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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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MR編
  百五十五話 アイリのドキドキ恋バナタイム

 
前書き
はい、どうもです!

と言う訳で今回はタイトル通り、アイリさんを主軸に置いた話になります。

では、どうぞ!! 

 
「はい、ぽーんっ!」
振り抜いた直剣が、寸前まで動く骸骨出会ったモンスターをしゃれこうべに変える。自分で発した擬音の通りポーン、と飛んで落下してくる頭蓋骨を最後についでとばかりに縦に一閃しながら、その勢いのままアイリは振り向いた。

「よーし!そっち片付いたー!?」
「うん!」
呼びかけた先で、消えかけのポリゴン片をバックに闇妖精(インプ)の少女がニカリと笑った。どうやら言われるまでもなく、既に自分の側のモンスターたちを片付けていたようだ。

「(私の方よか二体くらい多かったと思うんだけどなぁ)」
同じ片手直剣を使っているはずなのに、大分さを付けられてしまっている気がして若干苦笑しながら、ユウキの強さに改めて感嘆する。装備の差と言うよりも、ユウキ自身の戦闘の効率がいいのだろう。より早く、的確に相手の隙になるタイミングを見つけ出し、そこに素早く一撃を叩き込む、その能力に、ユウキは非常に長けている、ALOのプレイ期間は自分も彼女もそう変わらない筈なので、そうで無ければそのDPSの高さに説明が付かない。

「(おまけに回避も最小限の動作でしてるし、滅茶苦茶に動いてるように見えて始動、技後の隙もかなり少ない。センスの塊だね~、これ)」
「?アイリさん?」
「ん!もー、アイリで良いってば、さん付けなんかこそばゆいから禁止~!」
「あ、そうだった!」
つい先ほど言われた事を戦闘の間にうっかりと忘れていたらしいユウキはポンと手を叩いて照れたように笑う。

「でもよかったよ~、ユウキと合流出来て、2人で行動するのと一人とじゃ全然違うもんね」
「うん。でも大丈夫かな?他のみんな……」
恐らくは特にアスナの事を心配しているのだろう、少し落ち着かない様子で視線を彷徨わせるユウキを見て、アイリは少し考えて答えた。

「うーん、でも、キリトやリョウは単独行動にも慣れてると思うし強さも折り紙付き……アスナは、アストラル系が出なければ、強いのはユウキもよく知ってるんじゃない?それに、私達が同じ通路に落ちたってことは……」
「あ、そっか、他のみんなも二人か三人くらいなら合流出来てるかも!」
「そう言う事、少なくとも私達が、リョウたちよりすごーく運がいいんじゃない限りはね」
軽くウィンクして、ユウキと隣り合いながらアイリは歩き出す。

「ねぇねぇ、アイリは、みんなと一緒に居るのって長いの?」
「え?そうでもないけど……どうして?」
アイリがキリトやリョウたちと同じゲームで遊ぶようになったのは、つい最近、ほんのひと月ほど前からの事だ。勿論前の世界、SAOを含めればその限りではないが、あの世界に居た頃は同じゲームをしていただけでお互いの存在すら殆ど知らなかった。そう言う意味でも、付き合いが長いとは言い難いだろう。

「リョウとかキリトとか、みんなの事、凄く信頼してるって、違った?」
「そう?そっか……そうだねぇ……」
首を傾げて自分を観たユウキに、アイリはどうしてだか少し意外そうに、さりとて納得したように言った。まるで自分の事を自分で分析するように、うんうんと唸り……

「うん、そうだね、リョウなんかとはリアルでも結構付き合いあるし……今は、信頼してるかな」
「リョウとアイリって……」
「この前、ユウキも来たんだよね、ウチの学校。あそこの生徒会なんだよ、リョウとア……えーと、アウィンと私でよく放課後に一緒に仕事してるんだー」
軽く、生徒会の事を説明すると、ユウキは興味深々と言った様子で目を輝かせる。

「放課後に残って仕事かぁ……大変そうだけど、なんか楽しそう!」
「そう?」
「うん!みんなが帰った後も学校に残って三人で色々してるって、なんだか憧れるなぁ……」
「……そっかぁ」
ユウキの事情は、簡単にではあるもののアイリも知っていた。リアルでは身体が弱く、学校にも小学校までしか普通の学校には通えなかったらしい、きっと彼女にとって放課後の校舎に残るなどと言うのは物語の中だけの話なのだろう。そう思うと、彼女の「癖」が、どうしても働いてしまう。

「……じゃあ、今度一度見に来る?」
「えっ!?」
驚いたように目を見開くユウキを見て、アイリは楽し気に両腕を開いて続ける。

「前に学校に来てた時に使ってたカメラで、今度放課後に生徒会室においでよ!色々見られるよ、リョウがうんうん唸ってるところとか、生徒会名物リョウとアウィンの喧嘩とか!」
「名物なの!?」
「殆ど毎日してるからね」
にひひ、と笑ってアイリは歩く、しかし少しユウキが不安げな顔をしているのを見て首を傾げた。

「どしたの?」
「でも、いいのかな?用もないのに放課後に居たりしたら迷惑なんじゃ……」
「じゃあ……何か手伝ってもらうとかにしようかな?」
笑みを不敵なものに変えて、挑戦的な目線でユウキを見る。彼女は少し気圧されたように視線を泳がせると、どこか探るように上目遣いにアイリを見た。

「ぼ、ボクでも手伝える?」
「リョウとかアウィンの仕事は私にも出来ないけど、私の仕事は大体簡単だからユウキにも出来ると思うよ?」
「よ、よぉし……じゃあ、行ってみたい!」
「うんうん!じゃあ今度アスナ達に相談してみよう!」
「可愛いなぁこの子」と思いながら、何度も頷くユウキに和みつつ、笑顔を微笑みに変えて首を傾げてみる。

「そう言えばどうだった?私達の学校、楽しかった?」
「うん!アスナの友達も仲良くしてくれるし、前にボクが通ってた学校よりもずっと広くて、凄かった!先生もまた来て良いって言ってくれたし!」
「何回でも来て良いと思うよ~、アスナ達と一緒に青春して、恋とかしちゃえ!」
「こ、恋……!?恋、かぁ……」
ユウキの顔がポッと朱くなる。彼女にとっては、どうやらあまり耐性の無い話題のようだ。

「お、ユウキ、恋したこと無いの?ユウキのギルドにも、男の子はいるんでしょ?」
「な、ないよぅ!ジュンは子供っぽいし、タルは女の子苦手だし、テッチはそんな事考えてないと思うし……」
普段見せる好戦的な表情がきれいになりをひそめ、視線を右へ左へと彷徨わせながら困ったような顔で顔を赤らめるのを、和やかな気持ちで見ながら、更に小首をかしげて問いを続ける。

「へ~……じゃあ最近会った子達はどう?キリトとか、女の子に凄く好かれるみたいだよ?」
「キリトはアスナの大事な人だし……リョウさんとか、レコンも……ボクはうーんかなぁ……それに、分からないよボク、恋ってどういうことなのか……あ、ねぇ、アイリはあるの?恋、したこと」
反撃のつもりなのか、あるいは単に興味本位なのか、ユウキの目がキラリと輝く。コロコロと変わる表情が子気味良い。

「ふふ、一応ね~」
どこか懐かしむように、あるいはその記憶を慈しむようにして目を細めたアイリの顔を、ユウキは興味深げに覗き込んだ。

「アイリが好きになった人って……」
「ん?リョウだよ?」
「……うあ……ちょっと、そうかなって、思ってたけど……」
「あは、私、分かり易いかな?」
コロコロと笑って問い返したアイリに、ユウキはブンブンと首を振って否定する。

「そ、そうじゃないけど!……さっきリョウの話してた時、ちょっとだけ、普段と違う感じがしたから……」
「成程ね~……うん、確かに、リョウは今もちょっと私の中では特別だし……そう言う感じあるかもね」
「その……ボク、こういう話ギルドでもあんまりした事無いから聞いて良いのか分からないんだけど……告白とか、したの?」
「うん、して、フラれちゃった」
務めて明るくおどけた表情で、アイリは言った。ともあれ、やはりと言うべきか、ユウキには少しショックを与えてしまったようで……彼女は少し目を見開いて、戸惑ったように視線を彷徨わせる。

「え、ご、ごめんボク……!」
「気にしない気にしない!私が一番無理だって分かってて、それでも言ったんだもん」
「駄目って分かってても、告白したの?」
「うん」
「どうして……?」
戸惑いは、困惑へと色を変えていた。ユウキも、告白を断られることが辛いことであるのは理解しているのだ。好意を持っていた人間にその好意を打ち明けて、けれどそれが受け入れてもらえなかったら、きっとそれは、とても……とても、辛いことなのだと、ユウキも思う。けれど、それが分かるからこそ、分からなかった。ぶつかってみなければ分からないから、実る可能性があるからこそ、想いは告げるものなのだと思っていたから。
そんな彼女の様子に少し困ったように、けれどどこか照れたように笑いながら、アイリは返す。

「……確かめたかったから、かな、後は……後悔したくなかったんだよ、きっと」
「フラれるのって、そっちの方が後悔するんじゃ……」
「そうだね、フラれるのはショックだけど……告白しないほうが、きっといつか、もっと後悔すると思ったんだ、少なくとも、今私は告白した事自体は後悔してないよ?」
「…………」
「伝えたかったことを、伝えて後悔するより、伝えないで後悔する方が辛い……って、思わない?」
「……うん、其れは、ボクも少し分かるよ」
アイリには知る由もないことだが、ユウキにとってその言葉は多大な実感と共に彼女の胸を撃った。どんなに十分に言葉を交わしたつもりでも、言いたいことを言っていたつもりでも、いざ別れてみるともっと伝えたかった事、話しておけばよかったとおもえる事が次々に溢れてくる。勿論、アイリの言っていることは其処まで深刻なことではないと、其れはわかっている。……いや、あるいは其れよりもずっと深刻な事なのかもしれないけれど、

「正直、わたしも勢いで言っちゃった所あるから、その辺りは反省もしてるよ?次に誰かを好きになる事があったら、もっとこう、慎重に、退路とか断つ感じで行くと思います」
「退……?うん、よくわからないけど……」
「あはは……でもあの時の私に大事だったのは多分……告白が実るかどうかとか、そういうの以上に自分がリョウをどう思ってて、リョウが私をどう思ってるかを確かめる事で、あ、私本当に好きだったんだなぁとか、そういうのは後から追い付いてきた感じだったから……って、自分で言っててほんとに行き当たりばったりだなぁ、私!」
ここまでをあっけらかんに話しておいて、今さらながらに恥ずかしさがこみ上げてきたのか、アイリの頬が赤く染まる。何でもないことのように言っているけれど、その瞳に少しだけ悲しい色が混じっているのがユウキには分かってしまう。

「でも、それじゃあ……やっぱり辛かったんじゃ……」
「……まぁ、後から少し泣いたけどね!でも、それが私の初恋で、後悔無し!けど、それでもちょっと悔しいのは変わらないから、偶にリョウの事からかうのにこの話使うんだ~、珍しくリョウがオロオロするから可愛いんだよ」
「…………」
へへへ、と悪い笑みを浮かべる彼女をみてなぜだろう、よくはわからない、わからないけれど、「凄い」と思った
自分のまだ知らない感情。まだ感じたことがないその想いにその身と心を焦がして、燃え尽きて、それでも「後悔はない」と断言できるその背中に憧憬に近い感情が胸の内から湧き上がる。まるでかつて姉の背中に抱いたような感情と共に、あんな風にあれたら、ユウキはそう強く思った。

「ボクにも、できるのかな、そんな……」
そんなキラキラした経験が、そう胸の内で続けたその言葉に、アイリはニカリと笑う。

「出来るかは、ユウキ次第だと思うな……でも、きっとその時が来たら、その時の想いとか、心はきっと、ユウキにとって凄く大事な宝物になると思うよ?」
「そ、そうかな……でも、どうして?ボク、アイリと会って全然なのに……」
「え?あぁ、それはその……」
どうしてそんな大事な思い出を話してくれたの?と言うその問いの意味を、理解したらしいとたんに、アイリの笑顔が頬の端をひきつらせた奇妙な形に変わった。どこか所在なさげに視線を彷徨わせると、若干言い難そうに言葉を詰まらせながら答える。

「じ、つを言うとね、割と一人で抱えてるの、ちょっともどかしくて、どこかで誰かに一度吐き出しておきたかったんだけど、相手がいなくて……」
「え?でも……」
「いやその、アスナとかシリカたちは、リョウと凄く仲良いでしょ?だから変に気を使わせちゃうのやだなーって思ってて……アウィンはその、普段からリョウと喧嘩してるからちょっとした事で口を、ね?サチは論外だし……」
「な、成程……」
両手を空中で妙なジェスチャーをするように漂わせて説明する

「だから、何となく流れでポロポロっと出ちゃったというか……あー、ごめんね?なんか愚痴っぽくなっちゃって……」
「う、ううん!」
軽くウィンクするようにして申し訳なさそうに真っすぐに伸ばした手を自らの顔の前で立てた。

「ボクも、勉強になった、っていうか……凄いなって思ったよ」
「そうかな……?」
そう言ってはみても、ならば自分がそんな視点に立てるかと言われれば、具体的なイメージは何も浮かばないのが、今の彼女の限界値だった。こんな体たらくでアイリのようなキラキラとした経験などできるのか、そう考えた瞬間に……

「わっ!?」
「えっ!?」
突然、隣を歩いていたアイリの足元に、突然ぽっかりと穴が開いた。

「わ、ちょ、わあああぁぁぁぁぁぁ……!」
「あ、アイリ!?」
穴の奥へ奥へと遠ざかっていくアイリの声に茫然としている内に、穴はきれいに閉じてしまった。そして……

「だ、大丈夫かな……」
少し心配になりながらも、ユウキは他の仲間達と合流するために、急いで走り始めた。

────

「しくったか……」
目の前に屹立する石の壁を見ながら、リョウは頭を掻いて苦い顔をする。戦闘中、前衛をしていたリョウと後衛のシリカとの距離が少し開いたとたんに、シリカとの間に壁が形成されてしまったのだ。シリカの側には敵影は無かったし、こちら側の敵については全て殲滅したので火急的な問題はない筈だが、少なくともこれで完全に孤立してしまった。自分はともかく、シリカはなるべく早く他の味方と合流出来ればよいのだが……

「このダンジョン作った奴、性格わりぃな……」
憮然とした表情で鼻を鳴らしながらそう言うと、彼は仕方なく通路の更に奥へと進み始める。薄暗い通路の不気味さが、傍らに居た少女がいなくなったせいか先ほどまでよりもやけに際立って感じられ、その表情が苦笑へと変わった。

「やれやれ、久々だな、こういうのも」
言いながら、彼は聞き耳のスキルを作動させる。すると前方に、ヒタヒタと妙な足音が引っかかった。聞き耳スキルは密閉された空間の中では反響する音に寄って方向がわかりにくくなるが、この一方通行では足音は前からしか起こりえない。軽く周囲を見回すと、彼は近場の崩れた柱の陰に身を隠して暗闇の先にジッと目を凝らす。
松明の火に照らされて姿を現したのは、ボロボロの白い布を全身に巻いた包帯男(マミー)だった。数は二体、まだこちらには気が付いておらず、今しかければ奇襲になるだろう。いずれにせよ、退路が無い以上迷う必要もない。

「(……久々ついでにやってみっか)」
少し上に視線をやって、通路の狭さと柱の位置を確認する。それから少し息を吸って、吐いた。直後。

「ッ!!」
足元の石材が砕け散る音と共に、リョウの姿が突然反対側の壁へと移動する。足を付けた地面から数メートルの位置で一度二体の位置関係を再確認、瞬時に壁を蹴り飛ばして二体に向けて飛び込んだ。

「ォオ」
「勢ィ!!!」
マミーが威嚇するような声を上げようとした、瞬間、空中で回転したリョウが振るった斬馬刀が一体の首にクリーンヒットし、急所(クリティカルポイント)に重撃を食らったマミーのHPが0になると同時に、その首が宙を舞った。
空中からの高速突撃による、回転を利用した一撃必殺の重撃、体制の制御の難しい一連の動作にあって、しかして一撃で急所を切り裂いて見せた青年はしかし、そこではまだ止まらない、一瞬反応を送らせてこちらに向きなおろうとするもう一体を、即座に処理しなければならないからだ。

「オォ……羅ァッ!!」
右足に灯る朱いライトエフェクトを、大きく広がる浴衣の裾を尾に引きながら一回転して、リョウは突き出した。

重単発技 車蹴り《くるまげり》

俗に言う、ローリングソバットと同じ動きで繰り出されるこの蹴り技は、人型エネミー一体程度なら吹き飛ばして余りあるほどの威力を孕んだ一撃だ、強烈な筋力値に裏打ちされたそれは、腹部にクリーンヒットした瞬間に2m近い身長のマミーの背部を壁に叩きつける。めり込みそうな勢いで激突したエネミーの存在するはずの無い呼吸が、一瞬詰まったように見えた。

「わりぃな、急いでんだわ」
与えたノックバックによって、動きの止まったマミーの前で、リョウは悠々と体制を立て直し向き直る。

「割れろ」
振り下ろした斬馬刀が、脳天から一直線にマミーの身体を切り潰す。
爆散するポリゴンの破片とリザルトを見ながら、リョウは顔を上げて周囲を見回す。他に敵の姿は無く、相変わらず通路には不気味な静寂が満ちている、それでも先ほどのようなパターンを警戒して聞き耳を発動すると、不意に彼の耳が異音を捕えた。

『ああああぁぁぁぁぁぁぁ……』
「ん?」
遠いが、悲鳴だ。声の高さからおそらくは女性、かなりのスピードでリョウに接近してきている。ただ少し方向がわかりにくい、というのも、例えばアスナがアストラル系モンスターに脅かされて悲鳴を上げて走ってきているとかであれば、確実に足音がするし、すさまじいスピードで接近してきているのにも合点が行く、しかし遠く反響するその声は悲鳴だけで足音は無く、むしろ足の無いアストラル系モンスターその物が威嚇音を発しながらこちらに接近していると考えた方が合点が行く、しかしそれだとろくに目視もしていない遠く離れたモンスターがこちらに気が付いていることになる。

「いや……」
そもそも、この声は通路の先から聞こえているものなのだろうか?それにしては接近が早すぎるようにも思える、このスピードはそう、強いて言うならまるで落下してきているかのような……

「って、待て!?」
「ひゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「おいちょ、ふぶっ!?」
「むぎゅう!!」
奇妙な二人分の声の直後に再び静寂が訪れた。

「いたぁ……もう、なんなのあの古典的な落とし穴……」
「…………」
「はぁ……あれ?あ、リョウだー!!」
「はいはいリョウですよ、取りあえず退いてくんねーですか、人の顔にしがみつきやがって」
何の冗談か上から落下してきたアイリは、リョウの胸の辺りに足を回して、リョウの顔面に抱き着くようにしてしがみついていた。ジトッとした視線で自分を観るリョウに、アイリはおかしそうにケラケラと笑った。

「凄いねぇリョウ、落ちてきた私の事受け止めて、しかも転ばないで耐えたんだ!!」
「お前がでかい悲鳴上げてたお蔭だよ、はよ離れろデカい脂肪で息が詰まりそうだ」
「あー、其れセクハラだよリョウ!」
「だから離れろっつーの!」
そう思うならいつまでもしがみついてんじゃねぇ!と無理矢理引きはがそうとしたリョウの手から逃げるようにくるりとバック宙をしてアイリはリョウから離れる。

「もー、こんなに良いものがあるのにもったいないよ?いっそそっちから飛び込んできても良いくらいなのに!」
「抜かせ、ALO(こっち)来たとき散々邪魔だ邪魔だ言ってたろうがお前」
アイリのALOとGGOのアバターは胸囲がだいぶ違う、GGOのアバターでは控えめで動きを阻害することも殆ど無かった胸が、ALOではそれなりに立派なものを付けている所為で、戦闘時に少し違和感となって残っているのだ。

「戦うのにGGO(むこう)と重心が違うんだもん、接近戦で剣振り回すの大変なんだよ?っていうか、リーファちゃんとかよくあんなに振り回せると思う」
「よく言うよ……まぁ、彼奴はリアルでもデカいからな……って、いや、お前もそうか」
真顔でそう言った彼にアイリは悪戯っぽく笑みを浮かべると、からかうような調子で彼にピョンと近づく。

「あー、そう言う目で私達の事見てたんだ、リョウのエッチ」
「あぁ、安心しろ、お前らの身体に悶々としたりゃしねーから」
「またまた~、恥ずかしがらなくてもいいのに」
「…………はぁ」
やや扇情的に体をくねらせながら絡んでくるアイリに、リョウは若干呆れたようにため息をつく。と、彼女より頭一つ上の視線を、見下ろすように彼女に向けた。


「……分かった、なら、素直になろうか」
「え?ひゃぁぅっ!?」
不意に、アイリの肩がつかまれたかと思うと、それがドンっと小さな音を立てて少し乱暴に遺跡の壁に叩きつけられる。いつになく真剣で低い声で、リョウは続けた。

「正直、今猛烈に興奮してる、お前の身体、リアルでもこっちでも目を引くんだよ、自覚あったか?」
「何、言って……」
驚きに目を見開いたアイリの目の前に、ゆっくりとリョウの顔が近づく。視界の端にハラスメント警告コードが点灯しているのすら、はっきりと意識の中に入ってこない……

「り、リョウ、ちょっと……」
「毎度こういうネタでからかうッつーのはつまり、そうしても構わねぇんだろ……?丁度、俺たちしかいねぇしな……?」
「じ、冗談……だよね?」
「逆に、お前はどこまで冗談だったんだ……?」
「ぁ……」
耳元にリョウの唇が近づき、息が吹きかかる、神を軽く揺らすそれがくすぐったくて、それとは別のおかしなくすぐったさが、アイリの背筋をゾクゾクと震わせていた。


「……分かったら、もうすんなよ」
「ぇ……?」
硬直する身体が、不意に解放された。離れたリョウがため息がちに「ったくなんの三文芝居やらせんだ」と言った所で、彼女はようやく、からかい返されたのだと気が付き、その顔が真っ赤に染まる。

「り、リョウ酷い!流石に今のは許せないよ!お、乙女の純情を弄ぶなんて!!」
「何が乙女の純情だ、純情な乙女は自分の胸をネタに男を誘うような事は言わねぇ、自覚しろ、誰にでもンなことしてると、何時か本気で襲われんぞ」
「~~~ッ!」
未だに視界の端に表示されているハラスメントコードを作動させてやろうかと、一瞬迷った途端に、その表記が消えた。それがまた気持ちのやりどころを無くさせてしまって、ついつい、口をついて本心が漏れる。

「……言われなくたって、リョウ以外にこんな事しないよ……」
「ん?」
「ッ、なんでもない!」
歩き出したリョウに、ややなげやりに怒鳴ってアイリは付いていく。ただその表情はいかにも不服そうで、口をとがらせてリョウとも視線を合わそうとしなかった。

────

「…………」
「…………」
普段やかましいほどのアイリが黙り込んでしまうと、どうしても違和感と嫌な空気が蔓延する羽目になる。そんな重たい沈黙が続く中を、しばらくその空気のまま2人は通路を歩いていたがしかし……やがて気まずさに耐え切れなくなったように、リョウが言った。

「分かった、悪かったよ」
「……何が?」
視線をリョウに向けないまま、アイリはリョウを試すように聞き返す。彼は首をひねると、頬を掻いて続けた。

「……だから、からかい返すにしても、やりすぎたこととかだ」
「それだけ?」
「……?他にあんのか?」
「……やっぱり、分かってない」
怒ったように言うアイリに、リョウは眉を顰めるが、その表情を見て余計に彼女は不満げな顔をした。

「あのね、私は、誰にでもなんてしないの」
「……あぁ」
頷きながらも、いまいちピンと来ていない様子のリョウに、彼女は余計に苛立ったようだった、少し荒っぽくため息をついて、彼女は彼を指さして大声で詰め寄り始める。

「だから、リョウは特別なの!」
「はぁ?」
「私の中でのリョウの立ち位置をリョウは簡単に考えすぎなの!さっきの……えぇと、あの、あれ!本気でドキドキしたんだから!!」
「わ、分かった!悪かった悪かった!」
若干潤んだ目で迫るアイリの顔に涙の気配を感じ取ったのか、珍しく狼狽した様子でリョウは何度も謝罪を繰り返す、その様子にようやく満足したのか、詰め寄るのを止めた彼女に、安堵した気配と共に彼は少し複雑そうな顔で聞いた。

「けどお前、それ、本人に直接言うのは……どうなんだ」
「どうもこうも無いよ、そりゃ恥ずかしいけど……私は、リョウには一番恥ずかしい事、もうしちゃってるもん」
「初めての告白だったんだよ?」と言って、けれどアイリもまた複雑そうな表情でリョウから視線を逸らし……けれど不意に少し自嘲気味に笑うと、外した視線を動かさず通路の奥、暗闇の向こうを見てひとりごとのように聞き返す。

「リョウだってそうでしょ?初めて自分に告白した女の子に、ひと月ちょっとでそんな風に冷静に、あんな風に迫れるんだから、なんでもない事なんだよ」
「…………」
言いながら、アイリはリョウを置いて歩き出す。後からリョウが続く気配がしたが、彼が特に反論しない事に自分で言っておいてチクリと胸が痛んだ。
が……

「……おい、埋め合わせじゃねぇけど、訂正ついでにいくつかお前に教えてやる」
こんな言葉で、その痛みは引いて、少しだけ胸が跳ねるのだから、自分の心は単純だ。

「……何?」
「先ず、別に俺はさっきのが完全に冷静だったわけじゃねぇ、あと、俺がひと月ちょいで調子戻せたのは、お前が二回目だからだ。初めてんときはもっと引きずった」
初め、何を言われたのかよくわからなかった、と言うか、二回目というのが何の事なのかが分からなかったのだ。

「……?二回目って、何が?」
「…………」
「……え、え!?二人目!?嘘、前にあったの!!?」
「とにかく以上だ!だから、お前がもしお前があん時の事引きずってて俺がそこに配慮が足らんかったなら、悪かった」
「あ、うん」
つまりは、アイリの想いが決して軽いものだと思っていたわけではないのだと、リョウは言いたいらしい、それ自体は純粋に嬉しい、嬉しいのだが……

「ま、待って、じゃあ私リョウには二人目の女……?」
「……お前、そう言うがそれなりにあん時緊張……つーか、一人目も二人目もねぇよ、受けたことねぇし」
一人目も二人目も、リョウにしてみれば動揺したことに変わりはない、リョウにしてみれば、真剣に考えなければならなかったのはどちらも同じなのだ。が……

「あ、良かった……って、重要なのそこじゃなーい!!え、ねぇ、一人目誰!?まさかサチ!?」
「なんでそこで彼奴が出てくんだよ、ンなわけねぇだろ」
「じゃあ誰!?」
やたらと切羽詰った様子で再び詰め寄ってくるアイリに、今度はリョウが視線を逸らして速足で歩き出す。それを小走りでアイリが追い始め……

「……そこまで言う義理はねぇ」
「ちょっとこれ凄く大事なことなの!!ねぇリョウ!ねぇってばー!!」
アイリが落ち着くまでに、リョウとアイリは周囲を警戒しながらもまるで競歩のように速足で歩く羽目になったのだった。
 
 

 
後書き
はい、いかがでしたでしょうか!?

と言う訳で今回はアイリ……というか、アイリとリョウの話を中心にアイリのキャラも少し保管する感じで書かせていただきました。

アイリはよくしゃべるキャラクターなので、今回は全体に台詞多めの話だったのですが、お楽しみいただけたでしょうか?
作中時間で、現在は一月の終わりごろなので、アイリが告白してからはおよそひと月半かそこらの時間が経った頃、これが普通の高校生なら、もう少し引きずっている子達もいる段階かなと思いますが、この二人はあまりそう言った部分を書いてこなかったので、今回はその辺りの保管に鳴ります。
前半はあの告白に対するアイリの感情、後半は現在のアイリとリョウの関係値の確認と、そして衝撃の真実。この真実に関してはいずれ語るときも来るでしょう。
若干アイリが可愛そうな展開になってしまいましたが……強く生きてくれ、アイリさん。

ではっ!
 
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