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ユア・ブラッド・マイン─紅眼の魔女とシャドゥ・クラウン─

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第1話『午後四時の鐘が鳴る時』

 遊泳を嗜む鳶が、行く手を阻む影の侵攻に顔をしかめる。

 雲一つない晴天っぷりに恵まれたというのに、空気はちっとも美味しくない。石油が体に充満しているような気分になり、全部吐き出してしまいたいほどだ。だのに、影はよほど人間をいたぶるのが好きなのだろう。傲慢が過ぎないか、と声なき声で非難する。

 非難者──舞嶽(まいたけ) (すすむ)は別段、現在の日本の技術革新に不満があるという訳では無い。そもそもそんなものに興味が無いからだ。生活が豊かになっていく一方で、やれ環境問題だの、やれ税負担だのと大人達は文句を言う。だが、それらが仮に解決したところで何が変わるだろうか。少なくとも、全てが上手くいくことはない。問題を解決すれば、また新たな問題が発覚し、それを潰してもまた他方から問題が出現する。一体いつになったら誰もが納得する美しい世界になるのだろうか。それはあまりにも途方で、あまりにも理想的で、あまりにも鄙懐だ。

 故に、晋が不平不満を顕にするのは、あの鳶のように私欲が満たされない時ぐらいだ。それも、ただ満たされないのなら諦めがつくが、邪魔されたことで達成不可となれば癪である。目の前の幸せですら容易く逃す者が、国の幸せの望むのはそれこそ傲慢だ。

 では結局、この眠りを妨げる要因とはいかなるものか。それは、工場から排出された煙──もとい、八幡製鉄所から吐き出された黒煙によるものだ。

 時を遡ること凡そ700年前。まだ西暦なる単位を採用していた時代に、八幡製鉄所は誕生した。当時は鉄鋼資源が重宝され、その生産量の過半数をも製造することから、欠かせない存在であった。日本の軍事力の礎を、この製鉄所が敷いたといっても過言ではない。戦後は財閥解体により衰退したが、国内の技術革新により鉄の需要は再び盛り上がり、今後の自動車産業を支える拠点となった。その名誉を讃えてのものか、世界遺産にも登録されている。

 そして現在、魔鉄歴30年。いつの間にか「鉄」から「魔鉄」にシフトチェンジしたらしい人類は、製鉄所の規模を拡大し、八幡に勝るとも劣らない官営工場を次々に建設した。今も魔鉄加工師(ドヴェルグ)達が軍事力強化を図るべく、魔鉄器の製造に勤しんでいる。

 晋は先程、この煙が鬱陶しいと言ったが、実のところ人的被害も環境汚染も今の時代では有り得ない。「空気はちっとも美味しくない」というのは、科学的観点で言えば単なる比喩である。こうして比喩だと笑い飛ばせることこそが、晋ら製鉄師(ブラッド・スミス)の存在意義だと言えよう。

 再び昔話に戻るが、魔鉄が発掘されたのは鉄暦2180年代。見た目が普通の鉄と何ら変わらないものだということもあり、用途不明とされていた頃だ。唯一それを知っていたラバルナ帝国が、技術力を温めつつも世界に隠匿し続けたという話はあまりに有名すぎる。後に鉄脈術(リアクター)と呼ばれた異能力の存在。対となる兵器──魔女(アールヴァ)。排気ガスを無害なものに掃除することなぞ、製鉄師にとっては朝メシ前である。

 やがて、ラバルナ帝国は崩壊し、その技術は各国によって引き継がれた。晋もまた、その継承者の一人だ。今年で成人を迎える彼は、未だ学問に励んでいる年頃──のはずだ。あろうことか、彼は現在ろくに講義を受けることなく、こうして養成所の屋上で一人、錆びた青空を仰向けで眺めている。所謂、サボりというやつだ。

 聖観製鉄師養成所の中でも、舞嶽 晋はかなり問題視されている。成績不振。実技壊滅。才能がない上に本人のやる気がないとなると、劣等生の域を超えているようにも思える。()()()()()()()()()

 それはさておき。晋は普段からこうして屋上で怠惰に過ごしている。自分の好きなことなら全霊を以てことを成すタイプ。適応力への期待値は皆無である。

 そんな彼を心配する人物は無論存在する。例えば、好奇心が唆られるものを求めて、いそいそと屋上に忍び寄る紅眼の幼女とか。

「あっ!また講義サボってる!いっけないんだー!」

 ああ、もう来たか、と晋は舌打ちをする。どうも、至福のひとときというものは、本当にひととき程度の時間しかない、脆くて儚い幻想らしい。

 瞳の輝きをそのまま映したかのような、鮮やかな紅葉色の髪は一つに纏められ、対照的に控えめで透き通った白い肌は華麗さの象徴と言える。そして、左目の下の、トレードマークに値するホクロは、自己主張の激しさを表しているかようである(本人的にはコンプレックスらしい)。

 名を、(いのり) 香奈恵(かなえ)。晋の相方にあたる人物だ。則ち、魔女。とはいえ、施設一問題視されている晋のパートナーだ。その力は図り知れる、平凡なものだと容易に想像がつく。彼女の場合、晋とは異なって学問はサッパリだが実技は長けている、古風に言うならば「体育会系女子」というやつだ。

 そんな彼女が、半ば想定していたとはいえ睡眠の邪魔をしてきたものだから、晋は体勢を崩すことなくグチグチと文句を言い出した。

「サボりとは人聞きの悪い。これは睡眠学習と言って、学問を効率的に行うための学習の一貫でしてね」
「その学問とやらにはいつになったら取り組むの?毎日こんな生活送ってたら、せっかく培われた効率とやらに意味を見いだせないじゃない!」
「じゃあ質問するが、(9739×5+1393×6×)×2の答えは?」
「……えっと、それってリンゴが幾つ買えるの?」
「ほら?計算する前からやる気なくすだろう?日頃から睡眠学習を心掛ければ、こんなやろうと思えば小学生でも解けるけどくっそ面倒な問題も、スラスラと行けるってこった。あっ、ちなみに答えは114106だ」
「睡眠学習やばっ!いやでもわざわざそんな問題作るなら、もっとすっきりする答えのものを出すべきじゃない?」
「あいにく、特に法則性もなくテキトーに作ったものなんでね。サービス精神なんて、これっぽっちもないんですわこれが」
「本当にただ計算が速いだけの変態!!えー、でも……うん。なんか、これ以上反論するのも馬鹿らしくなっちゃった」
「素直でよろしい」

 シュンと項垂れた香奈恵の様子があまりにおかしくて、晋は思わず噴き出してしまう。香奈恵が紅潮させながらポコポコ殴ってくるので、頭を撫でることで許しを乞うた。すぐに満足げに目を細めるものだから、人間誰しもがこいつみたいに単純なヤツならいいのに、と色のない感想を抱く。

 十分に香奈恵の機嫌が戻ったところで、サボり組の二人はたわいもない話を延々とした。寮で猫を飼ってるのがバレた、講師が下ネタばかり話す、食堂の料理がイマイチ美味しくないなど。内容がネガティブな割には、二名間から笑顔が絶えることはなかった。

 辺りはいつの間にか淡い空模様に変わっていた。香奈恵が最近読んだ本の話題を始めようとした瞬間、終告の鐘が鳴り響いた。途端、香奈恵は急に口を噤んだ。16時のチャイムがなると、決まって晋のサボりタイムが終了するからだ。晋は気だるそうに体を起こし、背筋と首筋を伸ばして深呼吸した。

「んじゃ、時間になったんで、そろそろ退出しますよ」
「あっ……うん。今日も()()()?」
「まぁね。ここのところ国内があんまり穏やかじゃないもんでね。必然的に職の負担が増えるんですわ」
「…………」

 不穏な空気を悟ったのか、香奈恵の表情が徐々に強ばる。自分の知らないところでパートナーが何か危険なことをやっているのかもしれない。想像するだけで寒気が走ってしまう。それでも、香奈恵は一度たりとも自分を連れて行って欲しいとは言ったことがない。言えるはずもない。きっとそれは、今まで築かれた信頼関係に亀裂を入れかねないのだから。

「じゃあ、また明日。いい夢が見られることを祈ってまっせ」

 晋はドアノブに手を掛けた。裏に控えているのは現実。苦しくて、面倒ではあるが、後ろだけは振り返らない。夢の誘惑に負けっぱなしで生きていられるほど、この世界が甘くないことを、もう子どもじゃない彼は知っている。

「うん、おやすみ。気をつけてね……」

 香奈恵は寂しそうに見送った。それでも笑顔は忘れない。不安を悟らせるな。だって私たちはパートナー。唯一無二の信頼関係で結ばれた、最高の相棒なのだ。

 ──故に、進み続けよう。
 ──故に、受け入れよう。

 扉が開かれる。




 ***



 晋が屋上から退出するのを見計らっていたのか、本館を繋ぐ渡り廊下に差し掛かったところで通達が届いた。左手首に巻き付けている通信機器タイプの腕時計を操作し、視界に本部の画面を映す。シワだらけでオールバックの、厳つい顔をしている人物──幸徳井(かでい) 史生(ふみお)が、いつもながら難しい顔で現れる。

『麒麟より白虎へ。本日の司令を出す。準備が整い次第、そちらから信号を送ってくれ』

 準備、というのは方便だ。仕事だというのに、悠長にこちらの都合に合わせてくれるほど、向こうも暇じゃない。史生の言う司令とは極秘のモノが含まれる場合もあるので、人気がないか確認せよ、という合図だ。晋は香奈恵が跡をつけてないか慎重に確認した上で答える。

『白虎より麒麟へ。こちら、異常なし。続けて司令をお願いします』

 敬意を払うという行為が苦手な性分なのか、どうもぎこちない話し方になってしまう。今更恥じてもしょうがないので、晋はあくまで澄まし顔を貫く。史生も特に気に止める様子もなく、淡々と業務口調を続けた。

『麒麟より白虎へ。場所は戸畑区。抗争が起きていたが既に我々で鎮火済みだ。貴様には至急、現場に赴いてもらう』

 思わず口元が上がる。今夜はかなり自分向きの仕事が入ってきたとみた。興奮を上手く隠しながら、来るであろう次の言葉を待つ。則ち──

()()()()()()、有益となる情報を盗み出せ』

 劣等生の晋が唯一得意とする、仏漁りの時間である。
 
 

 
後書き
当作品は八代明日華氏主催のシェアワールド「ユア・ブラッド・マイン」の参加作品です。「専門用語ばかりでこれもう分かんねぇな……」とお困りの方は設定資料をご確認ください。

流行るといいなぁ、ユアブラ。てか流行れ(迫真) 
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