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ランス ~another story~ IF

作者:じーくw
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第11話 鬼畜王戦争の記憶Ⅰ

 その外見を見て どれだけ記憶を遡ったとしても 会った覚えはアームズには無かった。
 間違いなく初対面だと言えた。

 そもそも、魔人を パワーだけであれば上位に位置するであろう魔人DDを圧倒する様な人物に会っていたとするなら、忘れないし、忘れる訳もない。そんな人物などこの世界にいるかどうか。今思い浮かぶ魔人を圧倒する者と言えば、神異変が起きた現在では その魔人よりもさらに上位に位置する上級魔人か若しくは魔王だけだ。

 そして目の前の男はそのどちらでもない。魔王や魔人特有の圧迫感の類は見えない。故に人間にしか見えない。
 

 ならば、一体誰なのか。魔人を退け、且つ自分を知っている人物――。



「まさか――ゾロ、か?」


 そう、ただ1人しか考えられなかった。
 あの鬼畜王戦争を終結させたのは、ミラクル率いる新生トゥエルヴナイトたちと表向きにはなっているが、ゾロは間違いなく立役者の1人。

 魔王を瘴気に戻したのはリセットのクラウゼンの手。
 そして、人類を救ったのは……。あの人類に多大な被害を齎した戦争において、死者を圧倒的に減らしたのが――マスク・ド・ゾロの力だった。

 あの場において 何処か守られている様な感覚に見舞われたのは自分だけではなかった筈だ。














 アームズは記憶を更に遡った。
 思い起こすのは、人類史上において最も大きな戦争 鬼畜王戦争の記憶を。













~ 6年前 鬼畜王戦争 ~



 
 あの戦争ででは、第二次魔人戦争の時同様、人類の拠点は宙を浮く 無敵ランス城に構えていた。
 軍師を任せている リーザスのアールコート、 ゼスのウルザ、ヘルマンのクリームなど、人類屈指の精鋭を揃えていたが、それでも戦況は悪いの一言だ。

『……あぁ。アームズか。来るのが早いな』
『確かにまだ時間はあるが、特にする事も無いからな』
『だろうな。……今確認したが、どこもかしこも旗色が悪そうだ。リーザスでも、自由都市でも』

 地図を睨みながらそう呟くのは 神無城 清十郎。
 魔人討伐隊において最前線で常に戦い続ける異国の戦士。人類最強の1人に数えられる戦士だ。

『仕方ないだろう……。何せ魔王は勝手気ままに現れては、蹂躙していくんだ。……質の悪い災害、いや厄災の化身だ』
『うむ。……人間の記憶が少しでも残っているのであれば、誘導するのはたやすいのだが、な。……魔王とは厄介。……否、それどころではない、か』

 苦虫をかみつぶしたような表情を見せる清十郎。強敵との戦いを心から楽しもうとする性質を持つ彼にはそぐわない表情だと言えるかもしれない。……時と場合による、と本人は言っていたが。

 そして、続々入ってくるのは 其々の国の精鋭達。
 
『その様ですね。……リーザスの最前戦。皆懸命に守ってくれてはいますが、やはり魔軍が圧倒しています』

 リーザスの赤将 リック。

『ヘルマンも同じくだ。……ランスの野郎め。いつもいつも迷惑かけてくれやがって』

 ヘルマンの人斬り鬼 ロレックス。

『皆集まるの早いね~。……あーその顔みただけで分かったよ。全然良いニュースがないのはさ』

 伝説の黒髪のカラー ハンティ。

『この城への襲撃も時間の問題かもな。空を飛べる魔物が少ないのがせめてもの救いだ。……だが、ハウゼルやサイゼル辺りが今、攻めて来たら 今度こそヤバイぜ』

 ヘルマンの元皇帝 パットン。

『魔人の無敵結界……。撃ち破れる2つの武器も、……アイツ(・・・)もいないから、本当に年貢の納め時、かもしれない。でも、諦めるつもりは無いけど……ね』

 自由都市 カスタムの四魔女 魔想 志津香。

『志津香さん。アイツ、と言うのは父上の……。いえ、何でもありません。失礼しました。確かにカオスを使えるカーマさんが負傷し、現在離脱していますからね。聖刀日光も……』

 JAPANの国主 山本 勇義。


『ふはははははははは!! ミラクル・トー! ここに降・臨!!』


 伝説級の闇魔法使い ミラクル・トー。






 五体満足に動ける者達が全て結集した。

『ったく、アンタはいつもいつも……。普通に来る事できないの?』
『ふはははは。愚問だな、魔想志津香よ。余は世界の王にして、世界の覇者。普通などと言う言葉は最も当てはまらぬわ』
『あー……、まぁ、それは判ってるけどね。うん。普通じゃないのは』

 長くなるので割愛、と言わんばかりに、志津香はそうそうに話しを止めた。寧ろツッコンでしまった所を若干後悔している程だ。

『皆さん。集まりましたね。では、これより戦況報告を――』
『まて、ウルザ・プラナアイスよ』
『はい? どうしましたか、ミラクルさん』

 ミラクルは 移動をして(厳密には死霊兵士達に運ばせてる?) ふわりと浮き上がり、丁度部屋の中央に位置する場所で停止した。

『諸君らも大体の戦況は判っておるだろう。再確認はただの二度手間だ。故にもっと有意義なものを。有益な議題を行うべきだ。それは現状把握ではない。マスター・オブ・ネメシスの件だ』

 ミラクルの言葉を訊き、表情をあからさまに変える数人がいた。
 ミラクルが付けた渾名だから本名ではないが、それが誰なのか、もう誰もが知っているからだ。


『あの男の件も皆が知っておろう。今民衆の支持を得ている者、英雄とされている者。……ふははははは! まぁそこは当然の評価だ。ヤツは余の片腕となる男なのだからな』
『あー、暗黒魔女さん。そのアイツがどうしたって? またどっかで現れて、さーっと助けて、ぱーっといなくなったのかい?』
『む? パットン・ヘルマン。確かにその情報も余に入っている。……が、それとは別件だ。お前達も判っているのではないか?』

 ミラクルの視線が鋭くなった。それに連動する様に他の者達の表情もまた変わる。

『時折舞い降りては、人類を救う英雄。……確かに、我らにとっても人類全体にとっても益にしかならん。まさに救世主。助かる存在と言って良い。……が、このままで良いと本気で思っているのか? 安易に考えてはいないか? それに、余は縋るだけの者を部下に持った覚えはないのだがな』

 まるで挑発する様に言うミラクル。
 それに真っ先に反応したのが志津香だった。

『アンタの部下になったつもりは無いけど、言いたい事は判るわ。………ああいうの、腹立つ。こっちにだってプライドはあるんだから。変に恰好付けられて、助けられてばっかりなのも癪だし。……それに 助けるんなら、戦うんなら、……………いつまでも隠れてないで、此処にきなさいって言ってやりたい』 

 ぎりっ……と志津香は強く拳を握りしめていた。でも、彼女の表情は複雑だった。ただの怒り――ではない様に。

 他の者達も大なり小なり同じ意見だった様だ。
 そして、志津香同様に複雑な表情をしていた。

 そんな中で。

『はい。私もそう思います。……どう、でしょうか。確かに今の状況は危ないです。……ですが、現状の私達にとってなくてはならない人、の筈です。……何処に所属をしているのか判りませんが、正式に部隊にスカウトをすることを私は提案します』

 ヘルマンの大統領 シーラ・ヘルマン。
 彼女も手を上げて提案をしていた。

 ミラクルが言いたいのは、恐らくだが 助けられてばかりでプライドは傷つかないのか? と言うものと、本格的なあの男の獲得に集中する、と言う提案だ。ミラクル自身がすれば良いでは? と思うのだが、正直な所、彼女1人に手に負える相手じゃないと言うのは周知の事実であり、現状においてそこまで手が回らないと言うのもある。つまり、戦争が激しくなった為人類側に余裕はない。と言う事だ。


『くくく。良い返事だ。魔想志津香、シーラ・ヘルマン。他に異論のある者はおるか?』


 ミラクルの言葉に意を挟む者はいなかった。

『だが、あの男は正直ミラクル以上に自由奔放な男だ――。何処に現れるかの規則性の類、当て等はあるのか?』
『ふむ。よくぞ問うてくれたブラッドランサーよ。当然当てはある。寧ろ今、このタイミングこそが好機だ』

 ミラクルは 清十郎の方を見て笑うと、 ぱちんっ と指を鳴らせる。すると魔法ビジョンが浮かび上がってきた。

『え……? これは?』

 何も聞かされていなかったウルザは首を傾げる。映し出されたのは ランス城の外の風景。そして高速でその景色が変わっていく。いまのランス城の位置から遥か遠くまで移動した所で――そこに二つの影があった。
 見覚えのある影だ。魔法ビジョンに向かって高速で飛来し、迫ってくる様だった。背には翅があり纏っているのは炎と冷気。優雅とさえ言える光景。

 それを見て青ざめるのはウルザ。

『直に魔人がここに攻めてくる。ラ・ハウゼル、ラ・サイゼル。魔人姉妹だ。そうだな時間にして30~40分と言った所か』
『って、そう言う事は直ぐに言ってください!! こんな広範囲まで警戒網を敷くなんで貴女しか出来ないんですから!!』
『ふはははははは! 言った所でどうする事も出来まい。スチールハートも言っておっただろう。大空を舞う事が出来る魔人。その移動範囲は甚大。最早逃げ切れるとは思えぬしな。無敵結界に対抗する術を持たぬ状態で、あの2人が同時に此処へ攻め入った時こそ、最早チェックメイトである、とウルザ・プラナアイスも言っておったと記憶しているが?』
『う……、そ、それは確かに……』

 空に浮いている以上、確かに一度に受ける襲撃はたかが知れていると言える。空を飛ぶ事が出来る2人の魔人に狙われたら、そう簡単に逃げられるものじゃない。

『で、ですが ハウゼルさんは以前私達と共に……』
『そう甘い考えを持つのは危険だよシーラ』
『ハンティ様……』

 シーラの言葉を遮る様にハンティが答えた。その隣のパットンも同じく頷いている。

『確かに以前は共に戦った間柄……だが、それは魔王不在と言う異例の時代における魔人の行動だ。……魔王の命令は絶対。命令内容が 殲滅、虐殺であれば それを躊躇ったりはしないと考えた方が良い。戦った仲、と言う事で慈悲で即死させてくれるかもしれないけどね』
『おいおい。物騒なことを言わないでくれよ ハンティ』
『その物騒なのが実現しそうだから困ってんじゃないかい。ハウゼル1人ならまだしも、サイゼルも一緒なんだ。完全なランス派の魔人の1人。……つっても、お仕置きが嫌だから、って理由が一番だろうけど』

 こりゃ、困った――――と一同が口にする中ででも パニックを起こしたり、自暴自棄になったりする者は1人としていなかった。この中の全員が幾度も死地を乗り越えてきた歴戦の猛者なのだから。少なくとも、どれだけ絶望的であったとしても、諦めると言う言葉は彼らの頭の中にはなかった。

『危機的状況なのはどう足掻いても変わらん。そして、マスターオブネメシスの真の目的も判らん……が、どう言う訳か、こちらがピンチになれば大体は現れる男だ。今回は振りではなく、正真正銘の危機。現れる可能性は高いだろう。いつもの様に撃退出来て終わり、と言った展開になるやもしれぬな』
『……いけ好かんが、確かに としか言えん』

 ミラクル自身もどうしたものか、と珍しく中途半端な顔をしていた。マスターオブネメシス……ゾロが来ると言う件に関しては 自身の片腕に~と意気揚々になるのだが、判らない所が多く、ミラクル自身でも追いきれないと言う葛藤がそれなりにある。元々困難であれば困難である程楽しむ様な女だが、それでも大抵は先が見えるか、若しくは 半ば

『清十郎の気持ちはわかる……が、現状では少しでも戦力が欲しい所だ。あの男ならば申し分ない。引き込めるかどうかはその時だな』

 アームズの言う通りだ、と皆が頷いた。
 この後の方向性も決まり、其々の対応に奔放していた時。ハンティがシーラの顔をまじまじと見つめていた。

『それにしても……ねぇ?』
『はい? どうしました?』
『いーや。シーラが突然 進言するのって結構珍しい気がして。いつもは段階を組んで徐々に~って感じなのに』
『え……、そう、ですか?』
『そーそー。ま、ぶっちゃけみーんな思ってる事だとは思うけどさ』

 ハンティはシーラの肩をぽんっ と叩く。

『あたしもやるつもりだけど、会ったらシーラもガツンと頼むよ。……ゾロが、アイツ(・・・)である可能性は高いんだ』
『っっ……』
『志津香やこの場には来てないけど、かなみとかヒトミたちも同じ気持ちだろうさ。……これがいつものヤツだったら、正妻決定戦パート111目の記念、って事で バカ騒ぎして終わりなんだけどねぇ』

 懐かしいやり取りだ、と ハンティは キシシと笑った。そしてシーラは頬を紅潮させていた。

『せ、せいさいって……、は、はぅ わ、私は……///』
『はぁ? ……・やれやれ。いい歳してんのにまだ恥ずかしがってんのかい? シーラにもアイツ(・・・)の子がいるだろ? つまり、母ちゃんになってんだよシーラ。普通なら育児放棄するな!! って怒っても良いトコだ』
『あっ、い、いえ……。その……。 ふふっ 話をしてたら少し若返った気がして つい……』
『ははは。成る程ね。ま、これが終わった後もこんな感じでバカ騒ぎが出来りゃ良いねって事だ。……絶対勝つよ』
『はい。勿論です。ハンティ様』

 力強く頷くシーラ。それを見て満足いったように、ハンティは離れた。
 それを影で訊いていた者がいて、そっと近付いたハンティに言う。

『……何馬鹿な事言ってるのよ』
『おっと、聞かれちゃってた?』
『ったく。いるの判ってて続けてた癖に』
『キシシ。そりゃあね。志津香は正直すぎる。気配断ちできてないよ』
『わたしは魔法使い。……そんな忍者やレンジャーみたいな事出来ないから』

 ある男の話題を出すと必ずいるかもしれない……と思う程傍にいるのは魔想志津香だ。
 その男が姿を眩ませてもう約10年の月日がたっている……が、当然ながら諦めた様子は一切ない。

『ハンティさん。…………アイツは。その――』
『ん。志津香が考えてる事大腿判るよ。それに あたしだってそう思ってる。100%、とは言えないけどね。あんな強い奴他に覚えがない、って理由が一番だから説得力が正直ないと思うし。……前に会った時ヒトミも言ってたけど、アイツなら私達の事知らんプリなんてしないってさ。その辺を踏まえると、違うかもしれない。……でも ヒトミもアイツだーって言ってるんだよね』

 ハンティは口許に指を当てがいながら考える。
 実の所考えるまでもない事だ。何度も何度も思い描いていた事だから。ミラクルに言われるまでもない。初めてマスク・ド・ゾロを目にし その圧倒的な力を目撃して…… 連想させない方がどうかしている。
 彼を知る者なら、彼を慕う者なら絶対―――。

 それでも、あえてそこを隠す、と言う事はやはりハンティもそれなりに乙女なのだ。恥ずかしいのだ。……と、ズバッと言うと ハンティは照れ隠しと言う名の雷を落としてくるのが恒例であり、そうズゲズゲと突っ込んでくる面子も限られているのでそう言った光景は見られなかったりする。

『まぁ 私も同じ気持ちだけどね。前者だって思ってる。……ま、希望してるだけかもしれないけど。でも もしも……アイツだったらさ。ここにいる全員で、今参戦出来ないやつらの分も思いっきり足踏んずけてやろうじゃないか。志津香』
『………ふふ。そうね』

 志津香はハンティと共に笑った。
 もう少しで魔人が攻めてくると言うのに、良い具合にリラックスできていると思える。……し過ぎは良くないが、それでも絶望感に囚われたり、ガチガチになったりするよりは大分マシだろう。

 そんな中で、ハンティは思い返していた。

『それにしてもさー、初めてあった時は、アイツの事 めっちゃ強い男。可愛らしい顔の癖に、それに反してメチャ強い。反則的な力を持つ男って思ってたっけ』
『……まぁ色々と同感。魔法斬ったりするトコとか どうしてもね』

 共に戦ってきた間柄。志津香は兎も角、年月にすると 悠久の時を生きてきたハンティにとっては一瞬だと言って良い時間だった。それでも長く感じられたのは それだけ濃密だった、と言う事に尽きる。
 特に初めての邂逅…… ヘルマンで出会ったあの時の事は今でも鮮明に浮かぶ。

『それ、あたしだって面食らったよ。何せ全力の雷神雷光を剣で防ぐなんてシーンを見せられて。……あー、今でも目に浮かぶし。それにそれだけじゃなく、人間には憎悪しか覚えてなかった筈のカラーたちをあーっと言う間に懐柔してオとしちゃってー……、それであれよあれよと言う間に世界中で慕う子が出てきた。男も女も関係なく』
『……………』
『今や大家族。ヒトミも言ってたけど、みーんなまとめて一夫多妻、子沢山ってか。勇義だってそーだし。うーむ、アイツの対極の存在がランスっぽかったのに、そっち方面が同じになってたんだよなぁいつの間にか。むむむ、改めて考えてみりゃ意外も意外。大穴。あたしも一枚噛んでるってのも意外かもしんないね』
『う、……む。…………否定できないのが何か嫌だけど。それ言葉にして聞いたら弁護したくもなる。見境なしに抱いたって訳じゃない、って言うのが判るから』

 ハンティの言葉を訊いて苦悩する志津香。
 今でこそ いないのだが…… 長い間、付き合ってきていた。会話の中心に出てくる彼と長く。共に戦い、背を預けてきた最も信頼できる男だった。そして 当然ながら――昔から好きだった。愛していた。そしてその言葉を口に出す事が出来るようになったのは 彼がいなくなってからだった。いなくなってから 初めて……いう事が出来るようになったと言うのは本当に皮肉だ。

『そんなに考えこないって志津香。大丈夫。……アイツが死んでる訳ないんだし、ゾロがアイツな可能性だって高い。限りなく高い。……今日、思い切り言ってやろうじゃないか』
『そうね。そうするわ』
『うん。素直で宜しい』
『ハンティさんの前だから、かもしれない。……ほかの子の前じゃあまり素直になれないかもしれないから』
『年の功ってヤツかな。人生相談し易いってのは。まー、あんまり自分で言ってて嬉しいもんじゃないけど』

 ハンティと志津香は、話を切り上げ 持ち場へと向かった。
 向かう先はランス城の外。魔人の襲撃に備えての布陣を確認しに向かう。絶望的ともいえる状況だが、決してあきらめたり投げ出したりはしない、と強く心に秘めて。

 彼女達は、そんな男の姿を見続けてきたのだから。


――その彼にまつわる話は、幾度となくされてきた。……何度も何度も、城内で行われてきた事。此処で全て紹介してたら、正直何時まで経っても終わらないので割愛します。






 そして、ランス城周辺の空では、2人の魔人が宙を旋回をしていた。空を優雅に舞う姿はまさに天使……と言える。天使と言う存在については色々と思う所があるのだが、この2人についてはそれ以外の形容が見当たらない、とも言えた。
 だが、その表情は天使には似合わず、暗く重たいものになっている。それは魔人ラ・ハウゼルだった。
 

『姉さん。もう少しで……ランス城です』
『判ってるわよ。……なに? あんたまだ迷ってるの?』
『……正直、な所は。私は、私達は少し前まであの人たちと共に戦ってきた。ホーネット様も、あの人たちは助けてくれて……、ケイブリスも打倒出来た。……なのに』

  
 自身の武器、魔銃タワーオブファイヤ―を握る手が微かに震えていた。
 共に戦っていたあの第二次魔人戦争での出来事を思い返しているのだろう。待てども待てども表情が変わる事はない。2人の飛行速度をもってすれば、ランス城までそう時間が掛からないのに、必要以上に時間が掛かっているのは、ハウゼルの迷いのせいでもあった。

 そんなハウゼルに、姉のサイゼルの激が飛ぶ。

『もう馬鹿ッ! 何度も何度も言ってるでしょ! これは魔王様の命令なんだって! あそこの人間達を皆殺しにしろって。……使徒にする事も駄目だって』
『馬鹿とはなんですか!! 姉さんはなんとも思わないんですかっ!? あの人達にどれ程の恩が……』

 いつもであれば、ここで次元の低い姉妹喧嘩に発展する所なのだが、今回は違った。怒っているサイゼルだが、それでもハウゼルの気持ちは判っていたから。

『……あの魔王様に命令されて、まだ迷えるあんたの精神力は凄いと思うし、あんたの気持ちだって判らないって訳じゃない。……あいつらはハウゼルを救ってくれたから、それにあたしだって。だから凄く感謝してる。……でも、それとこれとはもう別の話なんだよ。もう、LP期じゃない。今はRA期。……魔王様はランス。命令違反は、普通は出来ないんだけど、それでも 魔王様の気分を害して、ハウゼルが殺される様な事になるくらいなら、あたしは絶対にハウゼルをとる。……今の魔王様には……、ランスには 躊躇なんて全く無いんだから。どれだけ忠義を尽くしていたとしても、例え女だったとしても。……顔見知りだったとしても、その命を消すのには躊躇なんてしない。寧ろ狂喜しながら殺すと思う。……楽しみながら、ハウゼルを殺すって思う。………そんなの、ぜったい嫌」

 嗜めるサイゼルだが、その手に持つ武器、魔銃クールゴーデスもハウゼル同様に、震えていた。サイゼルとて判らない訳はないのだ。いろいろと問題のある魔人だが、それでも恩義と言うものは感じている。あの第二次魔人戦争での事を思えば。
 だが、それでも妹のハウゼルの方を優先するのは半ば当然。あの戦争時ででも 全てを捨てて妹と共に逃げようと 提案した程だから。

 そんなサイゼルの想い。いつもの口喧嘩にならなかった事もあって ハウゼルの心に直接響く様だった。

『っ……』
『だから、選択肢はない。今の魔王様から逃げられないのは判ってる筈。……だから、せめてもの情けで最初から全力で行く。カオスも日光も無いのは調査済みだし、あいつらがあたし達には絶対勝てない。……だから、出来るだけ 最後は痛みのない様に』
『……そう、しか出来ないんだよね。姉さん』
『うん。ハウゼルがそれでも嫌だ、って言うなら、あたし1人ででもやる。必要以上に苦しめてしまうかもしれないけど、ハウゼルが嫌な想いをするなら……あたしはそれでも良い』
『……………ダメ。それは、ダメ。姉さんだけに そんな……』

 ハウゼルは、覚悟を決めた様だ。

『………私も、やるから』

 嘗ての仲間達の命を奪う覚悟を。 
 
 簡単にはいかないのは判っている。人間とは言え 人間界で最強のパーティだからだ。以前共に戦っているからこそ、その力は知っていた。
 でも、体力や魔力は無限じゃない。体力が無くなれば攻撃が当たりやすくなる。魔力が無くなれば魔法で防ぐ事が出来なくなる。

 つまり――どれだけやっても結果は変わらない。悪戯に時間を稼ぐだけだ。

 だからこそ、最後に。出来る事であれば――最後は痛まない様に、即死させてあげることを意識して、タワーオブファイヤーの出力を最大限にまで高めるのだった。
 









 そして、絶体絶命の戦い。

 対魔人用の武器不在。手の内を知られている魔人との戦いが始まった。

 ミラクルやハンティの魔法で幾度となく防いだ。他にもそれに続いて志津香は炎で。ウスピラが氷で、と連携して善戦を続ける事が出来た。

 だが、それでも 防ぐ事は出来ても攻める事は叶わない。魔人の無敵結界が全てを防いでしまうから。更に相手は空を飛翔している為、当たる武器自体限られていると言うのに、その上での無敵結界。普通の人間であれば、それだけで戦意を喪失しそうだが、それでも誰もが決して折れなかった。
 無意味かもしれないが、それでも決して。

 そして、読み通りだった。ただ時間を稼ぐだけで精一杯。誰ひとりとして眼は死んではいないが、それだけだった。絶対的な能力差は埋まるものではないから。

『……もう、止めて』

 炎を幾度となく防がれ、何度も何度も攻撃してくる。だが、それは報われない攻撃。これ以上ハウゼルは見てられなかった。

『ハウゼル。……もう、決めるよ』
『……はい。姉さん』

 ハウゼルとサイゼルは、互いに腰に手を回し、引き寄せた。
 以前までは ハウゼルの炎、サイゼルの氷のコンビネーションだけだったが、今は違う。炎と氷と言う相反するエネルギーを1つにする事で、通常ではありえない爆発的なエネルギーを出す事が出来る様になったのだ。
 彼女たちの奥義、とも言える業《バスワルド・メドローア》。
 
 一度も見せた事のない奥の手。

 疲労困憊な人間達に防げるものじゃない。


『(……ごめんなさい)』


 ハウゼルは心の中で謝罪をすると同時に、……無情なる光線を放った。全てを無にする光。それはランス城をも巻き込んで 全て消し去る……筈だったが。

『『ッッ!?』』

 思いがけない事が起きた。

 あの光が、全てを掻き消す程の光源が2つに裂け……霧散したから。


 
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