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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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Alicization
~終わりと始まりの前奏~
  天泣

"その日"に公的な名称はない。

当然だ。あらゆる報道機関が関知することなく、あらゆる一般市民が認知しないその日に呼称など付くはずはない。

先進各国の軍事における、空前の汚点。

過去の軍事史を漁っても、ここまでの一大事はなかなかないだろう。

しかも、それがたった一人の天才によって引き起こされたものも、恥の上塗りとなっている。

文字通り、世界を振り回した特異点の男。

世界に祝われ、知識に呪われた《鬼才》。

彼に敬意と畏怖を表し、裏の重鎮達は口を揃えて、その日をこう評した。



黄金の夜明け(Golden Dawn)



醒めたくない悪夢から、無理矢理抜け出させてくれた悪夢に、感謝を込めて。










(三月一日 シンガポール、ブラウ・ブコム先端技術開発センター デスク上にあるノートPCのカメラより)

『おいおい、本当か?』

白衣を着たメスティーソの男が、同僚の中華系の男から一報を聞き、目を丸くした。

ちなみにシンガポールの公用語というと咄嗟に詰まるが、この研究所は後援者(パトロン)の欄に中国政府が立ち上げたペーパーカンパニーが名を連ねているせいか、所内で通じるのはもっぱら中国語だ。

それは白人とインディオの血を継ぐ、コテコテのアメリカ人である男も例外ではない。

『そんなに大きな飛行機事故なんて久しぶりだな』

『本当だって!さっき日本の友人からメールが来てな、あっちじゃ大騒ぎさ!』

浅黒い肌の男は興奮したような声を話半分に聞きながら、卓上の食べかけのスナック菓子に手を伸ばす。どんなに人が死のうが、対岸の火事は対岸の火事なのだ。

だが、そんなつれない態度にも拘らず、相対する中華男はエキサイト気味だ。

『掲示板じゃ大盛り上がりだぜ!使い古された陰謀論からブッ飛んだ宇宙人説まで、色とりどりやりたい放題な噂話がさっそくてんこ盛りさ!』

どうやらこっちもこっちらしかった。

まぁ、せいぜいそんなモンだよなーとスナックをコーヒーで押し流しながら、のんびりとメスティーソの男は息を吐き出す。

人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)とはドイツ語だったろうか。ともあれ、画面の向こう側に向ける感情などこんなものだ。ベジタリアンをすげーとは思うが、やってみたいとは欠片も思えないというのと似たようなものだろうか。

そんなことを呑気に、平和的に、そして牧歌的に思っていた男は、それゆえに突如響き渡った甲高いアラームの音に一瞬取るべき顔面の表情を忘れた。

いみじくも全く同じ表情を浮かべている傍らの友人と顔を見合わせ、秒針がまるまる一周する時間固まっていた二人は、弾かれたように立ち上がる。

その際に零れ落ちたマグカップが地面に落ち、コーヒーの黒々とした水溜まりを作った。










(三月一日 ロシア、メジゴーリエ閉鎖都市 巡回中の警備探知ロボの音声ログより)

ガリガリ、と音がする。

それが集団で行き交う人の靴音だと、物言わぬ機械は判断することができない。搭載されているマイクが、極寒環境下ですこぶる調子が悪いのだ。いや、合衆国に比べて妙にケチケチしいこの国のことだ。どうせ適当な安価品なのだろう。

だがそんなお粗末なマイクでも、システムOSにデフォルトで入っている翻訳機能を応用し、矢継ぎ早に撒き散らされる言語を拾うくらいはできた。

『おい、どうなっている!?なぜ急に動かなくなった!!』

『わっ、分かりません!えー、どうやら、あー、外部から何かの信号を受信したらしいんですが……』

『外部からだと!ここがどこだと思っている!書類上ではとてもじゃないから残すことができないが、予算は確保するためにお偉方が骨を折って苦心して作った《玩具箱》だぞ!!回線はそもそも繋がってなんていない、完全なプライベートネットだ!!』

どうやら野太い男の声のほうが地位が高いようだ、と警備ロボの制御ユニットはのんきに思った。

そんな間も怒り心頭の声は途切れない。

『そんなコマンドなど、そもそも受信できるはずないだろうが!』

『……えー、おそらくですが、その信号専用の受信器官を、え~、設計図段階から仕込まれていたのかと。それなら……あ~~。えー、全て辻褄が合います』

弱々しい男の声は、緊張とその他もろもろを言葉の端々に滲ませる。

どうでもいいが、「あー」とか「えー」が多すぎる。翻訳機能をベースにしているので、余計な単語が挟まると処理にくくなってしょうがない。こんな場末の警備ロボ一機の音声記録など、聞くことすらないのであろうが、こっちは仕事だ。やりやすいほうがいい。

『……まさか!ええい、クソッタレ!!この際、多少の管轄は無視しろ!国境警備隊に連絡し、人員補填を急げ!首を斜めに振らない連中だ!命令系統は取り戻せるのか!』

『あー、いえ、です……が…………まだ、策……は――――』

声が遠くなっていく。おそらく声の主自身が離れていったのだろう。

事の重大さを理解していないロボットは、話の内容にまったく興味を向けることなく、いつもの順路でパトロールを続行した。










(三月一日 アメリカ、ユッカ・マウンテン核廃棄物処理場、議事記録カメラの映像より)

ネバダにある本来存在しない、凍結されたはずの核廃棄物処理場のワンセクション。

土地の所有権という点では、軍の私有地から変わっていないため、実質上隠れ蓑とするにはこれ以上ない立地条件であるそこに、主要な人物達が勢揃いしていた。

本来ならば、このような光景はありえない。この基地は存在しないということで情報戦での視界から外すことを主体にされている。そこに軍の高官連中が出入りなどすれば、馬鹿でもここに何かあるはずだと勘付くはずだ。

だが、それを押してまでの緊急事態が起こっていた。

ありえない事態はさざめきを伝播させ、すでに西海岸付近全体を覆っていた。その雰囲気はスタッフ達にも伝言ゲームのように伝わり、どこか空気が浮足立っている。

そんな中、基地司令官のお偉いさんは分厚い紙の資料に一通り目を通すと、それを適当に放り投げた。役に立たない紙屑をブーツの底で踏みつけ、彼は口角泡を飛ばす。

『宇宙からだと?まさか本当にお前まで宇宙人の仕業とか、ローカルのニュースでやっと取り上げるくらいの単語を羅列するんじゃないだろうな?』

『正確には大気圏の上層部、電離層の辺りから発信されています。……いえ、どちらかと言えば、これは変換させている、と言った方がいいでしょうか。衛星から発信された信号波が、途中で電離層辺りにあらかじめ仕掛けてあった何かを通し、ちょうど変圧器にかけられたように波長が歪められたのです。そのような特殊な方式での限られた限定コマンドなので、技術班の失態というのも酷な話かもしれません』

お偉いさんとは違い、落ち着き払っている補佐官の男のほうに、スタッフ達の目線は自然と集まる。依存というか、こういう空気だと自然と人は縋る先を探してみたくなるものだ。

『おそらく、電離層に漂っているのは、去年の暮れにノルウェーの人工衛星が打ち上げ失敗という名目で、高高度にてバラ撒いていたものでしょう。それが今頃になって起動した』

『ノルウェー?今回のことは、ノルウェーが主催だとでも?……いや、違うな。違う、そうだとしても手段の一つの要因というだけで、完全に全て実行できる訳ではない』

そしてそれは司令官も同じ。補佐官の冷静沈着さに引っ張られるように、血管から余熱が吐き出され、代わりに思考のギアが上がっていく。

『だが……電離層だと?確かアレは、短波帯の通信に大きく関わっているんじゃなかったか?』

大気圏上層、オゾン層の一つ上にある電離層は、太陽光線に晒されて電離状態にあるイオンと電子が多量に存在する区間を指す。この空間はオゾン層とともに地表の生物を有害な紫外線やエックス線から守るという役割も果たしているが、ある種の電波を反射する性質を持つことで有名だ。

その性質を利用し、ラジオなどの放送用電波を長距離へ届けるための橋渡し役になっている。

『その通りです、司令。ですが、問題は短波帯だけではありません。電離層を利用しないとはいえ、衛星電話やGPSに使われる長短波帯の電波はその仕様上、道程で電離層を通過します。この際、今回の《変圧器》の影響を受けない保証はありません……!』

そう。

いくら電離層を利用するのが短波帯のみであっても、その他にもまったく影響がないということはない。GPSも即位誤差に繋がるし、何より信号そのものが歪曲させられれば受け取ることも難しくなる。

そこまで考え、補佐官の男は脂汗を流しながら、こう言った。

『……実質、今地球上の通信網の大半は、ヤツの手のひらの上です』










(三月一日 ノルウェー、スヴェンスク島イザヴェル基地 《M5》内部、作業員が忘れていったヘルメット装着型カメラより)

その《舟》は大前提として、奇妙な形だった。

1/750スケールの完成予想模型を見たならば、第一印象として、そして何よりインスピレーションとしてこう思うはずだ。こう連想するはずだ。

まるでリボルバーの銃身のようだ、と。

実際問題、その連想ゲームはまったく的外れなものでもない。なぜなら《M5》――――《Mass Manifold Material Massacre Machinery》は艦船でありながら砲艦。そしてその運用方式を思えば、大砲に近いのだから。

全長二八〇メートル、全幅八六メートル。

ノルウェーが主導開発していた、次世代型の対国家戦用ステルス潜航移動型多変式汎用無人砲艦。

お役所仕事で名付けた正式名称がやたら長いという、ワールドワイドなあるあるネタはさて置いて、《M5》の基本設定である無人潜航艇であるが、しかしその見た目は既存のどのような潜水艦とも違う。

まず、流線形ではない。不格好の極みだが、基盤となる中央セクターが九本の《砲身》を円状に抑え込み、それらの砲身に囲まれるように直径約四メートルの芯棒が伸びているといった具合だ。どちらかというとその様子は、ガトリングガンのようにも見える。

リボルバーのシリンダーというよりは顕微鏡のレボルバーのように砲身そのものを回転運動でダイレクトに交換し、砲撃の質そのものを操るのである。しかも、超音波やマイクロ波、化学酸素沃素レーザーや荷電粒子砲など、そもそも実弾兵器ではないものの方が多いという、頭が悪そうというか、頭が痛くなるようなラインナップ。

スペックシート上では、一つ一つがキロトン級の原爆に匹敵するエネルギーを有しているというが、その下支えとなっている動力源のMHD動力炉はそれを軽々と上回るメガトンクラスで、ぶっちゃけ突っ込ませて炉心爆発でもさせた方が被害が大きいというのは公然の秘密である。

さて、無人機ゆえの人体をまったく考慮しない無茶な設計と、表面装甲に採用された新素材の微細振動タイルで規格外のステルス性を獲得したがゆえに流体力学を無視したその怪物に、当然というか、本来コックピットのような機関は必要ない。

だが、最先端兵器は往々にしてデリケートになりがちだ。そのいい例が米軍のB-2とかで、同重量の金よりも高いなどという暴挙を起こしてしまっている。

ゆえに《M5》もその慣例に従い、顕微鏡のレボルバーという、いささかおおざっぱな基本設計ではあるが、その雑さを支えるためのえげつない先端技術が所狭しと詰め込まれているのだ。

そして、そのためのメンテナンス要員が通れるような空間も当然、用意しなければならなくなるというのもまた自明の理。

だが、空間と言って通路などと呼称しないのは当然、そのような余裕などないということを表わし、自然的に用意されたそれは整備された隘路などとは間違っても呼びたくない、どちらかといえば戦車の操縦席のように機器類の合間を縫うようなものだった。

そして。

基本的に無人機のために照明類どころか手すり等もない、バリアフリーの精神などまったくない真っ暗な機内。四方八方、上下左右、機器に覆い尽くされるような空間の中にポツンと突き出る、メンテナンススタッフ用の音声補助マイク。

本来ならばメインのシステムが異常を検知、整備員に報告するだけの、あくまで音声を受け取るのみで発信できるとすれば既定のレスポンスくらいなのだが――――

ポン、と。

軽い電子音が、無人の艦内に鳴り響いた。

『code666を《Os-G1#FFFFFF》、変異層圏(ミラーレイヤー)より受理。並びに地中から《Os-G2#FFFFFF》、地殻偏差(ブレードプレート)の解凍用初期微動をキャッチ』

男の、声だった。

合成音声なので、とくに深い意味はないのだろうが、耳障りな甲高い男の声。

誰もいないので聞く相手もいないのだが、突如喋り始めたその声は独り言というよりはチェックシートを埋めるような無機質さで言葉を重ねていく。

『艦内精査。工作要員の生体反応は確認できません。《Gコード》との一般相互リンク権限並びに艦内システムの最終キーコードを取得。code666の進行状況を確認』

『code666、八割の進行完了を認識。当機の出航を急ぎます。ザ・シードの上層(オーバーレイ)ネットワークへのアクセス成功。データベース《M∴M∴M∴》に同期。他種Osシリーズを精査、分析し、当機のアップデートが図れるものをピックアップします』

『艦内システム、アップデート。MHD動力炉からの全エネルギー流路を開放。貯蓄用副炉心の充填率81%。サブプロセッサ、全ロック解除。艦内気密、砲身回転コネクタ、全火器フルチェック、オールグリーン。各種観測システム群、感度良好』

ヴン、ヴヴン。

微かな起動音とともに総重量一万五千トンの、黙示録の騎士が目を醒ます。

その冷たい無機物の身体に血が通い始め、鎌首をもたげる。

『起動シークエンスに伴い、艦内操作の柔軟性を高めるため、アメリカ軍製戦況俯瞰AIモジュールを上層ネットワークからインストール、補助的に展開運用します』

商品(ラベル)名、正規実装型#333 MASS PRODUCTION MODEL(  先  行  量  産  品  ) 《Os#86B404》、ダウンロード完了』

ゴン、ゴン、ゴン、という得体の知れない音が充満していく。

それはどこか、生物の呼吸音のようにも、鼓動の音のようにも聞こえた。

原型(モデル)名、【SUGOU】、モジュールを起動』

『全発射管、充填・装填を完了。発射空間軸固定。《Os#000000》、作戦行動を開始します』

次の瞬間、世界のどこかで大爆発があった。 
 

 
後書き
レン「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんら――――」
なべさん「冷たい駐車場で姿を消したあの男……。原作よりもイイ思いができなかったあの男……。ALOを統べたかった新世界の神になる系の男が、アメリカンドリームな国で電子の頭脳を携えて帰ってきた!その男の名はァ!須郷ゥウウウ伸之ィィイイイイイ!!!」
レン「うるさいし電子の頭脳を携えてっていうか頭脳しか残ってねぇじゃねぇか」
なべさん「あふん」
レン「外国行って何してんのかと思ってたら予想の斜め下だよ。どうなってんだよ」
なべさん「よくぞ聞いてくれた。須郷さんはあれから耐えがたい日々を経てだね……」
レン「あ、長くなりそうなのでやっぱりいいです。はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
なべさん「こう、ハリウッドなグラマラスな感じの産業スパイ的お姉さんと脱出しようとしたけど捕まって――――」
――To be continued―― 
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