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月夜のヴィーナス

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第三章

「凄い人物だったんだよ」
「音楽は素晴らしくても」
「脚本も書いていたよ」
「ああ、自分の作品の脚本も全部書いていましたね」
 パンフレットにこのことも書いてあった。
「本当にそうした才能はあったんですね」
「人間性はともかくね」
「そうですか、ただ僕はワーグナーじゃないですから」
 部長にこのことは断った。
「間違ってもです」
「私の妻にはだね」
「そういうことはしませんから」
「ははは、それならいいよ」
「というかどんな人間だったんですか」
 ワーグナーの人間性について思いながら部長と一緒に帰った、しかし僕はあの歌劇みたいな人には会う筈がないと思っていた。
 けれどある日だ、何とだった。
 取引先の会社に行った時に出て来た担当の人を見てびっくりした、楚々とした外見で落ち着いた気品のある物腰でだ。
 まるでお姫様みたいだった、それで僕は驚いてそのOLさんと仕事の打ち合わせをしてからその人の上司さんに聞いた。
「あの、今回の担当の人は」
「実は新入社員でして」
「そうなんですか」
「そうなんです、今回がはじめての大仕事で」
「あの、凄くです」 
 こう上司さんに話した。
「清純で上品で」
「実はお嬢様なんですよ」
「いいところのですか」
「京都の昔からのお茶の家元の娘さんで」
「家元さんの」
「はい、有名な流派の」
 そうしたお家のというのだ。
「娘さんでして」
「そうだったんですか」
「幼稚園から大学までです」
 それこそというのだ。
「そうした学校に通っていて」
「じゃあ筋金入りのですか」
「娘さんです」
「そうだったんですか」
「はい、ですから」
 そうした生まれ育ちでというのだ。
「ああしてです」
「清純で上品で」
「お姫様みたいです、字も奇麗で仕事も細かくて」
 それでというのだ。
「うちでも評判の娘ですよ」
「そうした娘ですか」
「はい、ではこれから宜しくお願いします」 
 ビジネスのパートナーとしてだ、こうしてだった。
 僕はその人と一緒に仕事をした。すると会って話せばそれだけ清純さと上品さがわかった。本当にお姫様みたいでだ。
 仕事振りはゆっくりだけれど細かく的確で僕は満足して仕事が出来た、そして接待でこんなことを言われた。
「あの、再来週の日曜です」
「日曜にですか」
「はい、能はどうでしょうか」
「能ですか」
「観に行かれますか?」
 こうお誘いをかけてきた。
「如何でしょうか」
「何処の舞台でしょうか」
「大阪です」
「あっ、ここでですか」
「能の舞台が行われるのですが」
「私とですか」
「はい、一緒に観まして」
 そうしてというのだ。
「夜もお食事を」
「宜しいですか?夜も」
「はい、そうしながらお仕事のお話をしたいのですが」
 つまり完全なビジネスでの接待だった、よくある期待していい話ではなかった。
「どうでしょうか」
「はい、それでは」
 僕も受けてだ、そしてだった。
 僕はこの人と日曜能を観て夜に一緒に食事を食べながら仕事の話をすることになった、親睦も深めてだ。 
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