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豹頭王異伝

作者:fw187
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  希望の種

「マリウス、生きていたのか!?
 アリオン、ダレン、お前達も無事であったとは!!
 トーラス動乱の際、モンゴールの武将は総て討ち取られたと思っていた!
 一体どうやって、イシュタールに?
 誰か、私と会う事を手引きしてくれた者が居るのだな!?」
 アリオンとダレンは盟友に返答の機会を譲り、口を噤む。
 マリウス改め小マルス伯爵は感涙を禁じえず、海の様に青い瞳が潤んだ。

「カメロン殿の助力を得て、お目にかかる事が出来ました。
 モンゴールの民は皆、アムネリス様の身を案じております。
 先日は不覚を取り、頼りにならぬ若輩者と思し召されて当然ではありますが。
 父の遺志に沿い姫様の御守役となる為、一から鍛え直します。
 暫しお暇をいただき、モンゴールへの御帰還をお待ち申し上げる所存。
 トーラスの城門に青騎士団の精鋭を揃え、お出迎えさせていただきます」

「爺は私に、最高の贈り物を遺してくれたのだな。
 礼を言うぞ、マルス伯爵。
 騎士達を束ね、モンゴール再建の要となれ。
 私も必ず、トーラスに戻る。
 マルス伯爵の肖像画を金蠍宮に掲げ、再興の祖と讃える為に。
 私に新たな希望を与えてくれて、ありがとう」
 モンゴールの騎士達は深々と頭を下げ、クリームヒルドの塔を退出。
 ドライドン騎士団の身分証明と通行手形を与えられ、祖国に向け旅立つ事となった。


 ゴーラの要となる宰相カメロンは、ユディウスの許を訪れ一部始終を解説。
 率直に黒髪黒瞳の相談役、ゴーラ三国の内部事情に詳しい軍師に意見を乞う。

「マルス伯爵に親衛隊の白騎士団、アリオン子爵に黒騎士団の再建を任せる。
 青騎士団、黄騎士団、赤騎士団は誰が適任だろう?」

「御二方は共に青騎士団出身と聞きます故、彼等の副官に兼務させては如何でしょう。
 トーラス奪還に貢献した青騎士長官、メンティウスの遺児か親戚を探しますか?
 当面マルス伯爵の従兄弟、ハラス大尉を名目上の長官とする手もあります。
 ドライドン騎士団や飛燕騎士団と同様、伝令部隊の名目で黄騎士団を再建しましょう。
 ダレン大佐に預け諜報活動、情報戦の専門部隊として鍛えさせますか。

 ゴーラの赤い獅子、アストリアス子爵が生きておれば赤騎士団の再建者に適任ですが。
 アルド・ナリス暗殺犯として捕縛され、消息を絶った儘の筈。
 アムネリス姫を熱愛のあまり、凶行に及んだ男です。
 ノスフェラス遠征の際は兎も角、クリスタル奇襲の際は武勇も優れ忠誠心は折り紙付き。
 処刑されたとは聞いておりませんが、カメロン様は何か御存知ではありませんか?」

「ユディトー伯、あまり俺を買い被らんでくれ。
 当時は、沿海州の船乗りだったのでね!
 アルド・ナリスに直接、確認するしか無いだろうな」
 鉄仮面の男は暗殺劇を仕組んだ張本人、闇と炎の王子にも忘れ去られていたが。
 火傷を負い酷く焼け爛れた顔を隠す為、銀色の仮面を被り続ける運命を免れる事となる。


 カメロンが風の様に去った後、ゴダロ一家は臨時休業の看板を掲げた。
 トーラス出身の騎士ユエルス、ホルス、ルイが荷造りを手伝う。
 ドライドン騎士団で鍛えられた精鋭達は、一言も洩らさなかったが。
 オリーが王子誕生の一大事を黙っている、と望む方が間違っている。 
 彼女は《煙とパイプ亭》の常連客が訪れる度、大声で喋り捲った。

「暫く店を閉めさせて貰うけど、すぐ戻ってくるからね!
 アルセイスで、アムネリス様に御子がお生まれになったんだよ!
 カメロン様が名付け親になられて、ミアイル様と御名付けになったそうだ。
 ミアイル様を、モンゴールの大公になさる御心算なんだ!!

 おおっぴらにゃまだ言えないけど、カメロン様はモンゴールの味方だよ。
 うちの店を御贔屓にして下さる、心の広い御方だって事は皆も知ってるだろ?
 お忍びで来られた時に色々と打明けてくれてね、あたしゃ確かに聞いたのさ!
 必ずモンゴールを復興させる、大公様の御子が大きくなるまでの辛抱だってよ!!

 ゴーラの御世継が大公家の御世継、アムネリス様の弟君ミアイル様の名を継ぐんだよ!
 カメロン様は前の公子様を忘れちゃいないんだ、ほんとに粋な計らいじゃないか!!
 あたしの肉まんじゅうを食べさせてやりたい、って勿体無くも仰ってくれてね!
 人手を出すから暫くの間、アルセイスに来てくれないかって言うんだよ!!

 そんなこんなで、あたしらの様な者でも良かったらって事になっちまってね!
 アムネリス様とミアイル様は落ち着いたら、トーラスにお戻りになられる予定だそうだ。
 そん時にゃ、あたしらも御供して、アレナ通りへ戻ってくるからさ。
 本当に急な話で、あたしゃ目が廻りそうだよ!」

 アムネリスの愛児ミアイルが大公を継ぎ、モンゴールを復活させる事は秘密裏の決定事項。
 噂は爆発的に拡散を遂げアレナ通り、トーラスを越え尾鰭を付け国中に拡散。
 ユエルス隊長は眉を顰めたものの、オリーの饒舌を遮るには既に手遅れ。
 カメロン宛てに詳細な報告書を送り、噂の出処を詳述の上で黙認するに留めた。


「アリスも赤ん坊も一緒に、アルセイスへ行くのかい?
 それじゃ長い道中、赤子の面倒を見るのは大変だろう!
 女手も必要だろ、あたし達も連れてっておくれ!!」
 《ミアイル王子》を一目見たさに、同行を申し出る物見高い女達も次々に現れた。
 ユエルス隊長は懇願を受け困惑するが拒絶は避け、オリーと相談し太鼓判を押す者から選抜。
 カメロンに報告を送り追認を確認の後、同行者を慎重に観察し更に人数を絞り込む。

 ゴダロ一家が出発する頃には、トーラス全域から祝福の言葉を贈る為に人々が殺到。
 往時の騎士団出征を偲ばせる程の市民が集い、一家を見送る盛大な御祭り騒ぎに発展する。
「アムネリス様、万歳!
 ミアイル様、万歳!!
 モンゴール、万歳!!!」
 人々の興奮と熱量は膨張の一途を辿り、トーラス中に絶叫が鳴り響いた。

 打ち拉がれた人々の心に希望の明りを灯し、久々に明るい未来を感じさせる話の種。
 《ミアイル王子》誕生の噂は瞬く間に、モンゴール全土へ広まった。
 カメロンは2人の赤子を案じ安全な道中を優先、ユラ山地越えを諦め人口の多い平野部を選択。
 モンゴール出身の騎士達が護衛する馬車は頻繁に休憩を挟み、カダイン街道を着実に進む。
 誰もが戦乱で失明したゴダロや片足を失ったダンに友人知人を重ね、同情や激励を繰り返した。

 モンゴール南部の村々に泊まる度、お喋りな女性陣は疲れを知らず払暁まで囀り続ける。
 オリー達は自覚の無い鎮撫工作、宣伝活動を南西部カダイン・オーダイン地方で展開。
 人口の多い地方に噂は浸透し、燻り続ける反乱の火種は嘘の様に消え去った。

 一時は虫の息となった老父ゴダロも連日連夜、激励の声を掛けられ気力と体力を回復。
 ダンは安堵の溜息を吐き、神々や精霊達に感謝の祈りを捧げた。
 アリスの産んだ男女の双生児はユリア、オロと名付けられている。
 吟遊詩人マリウスの妻タヴィア、オクタヴィアの母ユリア・ユーフェミア。
 スタフォロス城で戦死した長男、オロの名を受け継いだ事は言うまでも無い。
 煙とパイプ亭の若夫婦が授かり、多くの人々に祝福された双生児。
 トーラスのオロとユリアは明るい未来の象徴、モンゴールで1番有名な赤子となった。


 ドライドン騎士団に採用された騎士、ユエルス隊長は総てを見ていた。
 ゴダロ一家の安全を保障する為、周囲を警戒する部下4人も同様である。
 トーラス出身の騎士達に抜かりは無く、情報収集も怠らなかった。
 モンゴールの治安が急速に回復する模様に驚き、詳細な報告を送っている。
 イシュタールの一角に早馬が着き、カメロンも想定外の展開に眼を瞠った。

「こいつは、しくじったな!
 トーラスを出る前に、オリーの口を止める方策を講じるべきだった。
 アムネリス付きの女官共にも緘口令を敷き忘れてるし、俺も焼きが廻ったかな?
 王子の出産は兎も角、ミアイルの名が一気に拡がっちまったのは拙い。
 イシュトが知れば、モンゴール独立を俺が画策してると勘繰りかねんぞ」

「ゴーラ王国の安定化を図る者としては、非常に有難い展開だと思われませんか?
 モンゴール領の鎮撫工作費は不要となり、警備隊の減員と駐留費の削減も可能。
 ユエルスの報告書は簡潔ですが情勢を的確に纏め、他の者から届いた報告とも符合します。
 ゴダロ一家の護送任務が済み次第、トーラスの情報工作班を指揮させては如何でしょうか。

 事後の報告とはなりますが、イシュトヴァーン陛下に不都合とも思えません。
 カメロン殿の話では、モンゴールの面倒を見るのは真っ平と仰られた筈。
 ユエルスに諸外国の介入を見張らせておけば、放置しても構いますまい。
 クムの暗躍には気を付けねばなりませんが、好都合の展開ではありませんか?」

「まあ、確かにな。
 ユディウス殿の見方は間違っていない、その通りだと思う。
 過ぎた事を言っても始まらん、建設的に話を進めるしかない。
 話を聞いて貰って、良かったよ」

 ユディウス・シンは誠意を込めた会釈で応え、カメロンも微笑。
 ドライドン騎士団の副長ブランが執務室の扉を開け、2人に酒杯を手渡した。


 オリー達お喋り連は飽きる事無く毎日毎晩、カメロンへの賛美を無限に繰り返す。
 毎晩泊まる場所と聴衆が変わり、常に熱狂的な反応に迎えられた。
 一行が出発すると噂は燎原の火、枯れ草を焼く野火と化し益々大袈裟に吹聴され拡散。
 カメロンも予見し損なった想定外の事態が生じ、モンゴール中に異様な熱気が渦巻いた。

 元提督は本人の知らぬ間に光の公女、大公家を守護する救世主とされてしまっていたが。
 一時の激情により悪魔の子、ドリアンと命名された罪無き赤子も同様である。
 父親たるゴーラの冷酷王への怨念を込め、ドールの子を意味する悪名を免れた。
 薄倖な公子ミアイルの名は、モンゴール復活の希望を象徴する運命の子へ。
 新生ゴーラの正統なる王子、光の公女アムネリスの愛児へ受け継がれる事となった。 
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