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デート・ア・ライブ〜崇宮暁夜の物語〜

作者:瑠璃色
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届かなかった手


時刻は18時。
 天宮駅前のビル群に、オレンジ色の夕日が染み渡る。そんな最高の絶景を一望出来る高台の小さな公園を、少年と少女が二人、歩いていた。

少年の方はさほど問題ない。普通の男子高校生だ。しかし、少女の方は―――

「………ふぅ」

CRユニットもワイヤリングスーツも纏わず私服姿の暁夜は自分の身長よりも長い対精霊ライフル<クライ・クライ・クライ>のスコープから目を離して乾いた唇を舐めた。因みに、腰帯に差してある白塗りの片手剣《アロンダイト》から放出されている淡い青の光によって、射撃によって起こる反動を抑制している為、人体に被害は及ばない。

「今んところは怪しい動きなし、か」

精霊。世界を殺す災厄。三十年前にこの地を焦土とし、五年前には大火を呼んだ最凶最悪の疫病神(カラミティ)と同種の少女。

「ところで、暁夜。 あんた、昨日よりやつれてないかしら?」

背後の方で他のAST隊員に指示を仰いでいた燎子が、暁夜を見てそう尋ねる。それに、と燎子が折紙の方に視線を移して、

「アンタは肌がツヤツヤしてない? エステでも行ってきたの?」

「違う。 エステではなく、暁y--」

「マ、マッサージです! エステではなく、マッサージに行ってました! 因みに俺は歩き疲れただけです! はい、この話は終わり!」

暁夜はそう有無を言わせない感じで告げて、話を強制終了させる。

「マッサージではない。 暁夜成分を摂s--」

「この話終わりって言ったじゃん!? お前はどんだけマイペースなの! この世界は君のワールドじゃないからね!?」

余りにもマイペース&フリーダムな折紙に暁夜は悲痛な叫びをあげる。しかも、先程よりもワード数が長い為、聞かれてはいけない部分まで燎子に聞かれてしまった。

「あ、アンタ達って、そ、そういう仲だったのね」

「なんで息子の部屋で特殊性癖なエロ本を見つけた母親みたいな反応するんですか!?」

「だ、大丈夫よ。 あなた達もいい歳だものね。でも、少しは弁えた方がいいわよ」

「誤解しないでくださいよ! 燎子さんが考えているようないかがわしい事なんて起こってませんから! それよりも、精霊の監視に移りましょうよ!!」

目線を暁夜から逸らして勝手に納得してしまう燎子にそう否定の言葉を叫んで、話を無理矢理変える。 後で折紙にはお説教だな。と暁夜は少し不機嫌になりながら、《クライ・クライ・クライ》のスコープを覗く。

『こちら、オペレーターの藍鳴です。 暁夜さん、今よろしいでしょうか?』

と、突然、暁夜が耳に取り付けた通信機にオペレーターの通信が入ってきた。

「こちら、暁夜。 話してどーぞー」

『相変わらず巫山戯た返しですね、暁夜さん。まぁ、その方が話しやすくて私的には助かります』

「オペレーターちゃんも力抜いたら〜?そんな堅苦しいマニュアル通りの話し方は似合わないよ〜」

暁夜はスコープ越しから見える十香と士道の様子をしっかりと確認しながら、返答を返す。

『そうしたいのも山々なのですが、これも規則ですので。所で・・・そろそろ話を進めてもよろしいですか? 暁夜さん』

「どうぞどうぞ、先に進めて〜」

『・・・では。 先程、協議会が終わりました。結果は、精霊討滅の許可。これにより、全AST隊員は武装の使用が許可となりました。あなた風に言うなら、精霊をぶっ殺してOKという事です』

「了解。 これよりASTは精霊の討滅を開始する」

暁夜はその言葉を最後に通信を切った。そして、《クライ・クライ・クライ》のスコープから目を離し、燎子と折紙に指示を仰ぐ。

「燎子さんは上空で待機中のAST隊員に合流し、折紙と俺の援護をお願いします。 それと折紙はここで、《クライ・クライ・クライ(こいつ)》を使って狙撃。 因みに、俺が合図するまで狙撃はしないこと」

「分かった」

「どうやら許可が降りたのね。 分かったわ、ここはアンタに任せるわ」

暁夜の指示に、折紙と燎子は了承し、それぞれの持ち場に動いていく。それを確認した後、ついでにと燎子との通話の際に持ってきてもらうようお願いをした双眼鏡を目に当て、士道と十香の様子を確認しながら、狙撃のタイミングを見計らい始めた。



夕日に染まった高台の公園には今、士道と十香以外の人影は見受けられなかった。時折遠くから自動車の音や、カラスの鳴き声が聞こえてくるだけの、静かな空間。
 
「おお、絶景だな!」
 
 十香は先ほどから、落下防止用の柵から身を乗り出しながら、黄昏色の天宮の街並みを眺めている。 <フラクシナス>クルー達が巧妙(?)に誘導するルートを辿ってきたところ、丁度日が傾きかけた頃に、この見晴らしのいい公園に辿り着いたのである。
 
士道も、ここに来るのは初めてではない。というか、密かなお気に入りの場所でもあった。終着点にここを選んだのは・・・まあ、きっと琴里だろう。

「シドー!あれはどう変形するのだ!?」
 
 十香が遠くを走る電車を指差し、目を輝かせながら言ってくる。

「残念ながら電車は変形しない」
 
「何、合体タイプか?」
 
「まあ、連結くらいはするな」
 
「おお」
 
 十香は妙に納得した調子で頷くと、くるりと身体を回転させ、手すりに体重を預けながら士道に向き直った。夕焼けを背景に佇む十香は、それはそれは美しくて、まるで一枚の絵画のようだった。
 
「―――それにしても」
 
 十香が話題を変えるように、んー、と伸びをした。そして、にぃッ、と屈託のない笑みを浮かべてくる。
 
「いいものだな、デェトというのは。実にその、なんだ、楽しい」
 
「・・・っ」
 
 不意を突かれた。自分からは見えないけれど、きっと頬は真っ赤に染まっている。

「どうした、顔が赤いぞシドー」
 
「・・・夕日だ」
 
 そう言って士道は、顔を俯かせる。
 
「そうか?」
 
 すると十香が士道の(もと)に寄り、見上げるようにして顔を覗き込んできた。
 
「ぃ―――ッ」
 
「やはり赤いではないか。何かの疾患か?」
 
 吐息が触れるくらいの距離で、十香が言う。

「や・・・ち、違う、から・・・」
 
 視線を逸らしながらも―――士道の頭の中には、デェト、という言葉が渦巻いていた。
 漫画や映画の知識ではあるけれど。たぶん、恋人達がデートの終盤でこんな素敵な場所を訪れたなら、やっぱり―――
 自然と士道の目は、十香の柔らかそうな唇に向いていた。

「ぬ?」
 
「―――――ッ!」
 
 別に十香は何も言っていないのだが、自分の(よこしま)な思考が見透かされた気がして、再び目を逸らしながら身体を離す。

「何だ、忙しい奴だな」
 
「う、うるせ・・・」
 
 士道は額に滲んだ汗を袖で拭いながら、ちらと十香の顔を一瞥した。10日前、そして昨日、十香の顔に浮かんでいた鬱々とした表情は、随分と薄れていた。
 士道は、鼻から細く息を吐き、一歩足を引いて十香に向き直る。
 
「―――どうだ?おまえを殺そうとする奴なんていなかっただろ?」
 
「・・・ん、皆優しかった。正直に言えば、まだ信じられないくらいに」
 
「あ・・・?」
 
 士道が首を捻ると、十香は自嘲気味に苦笑した。
 
「あんなにも多くの人間が、私を拒絶しないなんて。私を否定しないなんて。―――あのメカメカ団・・・ええと、何といったか。エイ・・・?」

「ASTのことか?」
 
「そう、それだ。街の人間全てが奴らの手の者で、私を(あざむ)こうとしていたと言われた方が真実味がある」
 
「おいおい………」
 
 流石に発想が飛躍し過ぎていたが・・・士道はそれを笑えなかった。だって十香にとっては、それが普通だったのだ。否定されるのが、され続けるのが、普通。なんて―――悲しい。
 
「・・・それじゃあ、俺もASTの手元ってことになるのか?」
 
 士道がそう言うと、十香はぶんぶんと首を振った。
 
「いや、シドーはあれだ。きっと親兄弟を人質に取られて脅されているのだ」
 
「な、何だその役柄・・・」
 
「・・・おまえが敵とか、そんなのは考えさせるな」
 
「え?」
 
「何でもない」

士道が問い返すと、今度は十香が顔を背けた。表情を無理矢理変えるように、手で顔をごしごしとやってから、視線を戻してくる。
 
「―――でも本当に、今日はそれくらい、有意義な1日だった。世界がこんなに優しいだなんて、こんなに楽しいだなんて、こんなに綺麗だなんて………思いもしなかった」
 
「そう、か―――」
 
 士道は口元を綻ばせて息を吐いた。

だけれど十香は、そんな士道に反するように、眉を八の字に歪めて苦笑を浮かべた。
 
「あいつら―――ASTとやらの考えも、少しだけ分かったしな」
 
「え・・・?」
 
 士道が怪訝そうに眉根を寄せると、十香が少し悲しそうな顔を作った。士道が嫌いな鬱々とした表情とは少しだけ違う―――でも、見ているだけで胸が締め付けられてしまいそうな、悲壮感の漂う顔だった。
 
私は………いつも現界する度に、こんなにも素晴らしいものを壊していたんだな」
 
「―――――っ」
 
 士道は、息を詰まらせた。
 
「で、でも、それはおまえの意思とは関係ないんだろ………ッ!?」
 
「だがこの世界の住人達にしてみれば、破壊という結果は変わらない。ASTが・・・崇宮暁夜(あの男)が私を殺そうとする道理が、ようやく・・・知れた」
 
 士道は、すぐに言葉を発せなかった。十香の悲痛な面持ちに胸が引き絞られ、上手く呼吸が出来なくなる。

「シドー。やはり私は――いない方がいいな」
 
 そう言って――十香が笑う。今日の昼間に覗かせた無邪気な笑みではない。まるで自分の死期を悟った病人のような――弱々しく、痛々しい笑顔だった。

ごくりと、唾液を飲み込む士道。いつの間にか喉はカラカラに渇いていた。張り付いた喉に水分が染みていく軽い痛みを感じながら、どうにか口を開く。
 
「そんなこと・・・ない・・・ッ」
 
 士道は声に力を込めるために、ぐっと拳を握った。
 
「だって・・・今日は空間震が起きてねえじゃねえか!きっといつもと何か違いがあるんだ・・・ッ!それさえ突き止めれば・・・!」
 
 しかし十香は、ゆっくりと首を振った。
 
「たとえその方法が確立したとしても、不定期に存在がこちらに固着するのは止められない。現界の数は減らないだろう」
 
「じゃあ・・・ッ!もう向こうに帰らなければいいだろうが!」
 
 士道が叫ぶと、十香は顔を上げて目を見開いた。まるで、そんな考えを全く持っていなかったというように。
 
「そんなことが―――可能なはずは・・・」
 
「試したのか!?一度でも!」
 
「・・・」

香が、唇を結んで黙り込む。
 士道は異様な動悸(どうき)を抑え込むように胸元を押さえながら、再び喉を唾液で濡らした。咄嗟に叫んだ言葉だったが―――それが可能ならば、空間震は起こらなくなるはずである。
 確か琴里の説明では、精霊が異空間からこちらの世界に移動する際の余波が空間震となるという話だった。そして、十香が自分の意思とは関係なく不定期にこちらの世界に引っ張られてしまうというのなら、最初からずっとこちらに留まっていればよいのだ。

「で、でも、あれだぞ。私は知らないことが多すぎるぞ?」

「そんなもん、俺が全部教えてやる!」

十香が発してきた言葉に、即座に返す。

「寝床や、食べるものだって必要になる」
 
「それも・・・どうにかするッ!」
 
「予想外の事態が起こるかもしれない」
 
「んなもん起きたら考えろッ!」
 
 十香は少しの間黙り込んでから、小さく唇を開いてきた。
 
「・・・本当に、私は生きていてもいいのか?」
 
「ああ!」
 
「この世界にいてもいいのか?」
 
「そうだ!」

「・・・そんなことを言ってくれるのは、きっとシドーだけだぞ。崇宮暁夜(あの男)やAST、他の人間達だって、こんな危険な存在が、自分達の生活空間にいたら嫌に決まっている」

「知ったことかそんなもん・・・ッ!!ASTだぁ!?暁夜だぁ!? 他の人間だぁ!?そいつらが十香!おまえを否定するってんなら!それを超えるくらい俺が!おまえを肯定するッ!」

そう叫んで。士道は、十香に向かってバッと手を伸ばした。
 十香の肩が、小さく震える。
 
「握れ!今は―――それだけでいい・・・ッ!」
 
 十香は顔を俯かせ、数瞬の間思案するように沈黙した後、ゆっくりと顔を上げ、そろそろと手を伸ばしてきた。
 
「シドー―――」
 
 士道と十香の手と手が触れ合おうとした瞬間。
 
「―――――」
 
 士道は、ぴくりと指先を動かした。何故か分からないけれど―――途方もない寒気がしたのだ。ざらざらの舌で全身を舐められるような、嫌な感触。
 
「十香!」
 
 士道の喉は、意識してもいないのにその名を呼んでいた。そして十香が答えるより早く。
 
「・・・っ」
 
 士道は、両手で思い切り十香を突き飛ばしに駆け出すが、それよりも早く十香の身体が大きく痙攣し、前のめりに倒れ込む。 まるで、背中に強い衝撃を受けたみたいに。そしてその背中からはおびただしい程の赤い液体が漏れ出ていた。それが遅れて血だ、と気づいた士道は咄嗟に動くことが出来ず、思考がフリーズした。

「・・・あぇ?」

目の前で十香が死んだ。士道は自分の服に飛んできた血を気にすることもなく、ズサっと尻餅をついた。

先程まで、楽しくデートをしていた十香が死んだ。先程まで、あんなに美味しそうに黄な粉パンを頬張っていた十香が死んだ。先程まで、あんなに笑顔を浮かべていた十香が死んだ。死んだ。 死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。

「と、おか」

士道は四つん這いの体勢で、すがりつくように十香だったものを揺らす。しかし、反応はない。 涙が零れた。憎悪や怒りなんてない。心に穴が空いてしまったかのような状況下。 士道は十香の身体を抱き締め声にもらない声で泣いた。

その時--

「・・・シ、ドー」

耳元に十香の声が聞こえてきた。もう聞こえないはずの声。あぁ、ついに自分は幻聴を聞くようになったか。と士道は自嘲する。だが、その後に柔らかく温かい手のひらが士道の髪に触れた。

「と、おか?」

士道はか細い声で十香の名を呼んだ。それに対し、答えは--返ってきた。

「にげろ・・・シドー」

ただ、返ってきた答えはどこかを変だった。 まるで何かに怯えているかのような、切羽詰まった懇願だった。

「はやく・・・制御、できな」

「なにいっ--」

十香の意味不明な懇願に聞き返そうとする瞬間、足が地から離れ、暴風に身体を軽々と吹き飛ばされていき、木の枝の上へと背中を打ち付けた。否、背中を貫いた。何とか心臓や肺の部分は免れたが、鋭い木の枝は易々と士道の背中を貫いていた。

「・・・かふっ!?」

遅れてやってきた痛みに血を吐く。意識は薄れていく。 まず、音が消えていき、次に痛みが、そして--世界が視界から消えていく。その時、一瞬だけ見えた彼女の瞳は……光を失っていた。 
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