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天体の観測者 - 凍結 -

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オーフィス○○○抜けるってよ

 
前書き
本日も投稿 

 
 時刻は深夜の時間帯。
 太陽は既に地平線の彼方に沈み、闇の住人達が動き出す時間である。
 
 舞台は駒王学園の会議室。
 室内には天使・堕天使・悪魔の三大陣営の首脳達が集まり、互いに顔合わせを行っている。

 天使陣営からは天使長であるミカエル
 堕天使陣営からは堕天使総督であるアザゼル
 悪魔陣営からは魔王であるサーゼクス・ルシファー&セラフォルー・レヴィアタン

 彼らの背後には護衛として数人の男女の姿もある。

 この場の全員が次代への意義ある会合にしようと本日の会議へと参加したのだ。

 そして此度の三大勢力会議を催す契機となったグレモリー眷属もこの場に足を運んでいる。
 シトリー眷属も同様だ。

 無論、コカビエルを亡き者にした張本人であるウィスもこの会議へと参加している。

 だがウィスは1人の女性と対面し、言葉を失くしていた。
 そう、異なる世界の記憶を強く刺激されたがゆえに。

 ウィスは静かに瞳から涙を流し、感傷に浸っている。
 本人は自分が泣いていることに気付かない。

 ただ今は目の前の女性を見詰めていたかった。
 記憶の中に眠るオルガマリー・アニムスフィアと目の前の女性が重なっては消え、幻影の様に両者の姿が再び重なる。

「あの…、泣いているんですか?」
「…え?」

 彼女の一言にウィスは自身が泣いていることに気付く。
 左手で頬を触り、続けて自身の涙を拭う。

そうか、自分は今泣いているのか…

 ウィスは今更ながら自分が泣いていることに気付いた。
 対する彼女は心配げにウィスを見据えている。

 少し過去に囚われ過ぎてしまったらしい。
 危ない兆候だ。

「すみません。少し昔の知人に貴方が似ていたもので…。」

 悲しみの表情を見せ、ウィスは彼女から引き下がる。
 まだウィスは哀愁を漂わせているが。

 彼女はそんなウィスを真摯に心配している。

「ほっほっほ、儂の付き人であるロスヴァイセに何か感じるものでもあったのかの?」

 横入りするように笑い声を上げる老人。

「…まあ、その通りですよ。北欧の主神オーディン。」

 佇まいを直し、ウィスはどこか声音を下げてオーディンの問いに答える。
 その視線はやはり冷たいものだ。

「ほっほっほ、正解じゃよ。見事な洞察眼じゃわい。」

「簡単なことですよ。貴方からは神特有の気を感じるんです。」

 オーディンの神の気はこの惑星内ではかなり上位に入るものだ。

「面白いことを言う奴じゃのう、お主。」

 実に面白げに、愉しんでいるようにオーディンはウィスをその隻眼の目で見据える。 

「それだけではありません。その隻眼の瞳に、顎髭を蓄えた初老の神とすればかなり対象は限られてきます。そして貴方の後方に佇む女性はヴァルキリーといったところですか?」

「ほっほっほ、お主本当に興味深い奴じゃのうー。」

 此方は全く興味などないのだが。
 だがそんなことよりも…

「すみません。先程は取り乱してしまって…。」

 ウィスは銀髪の女性に深々と頭を下げる。

「いえ、私は気にしていません。改めまして私の名前はロスヴァイセと申します。」

「ご丁寧にどうも。私の名前はウィスです。」

 丁寧な所作で会釈を行ったロスヴァイセに対し、ウィスも深々と頭を下げる。

「ほっほっほ、そうか そうか、お主があの"ウィス"なのか!」

 どこか興奮した様子でオーディンは此方に身を乗り出してきた。
 うんざりとするウィスであった。







▽△▽△▽△▽△







「それでは今回のコカビエルの一件を報告してくれるかい、ウィス?」

 遂に始まった三大勢力会議。
 議題はコカビエルの聖剣騒動から始まる。

「…分かりました。それでは、皆さん、此方の映像をご覧ください。」

 まあ、当然のご指名であろう。
 コカビエルを打倒したのはウィスなのだから。

 サーゼクスからの催促にウィスは仕方なしと嘆息しながらも会議室の中央へと移動する。
 続けてウィスはその手に有する奇抜な装飾が施された杖を地面に打ち鳴らした。

 途端、杖の先端に取り付けられている球体が点滅しながら発光する。
 次の瞬間、杖から淡い光が放たれ、会議室の皆が一望できるようにとある映像が映し出された。
 
 やがてその光は球状に形成され、宙にてホログラムの様に光が集束する。
 会議室は淡く照らし出され、この場の誰もが目を奪われる。
 
 そう、今回のコカビエが引き起こした事件の全貌が全て記録されていたのだ。





 映像は駒王町の深夜の廃墟から始まる。
  
 宙には此度の聖剣騒動を引き起こした首謀者であるコカビエルが座していた。
 狂気の聖剣計画を企てた張本人であるバルパー・ガリレイと狂気のエクソシストであるフリード・セルゼンの姿も。
 
 途端、廃墟の入り口が盛大に吹き飛び、大爆発を引き起こす。
 
 杖を打ち鳴らし、姿を現すはウィス。 
 続けてウィスはフリードとバルパー・ガリレイの両者の襟元を即座に掴み取り、勢い良く放り投げる。
 
 墜落地点は駒王学園の校舎のど真ん中。
 
 愉し気に立ち上がったコカビエルも同じ様に吹き飛ばされる。
 何の予備動作も存在せず、駒王学園のグラウンドへと墜落していった。
 


 その後、激情したコカビエルがウィスに突貫したが相手にさえならない。
 否、闘いと呼べるものでもなかった。
 
 ウィスは堕天使の力である光力に対して一切のダメージを受け付けていないのだ。
 接近戦に移行したコカビエルの攻撃もウィスには届かず、逆に無残にも光力が砕け散る始末。
 
 ウィスはただ静観しているだけ。
 周囲には驚きを隠せないリアス達の姿が見えた。
 
『くそ!?何故だ!?何故、届かない!?』
 
 コカビエルは絶叫せざるを得ない。
 
『なに、簡単なことですよ。貴方と私とではレベルが違うんですよ。レベルが…ね!』
 
 次の瞬間、映像に映るウィスの紅玉の瞳が光る。

…かの様にサーゼクス達には見えた。
 
『…!?』
 
 途端、神速のラッシュがコカビエルを襲う。
 コカビエルは血反吐をぶちまけ、その身を陥没させ、吹き飛ばされる。



『はぁ…はぁ…、ゲボォ…!はぁ…はぁ…、一体何者なのだっ!貴様はっ!?』
 
 コカビエルは既に満身創痍の血みどろ状態。
 
『そもそもエクスカリバーに対する認識そのものが私達との間では異なっているのですよ。』
 
 ウィスは聖剣を掴み上げる。
 
『最後です。教えましょう。……真の聖剣の姿をね。』

 戦いは遂に最終局面へ。

 途端、聖剣が眩いまでの輝きを解き放つ。
 ウィスから供給されるは膨大なまでのエネルギー。

 その神々しいまでの光は周囲を幻想的に照らし出す。
  
 周囲に顕現するは金色の粒子。
 その全てが天へと掲げられる聖剣の刀身へと集束されていく。
 
『エクス─』
 
──束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流
 
 星を滅ぼしうる悪を打ち倒すべく絶対的な輝きを有する最強の幻想(ラスト・ファンタズム)
 
 そしてウィスは聖剣を大きく振りぬいた。
 
『─カリバー。』
 
 解き放たれる光の断層による“究極の斬撃”
 その黄金の奔流は宙に浮遊するコカビエルへと迫る。

 エクスカリバーの極光がコカビエルへと直撃し、コカビエルはその身を消滅させた。

 全てを呑み込んだ黄金の光は天へと昇り、十字を刻む様にその姿を世界に現し、その力を周囲へと波及させる。

 空を見れば吹き飛ばされる白銀の鎧の姿も。



「おいおい、ヴァーリ。お前が頑なにその怪我の原因を言わなかったのはこういうことか。」

「うるさいぞ、アザゼル。お陰で全治3週間は下らないんだぞ。」

 アザゼルが合点がいったとばかりに包帯まみれのヴァーリを見る。
 ゼノヴィアとイリナ、アーシアの3人は主へと祈っている。

 ミカエルと魔王達は真なる聖剣の光に圧倒されていた。
 リアス達はどこか達観した様子である。

 そして北欧の主神であるオーディンは……





「うむ うむ、そうか そうか!やはり儂の目に狂いはなかった!」
「オ…オーディン様…?」

 絶賛興奮中であった。
 彼は己の付き人であるロスヴァイセの困惑した声を無視し、熱心にウィスへと話し掛けている。

「その隙の無い身のこなしにその身に秘めた強大な力!そして噂に違わぬ技巧!正に現代に蘇った勇者と呼ぶに相応しい!」

「此度の会議に参加したのも今後の北欧と三大勢力との行く末を見据えることは勿論じゃが、お主と会うことが本来の目的じゃったのじゃよ!」

 始まった、ウィスはうんざりとした様子で項垂れる。
 いつの時代も神という存在は自分を前にすると決まってこう反応するのだ。
 悠久の時を生きる自分と同じ様に神々は娯楽に飢えているのである。

「残念ですが、私は勇者と呼ばれるほど殊勝な存在ではありませんよ。」

 自分が勇者などと呼ばれるのは恐れ多いというものだ。

「力に呑まれることなく、謙遜をも有しておるのか!ますますお主を此方側に迎え入れたいものじゃのう!」

 どうやら自分は面倒な神に目を付けられたようである。

「それでどうじゃ。儂の付き人であるロスヴァイセの勇者となるというのは?」

 勇者、つまり戦乙女(ヴァルキリー)としての彼女と契りを結ぶということ。
 実に急な申し出である。

「オ…オーディン様…!?突然何を!?」

 当然、いきなりの主神の申し出に彼女は狼狽えている。
 オーディン様は何を仰っているのかと。

戦乙女(ヴァルキリー)としての実力も儂から見ても文句の付けようはない。真面目でしっかり者じゃ。ただ、ちと堅物過ぎて抜けているのが難点じゃがの。」

「あのですね…。ですから私は勇者と呼ばれるような存在ではありません。」

 そう、自分は天使である。

「それにロスヴァイセさんのような美人は出会って間もない私よりも相応しい方が北欧にいるでしょう。」

 それほどまでに彼女は美しいのだ。
 きっと彼女は北欧でも引く手あまたであることだろう。

「そうですよ!勝手に私抜きで話を進めないでください、オーディン様!」

 ウィスの言葉に賛成するようにロスヴァイセも叫ぶ。

「実はの…。"事実は小説よりも奇なり"と言う様にロスヴァイセは全くモテないのじゃ…。」

「……、…は?」

 突然のロスヴァイセの彼氏ゼロ宣言。
 ウィスは思わず呆けた声を上げてしまう。

「実力は申し分ないんじゃが…。その生真面目さと勤勉さが影響して彼女はこれまで一度も彼氏ができたことがないのじゃ。つまり、彼氏いない歴=年齢というわけじゃ。」

 途端、周囲の同情と驚愕を含んだ視線が彼女へと容赦なく突き刺さる。
 彼女の精神はズタボロだ!

「そんな目で私を見ないで下さいぃぃぃぃ!うう、私だって私だって、好きで彼氏がいないわけじゃなあぁぁぁ───い!」

それは何というか、その……
自分は意図せずとも彼女を傷付けてしまったということか……

 見れば彼女は公衆の面前で自身の隠していた秘密を暴露され、泣き崩れてしまっている。

すまない…、本当にすまない……
傷を抉ってしまって本当にすまない……

「そこで現れたのがお主というわけじゃ。儂も最初は驚かされたものじゃわい。世界に浸透する規模の絶大なまでの力が突然現れたのじゃからのう。それにお主…、まだまだ全力には程遠いのじゃろう?」

 此方を測るようにオーディンはウィスを見据えている。
 成程、どうやらこの神は此方の実力を断片的にだが理解しているようだ。

 あわよくば自身の陣営に引き込もうと画策しているのか、否か。
 その真偽は現状ではまだ分からない。

「それにお主…、全くもって読めんからの~。」

 お主の存在そのものがの、とオーディンはそう付け加える。
 全く、食えない神様だ。

「…。」
「それでどうじゃ?ロスヴァイセを貰うというのは?」

 オーディンはウィスへと畳み掛ける。

「絶賛彼氏募集中らしいわい。悪くない提案だと思うがの?」

 いや、決してそういう問題ではないのだが。

「さあ、どうするのじゃ?ロスヴァイセを貰うのか、否か!」

「いや、あのですね…。」

「さあ さあ さあ さあ!どうするのじゃ!」

 しつこい。
 余りにもしつこい。

 もう何なのこいつ。
 ぐいぐいくるんだけど。
 うぜぇ。

 これではどこかの押し売り販売だ。
 破壊してしまってもいいだろうか。

「ですからちょっと待ってください!私の意思はどうなるんですか!?」

 ナイスフォローだ、ロスヴァイセさん。
 いいぞ、もっと言ってやれ。

「何じゃ、ロスヴァイセ。文句でもあるのか?」

 眉をひそめ、彼女を見やるオーディン。

「大有りですよ!なに人の人生を勝手に決めているんですか!?」

「じゃが、本当に良いのか?この提案を断っても?」

 途端、真剣な顔付きでオーディンは彼女へと向き直る。

「お主も見たじゃろう?あのコカビエルを相手に臆すこなく立ち向かい、剰えいとも容易く撃破したウィスの実力を?」

「それは、そうですけど…。」

 言葉に詰まるロスヴァイセ。

 確かに、オーディンの言い分には一理ある。
 ウィスの他者の追従を許さない圧倒的なまでの力。
 十分に勇者の視覚を有していると言えるだろう。

 あの映像越しでも素直にかっこいいとは思った。
 だが、それでも、それとこれとでは話は別だ。

「実力良し、それに見たところルックスもウィスは兼ね備えておる。」

 オーディンは更に彼女へと畳み掛ける。

 チラ チラと此方をロスヴァイセは見てくる。
 彼女の視線がこそばゆい。

「性格も本人と話してみたところ別に問題はない。善良なものじゃ。お主もウィスと言葉を交わしてそのことは理解しておるじゃろう?」
「…。」

 なに人のことを公衆の面前で好き勝手に評価し、利用しようとしていやがるんだ。
 〇すぞ、ジジイ。

「それに、この機会を逃せばお主、…一生恋人ができずに灰色の青春を過ごすことになるぞ。」
「そ…それは…。」

 顏を青ざめさせ、後ずさるロスヴァイセ。
 オーディンの顏は"計画通り"と言わんばかりの表情を浮かべている。
 このジジイやはり一回締めたほうがいいのではないだろうか。

 負けるな、ロスヴァイセさん。
 論破されかけているぞ。

 それにしても彼女は気付いているのだろうか。
 この会話が三大勢力の首脳陣とリアス達を含む全員に聞かれていることに。

 本人がそのことに気付いた時の衝撃を考えると同情を禁じ得ない。
 果たして立ち直ることができるのだろうか、彼女は。

「それでもお主は後悔しないのかの?この千載一遇のチャンスを?ウィスという優良物件の存在を?」

「私…、私は…。」

 主神の言葉に心の天秤が傾き始めるロスヴァイセ。

「この会議から北欧に帰った後もお主はこれまでと変わらず彼氏無しの生活。対する周囲は恋人兼勇者である男性達と仲良さげに幸せを享受するのを耐え忍ぶ日々。」

「…!」

 もう一押し。
 あともう一押しだ。
 そう確信したオーディンは人知れず笑みを深める。

「それでもロスヴァイセは過去の自身の行動を悔やむことはないのかの?あの時、あの場所で、あともう一歩踏み出していれば未来は変わったのもかもしれぬというのに…。」
「私…、私は…!」

 勝った!
 オーディンは自身の勝利を確信する。
 ロスヴァイセの心の天秤は既にウィスへと傾いた。
 そう、全ては自身の掌の上だ。

「私は!…私は!」

 思い通り 思い通り 思い通り!
 オーディンはフィーバーする心の内を悟られぬように表情を一層引き締める。

「…!…!」

 この瞬間、彼女、ロスヴァイセの心の内は決まった。
 彼女はウィスへと向き直り、希望ある未来を手にするために、今此処で大きな一歩を踏み出した。

ロスヴァイセ、行きます!

「あの、ウィスさん!」

 切羽詰まった様子でロスヴァイセはウィスへと詰め寄る。
 彼女の余りにも必死な気迫にウィスは思わず後ずさってしまう。

「あの…、あの…ですね、ウィスさん。良ければですけど…。」
「…。」

 彼女の目に宿るは揺るがない決意。
 そう、ウィスに自身の勇者になって欲しい旨を言葉を詰まらせながらも伝えようとした瞬間……







「そうじゃ、気付いておるか、ロスヴァイセ?儂達の会話は終始この場の全員に聞かれていたことに?」

「…え?」

 ギギギと壊れたブリキの様に彼女は顏を動かし、周囲を見渡した。

 言いやがった、このジジイ。
 空気を読まずに。

「ははは、すまない。聞くつもりはなかったんだがね…。」
「オーディン様、流石にあんまりだわ。」
「ああ、主よ。彼女に救いを…。」
「ジジイ、お前には遠慮というものがないのか?」
「あらあら、これは流石に…。」
「やり過ぎね…。」
「あぅあぅ、酷すぎますぅぅ…。」
「ロスヴァイセさん、ファイトです…。」

 何とも言えない空気が周囲を支配していた。
 見ればグレイフィアは嘆息し、こめかみを押さえてしまっている。

「…。」

 嘘…。
 ロスヴァイセは言葉を失う。
 否、理解したくなかった。 

 自身の醜態とも呼ぶべき会話の全てを皆に余すことなく聞かれていたことに。
 これはあんまりだ。
 一体全体自分が何をしたというのだ。

「…は、…はは…。ははは…。」

終わった……

 必死に隠してきた自身の恋愛事情を暴露された。
 余すことなく、その全てを。


もう駄目だぁ…お終いだぁ……





─次の瞬間、ロスヴァイセの絶叫が会議室に響き渡った─







▽△▽△▽△▽△







「あんまりですぅぅぅ…!私が一体何をしたというのですかぁぁぁ…!」

 よーし、よしよし。
 傷は深いぞ、しっかりしろ。

「うぅぅ…、ヒドイですぅぅぅ…。」

 ポンポン、と頭を優しく撫で、ウィスは彼女を抱きしめる。
 ロスヴァイセはウィスの背中に手を回し、周囲の視線から逃げていた。
 否、逃げざるを得なかった。
 今だ彼女の涙が止まることはない。

 これはヒ ド イ。

 ウィスは余りの惨状に言葉が出てこなかった。
 ウィスさん、ドン引きである。
 文字通り彼女は今、再起不能の状態だ。

 今の彼女は心身共にズタボロの状態である。
 自分が彼女を支えなければ。
 ウィスは使命感にも似た一種の良心に駆られ、彼女を労わり、慰め、抱きしめる。
 マリーとこうも似ているとはウィスさんも驚きである。

 その後、ウィスとロスヴァイセの会話は無かったことにされ、会議は進行されている。
 皆さん、意外と薄情ですね。

 皮肉なことに彼女のオーディンとの遣り取りによってこの場の空気が緩和され、会議が滞りなく進んでいる。

 見れば彼らは此方から全力で視線を逸らし、議論を交わしていた。





「神と魔王は今や存在せず……」

「そして世界は今、一種の契機を迎えています……」

「アーシアを追放したのはやはり……」

「ええ、赤龍帝の仰る通り……」

「その事実はやはりウィスから聞き及んだのですか?」

「ええ、ミカエル様の仰る通りですわ。勿論、天界を含めた様々な世界の真理も……」

「そうですか…。」

 ミカエルの此方を測るような視線。
 実に鬱陶しい。

「つまり搔い摘んで言うと……」

「和平!和平でお願いします!」

「俺は強い敵と戦えればそれで良い…。」

 ヴァーリーからの好戦的な視線も鬱陶しい。

「それ以上に俺達はウィス、お前の力を警戒しているわけなんだがな。」

「…。」

 実に面倒な件に巻き込まれたものだ。

「あのミカエル様、1つお願いが……。」

「何ですか、赤龍帝?」

 ウィスも三大勢力のトップ達に対する頼み事があったことを思い出す。
 一誠に続き、ウィスが言葉を紡ぎ出そうとした刹那……
 




『…!?』

 世界が、時の流れが止まった。
 否、強制的に止められた。

 どうやら三大勢力の和平会議を狙った反現政権グループが到着したようだ。
 見ればギャスパーの神器の能力により数人の動きが止められている。

 ロスヴァイセは変わらずウィスの胸の中で泣き続けている。
 騒動に気付いてさえいない様子だ。

「アザゼル、これは…?」

「まあ、間違いなくテロだわな。」

 ゲートは閉ざされ、既にこの場は敵の手に落ちた。
 無数の魔法使い達が魔法陣と共に現れ、警備の者達を蹂躙していく。

「そんな…。だけど一体誰が…。」

「それなら心当たりがあるぜ。」

「それは本当ですか、アザゼル?」

 どうやらアザゼルは今回の襲撃を行った集団を知っているようだ。

「ああ、奴らは三大陣営の和平と協調路線を否定し、破壊と混乱を世界に招き、世界に混沌を引き起こすことを画策するテロリスト集団、その名を……」

「……禍の団(カオス・ブリゲート)、ですよね?」

「何だ、ウィス。お前さん、知ってたのかよ?」

「ええ、まあ。」

 事実上のトップであった(・・・)彼女から話は聞いている。

「まあ、構成員は烏合の衆と言ってもいいんだが組織の頭が問題でな。奴は神でさえ恐れた最強のドラゴンであり、赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)白い龍(バニシング・ドラゴン)さえ凌いだドラゴン。その名を…」

無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)・オーフィス。」

 またしてもウィスがアザゼルの言葉を遮った。
 またお前か、とも言わんばかりにアザゼルは眉をひそめている。



『そう、その通り!我らが禍の団(カオス・ブリゲート)のトップはオーフィスなのです!』

 宙に魔法陣が現れる。
 その光は周囲を照らし出し、その下手人が姿を現した。

「この魔法陣はまさか…!」

 サーゼクスとレヴィアタンは息を吞む。

「御機嫌よう。現魔王諸君。我ら魔王陣営は此方側に付くことにしました。」

 彼女は先代のカテレア・レヴィアタン。
 魔王排出制度により現魔王政権に立場と名声を奪われた旧魔王政権の1人である。
 彼女は実に饒舌に口を動かしている。

「そこに座る彼の言う通り我ら禍の団(カオス・ブリゲート)のトップは…」

 テロに遭遇しているにも関わらず全く動じていないウィスに視線を向け、彼女の言葉は止まる。
 否、強制的に止められた。
 
 眼前に広がる有り得ない光景に。
 リアス達はどこか悟った表情で天井の染みを数え、アザゼル達は啞然と驚愕を隠せなかった。

「ほっほっほ、お主本当に面白い奴じゃのう!」

 北欧の主神であるオーディンは笑い転げている。
 彼の付き人であるロスヴァイセは変わらず泣いている。


いや、そんな、まさか…

だが間違いない

しかし彼女が何故、此処に…!?


「そうそう、彼女から禍の団(カオス・ブリゲート)である貴方方に言いたいことがあるそうです。」

 混沌と化したこの状況下でウィスは膝にちょこんと座るオーフィスを起こした。

「ん…。何、ウィス?」

 目をゴシゴシと擦り、オーフィスが目を覚ます。

「オーフィス、貴方のお仲間であったカテレアがいますよ。」

「カテ…レア…?…、…誰?」

「ほらあれですよ、オーフィス。禍の団(カオス・ブリゲート)の件です。」

「ああ…。」

 納得がいったとばかりにオーフィスはポンと手を叩く。
 可愛い。
 加護欲がそそられる。

「……我、ウィスと出会うことで静寂を手に入れた。だからもうお前達いらない。」



オーフィス、禍の団(カオス・ブリゲート)抜けるってよ



 カテレアはオーフィスの実質的な脱退宣言に言葉を失くしてしまっている。

 愉悦。
 実に酒が上手い。

 ウィスは上機嫌にワインを口に運ぶ。

「うぅぅぅー!あんまりですぅぅぅー!」

 対するロスヴァイセは相変わらず泣き続けていた。
 果たして彼女に安息の日は来るのか。

 まだ、それは分からない。










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後書き
作者大好きロスヴァイセさんの登場
アニメのロスヴァイセさんの泣き顔が非常に可愛かった故に今回の遣り取りを描写させて頂きました 
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