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殿様と西瓜

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第二章

「余が密かにな」
「まさかと思いますか」
「うむ、城下の町に出てな」
 お忍びでそうしてというのだ。
「実際に民達が何を食しておるのか見るか」
「その涼を取るものを」
「調べてみるか」
「そうされると」
「どんなものか知らぬが大層美味いというからな」
 それでというのだ。
「余が直々に調べてみるか」
「いえ、それはです」
 家老は自分の子位の歳の主にすぐに難しい顔で述べた。
「それがしはではと言えませぬ」
「藩の主が迂闊に城を出ることはか」
「はい、供の者も釣れずになぞ」
「では供の者を連れればよいのか」
「それでも藩の主であられる方はです」
 そうした立場になればというのだ。
「例え我が藩が穏やかでもです」
「そうしたことはせぬことか」
「軽い行いは慎まれるべきです」
「そうなのか」
「はい、ですからここは」
 家老は殿様に城から出てはならぬと言いつつも代わりの案を出した、その案はどういったものかというと。
「若い者達を町に出して」
「その者達にか」
「調べさせましょう」
「ではその者達に余自らの言葉として伝えよ」
 殿様は家老の言葉を受けてすぐにこうも言った。
「城下の町、そして周りの村や田畑の隅々まで見てな」
「その美味いものが何かを確かめ」
「そして町や村や田畑のいいところも悪いところも全部見てだ」
 そのうえでというのだ。
「その全てを包み隠さず余に話せとな」
「そしてですな」
「藩政に活かす、また話したことで決して罰することもないとな」
 このこともというのだ。
「伝えよ、よいな」
「わかり申した」
 家老も頷きそうしてだった。
 家老は若い侍達に命じて民達が涼を取る為に食べている美味いものが何かを調べさせた、それと共に町や周りの村々そして田畑のことも調べさせた。
 そのうえで若い侍達が直接殿様に話した。
「今年はどうも暑く」
「民達はこのことに難儀しています」
「そして雨が多く」
「川の水の量も多いです」
「では氾濫が起こらぬ様にしてな」
 そしてと言う殿様だった。
「起こった時にもな」
「備える」
「そうしておきますか」
「そちらはな、そして暑いとじゃな」
 殿様は若い侍達に問うた。
「まさにじゃな」
「はい、それでです」
「涼をよく取っておりました」
「町人達も百姓達も」
「そうしておりました」
「そしてその美味いものを食しておったのだな」
 殿様は若い侍達にさらに問うた。
「そうであるな」
「はい、瓜や胡瓜を食しておりました」
「そして桃等も」
 この藩で作っているそれもというのだ。
「そして水もよく飲んでおりまして」
「特に西瓜というものを食しておりました」
「西瓜か、ではそれがか」
 この食物の名を聞いてだ、殿様は察して言った。
「民達が涼を取る為に食しておる美味いものか」
「はい、まさに」
「西瓜こそがです」
「民達が夏に涼を取る為に食するもので」
「まことに美味いです」
「そこまで美味いのか、ならばじゃ」
 殿様は若い侍達の言葉を受けてその目を興味深げに輝かせて言った。 
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