涙が出てきたが、敦子は袖で涙を拭い、顔を上げ、拳をぎゅっと握ると、飛び出していた。
 震える身体ながらも足をぐっと開いて立ち、男たちの背後から、叫んでいた。

「もも、もうやめましょう! こんな、無意味な争いは!」

 と。
 ここからは皆様もご存知の通り、沢花敦子リサイタルショーである。

 つまり、
 結果的には、
 警察を呼ぶ必要は、まったくなかったのだ。

 むしろ、呼んでしまったがために、署に連れていかれ、事情徴収まで受けることになったのだから。

 男たちに追われ、囲まれ、殺されそうになったことを、であればまだいい。格好はつく。
 二十人で住宅街で大騒ぎし、歌い踊ったことについて、取り調べられ、厳重注意を受けたのだ。
 逮捕するほどのことでないとはいえ明らかな近隣迷惑行為、学校に伝えるから、と。

 というわけで本日、職員室に呼ばれて生活指導の先生に怒られていたのである。



 廊下を歩き続ける、四人。
 まだ敦子は、どんよりしょんぼり肩を落としている。

 他の者もしょげ具合としては同じようなものではあるが、さすがに敦子がここまで酷いと、必然、慰め役に回らざるを得ない。

「いやあ、だからさあ、呼んでくれてなかったら、そもそもおれら三人、生きてここにいなかったから」
「そうでござるニンニン。縛られ川に沈められていたか、もしくは土左衛門になって川を流れていたか」

 もしも定夫とトゲリンがそうなっていたら、日本の川に迷い込んだ久々のアザラシか、などとニュースになって騒がれていたことだろう。

 四人はふらふら力ない足取りで階段をのぼり、校舎の屋上へ出た。
 フェンスの向こうには、武蔵野の眺望が広がっている。
 すぐ眼下、グラウンドでは野球部が練習している。

「ふーーっ」

 定夫は、フェンスの格子を両手で掴み、ため息を吐いた。
 いつもの癖だが、下アゴを突き出してため息を吐くものだから、油っぽいオカッパ前髪が、バサバサと汚らしくなびいた。

「なんか、むなしくなっちゃったよなあ。これまでの、色々なことが」

 作品への愛情があったからこそ、物心両面さんざんに叩かれたわけで。
 終着地点がそこか、と思うと、本当にむなしくなってくる。

「拙者も同じ気持ちでござる」

 ネチョネチョ声のトゲリン。
 表情がやり場なく、寂しそうに微笑んでいる。

「いや、同じじゃないよ。多分、おれなんかよりトゲリンの方がつらい気持ちだと思うよ」

 だって、あれだけ魂を込めて作り出したキャラたちなのだから。
 最終的には作品作りを大人にバトンタッチしたとはいえ、彼が生み出したキャラクターであることに間違いはないのだから。

「なんかさあ、報われなさに生きる目的もなくなっちゃった感じだよね」

 八王子も、寂しげに笑った。
 恨みつらみをデスリストに書く気力もない、というところか。

「そうだよな。一週間ぶっ続けでやってたロープレをクリアしちゃって、かつてのその時間帯の使い方を忘れてしまって、途方に暮れるみたいな感じだよな」
「いやそれまったく違うと思うけど」

 そんなやりとりをしている中、ずっとどんより落ち込んでいた敦子が、すっと顔を上げた。
 フェンスへと近寄り、がしゃっと両手で掴んだ。

「わーーーーーーーーーーーっ!」

 絶叫。
 顔をフェンスにぐりぐり押し付けながら、思い切り、魂のすべてを吐き出すかのような、絶叫。

 肺の中の空気を吐き出しきり過ぎて、げほっとむせる。
 げほごほ咳き込みながら、ゆっくりと振り向いた彼女。
 口についたつばを袖で拭うと、彼らへと視線を向ける。
 先ほどまでのどどんと落ち込んでいた様子とは別人かと思えるほどに、すっきりした表情になっていた。

「生きる目的が、ない? ……目的は、作るものですよ」

 そういうと、彼女は笑みを浮かべた。

「作る、もの……」

 八王子は、敦子の言葉を反芻した。

「そうですよ。とりあえず、またなにか作ればいいんじゃないですか? 熱い作品を」

 あっけらかんという沢花敦子の言葉に、定夫たちは顔を見合わせた。

「レンさん、トゲさん、八さん、これからがみなさんという物語の新章じゃないですか。あたしは声優養成所のこと考えるとか、色々あって、参加出来るか分かりませんが、なんらかのお手伝いはしますから」

 敦子は、少し間を空けると、

「いい機会なので、ちょっと恥ずかしいけどいいます。……みなさん、今日まで最高の時間をありがとうございました! とっても楽しくて、わくわくする、素敵な日々でした! 本当に、本当にありがとうございました!」

 敦子は、深く深く頭を下げた。

 顔を上げると、恥ずかしそうにふふっと笑った。

「あ、ああ……」

 しばらくぽかんとしている三人であったが、どれほど経った頃か、定夫は、

「こちらこそ、ありがとうございましたあ!」

 大きな声で、叫んでいた。
 顔を上げると、照れたようにふふふうと笑い声を上げた。

「それ、発声練習の時のじゃん」

 八王子がからかう。

「え、そんないい方はしてないだろ」
「したでしょ。フフフフ、って」
「違うっ。ふふっ、って敦子殿と同じようにさわやかに笑っただけで、フフフフフはいってないだろ、フフフフフは」
「いったでしょ。つうかさわやかじゃないよ全然」

 などと、どうでもいい下らない争いをしているうちに、

「フフフフフ、フフフフフ」
「フフフフフ」

 何故だか理由は分からないが、二人はお腹に手を当て発声練習を始めていた。
 素晴らしいアニメ作品を作るんだ、と熱意を燃やして、四人で、川原や公園でさんざんにやった、腹式を鍛えるための発声を。

「フフフフフ」
「フフフフフ」

 いつしか八王子と敦子も加わって、四人はいつまでも声を出し続けていた。
 こみ上げるおかしさに、にこにこにやにや笑いながら、
 腹の底からの、大きな声で。

 フェンスの向こう、眼下のグラウンドでは、なんだなんだと野球部員たちが見上げている。

 どんな顔で見上げているのか。

 どうでもいい。
 他人などどうでもいい。
 笑いたければ笑え。
 オタと罵りたいなら罵れ。
 これがオタの青春。
 オタの生き様。
 文句あるか。
 文句あるなら挑んで来い。掲示板で受けて立つ。


「フフフフフ」
「フフフフフ」
「フフフフフ」

     6
 歳月は流れ、半年。

 定夫たちは高校を卒業して大学生に、
 敦子は高校三年生になった。

 大学進学と並ぶ、いや、ある意味でそれ以上に大きいといえるイベントがやってきた。

 「魔法女子ほのか」第二期の放映開始である。

 結局、
 というか、
 なんというか、「魔法女子ほのか」は、定夫たちも大満足の、最高の第二期が開始された。

 未来が舞台ということもなく、現代日本で。
 あおい、ひかり、しずか、が戻ってきて、そこからは第一期の前半と同じで、家庭や学校、バイト先の神社が舞台のほのぼの路線。

 だんだんとハードな展開になって行くらしい。第二期は二クール放送ということを生かした、贅沢なシリーズ構成なのである。

 半年前に起きた騒動の発端となった、未来を舞台にしたSF作品になるという噂は、新キャラクターとして「魔法女子みらい」が出るという、そこから誤解されたものだった。
 どうも、星プロダクションが偽のリーク情報を出して、アメアニ編集部がうっかり飛び付いてしまったものらしい。

 第一期終了後も、再放送やラジオドラマ、ゲームでかなりの盛り上がりを維持していた本作であるが、第二期開始によって、かつての比ではないくらいの大爆発。
 連日の話題独占、視聴率独占。

 どの公園でも、変身アイテムを持った女の子たち。
 全国の各イベント会場ではどこもかしこも、ほのかTシャツを着たおっきなお友達。
 グッズの売れ行き好調、タイアップ多数。
 関連CMを見ない日はなく、
 劇場版の公開も近い。

 まほのブームは、まだまだ衰えることを知らないようである。


 ほのか、ウイン! 
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