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艦隊これくしょん 災厄に魅入られし少女

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第十二話 試み

本日行われる演習は海上に設置されたコースを艦娘達が疾走し、途中に設けられた深海棲艦を模した的を砲撃、その際のタイムと命中率を競う『スコアアタック』制のものと、艦隊同士による『模擬戦闘』の二つが行われる。
スコアアタックのコースは海上に浮きと浮きをロープを括り付けて作られた簡易なものだが、幾重にも張り巡らせたロープ、そして緩急を考えられたコースの幅を見るに、小回りの利く駆逐艦や軽巡の艦娘ではないと完走すら難しそうなコースだ。
  ロープに触れたり、転倒した場合に応じてタイムを加算されると考えると、高度な旋回技術とバランス感覚を要求される。そこに射撃技術も要求されるので、かなり過酷なものであることが伺われる。
 
模擬戦闘に関しては文字通り、艦隊同士の砲雷撃戦だ。実際の戦闘に少しでも近づけるため、また様々な戦略を各艦隊が研究するために参加する艦娘は回によって多種多様を極め、演習において同じ艦隊が出てきたことは少ないらしい。その数少ない艦隊達は、現在の主力に抜擢されているのだが。
また、その際使われる弾薬は先端が丸くなっており、そこに被弾した時の衝撃に応じて変色する特殊な塗料が練りこまれているらしい。色に応じて判定が決まっており、黄色は小破、オレンジは中破、赤は大破だ。大破判定を受けた艦娘は戦闘続行不可能となり、即座に砲撃を中止して陸に帰投、戦闘が終わるまで待機らしい。
勝敗は両艦隊の被害で決まる。僚艦よりも旗艦が大破するとほぼ負け確定らしいので、旗艦となる艦娘はスコアアタックに要求される技術の他に、目まぐるしく変わる戦況と僚艦の状態を掌握する広い視野と即決能力、卓越した指揮能力が要求される。
もちろん、旗艦の被害を最小限に抑えるために僚艦達にも同じ能力を要求されるわけなのだから、僚艦と言えども簡単なわけではない。

(それなりの経験がなければ動くことすらまままらない、か)

とりあえずこれが演習の主な流れである。これらの他に、上空に浮かぶ気球を打ったり、水面に浮かぶ的に魚雷を放つ射撃訓練や、その時の波や潮の流れを利用した操舵訓練もあるとか。演習の内容は日によって変わるようで、四季によって様々な戦況を疑似出来る日本ならではの方法だ。
とはいえスコアアタックの方はともかく、後者の模擬戦闘に関しては普通他の鎮守府とやるものである。大方金剛が許可を出していないのだろう。
 
「提督、こちらになります」

凰香が興味なさげに眼下に広がる海を眺めていると、後ろから声を掛けられた。
凰香が振り返ると、眼鏡をかけたセーラー服姿の艦娘が書類の束をこちらに差し出していた。
 
「ありがとうございます。確か『大淀』さんでしたっけ?」
 
凰香がお礼を述べながら書類を受け取ると、彼女は無言のまま一歩下がり、軽く頭を下げた。
 
「はい、大淀型軽巡洋艦一番艦、大淀です」 
「私は先日着任したばかりの海原黒香です。こっちは私の連れの時雨」
「よろしく、大淀さん」
 
頭を上げながら自己紹介をした大淀に、凰香と時雨も軽く頭を下げて自己紹介をする。榛名と夕立は凰香が『頼みごと』をしたので、今はこの場にいない。また、防空棲姫は幽体化しているため、大淀にはその姿は見えていない。
頭を上げた際、大淀と目が合ったが、彼女がすぐさま逸らして手に持つ資料に目を落とした。わかりきっていたことだが、やはり簡単には距離を縮められないらしい。
 
まあそんなわけで凰香達は今、演習が行われる工廠近くの海岸にある見張り台にいる。初霜と別れた直後にフラっと横に彼女が現れてここに案内され、演習の内容を彼女の説明と手元の資料で教わったわけである。演習を教わってから居座っているこの見張り台は、眼下に広がる広大な海を一望でき、艦娘達が行う演習を隅々まで見渡すことが出来る場所だ。見張り台だから当たり前なのだが。
 
ちなみに初霜とは海に着いたときに艤装の最終点検をしてくるとのこのことで別れた際、朝の約束を念押しされたのはどうでもいいことである。これから事あるごとに飯を要求してくると考えると、割と面倒くさい。とはいえ、それでモチベーションを上がってくれるなら安いものである。
 
そんなことを考えながら、眼下で行われている駆逐艦達のスコアアタックを見つめる。
今まで挑戦した駆逐艦の殆どは複雑に入り組むコースを難なく突破、道中にある的にもほぼ全て当たっている。勿論複雑なコースに悪戦苦闘したり射撃が得意でない子もいるが、そういう子に限って最速のタイムを叩きだしたり全ての的を当てるなど、得意不得意に関わらずなかなかの練度を誇っている。
しかし、ゴールした駆逐艦たちの顔には嬉しそうな顔は一切浮かんでいない。

(『こんなものは朝飯前』ってか)

凰香はそう思うと、大淀に聞いた。
 
「大淀さん、この演習で優秀な成績だった子に何かあげるとかしているのですか?」
「私達は戦うために生まれた『兵器』です。そんなものなんていりませんよ」
 
凰香の問いに、大淀は凰香を見ることすら億劫なのか、資料から一切目を離さずにそう言ってくる。そんなさらっと『兵器』とか言う辺り、もはや洗脳レベルで浸透してしまっているようだ。

しかしあれだけの練度から彼女達が積み上げてきた努力は並大抵の事ではないことは明白だ。それをさも当たり前の様に扱うのは、少々気が引けると言うもの。また、その驕り高ぶったものがいつ慢心に変わるかもしれない。それだけは避けなければならない。
常に高いパフォーマンスとモチベーションを維持するためにも、何かしら考えた方がいいだろう。
 
そんなことを考えていると、次は駆逐艦よりも少し背の高い艦娘がスタートラインに立った。見た目からしておそらく軽巡洋艦だろう。
 
黒髪の短いツインテールに髪飾りを付け、忍者のような意匠のオレンジ色の服を身につけている。両腕の長手袋には主砲と副砲が付いており、、日差しを浴びて黒く光っていた。そんな海の上に佇む姿は、先ほどまでの駆逐艦と比べると幾分か様になっている。
しかし、彼女も駆逐艦達と同じように無表情のまま前方を向き、スタートの合図を待っているのが残念なところである。
やがてスタートの合図が放たれ、彼女は勢いよくスタートを切る。
 
最初の難関である縦に並んだ浮きの間をジグザグに進むのを難なく突破し、最後の浮き近くにある的を通り過ぎ様に副砲で当てた。そのままスピードを上げ、次の急カーブに差し掛かる。彼女は身体の重心移動を利用してほぼスピードを落とさずにカーブを突破、的も副砲で難なく当てる。しかし、彼女は無表情のまま更にスピードを上げ、コースを疾走していく。
今まで見てきた駆逐艦とは一線を引く、極限に無駄を省いたその速さと的を射抜く正確さ。これが旗艦を担う軽巡洋艦か。演習といえども、やっぱりその練度の高さを垣間見えることが出来る。
しかし、逆に極限に無駄を省いた旋回技術とどんな体勢からも正確に射貫く射撃技術からは人間味が一切感じられない。やはり、『兵器』として生きてきた賜物と言えるだろう。
これならまだ深海棲艦の方が人間味を帯びていると言える。
そんな恐ろしいほど正確にコースを走り抜けた彼女は、ゴールした後も何事もなかったかのように陸へと向かう。それとすれ違うように、次の軽巡洋艦がスタートラインに向かっていた。
 
「次は天龍みたいだね」
 
時雨が言った通り、天龍が先ほどの少女とすれ違ってスタートラインに向かっていた。砲門を引っ提げていく彼女の腕には、専用の艤装なのか、独特の形をした刀の艤装が握られていた。おそらくあの刀で的を斬ってもポイントが加算されるのだろう。
 
「凰香、ちょっといいかい?」

不意に時雨が小声で話しかけてくる。
凰香は小声で時雨に聞いた。

「時雨、どうかした?」
「今思ったんだけど、『アレ』が使えるんじゃないかな?」
「ああ、なるほど」

時雨の言葉を聞いた防空棲姫が納得の声をあげる。
凰香もまた納得した。時雨の言う通り、『アレ』は効果があるだろう。

「どうしました?」

不意に声をかけられ、横を見ると訝しげな顔の大淀が覗き込んでいた。おそらく凰香と時雨がコソコソと話をしているのを見て怪しんだのだろう。
凰香は大淀に言った。

「大淀さん、今から演習場まで連れて行ってくれませんか?」
「はあ、構いませんが……」

怪しみながらも大淀が案内してくれる。

「こちらです」
 
なおも訝しげな顔の大淀に案内され、見張り台からスコアアタックが行われている艦娘が待機している簡易テントにたどり着いた。中には演習が終わったもの、これからのものでごった返している。
 
「どうも、天龍さん」
 
その中で唯一の顔見知りである天龍と龍田を見つけ、さっそく声をかける。今まで楽しそうに会話をしていた二人は凰香達の方を振り向くと、同時にその表情をしかめっ面に変えた。相変わらず歓迎されていないようである。
 
「……なんでここにいるんだ?金剛の話では見張り台から見てるんじゃなかったのかよ」
「何処で見ようが私の勝手です」

天龍の言葉に凰香はそう返す。どうやら金剛は勝手に言いふらしていたようだ。そしてそのことから見張り台にいることを演習に参加している艦娘達は知っているということになる。仮にとある艦娘の手元が狂って見張り台を砲撃してしまう、ということもなきにしもあらず。
まあ、そう簡単に砲撃されるつもりは微塵もないが。
 
「まぁ、こうして自分からノコノコ来てくれたからいいか。見張り台を砲撃する手間も省けたってわけだし」
 
そんなことを言いながら、天龍は薄笑いを浮かべて近づいてくる。どうやら砲撃する気満々だったようだ。
 
ダァン!!と、凰香の顔のすぐ横の壁に彼女の腕がたたきつけられる。割と強かったためか、発せられた音によって周りで騒いでいた艦娘達の視線が一斉に集まる。
 
「んで?なんでてめぇはわざわざこんなところに来やがった?これの錆にでもなりに来たのか?」
 
凄みを聞かせた声と鋭い目つきを向け、携える刀を口元に持っていってその先をペロリと舐める。
厨二病全開のしぐさが、その表情、短い黒髪に武骨な眼帯、切れ長の目つきなど、本来彼女が持つ容姿も合い余ってなかなかに様になっているが、凰香にとってはどうでもいいことこの上ない。しかもその程度の艤装で傷つけられるほど凰香の身体はやわではない。
しかし、こうして周りの目を集められたのはありがたい。
 
「そんなことではありません。思いついたことがあって来ただけです」
 
そう言って、天龍の腕をスルリと抜けて他の艦娘たちの視線の中を歩く。凰香の反応が面白くなかったのか、天龍はつまらなさそうに頭を掻き、近づいてきた龍田ともども凰香達を訝しげな目で見てくる。
 
そんな友好的ではない視線にさらされながら歩き、ステージのような場所を見つけてそこに上がる。上がって改めて艦娘達を見回すと、予想通りといっていいか見渡す限りの彼女達の顔には訝しげな表情が浮かんでいた。いきなり凰香が現れて、勝手に注目を集めているので、仕方のないことである。
 
 
「あー、先ほどまでの演習、遠くからだが見させてもらいました。着任したばかりでほとんど目の肥えていない私が言うのもなんですが、素人の私から見ても素晴らしい練度だと思います」

凰香が一言一言発するごとに、艦娘達の顔に不満の色が募っていくのがよくわかる。しかしその程度で凰香がビビったりすることはない。それが面白くないのか、天龍はつまらなさそうな表情をしている。
そんな天龍を無視して凰香は続けた。
 
「しかし、練度が高いからと言って日々の訓練や出撃で気の抜くのは絶対にダメです。それが慢心を生み、自分たちを傷付ける、最悪の場合轟沈しちまうかもしれません。それだけは絶対に避けなければならないこと。これは、常に肝に銘じておいてください」
 
言葉の一つ一つを言うたびに艦娘達の顔に皺が刻み込まれていく。そんなことお前に言われなくても分かってるわ、とでも言いたげである。
しかし、これは建前。本題はここからだ。
 
「……なんて、私が言ったところであんまり意味がないのは分かっています。そんなことはあなた達が一番分かっていることです。でも今日の演習を見る限り、誰一人としてそんなことを念頭に置いてやっている方は一人も見受けられませんでした。だから、私が改めて言っているわけです。お分かりですか?」
 
突然の話の内容の変わり具合に殆どの艦娘が驚いている。しかし、それは次第に先ほどよりも敵意がにじみ出ているものに変わっていく。まあ注目を集められるので別に構わないのだが。
 
「とはいえ、常にそんなことを考えるなんて難しいですよね。偉そうに言っている私だってずっと続けられる自信はありません。そんなことを続けていたら疲れてしまいますしね。見返りでもあれば別ですけど」
 
言葉と共に肩をすくめる。それに、何人かの艦娘が同感するように頷き始めた。
 
「そこで、ここで一つ提案です」
 
凰香はそこで言葉を切って、目の前にいる艦娘一人一人の表情を見る。全員、凰香次に続ける言葉に興味津々のようだ。さっきまで敵意がにじみ出ていた視線も少なくなっている。
凰香は少し間を空けてから言った。
 
 
 
「今日の演習から、各艦種で一番の成績を残した奴に間宮アイス券を進呈しましょう」
 
そう言い放った瞬間、艦娘達の顔から表情が消えた。おそらく、凰香が発した言葉の意味を理解したのだろう。
そして、言葉の意味を理解した各所から驚きの声が上がり始める。
そのことを気にせずに凰香は続けた。
 
「もちろん、これは演習に限らずこの鎮守府で行われる戦果に応じて進呈するつもりです。しかし、何分思いつきですから今すぐ全てのことに反映させるのは難しい。取り敢えず、まずは演習の成績最優秀者に間宮アイス券を進呈します。演習が終わり次第、成績を確認してその方を何らかの方法で呼び出すから来るよ―――」
 
「ま、待てよ!!」

凰香の声を遮ったのは天龍であった。先ほどの涼しげな顔から一変、真っ赤になりながら噛み付かんばかりに睨み付けてくる。
 
「え、演習は各艦娘の正確な練度を確かめて向上させていくものだ!!さっきの演習、あれは本気の半分も出してねぇから正確な成績じゃねぇ!!俺の練度ならもっとすげえ成績を叩きだしてやる!!だから……だからもう一回演習をさせろ!!な!!良いだろ!!」

真っ赤な顔を上げながらそんなことをのたまう天龍。大方、さっきの成績で一番になるのは不可能と判断して、もう一回演習をして一番を狙いに行く算段だろう。
 
「それに関しては、手を抜いたあなたが悪い。今後の教訓にすることです」
「で、でも!!」
「でももなにもありません。それに、あなたには昨日渡したばかりでしょう。少しは自重してください」
 
最後の一言が効いたのか、天龍は押し黙る。正確に言えばその言葉に周りの艦娘がどういうことなのかと天龍を問い詰めてくるから突っかかれなくなっているだけである。まあ自業自得なので気にすることはない。
 
「提督ぅ。昨日食べたアイスでお腹を壊したから部屋に帰るわねぇ~」
「それは大変です。ゆっくり休んで体調を治してください」
「な!?龍田てめぇ!?一人だけ逃げんなーーー」
「逃がしませんよ天龍さん!!先ほどの提督の言葉はどういうことですか!!」

クスクスと笑いながら龍田がそう言ってきて、凰香と時雨の横をスルリと抜ける。裏切られた天龍は龍田の後を追おうとするが、周りを他の艦娘たちにがっちり固められているため動けず、一人走り去っていく相方を恨みがまし気に見つめることしか出来ないようだ。

「伝えることは伝えたし、私達も行きましょうか」

防空棲姫がそう言ってくる。
それに小さく頷いた凰香と時雨はそっとその場から離れる。

「提督……あなたはまさか……」
 
天龍と他の艦娘がギャーギャーと騒ぐテントを抜け出すと、驚いたような表情の大淀が出迎えてくれた。
 
「すみません大淀さん、次は模擬戦闘組の待機所まで案内してもらえますか?」
「わ、わかりました」
 
凰香がそう言うと、大淀がハッとしてそう言ってくる。そしてくるりと背後を向いて歩き出した。どうやら連れていってくれるようだ。

「……凰香、大淀の今の言葉って」

大淀の後をついていく中、時雨が小声でそう言ってくる。

「……さてね」

しかし凰香は興味なさそうに時雨に返すのだった。 
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