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カラミティ・ハーツ 心の魔物

作者:流沢藍蓮
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第一章 始まりの戻し旅
  Ep3 天使と悪魔

〈Ep3 天使と悪魔〉


「とりあえず、このままもなんだし、どこかに行って話そう?」
 リクシアはそうアーヴェイに提案した。アーヴェイはうなずき、まだ目を覚まさないフィオルを背負い、立ち上がる。が。
「……ッ!」
 彼の怪我をした足に痛みが走り、激しくよろめいた。
「だ、大丈夫?」
 駆け寄るリクシアを、何でもないと手で追い払う。
「宿くらいはある。そこで手当てするさ」
 アーヴェイは放浪者だが、この町には何度か訪れたことがあり、それなりに土地勘がある。
 アーヴェイの案内に従って、リクシアは宿を目指した。

「やぁ、アーヴィーさん。……って、フィオルさん!? というかアーヴィーさん、その怪我どうしたんすか」
「アーヴィーじゃない、アーヴェイだ。何回言えばわかるんだ全く……。ところで部屋は空いているか?」
 アーヴェイは呆れた顔をして訂正する。対する相手は飄々(ひょうひょう)と澄ました顔だ。
「空いてまっせー。そこのお譲ちゃんはお仲間で?」
「そうだ」
「なら、二部屋空いてるんで、鍵渡すからそちらにどうぞー」
「助かる」
 顔見知りらしい宿の主と簡単な会話をすると、アーヴェイは階段を慎重に上って行った。リクシアがそのあとをついていく。
「さて」
 あてがわれた部屋には机と椅子があった。アーヴェイはそこにリクシアを招く。
「とりあえず、当分はここにいる。フィオが良くならなきゃ話にならん」
 言いながら、彼は足の傷の手当てをする。リクシアは訊いてみた。
「あのー。フィオルさんはどこか悪いの?」
「生まれつき病弱なんだよ。でも今回は違うぜ。あの魔物にぶんなぐられた」
 その答えを聞いて、リクシアの顔が心配に曇った。
「大丈夫なのかな」
 さあな、とアーヴェイは首をかしげる。
「オレが間に割って入ったから、そこまでひどくはないだろうが……。前にも、こういうことがあった」
「そうなの……」
 と、ベッドに寝かせていたフィオルが、身じろぎをした。それに反応し、アーヴェイがフィオルのベッドに駆け寄る。
「フィオル、無事かッ!」
「大丈夫だよ、兄さん……。いつも冷静なのに、僕のことになると心配しすぎ……」
 彼はだるそうにしながらも、そんな言葉をアーヴェイに返した。
 その言葉に、リクシアは固まった。フィオルとアーヴェイを見比べる。
 真白な髪に青い瞳のフィオルに、漆黒の髪に赤い瞳のアーヴェイ。天使みたいなフィオルに、悪魔みたいなアーヴェイ。
 全然似ていない。
「……あの、あなたたちは、本当に兄弟……?」
 リクシアが訊ねてしまうのも、むべなるかなである。兄弟、つまり同じ遺伝子を持つ者同士ならば、外見のどこかに似ている部分があって当然だろう。しかしこの二人の顔には、全くと言っていいほど共通点が見つからなかった。
 フィオルはベッドから身を起こし、リクシアを見ていぶかしそうにする。彼は首をかしげてアーヴェイを見た。
「アーヴェイ。この人、誰?」
 ああ、とアーヴェイは答える。
「彼女はリクシア。命の恩人だ」
「命の恩人? 珍しいね、アーヴェイが後れを取るなんて」
「お前を守りながらだったんだ、仕方ないだろう。その時、お前は気絶していた。……リクシア、オレたちは義兄弟だ。普通にアーヴェイと呼べばいいものを、こいつは時々兄さんと呼ぶ。義兄弟の契りを交わしたって、呼び名まで変える必要はなかろうに」
 なるほど、そういうことかとリクシアは理解した。
 義兄弟ならば外見が似る必要はない。この二人の過去に何があったのかはわからないが、そういうわけで時々フィオルはアーヴェイを「兄さん」と呼ぶらしい。
 アーヴェイは身を起こしたフィオルを支えてやりながらも、紹介した。フィオルは心配しすぎるアーヴェイの手を鬱陶しそうに振り払った。
「こいつは大召喚師リュクシオンの妹。オレたちと同じ、大切な人が魔物化した人間だ。大切な人、つまり兄のリュクシオンを元に戻すために旅をしているそうだ。オレたちと同じだよ。――運命の被害者」
「……運命の被害者、ね」
 何か思うところがあるのだろう。フィオルはふっと黙り込んでしまった。
 リクシアは考えていた。
――人は、心を闇に食われたら、魔物になる――。
 理不尽な、あまりにも理不尽な、理不尽すぎる絶対法則。その法則のおかげで、全てを失った兄は魔物化し、世界を揺るがす災厄の一つになり果てた。なぜ、なぜ、何のために。こんな法則が存在するのか。こんな、害悪にしかならない、悲しみを振りまくだけの法則が。
(旅をすれば、いつかわかるかな)
 魔物化した大切な人を、泣く泣く手に掛けたたくさんの人々。魔物化が解けて人間に戻った物言わぬ遺体を見て、空も裂かんとばかりに上がる悲痛な慟哭(どうこく)の声。兄に守られる平和な日々の中でも、リクシアはそれを何度も目にしたことがある。人は簡単に魔物になるのだ。そして魔物に殺された人の遺族が、深い悲しみにとらわれて魔物化する。こうして悲しみは連鎖する。
 戦があれば、魔物は増える。増えた魔物によって絶望を味わった人が、さらに魔物になり、その大切な人もまた絶望し、魔物になる。魔物になった大切な人を見た人もまた、魔物になる。一家全体が魔物になった例も数多くある。それは、終わりなき負の連鎖。
 リクシアが兄を戻したいのはもちろんだし、それが非常に難しいことも分かっているけれど。
「それじゃあ、根本的な解決にならない……」
 神様なんていない。けれど、神様ならなんとかできるだろうか? そんな夢物語にだって、縋りたくなる時がリクシアにはある。それを言うならばこの旅は、魔物となった兄を元に戻すための旅は、夢物語を追いかけるようなものだけれど。それでもリクシアは信じたかった。今から自分がやろうとしていることは、ただの夢物語ではないと。
(私は英雄じゃないけれど。変えたいの、この世の摂理を)
 それぞれ物思いにふける三人の間を、心地よい沈黙が流れて行った。
 
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