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触らない蜘蛛

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第一章

             触らない蜘蛛
 田丸模糊華はクラスではとかく奇人変人だと言われている、それは虫や小さな生きものを素手で捕まえてそれで皆に見せたがるからだ。
 だが模糊華自身はこう言うのだった。
「生きものって可愛いじゃない」
「蛙や蜥蜴が?」
「芋虫とかが」
「可愛いっていうの」
「そう、可愛いじゃない」
 クラスの友人達にだ、模糊華は笑って答えた。
「どの生きものも」
「可愛くないわよ、蛙なんて」
「模糊華ちゃん蜘蛛も捕まえるけれど」
「蜘蛛なんて気持ち悪いじゃない」
「足が八本もあってかさかさ動いて」
「蜘蛛はいい生きものよ」
 模糊華は蜘蛛についてもこう言った。
「皆が嫌う蠅や蚊を食べてくれるのよ」
「それはわかってるけれど」
「けれど気持ち悪いじゃない」
「あの外見がね」
「巣も張るし」
「そう?私は嫌いじゃないわよ」
 模糊華の言葉は変わらなかった。
「蜘蛛もね」
「そうなの」
「模糊華ちゃん蜘蛛も大丈夫なの」
「そうなの」
「ええ、蜘蛛も好きよ」 
 模糊華は笑顔のままだった、そうしてだった。
 いつも虫や小さな生きもの達を捕まえたりして遊んでいた、男子生徒はともかく女子生徒達もそんな彼女に辟易していた。
 だがある日だ、模糊華はある細く黄色っぽい姿の蜘蛛を見ても手を出そうとしなかった。それで彼女の友人達は怪訝な顔で尋ねた。
「あれっ、触らないの?」
「その蜘蛛には」
「何もしないの」
「ええ、この蜘蛛にはね」
 実際にとだ、模糊華も答えた。
「触らないの」
「どうしてなの?」
「この蜘蛛には手を出さないの?」
「だってこの蜘蛛カバキコマチグモよ」
 模糊華は蜘蛛の名前を言って友人達に答えた。
「毒あるのよ」
「えっ、そうなの」
「この蜘蛛毒あるの」
「そう、下手に触ると噛まれて毒で腫れたりするから」
 それでというのだ。
「触らないの、私も」
「死ぬの?噛まれたら」
「タランチュラみたいに」
「死なないわよ、ただ腫れて痛いだけよ」
 カバキコマチグモに噛まれてもというのだ。
「タランチュラもそうよ」
「あれっ、タランチュラもなの」
「噛まれても死なないの」
「そうなの」
「危ないのはアメリカのクロゴケグモとかよ」
 こうした蜘蛛は危険だというのだ。
「小さくて目立たないから余計に怖いの」
「そうなの」
「アメリカにはそんな蜘蛛がいるの」
「そうなの」
「そう、だからね」
 それでというのだ。
「その蜘蛛には気をつけないといけないけれど」
「噛まれても死なない」
「そのことは大丈夫なのね」
「けれど噛まれたら痛いから」
「触らないの。それにこの時期この蜘蛛は子育てがあるから」
 模糊華は友人達にこのことも話した。
「邪魔したらいけないわ、だからね」
「余計になのね」
「触らないのね」
「そうするのね」
「ええ、そうするわ」
 こう言って実際にだった、模糊華はカバキコマチグモには触ろうとしなかった。そしてある日のことだった。 
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