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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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解決?

 
前書き
まさかまだ読んでくださる方がいたなんて 

 

「いや、マジだってまじ。ホントの話!」
「嘘つけよ」
 浮ついた口調で語る言葉。

 それはおそらくは学生だけに許された特権なのだろう。
 少なくとも戦場に出れば、彼らの口調は実力行使によって訂正されるであろう。
 ただその戦場前の――学生食堂での一時は許されてもしかるべきかもしれない。
 少なくとも生徒しかいない空間であるならば。
「だから、俺この前外に出ただろ」

「知ってるよ、姉さんの結婚式にハイネセンまでいったんだろ?」
「そこで本当に見たんだってさ!」
「だから、それが嘘だろ」
 興奮気味に身を乗り出す少年を前に、反対にいる少年は冷静そのものだ。

 呆れたようにパスタをすすれば、話を聞けと少年が机を叩いた。
「だから見たんだって。あの烈火のアレスのデートをさ!」
「あのな」
 呆れたように対面に座る少年が口に、ミートボールを入れた。

「アレス先輩が卒業して、もう半年経つぞ。そもそもお前はアレス先輩の顔見たのはシミュレーション大会の時くらいだろ?」
「間違いないと思ったんだけどなぁ。でも」
「ん?」

「目元に傷があった気がする」
「ほら、アレス先輩の顔に傷なんてなか――」
 ガシャン。
 そう言いかけた少年の言葉は、食器が叩きつけられる音で止められた。
 何事だと睨もうとして、そこに上級生であり――そして、二学年の主席であるライナ・フェアラートの姿だ。まだ一学年の――いや、例え上級生であっても言葉には出来なかったかもしれない。

 その瞳に映る鬼のような表情を見たのならば。
「ええと。ごめんね」
 と、金褐色の女性が申し訳なさそうに謝った。
 こちらも有名――二学年で次席であり、何より現役の軍人を父に持つフレデリカ・グリーンヒルだ。
 そんなフレデリカの謝罪すら気にも留めないように、ライナは怯える二人を見た。

「どうぞ。話を続けるとよろしいかと。具体的にはデートしたのを見たあたりから」
「えっと」
 本来であれば二学年の――いや、学園で一、二を争う美人に挟まれれば嬉しいはずであろうが、一学年生二人にとってはまるで地獄のようで。
「どうぞ。ご遠慮なさらなくて結構ですのよ」

 戸惑う少年達に、ライナの笑みは、地獄の獄卒を想像させた。

 + + + 

 白い教会で結婚式が行われている。
 幸せそうな女性と、照れながらも嬉しそうな男性が並んでいた。
 幾度となくフラッシュが光る光景に、アレスは満足そうに歩いていた。

「久しぶりにうまいものを食べた。本当ありがとう」
「よ、喜んでいただけて良かったです」
 微妙そうな笑みを浮かべながら、シノブは不思議そうにアレスを見た。
 日本という国が存在しなくなって、何百年もたつ。
 もちろん、その子孫は生き残っているわけであるが、食生活まで残っているわけではない。

 大多数の意見によって残されたのは、過去でいう洋食と呼ぶものだ。
 食べる機会も少ないうえに、特徴的な調味料を使う和食は、いわば特異な料理として残っているだけだ。
 本当に連れて行っていいのか。
 あるいは、何らかの間違いでシノブを口説くために日本料理店の紹介をお願いしたのではないか。そう疑っていた自分の想像は、あっという間に裏切られた。

 まさか。
 うまいと言えば、夕食で出るというにはあまりに質素な鮭の酒粕焼きにご飯、味噌汁をあっという間に平らげ、しめには納豆卵かけご飯まで頼んでいた。
 過去には日本人だったシノブがいう。
 卵は生では食べられないし、納豆はそもそも腐っていると。
 きっと同僚や友人に勧めたら激怒される。

 まして、上司に勧めることなんてありえない。
 それをアレスは迷わず頼んでいた。
 漢字で書いていたのにも関わらずだ。
 様々な疑問が浮かぶ。
 なぜ漢字を知っているのだろう。
 そして、なぜあんなに嬉しそうなのだろうと。

 けれど、横を見る顔はとても幸せそうで。
 それを自らの問いで表情を崩すにはあまりにも無粋。
「見てください。結婚式ですよ」
 だから、別の質問を投げかけた。
「ん。ああ、そうだね……」
 そこでアレスは初めて気づいたように、結婚式のほうに目をやった。

 どれだけ日本料理が好きだったのだろう。
「幸せそうだ。できるならば、ずっと幸せでいてほしいものだね」
「結婚式の日にそれを考える人はいないと思いますけれど」
「そうか。今の時代はそれを願う人のほうが多いと思うけれど」
「そんなことは」
 口を尖らせたシノブの言葉は、途中で奪われた。

 激しくなるサイレンと走る車の音でかき消されたからだ。
「ほら、せっかくのシーンが台無しだ」
 そんな光景をアレスは驚きもせずに、ゆっくりと見送っている。
「先ほどから随分と警察が動いていますね」
「軍もね」

 と、促すように見れば、走る車の多くのナンバープレートが軍であることを表す特殊な記号が使われていた。
 そう言われて、シノブは初めて気づいた。
 サイレンを鳴らす車両の他に、やけに軍の車両が多い。
 いや、それだけじゃなく。

 他も同じ方向に動いている車が多いような。
 ほとんどが同方向で、それがシノブ達の務める後方作戦本部の方向であったのだが、気づいたのはアレスだけであったようだ。
 興味深げに見送る様子に、どうかしましたかと問いを向けるシノブにアレスは静かに首を振った。

 問いには答えず、ただどこか楽しげに、走る車の列を見送るのであった。

 + + + 

「フェザーンの大手軍事企業であるアース社との癒着があったとして、警察では整備計画課のオーラン課長及びアース社トゥエイン容疑者を逮捕し、現在取調べを続けています。アース社のトゥエイン容疑者は容疑を認め、一方のオーラン容疑者は否認をしているとのことです。この件に対して、アース社では警察が捜査中であり、コメントを避けると述べていますが、いかがでしょうか。ウィンザーさん」
「同盟軍の、それも後方作戦本部の上層部が一企業と繋がっているなどと、非常に由々しき事態です。警察には真相解明に全力を持っていただきたいと思います。そればかりではなく、軍に対しても今が大切な時であると再認識していただきまして、全軍が一丸となって帝国からの民衆の開放を目指し……」

「あ、ありがとうございました、まことにそのとおりだと思います。そろそろ時間を迎えましたので、本日はこの辺でと……。ニュースハイネセンはゲストにコーネリア・ウィンザー情報交通委員を迎えまして、私ウィリアム・オーデッツがお送りしました。では、また明日」
 モニターに映った画面が突如として切り替わり、コール音が鳴り響いた。
 表示される番号には、セレブレッゼとの表記がある。
「見計らったようなタイミングですね、少将閣下」

 手を振ることで受信を選択したアレス・マクワイルドはいまだ軍服姿のシンクレア・セレブレッゼ少将に対して敬礼を行う。最もいまだ軍服姿のセレブレッゼと風呂に入ってパジャマ姿であるアレスが行うと、馬鹿にしているようにも取れるのだが。
「馬鹿にしているのかね、マクワイルド中尉」
「いえ。夜中の十二時に電話が鳴って、起きているだけでも満足していただければ幸いです」
「皮肉かね。こちらはまだまだ寝ることもできそうにはないがね。君は素敵な金曜日を過ごしたようだね」

「良いデートでしたよ。閣下は大変そうですね。予想はつきますが」
「君もニュースを見ていたのだろう。まったく憲兵隊も動くなら金曜日でなくてもいいだろうに」
「その方が彼らにとっては土日をゆっくりと休めますからね」
「こっちは休めないがね。まったく、当事者の君がなぜデートを楽しんで、シャワーを浴びて、ビールを飲んでいるのか。まさかそこにデート相手はいないだろうね」

「そこまで手は早くありませんからご安心を。それに、これ以上は私の手を遥かに超えていますので」
「まったくその通りだな!」
 ことは整備企画課だけの問題ではなくなった。
 ニュースのように同盟軍全体の問題として、現在はどこのテレビ局も報道を実施している。
後方作戦本部は大騒ぎであろう。

 最もその一部所の、中尉でしかない者にとってはできることなど何もないかもしれないが。それをセレブレッゼも理解しているのだろう。
 苦い顔をしながらも、文句は言わず、手元のコーヒーをすすった。
「君の――いや、私の進言通りか。整備計画課のオーラン課長のところから不正の証拠が山ほど見つかったよ」

「でしょうね」
 先日の話で、自白したといっても良い整備計画課。
 黙秘をしたといっても、いまさら過ぎる証拠の山だと嘆くようにセレブレッゼは語った。
「一方でアース社は営業課長の尻尾を切って終わりですか」
「そこはあちらの方が上手だったのだろうな。形成が不利になると、即座に尻尾を叩ききった。まあ、その尻尾もその後の人生は面倒を見るとでも言われたのかもしれないがな」

 先ほどの矛盾した報道内容のとおりだろう。
 アース社はトゥエインを切り捨てた。
 しかし、認めれば後々の生活は面倒をみると説得し、彼は進んで今までの癒着について語るだろう。
 それは。
「さらに上の癒着を誤魔化すためでしょうね」
「女狐がまじめな顔で語っていたな。一番関わっていたのは奴らだろうに」

「同じ尻尾を切られるにも、オーラン准将のようにはなりたくありませんね」
 アース社は使えないとなれば、即座にダメージの少ない場所を切り落とした。
 それこそ蜥蜴が尻尾を切るように。
 一方で、本来は整備計画課長であるオーランを操っていた上層部はいまだに現れない。
 政治家か軍か。
 金で黙らされた営業課長に対して、オーランは話せばさらに罪が重くなるところまで追い込まれたか、あるいは命の危険を感じたか。

 その部分で言えば、政治家も軍も黒幕が表に出ないことを徹底しており、逆にアース社は企業として資金で抑えることにしたといえる。
 どちらにしても、その黒幕の姿は見えないわけで。
 冗談が混じった口調を変えて、アレスは苦い顔を作った。
「厄介ですね」
「まことにな。いまの憲兵は反戦思想ばかりを狙って、本来の職分を忘れている。きっと今頃は厄介ごとを後方作戦本部に押し付けて、飲み会でもしているのだろう。君を推薦しておこうか」

「では。すぐに閣下のもとに向かいますね」
「やめておこう。冗談はさておき、要件だ」
 疲れた顔をしていたセレブレッゼだが、どことなく楽しげな表情を浮かべて言った。
「君の案件である、装甲車における脳波認証のシステム改修はアース社が全てを負担することになった」

「まあ、癒着とされた根本の原因ですから、そうでしょう」
「アース社はこれをもって幕引きとしたいようだな。見事なものだ」
「ありがとうございます」
「これで君が来た理由もなくなるわけだ。まったく、できれば、これからも私の下で働いてもらいたいものだが。そうもいかなそうだ」

「どういうことです?」
 そこで、セレブレッゼは初めて笑みを作った。
「なに、それは今後のお楽しみという奴だ。ともかく、君は今まで休みなく働いてくれた。来週は休みにしておくからゆっくり休みたまえ」
「ちょっと待ってください。かっ……」

 + + +

「逃げられた」
 切れた通信に、苦い顔でアレスは見送ることとなった。
 セレブレッゼ少将のいうように、確かにアレスは装甲車の脳波認証システムの改善を名目として呼ばれた。

 そして、その仕事は本日をもって終わった。
 この先がどうなるか。おそらくは脳波認証システムの改善プログラムを全ての装甲車に導入することになるのだろう。大きな費用であるが、アース社にとっては、政治家とつながりがあることを暴露されるよりかは遥かに安上がりになると目論んだ。
「また異動か」
 だが、その後の意味ありげな言葉を考えれば、おそらくはアレスは近いうちに異動があるはずだ。

 何も考えずに言葉を口にするほど、セレブレッゼは馬鹿ではない。
 しばらくアレスは考えを深めて。
 まあ、仕方がない。
 と、苦笑を浮かべる。
 元々整備企画課に配属されたことがイレギュラーであったのだ。
 まあ、思わず日本食という懐かしい食事にありつけたのは朗報ではあったが。

 考えながら、アレスは手元にあった封筒の束を目にする。
 水道や電気の料金を開き、その後にあったピンク色の封筒を目にした。
 それは他の封筒よりも目を引くものだ。
 勧誘だの公共料金の引き落としだので、ピンク色を使うことはない。

 封筒を手にして、裏書を見れば、そこにはまるでコンピュータで書いたような文字があった。
 
 ライナ・フェアラート
 
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