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二条卿の歌

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第二章

 実朝は都の方を振り返ってから一首詠んだ、そのうえで都を後にしてだった。 
 奈良の方に行きそこから大和の様々な場所を巡ってだった、長い時を過ごしその間よく歌を詠んだ。だがその歌はどれもだ。
 誰かを想うものだった、それを詠んだ供の者達も思った。
「参議様はどうも」
「誰かを強くお想いであられるな」
「そのことに心を悩まさせておられ」
「深い憂いの中にある」
「しかしお相手は誰なのだ」
「一体」
 想うその相手はというのだ。
「どなたなのだろう」
「それがわからない」
「一体どういった方なのか」
「それがな」
 実朝と共にいる彼等はそれが気になった、だが実朝は三輪山でも長谷寺でも飛鳥でもであった。大和のあらゆる場所を巡り果てには伊勢や熊野、ひいては摂津に須磨にと様々な場所を巡って長い旅というよりかは流離いを続け。
 一年以上旅を続けた、そしてだった。
 須磨で海を見つつだ、実朝はまた歌を詠んだ。そうして供の者達に話した。
「果てに来た気持ちだ」
「この世の」
「そう思われますか」
「無論まだ西に国はある」
 須磨の西にもとだ、実朝はそれはわかっていた。
 だがそれでもだ、彼は須磨の秋の海を見つつ言うのだった。
「しかしな」
「今はですか」
「そう思われますか」
「この世の果てに来たと」
「その様に」
「そう思った、そしてな」
 さらに話した実朝だった。
「私の想いも少しずつだが」
「消えてきましたか」
「その様になってきましたか」
「都におられた頃からの想いが」
「それが」
「消えてきた、胸を占めていた苦しさも」
 それもというのだ。
「消えてきた、後はな」
「消えればですか」
「その時にですか」
「都に戻られる」
「そうされますか」
「そうしよう、もうすぐほぼ消える」 
 胸を占めて止まないこの想いがというのだ。
「長い旅の間でな」
「そうですか、それではです」
「我等はその時までお供しますので」
「そうさせて頂きますので」
「私はよい臣の者達を持った」
 このことに心から感謝もした実朝だった、彼等の自分への気遣いに。
「済まぬ、もうすぐ完全に消えるからな」
「だからですか」
「須磨からですか」
「都に戻られますか」
「その様にされますか」
「そうなるであろうな」
 こう話しつつ須磨の海を見るのだった、そうして詠んだ歌にはもう想いが海の波の様に消えていくとあった。
 そしてだ、それからだった。
 実朝は都への帰路についた、都への長い道のりの間も彼は憂いのある顔だったがそれでもだった。その想いは確かに消え去ってしまって。
 都に戻った時は心にあった憂いはなくなっていた。それで言うのだった。 
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