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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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「それなら自信があります」

 
前書き
サブタイトルが適当になってくる今日この頃 

 
『レインちゃんのVR探訪ー!』

 本名を枳殻虹架、というアイドルの最近の活動として、様々なVR世界を実況して巡る配信番組があった。アイドルらしからぬコアな話題も込めた実況や攻略――そして一部からはソロ故の限界からのやられシーン――が人気な配信で、最近は人気番組と言っても差し支えないものとなっていた。

『ご主人様たちのメイド、レインちゃん! 今日はみんな大好き《ALO》にお邪魔してますぞ?』

 何故か現実の枳殻虹架とほとんど同じ外見をしたアバター、レインとして来ていたのは、VRゲームの代名詞とも言える人気ゲーム妖精の国《アルヴヘイム・オンライン》。メイド服を着こなし颯爽と飛翔し、撮影用のカメラに向かって手を振るその姿は、確かに妖精のようであった。

『今日、ここにお邪魔した理由はもちろん話題のコレ!』

 そうしてレインの眼下に見えるのは、城塞のような集落。そこの入口に着地すると、鐘の音ともに内部へと招かれる。集落の内部にいるのはプレイヤーではなく、エルフと呼ばれるNPCたちであり、メイド服は流石に珍妙だったのか周辺のエルフたちがレインを二度見する。ただしエルフたちだけということはなく、中には数人のプレイヤーたちもおり、視聴者なのかレインに熱い声援を送っていた。

『ありがとー! ……さて、最近のALOといえば、やっぱりこのエルフたちとの共闘だよね!』

 ――先日、情報屋《鼠》の名の元にALOに突如として放たれた情報が、このエルフたちとの共同戦線の知らせだった。そもそも存在が知られていなかった、エルフという存在からのいきなりの申し出だったが、各領主の働きによって幾分かは軽減された。

 内容は単純。エルフやこの浮遊城を脅かす《呪い》に対して、前線基地を築いたエルフと共闘するというもの。その《呪い》は浮遊城に幾つものダンジョンとして存在しており、それら全てにエルフは前線基地を築いており、最近は妖精というよりもエルフになってしまったプレイヤーも多く。難易度も様々な新ダンジョンということもあり、もはや第二段グランドクエストといっても差し支えない状態だった。

『それじゃあレインちゃんも攻略に参加してくるので、残念だけどネタバレNGなご主人様はここでおさらばですぞ? ……あ、だけどその前に』

 ちょっと待っててね――という言葉とともに、レインは入口近くに設えられたテントへと入っていき、『使用中』との看板を置く。とはいえ次の瞬間には、すぐさまレインはテントの中から現れたが、格好がメイド服からエルフたちの騎士団のものへと変わっていた。

『クエストを何度もこなすと、報酬として《呪い》に特攻効果を持った、この騎士団服を貰えちゃうよー……これはレプリカだけど。わわっ!?』

 レプリカとはいえ外見はそのままだ。クルリと一回転してみせたレインだったが、あいにくと着なれていなかったのか、マントに足が引っ掛かってあえなく転倒してしまう。頬を紅く染めながらも何事もなかったかのように立ち上がると、咳払いを一つ。

『……特攻効果はエルフの鍛冶屋でも短時間だけつけてもらえるけど、いる集落といない集落があるの。そんなご主人様にはここがオススメ!』

 ジャジャーン、といったセルフSEを口ずさみながら、レインはウィンドウを可視化させた。そこにはあまり儲かっているとは思えない、商店街の片隅にある鍛冶屋――リズベット武具店が表示されていて。

『なんとこのお店、エルフの鍛冶スキルを再現しているから、ここでも特攻効果が付与できます! 是非お試しあれー!』

 そうして唐突な宣伝を終えて。リズベット武具店の外観と場所を表示したウィンドウは表示させたまま、レインは再び更衣室テントへと戻っていくと、もはや撮影などとは関係ない、自前の鍛えあげた装備へと着替えてくる。番組は番組としてしっかり攻略はするらしく、もはやトレードマークとなった二刀を構えつつ、器用にもカメラに手を振って。

『それじゃあご主人様、応援してね!』

 ……そうして『アイドル、枳殻虹架のVR探訪』はダンジョン攻略編となり、攻略情報のネタバレが入る可能性があります、などといったテロップによる注意書きが表示される。そのままダンジョンに行くまでの少々、画面がブラックアウトしていき――


 ――紹介された当のリズベット武具店は、機能を停止していた。閉じられたシャッターには『完売』とだけ急こしらえで作られたPOPが貼り付けられており、店内では店主から助手にアルバイト、なんならその手伝いまでが言葉を失って倒れ伏していた――あくまで比喩表現として。

「買い物は時として『せんじょう』にもなると聞いていましたが、これが……」

「あー……まあ、今回はあながち間違ってないわね」

「頭が痛いです……」

「…………」

 リズにプレミア、手伝いに来てくれていたユイは何かしらの言葉で先の戦場を揶揄していたが、ショウキにはもはやそんな元気もなく、ただ無言で大きいため息を吐いた。確かにエルフの鍛冶スキルを再現することが出来れば、少しは売り上げに貢献するかとは考えていたが、まさか根こそぎ奪われるとは思っていなかった。もちろんこの小さな店のため、在庫自体が少なかったということもあるが。

 何しろサイドメニューのホットドッグまで全滅だ。ホットドッグ買いの常連と化していたプレイヤーの、「ここってホットドッグ屋じゃなかったのか……」という呟きは、ショウキにとって忘れられないものとなった。

「まあありがたい話ではあるんだけど、流石に対抗策を考えなきゃね……ユイが助けに来てくれなきゃ本当に危なかったわよ」

「ありがとうございます、ユイ」

「いえいえ、お役に立てて光栄です!」

 ……ホットドッグはともかく。とはいえそれは、この小さな店のキャパシティを大きく逸脱しているということに他ならない。今までの在庫を全て吐き出したあげく、偶然に集まったフルメンバーにユイまで加えてようやく1日保てた現状で、さて明日も営業などと出来るはずもなく。例えば先着何名様限定といった規制が必要になるだろうが、それは最終手段だとリズの表情が言っている。

「しかし、どうしてこんなに人が来るようになったんでしょうか? 情報が回るのが早すぎると思うんですが……」

「……アルゴだ」

 今回のエルフとの共闘クエストの仕掛人として、一夜にして時の人となった情報屋の名を、ショウキはユイからの疑問の答えとして呟いて。プレミアの正体をユイに探させる代わりに、リズベット武具店の情報を流して有名にする――といった、アルゴと関わるきっかけとなった業務提携。そのこと自体はユイは知らないはずだが、今しがたの躍進ぶりから納得したように頷いた。

 ……もちろんショウキの視界の端に映る、『枳殻虹架のVR探訪』なる番組も関わっていないわけではないだろうが。

「……どうぞー?」

「アルゴでしょうか」

 そうこう休憩中ついでに対抗策を考えているうちに、裏口から控えめなノックがされる。その裏口を利用するということは、数人の気心が知れたプレイヤーに限られるため、リズは特に用心もなく応答によって鍵を開くと。プレミアからは今回の仕掛人の名前が挙げられるが、ショウキからすればアルゴの気配ではなく。

「邪魔するぜ」

「……エギル?」

「大きい人です」

 予想外にもぬっとその巨体を覗かせてきたのは、ショウキたちにとっては商人として偉大な大先輩であるエギル。様々なところをブラリと歩いているプレミアだったが、その中でもエギルほどの巨漢は見たことがなかったのか、目を見開いてエギルのことを見上げていた。

「その子が噂のプレミアか。アスナから話は聞いてるぜ。俺はエギル、よろしくな」

「よろしくお願いします。どうすればそのように大きくなれるのでしょうか?」

「ん? そりゃあ……三食きちんと食べることだな」

「それなら自信があります」

「……で、どうしたの? ウチはあいにく休業よ休業」

  流石のコミュニケーション能力というべきか、会ったばかりだというのに早速プレミアと絡みだしたエギルに、疲れからか多少ぞんざいにリズは問いかけた。以前の店を引き払ってアバターごと新しいこの店にするにあたって、非常にエギルには世話になったので、ショウキたちがどんな状態なのかはエギルも知ったそうだ。

「おっと。いやなに、随分と盛況みたいじゃないかってな」

 苦笑いしながら語りだすエギルの表情を見れば、その盛況とやらが半ば皮肉まじりだということが分かる。そうしてかのアインクラッドで、始めて攻略組のことをよく知る商人として活動を始めた彼から、ちょっとした申し出を受けることとなった。

「簡単に言うと……戻ってこないか?」


 ……事実、エギルの言うことは簡単だった。かつてスリーピング・ナイツの一件の際に活動拠点としていた、浮遊城の中に作っていたエギルのダイシー・カフェを対面に作られた二号店。その店を再びリズベット武具店として開店させようとのことで。

 今回の一件は全て、狭い新リズベット武具店にお客様が集中したことが原因のため、確かに以前の店ならばどうとでもなる。問題は……リズと二人で新しい店を1から勧めていこう、と話して始めたものが、また以前の店に戻ってしまうことだ。あの踊り子の一件でアバターがなくなったショウキに合わせて、いい機会だとアインクラッドから引き継いだものをなくして、二人で一からのスタートを始めていこうとしたにもかかわらず。

『んー……仕方ないわね。それでいきましょ! ……ショウキも、プレミアもいい?』

 ただしショウキの予想に反してリズはエギルの申し出をあっさり受け入れたため、ショウキもリズが賛成ならば反対するような理由もなく。プレミアに至っては震えながら「『せんじょう』は嫌です……」などと拒絶するものだから、リズベット武具店引っ越し計画はすぐさま開始となった。

 まずは売りに出していた旧リズベット武具店の二店を買い戻し、三店で活動が出来るようにすっからかんになった鍛冶用のアイテムと、肝心の売り物を調達すること。簡単な買い物はエギルから連絡がされていたシリカたちが買いに行ってくれるということで、ユイに必要なもののリストアップを頼み、リズは今ひたすらに販売する武具を作製している。

「むふー」

 そうするとショウキたちの役割は、リズが三店に並べてなお余るほどの数の武具を作るための、鉱石を集めることだった。とはいえリズベット武具店の鉱石集めのお得意先は決まっており、ショウキはどうしてか満足げな声を出すプレミアを抱きながら、その場所へと飛翔していった。

「ギルバート、いるか?」

 アインクラッド第三層《マロメの村》、その外れにある山脈の中腹には、この世界特有の植物《聖樹》とそれを守る竜人が住んでいた。ギルバートと呼ばれる竜人は《聖樹》の傍らに佇んでおり、侵入してきたショウキたちに反応して律儀に一礼した。プレミアは礼を返した後に袋を持って鉱石の回収に行くが、ショウキは竜人ギルバートへと話しかけに行く。

『貴公か。用は一つだろう、好きに取れ』

「交換条件に、これだ」

 以前にこの《聖樹》を救うクエストをこなした結果、ここでしか生成されない稀少な鉱石を受けとる権利を得ていた。アルゴによれば、この場所で起きた無限に鉱石を採掘できるバグがクエストとなった、などという仮説をたてていたが、そんなことはショウキにとって重要ではなく。寡黙な竜人ギルバートへ、幾つかの小瓶を渡していく。

『……これは?』

「《聖大樹》から湧き出た湯だ。効果があると思うが」

『エルフのものか……ありがたい……』

 ただ《聖樹》から無限に鉱石が湧き出てくるとはいえ、無料で貰っていくのは気が引けるということで、この枯れかけの《聖樹》を復活させられるものと交換条件という規則をショウキは自らにかけていた。どんな効能があれば《聖樹》が回復するかはアルゴに聞いていたし、今回はエルフたちの《聖大樹》から湧き出た湯ということもあって、報酬としていただけないかと交渉したキズメルからもお墨付きだ。そして竜人ギルバートの眼力も確かなようで、頷きながら受け取ってもらえる彼に、ショウキはふと質問をしてしまう。

「……ギルバートは、エルフじゃないのか?」

『遠い昔の話だ。かつてはエルフの戦士だったが、膝に矢を受けてしまってな……それでも戦おうと、禁呪で強靭な身体を得たのが我々だ。聖樹を守るために』

 ……質問をしてから、ショウキはそのことを少し後悔した。最近のプレミアやキズメルのように、NPCらしからぬ者たちと付き合っていたせいで、ついクエストに関係ないことまでをと。しかし予想に反して竜人ギルバートは、特に変な様子もなく昔を懐かしむように語りだした。

『……結末はこんなところだがな。禁呪を用いたものには相応しいが』

「……帰らないのか?」

『今更だな』

 そうして独りとなってまで《聖樹》を守るギルバートの姿は、設定によってプログラミングされたものだとはとても思えず、本当に経験してきたかのようなリアルさを感じさせた。まるで本当の人間のようで、人間のように成長したAIと人間に、どんな違いが――

「……悪かった」

 ――そんなことを考えるのはキリトのような専門家の仕事だ、とショウキは自嘲気味に飛躍していた思考を打ちきり、竜人ギルバートに謝罪して身を翻す。長い間プレミアにばかり鉱石集めを任せてしまったと、ショウキも急ぎ足で《聖樹》から溢れ出す鉱石を集めていく。思えばエルフの領では彼ら彼女らを癒す温泉を生み出す聖大樹が、こちらでは戦うための鉱石を生み出しているというのも、竜人となった彼らの意向を汲んでいるのだろうか。

「ギルバート。わたしも聞きたいことがあるのですが」

『……何だ?』

 そうしてショウキが鉱石集めに勤しみ始めると、その機を伺っていたかのように、プレミアがとことこと竜人ギルバートへ歩み寄っていた。プレミアが言葉の意味を知りたがるのは今に始まったことではないが、自分たち以外とは珍しいな――と、ショウキは思わずそちらへ聞き耳をたててしまう。

「『えぬぴーしー』という言葉が分かりますか?」

『……人族特有の言葉だ。興味もない』

「人族、ですか。わかりました。ありがとうございます」

 えぬぴーしー――『NPC』。もちろんその言葉は当のNPCである竜人ギルバートへとは通じないが、プレミアはそんな答えこそを求めていたかのように、ペコリと一礼して鉱石集めへと戻っていく。質問の意図が気にならないではないが、わざわざショウキが離れてから聞いた質問ということは、プレミアにとて聞かれたくない話くらいあるだろう。ショウキはそうして関わらないようにする代わりに、ふと、ひどくどうでもいいことが思考に浮かんできていた。

 ――どうしてギルバートやキズメルは、プレイヤーたちのことを『人族』と呼ぶのだろう?

 いや、もちろんプレイヤーの中身は人間だ。ただしそのアバターは、ここ妖精境《アルヴヘイム・オンライン》に住まう妖精なのだ。現にキャリバークエストで出会った女神たちは、プレイヤーのことを『妖精たち』と呼んでいた。

「ショウキ」

「あ、ああ……なんだ?」

「いっぱい集めてきました」

 この呼び方の違いは何なのか――とまで考えていたところで、ショウキの視界いっぱいにプレミアが広がった。その両手には袋にぎっしりの鉱石を持っており、褒めてほしそうなドヤ顔でショウキのことを見つめていた。

「……ありがとうな。今、こっちの分も集めるから」

「では手伝います。二人でやれば早く終わるのですから」

 その収集率の違いに随分と自分が怠けていたことを自覚したショウキが、慌てて両手の袋を持って鉱石を集め出していこうとした時、すぐさまプレミアから袋を引ったくられてしまう。どうやらプレミアが既に手に入れたものは、自らのストレージにしまったようで――ユイ曰く、ストレージというのはプレイヤーの特権であり、通常のNPCにはそんなものはないそうだが――元気よくプレミアは走り出していった。

「……悪いな」

 ……結局、何者なんだか。そんな言葉を飲み込みながら、ショウキもプレミアを見習って袋いっぱいに鉱石を詰め込みだした。来る前に空にしておいたストレージがいっぱいになるほどに、いつもならば遠慮がちに採掘するのだが、今回ばかりは根こそぎ持てるだけ鉱石をいただいていく。

「今日は助かった」

『使ってもらう方が《聖樹》もお喜びになるだろう。普段から今日くらい持っていけ』

 そうしてギルバートに普段より深々と礼をすると、待っていたとばかりに腕を広げるプレミアを抱え、転移門がある主街区へと飛翔していく。いつもならばプレミアの重さなど感じないも同然なのだが、今日のプレミアには二人のストレージに入りきらなかった分の鉱石を持ってもらっているため、どうしても普段よりはスピードは遅くなる。大したモンスターがいるわけでもないが、出来るだけモンスターの勢力圏を避けて飛んでいるため、少しばかり長い旅になりそうだった。


「あの、ショウキ。少し、聞きたいことがあるのですが」

「なんだ?」

 まるで鈍行列車に乗ったかのようなスピード感であり、抱えられたプレミアの一定の声色もあいまって、ちょっとした低予算旅行のようだ。なんでか満足げに抱えられているプレミアの表情は伺い知れないが、何か気になるものでも見つけたのだろうかと、ショウキは気軽に問い返すと。

「ショウキはリズのことが『すき』なのですか?」

「は?」

 予想外の質問にショウキはすっとんきょうな声を出してしまい、旅行といえば恋バナなどとプレミアもどこかで聞いたのだろうか――などと、思考が勝手に現実逃避に向かってしまう。また、自然と髪を掻こうともしてしまい、あやうく抱えたプレミアを落とそうにも。


「ああ……好きだよ」

「ですが、ショウキがリズに『すき』と言っているシーンが見当たりません」

「えっ」

 とはいえショウキも、こういうからかいは散々シリカに鍛えられている。自身の成長を感じながらも言い返すと、またもや予想外の質問に言葉を詰まらせてしまう。どうやら成長しているのはプレミアの方らしいと。

「言わなくても……分かるんだ」

「なるほど、確かにそういった話は聞いたことがあります」

「っ…………」

「ショウキ?」

「ちょっと強く握るけど、落ちないでくれよ」

 ただの口からの出まかせだったが、なにやら納得してくれたらしい。とはいえもうちょっと付け加えようとした、そんな時に、というかそんな時だからこそか――ショウキは、プレミアを強く握って素早く移動したり、はたまた滞空したりとしてみれば。そんな傍目からすれば意味不明な行動により、ショウキの疑惑は確信へと変わる。

「PKか……」

 プレイヤーキラー――PKの気配。耳に聞こえてくる弦楽器のようなつんざく音から、シルフ……が三人ほどのようだが、《隠蔽》などしている様子もなく、恐らくはわざとこちらに気配を晒しているのだろう。標的に恐怖感を与えるためや、あえて自らの存在を知らしめてスリリングにするためなど、たまにこういう手合いは存在する。

「PK……『わるもの』です。逃げられますか?」

「……無理そうだな」

 ユイ辺りから聞いているのか、プレミアもしっかりと状況を把握しているのだろうが、その問いかけに対してショウキは無情にも首を振った。プレミアだけならまだしも、この鉱石を運んでいる状態では、飛行能力に優れたシルフ相手にとても逃げることは出来ないだろう。むしろレプラコーンがよく利用する鉱脈の近くで待ち伏せしているのだから、相手のシルフたちは生産系プレイヤー狙いだろう。

「プレミア。森とか近くにないか?」

「あそこなどいかがでしょう」

「よし……プレミア。ちょっと聞いてくれ」

 ただし相手がどんな連中か分かれば、少しは対策のしようもある。プレミアとともに手頃な森を探して、そちらに急降下して木々の中に身体を潜ませる。ただしそのまま隠れるわけではなく、むしろ森の中でも開けた見やすい位置に、鉱石を満載した袋を持って白旗でも挙げるようにして立ち尽くした。ただしそこにはプレミアはおらず、ショウキからは見えない木々の上に待機してもらっている。

 防具も未だに初期装備の生産系プレイヤーが、白旗でも挙げていたらプレイヤーキラーたちはどうするか。

「なんだよ、降参かよ」

 その答えはただ一つ、白けてしまうのみだ。ショウキが突如として森の中に入ったために、逃げられたかと慌てて森の中に入ってきていたプレイヤーキラーたち三人は、降参するショウキの姿を見てため息まじりに正面に現れた。わざわざ気配を晒しながら追い詰めるのを楽しむ手合いならば、次はどうするかと問われれば。

「鉱石はやるから、PKだけは勘弁してくれないか?」

「ダメだね。鉱石なんかついでだからよ、少しは抵抗するんだな!」

 もちろん降参した根性なしを囲んで叩き、哀れな抵抗とネズミの反撃を楽しむのだろう。ショウキがろくに抵抗しないと決めつけて、油断たっぷりに動くプレイヤーキラーたちの背後に、木々の上からプレミアが降り立って。

「あ!?」

「やあっ!」

 《閃光》仕込みの細剣術が、高速飛行のために軽量化されているプレイヤーキラーの鎧に襲いかかり、その無防備な背中はただ貫かれるのみだった。突如として仲間が奇襲されるという異常事態に、動揺から硬直してしまう残るプレイヤーキラーたちの隙をつき、ショウキも疾走とともにシルフが持っていた片手剣を強奪する。

「テメッ……返っ……!」

 自らの得物を奪われたシルフはそれ故に冷静さを取り戻すものの、もはや手遅れとしか言いようがなく。武器を失って丸腰となったために抵抗すら出来ずに、ショウキに向けて反射的に出した手が、自らの得物によって断ち切られることとなって。

「……いい剣だな」

 続く第二撃は身体の中心を穿ち、シルフのプレイヤーキラーは鍛冶妖精から武器の賛辞を送られるとともに、ポリゴン片と化してこの世界から消失した。プレミアも背後から奇襲からの連撃で軽装戦士とはいえ倒せたらしく、アスナ仕込みの細剣術に改めて恐怖しながら、プレミアとともに残るプレイヤーキラーの一人に剣を向ければ。

「ショウキ、どうしましょう」

 ……そこには、降参するプレイヤーキラーの姿があった。


 そうして『少しは抵抗するんだな』などと言いたくなる衝動に駆られながら、お預かりしたプレイヤーキラーの片手剣を返却しつつ、降参を受け入れてショウキたちは転移門まで戻ってきていた。こっちは自前の武器すら使ってないって意味をよく考えろ――などと脅した甲斐もあってか、特に戦力を整えての逆襲もないのは幸いだった……ストレージは鉱石でいっぱいで、自前の武器など持っていないというのが実情だったが。

 それからは鉱石をリズの元に届け、リズの作業を手伝ったり、またもや素材の回収作業に赴いたりなどとしていれば、一日かけて遂に三店の開店準備が整った。ただしまだ終わりではなく、三店になって明日には営業を再会することを告知と配布をして、《イグドラシル・シティ》から今後の活動拠点に荷物を移し、ようやく準備が完了する。

「おっつかれさまー!」

 アインクラッド第二十二層《コラル》。湖と森林で構成された、郊外にキリトたちの家が建つ牧歌的で平和な層だ。そこにはスリーピング・ナイツの一件の際に、アインクラッドでの活動拠点として使うために買った、出張・リズベット武具店があった。エギルの《ダイシー・カフェ》が併設されたそこを、今後は本店として活動拠点とする予定だったからだ。

「リズ。これは……まさか……」

「そ。プレミア、あんたの部屋よ」

 活動拠点とするにあたって住居として簡単なログハウスを購入しており、出迎えてくれたリズが簡単に家の説明をしていると、プレミアがある部屋の前でわなわなと震えだした。今までは宿屋の一室を間借りしていたが、今度は正真正銘にプレミアの部屋だとリズが宣言すれば、プレミアは我慢できずにその部屋の扉を開けていく。

「ありがとうございます。リズ、感激です」

「そんな喜ばれるほどのものじゃないわよ」

 とはいえ中は、そんなプレミアの感動とは裏腹に何の変哲もないものだったが。それでもプレミアは、大好きな玩具を買ってもらった子供のように、何でもない部屋を眺めていた……何の設定もされていなかったプレミアには、真の意味で自分専用の場所など今まで持ったことがなかったのだろう。

「なあ、リズ」

「んー?」

「よかったのか?」

 プレミアが自らの部屋という始めての存在に心を踊らせている間に、ショウキはリズにそう曖昧に問いかけた。とはいえリズには意味が伝わったらしく、答えにくそうに考え込んでいく。

 もちろんその問いの意味は、こうして引っ越してきてよかったのか、ということである。

「まあ、あたしたちだけじゃ限界だったのは確かだしね。二人だけで店を繁盛させていくだなんて無理な話だったのよ」

 SAOの時も、正直に言うとアスナと血盟騎士団ってお得意様がいたから成功したみたいなもんだったし――と、リズは思い出すようにそう呟いて。ショウキもショウキで、アルゴに宣伝してもらうまでは、閑古鳥しか鳴いていなかった店のことを思い出しながら。

「要するに、せっかく皆がお得意様になってくれるんだから、わざわざ二人でなんて気張らなくてもいいってわけよ!」

「……そうだな。甘えさせてもらうか」

 実際に店の営業や鍛冶に関わることがなかろうと、仲間たちが立ち入らないような鍛冶屋に人は来るまいと。ついでに常連客として確約できるのだから、いいことづくめには違いない。そんなところで、今回の引っ越しについて協力してくれた仲間たちに感謝しながらも、ショウキはどうしても気になっていたことを呟いてしまう。

「……そもそも別に、みんなに来るななんて言った覚えもないけどな」

「細かいこと気にしちゃ負けよ。ほら、みんながお帰りなさいパーティしてくれるらしいから! プレミアも、パーティよパーティ」

「パーティ……『ごちそう』ですね」

 二人で頑張ってるのに邪魔しちゃいけないと思って――という理由から常連客を失っていた、そんな今までの細かいことは忘れて。部屋を得たことについての感動よりご馳走につられたプレミアも連れて、ショウキたちはダイシー・カフェが併設された店へと戻っていった。

 いい加減にプレミアを、きちんと皆に紹介しなくては。
 
 

 
後書き
最初の予定では店の三人だけで話を回そうとも思っていたんですが、なんだかテコ入れが入りました 
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