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越奥街道一軒茶屋

作者:綾瀬紫陽
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雨の降る日は傘が舞う

「ちょっと一服してってもいいかい?」

 そう声をかけられて、あっしは慌てて振り向きやした。
 今日はちょっと特別なことをしようと思いやして、今まで集めてたものを準備してたんでさぁ。なんで、旦那が声をかけるまで、お客さんが来たことに気が付かなくって……。商売人としてはちょいと悔しかったんですがね。

 荷運びの仕事をしてる、三十路過ぎくらいの旦那でした。仕事が終わって帰るってんで、この街道を通ったと。
 しかし力仕事をしてる割にゃ、ちょいと失礼な話イマイチそういう雰囲気が薄い。旦那は、どちらかというと職人風というか、そんな感じなんですよ。
 ちょいと気になって聞いてみると、

「やっぱりそう見えるかい? 実はな、この仕事そんなに長くやってないんだ」

「そうなんですかぃ」

「ああ。この仕事始める前は傘の修繕士をしていた。いわゆる内職さ」

 意外な返答でしたねぇ。内職やってる人が力仕事に転向ってのは、あっしはあんまり聞いたことがありやせん。
 内職ってのは何年もかけて習得する技てぇのがありやすから、それを捨てるってのは何かのっぴきならない理由があったってことになりやすが……。

「実はな、手を使い物にならなくしたんだ。大怪我でな……。手先は上手く動かねえが、腕は使える。だから今この仕事なのさ」

 あぁ、やっぱりそういうのがあったんですねぇ。
 そこまで話したところで、旦那があっしの用意した物を見つけたんですよ。
 案の定気になったみたいでしたね。

 あっしは、前々からお客さんに貰って集めてた、古い傘を店先に積んでたんでさぁ。どれも新しいのを買ったほうが早いってくらいにぼろぼろになってる奴です。

「あれは?」

 当然のように、旦那はあっしに聞いてきやした。

「いやぁ最近雨が少ないもんでね、ちょっとこれで雨ごいをしてみようとおもいやして」

 きょとんとする旦那。ま、この説明でわかったら大したもんでさぁ。
 皆まで説明してもいいんですがね、多分実際に見てもらったほうが解ってもらえると思ったんで、こういう説明をしたんでさぁ。

 雨が降るんで、あっしは旦那を野点傘の中に入れやした。
 少しすると、ボロ傘たちが音を立てながら動き出しやす。
 旦那は驚いていやしたが、あっしは何も言わないように促して、先を見守りやす。

 ボロ傘は生き物みてぇに動き出して、互いに組み合わさったり、重なったりして、一つのバケモノになっていきやす。

 これ、骨傘ってバケモノなんでさぁ。傘が組み合わさってできたのは鯱の形。ってことは当然のように……。

「ほ、本当に雨が……」

 旦那が空を見上げて目を丸くしてやす。
 さっきまで晴れてた空に突然雲がかかって、土砂降りになりやしたからね、当然でさぁ。

 骨傘は、羽根みてぇに体を広げると、宙に浮きやした。
 そしてそのまま、どこかへ飛んでいきやす。

「旦那とおんなじでさぁ。使い物にならなくなった傘が、今度は雨を降らせる役目をすることができる。あっしは今日これをやりたかったんですがね、旦那が来たの、とんでもない偶然だと思うんでさぁ……」 
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