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ソードアート・オンライン ~紫紺の剣士~

作者:紫水茉莉
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アインクラッド編
  16.50層

クォーターポイント。
それは、迷宮区最奥部に座するボスが、一際強くなる層のことを指す。最初のクォーターポイントであった25層では、それまで攻略組を引っ張っていたギルド《アインクラッド解放軍》がほぼ壊滅するという悲劇に見舞われた。それを受けて、この50層では攻略組の中でも選りすぐりの精鋭たちが集められることになった。
俺も、その一人に選ばれた。


「付いていきたい・・・」
「絶対に駄目だ」
俺がそう言うと、ミーシャは「分かってるもん」と言いつつ口を尖らせた。
「あぁ~心配だぁ・・・。アルトの腕を疑ってるわけじゃないけど・・・心配だぁ~」
「俺だけがボス攻略に呼ばれるのは、別に今回が初めてじゃないだろう」
実は、俺だけではなくこの《夜桜唱団》も、アスナを筆頭とする攻略組の有力者たちに勧誘されたことは幾度もあった。それくらい、このギルドは実力をつけてきている。事実として、彼女らのレベリングの最適層は最前線のフロアだ。だが、俺たちは他のギルドに入ることはなく、一度も攻略に参加したこともない。俺が止めているからだ。何故か、と言われると、うまく説明できない。
「――――時間だ。行ってくる」
「行ってらっしゃい。転移門の前で待ってるね」
手を振る《夜桜唱団》に俺も手を振り返し、そして背を向けた。



今回のボス討伐戦には、ちゃんとキリトもいた。声をかけることは敢えてしていないが、クリスマス前に比べるとだいぶ角が取れている。何かがあったのか、何も起こらなかったのか。どちらにせよ、以前の彼に戻るのは歓迎すべきことだ。
ボス部屋の前に到着し、今回のボス討伐の指揮を執るKOB団長ヒースクリフが声を上げる。
「さぁ諸君、行こう。――――勝つぞ!」
――――おおっっ!!
鬨の声とともに、攻略組はボス部屋になだれ込んだ。ぼっ、ぼっ、と松明がともっていく。ボスの全貌が明らかになっていく。鈍く金色に輝く体。数えきれないほどの腕。名前は《The Hand of the mercy》、慈悲の手。
(タンク)は前へ!腕の殴打攻撃を防御、余裕があれば反撃。攻撃役(アタッカー)は腕を破壊することを優先してくれ!」
ヒースクリフの号令を受け、俺たちは飛び出した。今回の俺の役目はアタッカーだ。目の前で盾に激突した腕の一つをめがけて、俺はソードスキル《アバランシュ》を叩きつけた。


ソードスキルが放たれる効果音。時折聞こえる悲鳴と怒号。プレイヤーが吹き飛ばされる音。
一言で言うと、状況は最悪だった。ボスモンスターの攻撃そのものは腕による打撃、それだけだ。しかし威力が圧倒的に高い。それに一度食らえばほぼ必ずスタン状態になるので、おいそれと追撃をすることができない。加えて、腕の数があまりにも多すぎる。
「もう、無理だ・・・駄目だぁ!!」
俺のすぐ右隣りで、誰かが叫んだ。次いで、青い光が閃く。転移結晶による戦線離脱。これを見るのはもう3人目だ。
「勝手を・・・!」
小さく毒づいて、俺は振り下ろされる腕を片手持ちの高速袈裟斬りで弾いた。ひび割れていた腕が粉々に砕け散る。さっきからずっとこの調子だ。多すぎる腕と高い攻撃力に恐慌をきたしたプレイヤーが、次つぎに戦線を離脱している。俺も、本来アタッカーであるはずのキリトでさえも、タンクとして奔走している。これではいつ戦線崩壊に至ってもおかしくない。
それでも、ボスのHPはようやく半分を割り込んだ。
「ギアアアアァァァァ!!」
金属的な悲鳴を上げて、ボスが高々と腕を振り上げる。
「パターン変わるぞ!注意しろ!」
言われるまでもなかった。俺もそのつもりだった。だが、甘かった。
気付くと俺は、壁に叩きつけられていた。
「がはっ・・・!」
「アルト!!」
キリトが俺を呼ぶ。左手を上げて無事を伝えながら、俺は必死に頭を回転させる。
何故こんなことに?当然、ボスの攻撃を受けたからだ。攻撃パターンが変わった?違う、変わったのは速さだ。速度が速すぎる、あまりにも。
ボスの攻撃をかわしつつ、キリトがこちらにやってきた。
「大丈夫か?」
「あぁ。・・・キリト、お前はあれを受け切れるか?」
「正直、難しい。タンクが減りすぎた。このままだと・・・」
全滅する。俺とキリトは同時にヒースクリフを見た。あいつだけは、涼しい顔をして攻撃を捌き続けている。HPもさして減っていない。
「奴は別として、これ以上は危険だ。アスナに撤退か救援の要請をしたほうがいい」
「あぁ、そうだな。・・・え、俺が?」
「むしろお前以外にだれがいるんだ?」
キリトは一瞬微妙に嫌そうな顔をしたが、直ぐにアスナのもとへ走っていった。こんな状況でも、アスナの高速レイピア捌きは衰えていない。相性が悪いはずのボスの腕を、すでにいくつも破壊している。
両手剣を持ち直し、構える。振り上げれられる腕を、じっと見つめる。
腕が持ち上がり、狙いを定め――――一瞬、止まる。
――――今!
地面を蹴り飛ばし、前へ。俺を狙った腕が、地面に激突。その瞬間を狙い、両手剣ソードスキル《イラプション》を発動させる。
バキッ!と硬質な音が響いて、腕は粉々に砕けた。成功だ。
――――が。
「しまった!」
すぐ右で誰かが叫んだ。その直後、激しい衝撃が俺を襲う。誰かがボスの腕を受け損ねたらしい。急激にHPが減っていき、3割を切る。しかも、HPバーを黄色い枠線が囲む。スタン状態だ。
冷たい汗が背中を流れた。ボスが腕を振り上げるのが目の端に見えた。だが動けない。遠くで、誰かが俺の名前を呼んだ。
――――ごめん。
誰にともなくそう思った、その直後。
ガアァァァンッッ!!
凄まじい衝撃音を響かせながら、盾と腕がぶつかった。
「おらあぁっ!」
威勢のいい掛け声とともに、メイススキル《ブルータル・ストライク》が放たれ、腕を粉々に打ち砕いた。
ふわりと揺れる紫色のマント。金色の糸で施された、桜の模様。
「おい、大丈夫か!?」
「生きてる!?」
「リヒティ・・・ナツ。何で・・・」
リヒティに差し出された手を無意識に掴み、俺は立ち上がった。よく見てみれば、リヒティとナツ以外のメンツも全員そろっていた。プレイヤーの数自体も増えている。援軍が到着したらしいが、それにしたって早すぎる。
「皆来ちゃった。後で説明はするから。まずはあれ、倒そう!」
どこか申し訳なさそうにミーシャが言った。
――――あぁ、やっぱりこいつらは。
何か言おうと思ったが、ぐっとこらえる。まだ戦いは終わっていない。
「ボスの動きは聞いてるようだから言わないからな。役割はいつもと同じだ。――――行くぞ!」



「ぜああああぁぁぁ!」
キリトの片手剣ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》がボスの胸のど真ん中を打ち抜いた。耳障りな悲鳴を上げながらボスはのけ反り――――硬直、爆散した。
Congratulation!!の文字が浮かび上がる。
一瞬の沈黙の後、大音響の完成が、部屋いっぱいに広がった。戦線が崩壊しかけたものの、結果的に死者はゼロ。俺は詰めていた息を吐き出し、剣を鞘にしまった。
「おっつかれーー!」
バシンッと背中をたたかれる。もはや慣れを通り越して懐かしくなりながら振り向くと、ミーシャは何故かパチクリと目をしばたたかせた。
「えっと・・・怒らないの?」
「なんでだ」
「え、それは・・・ううん、何でもない!」
「そんなことより、何でここに」
「ミーシャさん」
割り込んできた声の方を振り向くと、声の主はアスナだった。
「《夜桜唱団》の皆さんに、救援部隊に加わっていただいたことを感謝します。それと、救援部隊のリーダーをせっついてくれたことも」
「あぁ、イエイエ」
「よかったら、次のボス戦にも参加してください。攻略組は多いほうがいいですから」
そこまで言って一礼すると、アスナは踵を返して離れていった。アスナが十分離れるのを待ってから、もう一度ミーシャに問いかける。
「・・・ミーシャが言ったのか?何で来た?」
「そうだよ。なんかやたら人が転移してくるし、どうやら迷宮区から来てる人ばっかりだったし。これ結構やばいんじゃない?って思って・・・。危険なのはわかってたけど、アルトを放ってはおけなかったし・・・。ごめんね、勝手やって・・・。アルトが反対してたのは、私たちのためだっていうのは分かってたんだけど・・・」
若干目をそらし、だんだん語尾が尻すぼみになっていく。どうやら俺に怒られると思っているらしい。今更だ。
俺はいろいろ言おうと思って溜めていた息をため息に変えて吐き出し、代わりにこう言った。
「・・・来てくれて、ありがとう、みんな。おかげで助かった」
言った途端、ミーシャが固まった。ミーシャだけではなかった。シルストも、アンもタクミも、みんな固まっていた。
「おい、どうした?」
「いや、あんた今・・・わら・・・」
「いいってことよ!仲間だもん!」
シルストの言葉を遮り、ミーシャは満面の笑みでボス部屋の奥を指差した。
「さぁ行こうよ!51層!」
 
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