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ユア・ブラッド・マイン─紅眼の魔女とシャドゥ・クラウン─

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第2話『深き者は嗤う』

 人喰い(ソウルイーター)、或いは人でなし(エイリアン)。聖観の舞嶽晋という人物を語る際、誰しもが必ず口にする肩書き(アイロニー)である。

 これらが彼の素行や素性を評した比喩であれば、本当にただの愚痴としての機能しか備わらないが、その実彼らは決して晋の悪口を言いたいのではなく──多かれ少なかれ皮肉の存在は否定できないが──ただ真実を告げたまでのことなのだ。まるで都市伝説を目撃したかのように。話している本人でさえ、半信半疑に陥るほどの。

 いっそのこと、()()()()()()()()()()()と言ってしまった方が早いのかもしれない。その根拠の一つに、『OW深度』の高さが挙げられる。

 鉄脈術等の素となるものにイメージ力──通称過剰想起(オーバードイメージ)がある。その振れ幅によって異世界、即ち歪む世界(オーバーワールド)への干渉度が決まり、そのまま鉄脈術や魔鉄鍛造にも反映される。この振れ幅を『OW深度』と呼ぶ。

 くどいようだが、晋の異常さを把握するために、OW深度についてまずは一般論を述べる。深度の振れ幅にはそれぞれ明確な基準が設けられており、その段階ごとにそれぞれ名称が与えられている。即ち、『 埋鉄(ベリード)』『 製鉄(スティールオン) 』『 鍛鉄(トライン) 』『振鉄(ウォーモング) 』。振鉄に近いほどピラミッドで言う上層部の人口が占めていると言えば、それぞれの性質は大方理解できるはずだ。念押しして述べるなら、埋鉄は凡才、製鉄は秀才、鍛鉄は天才、振鉄は天災と言ったところか。つまり、製鉄師を志す学生でせいぜい製鉄で、プロでやっと鍛鉄の域に辿り着ける。

 ここまでが一般論。ここで本題に戻る。では結局、舞嶽晋のランク付けはどうなっているのか、と。彼の異端性の証明をしているのだから言わずもがなと言えばそれまでだが、とどのつまりそれは彼が()()の域に君臨していることを指す。それも、長年の鍛錬を経て漸く掴み取ったなどという少年漫画的過程は存在せず、()()()()()()()()()()()と本人は語る。産声を上げたその瞬間から今日に至るまで、彼は舞嶽晋という一人間の実感を知らずにいるということだ。

 では、果たして「繋がっていた」とはどこを指しているのか。それは、「存在も実感もある」物質界(マテリアル)でもなく、「存在はするが実感はほとんどない(個人差あり)」霊質界(アストラル)でもなく、「存在も実感もない(あくまで主観的な意見のため、詭弁だと非難されてもおかしくない)」冥質界(カセドラル)だ。

 鉄脈術の素はイメージ力、と冒頭で述べたのには、「人間がイメージするものには限界がある」ことを示唆していた。「リンゴをイメージしてごらん?」と問えば、リンゴが何なのかさえ知っていれば誰にでもイメージできる。リンゴが物質界に存在するものだからだ。無論、知らなければ論外だが、対象物が物質界に存在する限り、物質界に生きる誰かは必ず想起できる。

 物質界に存在しなければイメージできないのか。答えは可でもあり不可でもある。それこそが埋鉄位階と製鉄位階を分かつ明瞭な基準と呼ばれている。要は、実感がほとんどない霊質界に干渉できるほどの深度があれば、必ずしもイメージ力の基準が物質界に限定されるわけではないということだ。

 では霊質界にも存在しなければ如何なものか。残念ながらこれは不可である。当たり前と言えば当たり前だが、「ないものをイメージする力」は如何なる賢人にも備わっていない能力だ。ないものはないのだから、形どころか、そのモノをモノだと特定することすら許されない。「ないものがある」と定義された冥質界を垣間見できる者などいない。その認識は本来正しいものとして歓迎されるべきものだった。

「ないもの」を想起し、干渉し、改変する。天賦の才能を授かった者であれば、そんな「有り得ない事例」でさえ「常識」に定義できる。それが振鉄位階。それが舞嶽晋。自我を欠落させた代償に、死者の情報へのアクセス権を許された、生ける都市伝説の名である。

(所長室の記録より、一部抜粋)





 ***





 目的となる戸畑区は、聖観製鉄師養成所が建っている八幡東区より北に位置している。隣の市を跨ぐ程度の距離なので近いと言えば近いが、気軽に徒歩で行ける距離かと問われれば微妙と言わざるを得ない。県内最大の面積を誇る北九州市民だからこそ、晋は余計に痛感している。また、これは彼自身の問題ではあるが、徒歩で凡そ20分程の距離を走り続ける体力なぞ、講義どころか運動でさえ怠っている晋にはない。

 故に幸徳井から依頼が飛び込んできた時、彼は進んで車を使うようにしている。無論、自分が運転するわけではない。そもそもそんな知識も技術もない(資格を得る権利は一応満たしている)。適材適所。できる奴がやればいい。そんな腐った根性から、校門前で既に待ち構えているドライバー兼仕事仲間の車へ駆けつける。水色の軽自動車で、控えめながらも女性っぽさを主張している。

 助手席はいつも()()()()()ため、晋は後方の扉を開けて挨拶もなく座る。習慣になっているからか、お互い遠慮に欠けているが、それほどの信頼関係は確かに築かれている。特に何の合図も送ることなく、ドライバーはアクセルを踏んだ。

 二番目の交差点の信号に引っかかってから、ドライバーはついに口を開けた。

「……今回の抗争で何人死んだか、あなたは既に聞いてるの?」

 頬づきながら目を細めて景色を眺める晋は、生返事で応じる。

「さぁ?わざわざ聞いてくるってことは、それなりの数なんだろうよ」
「ざっと30は行ってるみたいよ」
「あんれまぁ、それはそれは。情報漏れが怖いねぇ。連中の処理法は?」
「刺殺に爆破、毒、血抜き。後は銃殺や内蔵破壊、斬首あたりも」
「オーケーオーケー、その辺で結構。ったく、連中もほんと容赦ないっスな、あんたらも含めて」
「……晋、それ心外。加蓮は許容、なぜ私」

 助手席に座る無口の銀髪少女が、看過できないと言わんばかりに突然割り込んでくる。無口故にからかいがいがあると晋は考えているため、他愛ない会話中に少女を巻き込むことはしばしばある。

 加蓮、と呼ばれているのはドライバーの方。本名を後野(うしろの)加蓮(かれん)(あざな)は青龍。厳格なる眼差し、艶やかな漆黒のロングヘアは彼女の清楚さを象徴している。名前の通り、後方支援系の鉄脈術を得意とする製鉄師で、歪む世界(オーバーワールド)より治癒の力を想起(オーダー)することによって、あらゆる万能薬をも凌駕する治癒師(ヒーラー)だ。

 そして、その治癒との接続を助長させるのが、独特な口調を操っている方の少女。名前は泰源(たいげん)止水(しすい)。銀髪銀眼ロリ体型の三拍子。これ即ち魔女(アールヴァ)。その輝くさまを見るに、聖観でもトップクラスの実力者ではある。だがそれはあくまで中身の話であって、結果の話ではない。世間的に止水への視線は厳しいものだ。なぜ評価が低いのか。それについて語るには、まずは晋たちの所属している組織についての話から始めなければならないが、かの名探偵の言葉を借りるのであれば、「今はまだ語るべき時ではない」と言ったところか。

 兎にも角にも、晋のイタズラは止水が抱えているであろうストレスを和らげるためのものでもある。その割には容赦がなかったりするが。

「そのさみすぃーお胸に手を当てて考えてごらん。今まで止水ちゃんが手にかけてきた人間は何人?動機は?手段は?遺された家族の心境は?」
「撤回要求。胸無し真実。けれど怒怒怒」
「おーこわいこわい。機械仕掛けの幼女の説教ほど、怖いものはないな」
「機械否。即ち魔女」
「はいはい、悪うございましたってな。さて、そろそろ着く頃じゃないか、加蓮」
「……貴方の土地勘、止水節とどっこいどっこいの気持ち悪さがあるわね」
「むぅ。加蓮も私と敵対。怒怒怒」
「ほら、いい加減機嫌直せっての。仕事の時間だ」

 後方から手を伸ばして、無駄に整った銀髪をグチャグチャに掻き乱す。「むぅぅぅ」とらしからぬ唸り声をゲットすると、車は目的の廃工場を前にしていた。

 辺り一面木々に囲まれており、晋たち以外の人気は全く感じられない。オンボロなレンガ性の工場も、せいぜい一般的な体育館程度の規模しかない。手向けの花を贈るには些か質素過ぎないかと不平を言いたくはなるが、仕事場を選ぶ権利は残念ながら彼らには与えられていない。再度、人気がないことを確認し、三名は工場の中へ入っていった。

 ──それはまさに地獄そのものだった。

 曲がってはいけない方向に折られた関節。出てはいけない中身が剥き出しの死骸。見渡す限りの血、血、血。そこに安らかな死など存在せず、悶え、足掻き、尽きた者どもがする顔が無造作に捨てられている。今にも蘇って「いざ復讐」と襲ってきそうな敵兵を見て、三名は思わず目を逸らす。

「おいおい、お前らでもそんな顔するのかよ。これでも結構自信作だったんだぜ?」

 奥からひょこんと現れた青年。晋たちに反して随分と愉快そうに笑う。この虐殺の犯人を目の前に、仕事だからとは分かってはいるものの、不快感を示さずにはいられない。

 男の名前は蘆尾(あしお)郷萬(ごうまん)。字は朱雀。金の鶏冠頭。悪趣味なピアスやアクセサリーの数々。素行の悪さだけでは晋を遥かに上回る圧倒的問題児。座右の銘は「殺しこそ美学」。この大量虐殺でさえ、彼の前にしてみればただの一作品にすぎない。

 これでも一製鉄師。当然、契約している魔女もいるが、主が主なら、使い魔も使い魔。あまりに凶暴すぎるが故に、現在幸徳井から出禁を命じられている。とはいえ、魔女のリソースが無くとも、郷萬の殺傷能力は人間を辞めている。

 態度の悪さであればお互い様のはずだが、晋と郷萬はどうも反りが合わない。出会い頭起こるのはいつもからかい合いではなく憎み合い。馴れ合いなぞこの二名間においてはまず有り得ないと断言する。

「……そっちこそ、客人をもてなしたいのであれは、もう少し清潔感というものをですね」
「んだよ、オレ様のアートに文句があんのか。随分と立派な身分になったよなぁ?」
「はー、ズレてるわー。やっぱズレてるわー。そんなんだからいつまで経ってもダチの一人もできないんだよ」
「あ?」
「お?」

 一触即発の空気。至近距離で視線をぶつけ合う両者。傍観する加蓮と止水は仲裁に入ろうとしない。加蓮は無関心、止水は無交渉力故に。否、そもそも前提として止める必要性を、加蓮たちには感じていない。わざわざ関わらずとも、ことは穏便に済ませられる。

「け、喧嘩しないでよ二人ともぉ……」

 か細くて、聞き取りづらい声。そのはずだが、この声が聞こえると途端に晋たちは睨み合いを中断する。まるで、争いなど初めからなかったかのように。

 声の主、名を(はざま)(たすく)という。字は玄武。甘栗色のショートヘア。小動物を思わせる瞳。養成所諸君より密かにとった「この魔女と契約したい!!」ランキング堂々の一位。本人は「どうしてこうなった」と呆然。無理もない。なぜなら()は魔女ではないからだ。寧ろ製鉄師側で、既に他の魔女と契約済だ。彼の魔女は別に出禁を食らっているわけではないが、晋と同様、単に欠番させているだけなのだろう。今日はどこにも見当たらない。

 その援がなぜ容易に喧嘩を止められたのか。それは、晋たち本人にしか分からないこと。彼の向けられた視線に弱いのか、はたまた彼の秘めたる力を恐れているのか。いずれにせよ、二人は援の前では物騒な態度は取らない。自然と間合いを取ると、泣きだしそうな顔をしていた援が途端にぱぁっと花を咲かせる。

「分かってくれたんだね、二人とも!もうこれからは喧嘩したらダメだよ!」
「は、はぁ……」
「お、おぅ……」
「…………」

 晋は困ったように目を逸らし、郷萬はなぜか頬を染め、加蓮は一番不可解なことに敗北感みたいなものを感じている様子だ。

 晋が咳払いをした事で、空気は再び現実のルートを辿る。

「……え、えっと、それじゃあ本題に入りますよっと。とりあえずまずは状況の報告と仏さんの詳細について、簡単に教えてくれ」

 鎮圧に加わっていた郷萬と援に目を配る。説明を始めたのは援だった。

「事の発端は戸畑区のショッピングモールです。駐車場で製鉄師と奴らの抗争があるという通報を受け、僕と郷萬く……じゃない、朱雀が体裁に入りました。敵兵は全滅。製鉄師側も何名か負傷しましたが、命に別状はないとのこと。奴らの目的は今のところ不明ですが、製鉄師の抹殺が目的と推測されます」

 ビジネスは人を変える。硲援はモロにその言葉を体現している人物だ。プライベートとは異なり、言葉の節々に力強さが備わる。

「死亡者は32名。全員男。死因は様々なのでここでは割愛します。駐車場にて処分した後、こちらに運び込んだ次第です」
「報告、どうも。とりあえず大筋は掴めた」

 晋の口元が自然と上がる。郷萬や援のような戦闘員でもなく、加蓮のようなハイスペックの力を持っているわけでもない晋の見せ場が、今まさにこの瞬間にのみ起こる。存在価値を証明しているかのようで、テンションが上がるものだ。

「ちゃんと体力は温存してただろうな、晋。お前を労るわけじゃねぇが、今回はちと()()()だぞ」
「ふん、まさかお前に心配される日が来るなんてな。世も末ってもんだ」
「あ?」
「お?」
「ふーたーりーとーもー!」
「「……さーせん」」

 多少のトラブルはあったが、気を改めて晋は死体の傍に屈み、肌触りを確かめる。丁寧に探りながら、香奈恵のバックアップを辿り、鉄脈術を呼び起こす。瞳を閉じ、右手を翳して唱える。「ないもの」と結びつくイメージを持って。

 リソース、コンプリート。カセドラル、コネクト。プログラム、コンタクト。

 ──考察開始。

 意識を世界外に飛ばす。既に亡きものとなったデータを探索。発見。収集して再構築。繰ること32回。数秒のうちに基盤を作成する。

 ──見つけた。

 冥質界から物質界への帰還ルートを確保。32個の形なきデータを慎重に管に通し、引き抜く。瞳を開け、ここぞと言うばかりのタイミングで、放つ。

「──霊干渉(ゴーストリンク)!」

 解放。











 
 

 
後書き
┌(┌^o^)┐ 
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