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ルヴァフォース・エトランゼ 魔術の国の異邦人

作者:織部
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生存戦 2

 アルザーノ帝国魔術学院講師グローリー=ストリックランドは影響されやすい男である。
 つい先日帝都オルランドでおこなわれた魔術学会でマキシム=ティラーノという、貴族の子弟らを中心にアマチュア軍人としての魔術師の育成を行っている人物の論を聴いて、それにすっかり感化されてしまった。

「隣国の驚異に対して対抗すべく、魔術師としての武力の観点から役に立たない魔術・授業・研究はすべて切り捨てる――。ううむ、改革。まさに改革! 自然理学、魔術史学、魔導地質学、占星術学、数秘術、魔術法学、魔導考古学などなど――。それら魔術師としての武力に直結しない授業や研究は廃止すべし。逆に魔導戦術論や魔術戦教練などは大幅に強化すべし――。ううむ、改革。まさに改革!」

 挑発行為を繰り返すレザリア王国の驚異やテロリストに対する不安と恐怖を煽り、それに対する魔術の有効性を高らかに謳いあげるマキシムの主張。
 彼はその場でマキシムの著書『魔術こそ力』を購入し、サインまでしてもらった熱の入れようである。

「レザリア側からの侵略や不法移民の侵入を防ぐために国境線に万里におよぶ長城(グレートウォール)を築く。費用はレザリア持ちか。ハハハ! 愉快、愉快。マキシム氏はユーモアのセンスもある」

 彼は生粋のアルザーノ人で、アリシア女王の移民受け入れ政策によって国内に大量に増えた外国人を心底軽蔑していた。
 軽蔑する対象は外国人労働者だけではない。
 自国民ですら家柄や血筋、財産で計り、低い地位に甘んじる向上心のない人々を蔑視している。
 彼の目標は自分とおなじく金髪碧眼のアルザーノ人伴侶を娶って多くの子どもをもうけ、社会的な地位と名声を得て、黒塗りの高級馬車を乗りまわすことだ。
 上昇志向にあふれるストリックランドは周囲に『マキシム主義』を強く勧め、彼を学院講師として招聘するようにリック学院長に訴え続けている。秋芳の決闘流行りの話を耳にしたのは、そのような時だ。

「実戦的魔術か、魔術こそ真の力。兵士たる魔術〝士〟に座学など不要、決闘おおいに結構。これからの時代はこのようなマキシム流こそ主流になるべきだからな。……なに!? カモ・アキヨシ、あの東方人だと! あんなつり目の米つきバッタに魔術なぞまともにあつかえるものか。我が学院の生徒たちはなにをしているのだ!」

 さっそく秋芳の決闘を見物しに行った。





「三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし」

 【グラビティ・コントロール】で相手にかかる重力をゼロにして【ゲイル・ブロウ】で空高く跳ばす。
 重力の枷をはずされ、このままでは呪文の効果が切れるまで猛スピードで上昇する。おなじ【グラビティ・コントロール】で打ち消してゆっくりと落下すれば、なんらかの攻性呪文の格好の的。【レビテート・フライ】を使おうにも、機動力を維持しながら長時間飛ぶために必要な専用の魔導器の持ち合わせもない。
 詰みだ。
 少なくとも秋芳の対戦相手はそう思った。
 勝つための思考を放棄した。
 というより思わぬ事態に混乱し、それどころではない。
 秋芳の言った「心も体も、実戦では思うように動かないものだ」というやつだ。
 今回の決闘に、制限時間も場外もない。遥か空高く、秋芳の目の届く外まで、安全圏までいったら【ゲイル・ブロウ】の噴射で移動し、あらためてゆっくりと落下して仕切り直すという方法もあったが、それをしなかった。
 みずから敗けを認めた。

「三界の理・天秤の法則・律の皿は右舷に傾くべし」

 次の対戦相手もまた急接近した秋芳に【グラビティ・コントロール】をかけられた。今度は先程とは逆に重力の枷をいくつもはめられた。
 たちまち意識を失った。
 急激な加重によって血液が下半身に集まり、脳に十分な酸素供給ができなくなることによる貧血で失神したのだ。
 人は本来の体重の五~六倍になると脳の血が下がって失神するという。F1レーサーや戦闘機のパイロットがGの加速度によっておちいるブラックアウトというやつだ。
 【グラビティ・コントロール】は単に体重を増減させるだけではない、このような使いかたもあるのだ。
 非殺傷系どころか攻性呪文ですらない【グラビティ・コントロール】で立て続けに勝ちをおさめた秋芳の戦いかたは学院で正攻法のみの魔術戦を習った者には極めて異様に見えた。
 はじめて目にする奇術や曲芸を見たときのような、狐につままれたように呆気にとらわれた。
 だが秋芳は伊達や酔狂でこのような戦いをしたわけではない。魔術の汎用性を、使いかたしだいでどのような魔術も武器になりえるということを言葉ではなく行動で示す目的があったのだ。
 聡明な者ならそのことを察したが、そうでない、魔術戦とはこうあるべし。という固定観念に縛られた者の目には冒涜に思えた。

「おのれ東方人、神聖な魔術決闘を愚弄するとは……!」

 ストリックランドもそのひとりだった。
 さっそく秋芳にくってかかる。

「ふざけるのも大概にしろ、なんなんだその魔術の使いかたは。真面目に戦うつもりがないのなら決闘なぞするな」
「ふざけているわけでも不真面目なつもりもありませんが」
「そんな奇をてらう真似をして、どの口がほざく。攻性呪文を使ってまともに戦え。炎熱・冷気・電撃の基本三属に風。これらをもちいて力と技を競うことこそ魔術決闘の神髄だ」
「凡戦者、以正合、以奇勝」
「なんだと!?」
「戦いは正を以て合い、奇を以て勝つ。一対一で対峙して正面からぶつかり合う正攻法は基本ですが、それでは純粋に実力の差、時の運が勝敗を決することになります。勝利を確実にするためには、相手の意表を突く奇策が重要。三属攻性呪文は直接的な攻撃力に優れますが、【トライ・バニッシュ】、【トライ・レジスト】などのほか、対魔術用の防具もあり、対抗手段も多く決定打になりにくい。奇をてらう――奇策もまた兵法であり魔術師の持つ知恵の力です」
「このストリックランドに魔導戦術論と魔術戦教練を説くつもりか。魔術師の〝強さ〟とは小賢しい真似をせずに純粋な魔力と魔術でもって敵を粉砕することこそ至上。悪知恵を働かせて勝ちを拾うなど、下の下の下策!」
「ははぁ、まるで魔術を戦闘で使うことしか考えてないかのような物言いですね」
「いかにも。知識の守護者としての魔術師などもう古い。これからはマキシム主義の時代だ」
「マキシム主義?」
「そうだ。魔術の持つ戦闘能力を特化し磨き上げるため、魔術師としての武力に直結しない雑多な学問を排除し、戦う力のみを追求する、マキシム=ティラーノ氏の提唱する純粋真理だ! 学生の身分で知識だなんだと多くを求めるのは無駄で無意味。そのようなことで国家に貢献できようものか」
「なんと短絡的な。魔術は純粋な力のひとつであり、暴力の手段として軽々しくあつかうものではない。世界を形作り命の創造と破壊をおこなうものであり、敬意を払い研究しつつ、忌避することなく学び、実践するもの。そもそも近代魔術(モダン)にふくまれる自然理学や占星術学、錬金術に魔術史学、魔導地質学、数秘術、魔導考古学、法医術――それら数多の学問はすべて智の結晶。人が生き残るための力そのもの――」

 魔術というのは様々な方向に対して奥が深く、幅が広い。魔術による戦闘ひとつにしても、必要とされる才能は、極めて多岐にわたり、どのような技術、知識、才能でも力となる――。
 知は力、知識は武器なり。
 だが秋芳のこの持論は他の多くの魔術師たちがそうであったように、ストリックランドにも理解されなかった。

「魔術師にあるまじき狡猾邪道な手品を披露したと思ったら、次はあやしげな言説で世の人々を惑わすつもりか」
「そんなつもりは毛頭ない。あなたはいささか偏った考えを持っているようだが、少し時間をいただければ蜂蜜酒とキッシュを食べながらででも。俺の考えを聞いて、理解してもらえるはずだ」
「私は酒なんて飲まない」
「では、お茶とクッキーでも」
「カフェインと砂糖は体に悪いのでひかえている」
「たいした禁欲主義者ですね、俺には真似できない。まるでヒトラーのようだ」
「ヒトラー? そいつはなに者だ」
「極貧の出自にもかかわらず 独学で教養を身につけて役人になり、国の頂点に立つほど出世をして、厳格だが裕福な家庭を築き上げた政治家です」
「ほう、それは良くできた人物じゃないか」
「あなたは俺のやりかたを邪道だなんだと認めないが、決まり従っているのは事実だ。ルールを破らずにこうして勝っているからには全否定されるいわれはないかと」
「実戦ではそんな小手先の技や狡知は通用しない」
「はぁ、あなたも『実戦』ときますか」
「マキシム主義の掲げる実戦魔術はきさまのケンカ魔術とは大違いだ。学院の間違った教育方針に染まった生徒たちは正しい魔術の使いかたを知らない。きさまは雑魚をたおしていい気になっているお山の大将にすぎん」
「この学院が誤った教育をしているとは思えない。魔術に武の側面があることを否定はしないが、武術が『敵を倒す』ことではなく『生き残る』ことを目的にしているように、魔術もまた――」

 堂々巡りの議論は次第に険悪な空気をただよわせはじめた。
 こんどはこのふたりが決闘しかねない。つい数ヵ月前に二年二組の担当講師グレン=レーダスと、その生徒であるシスティーナ=フィーベルとの決闘があったばかりである。
 生徒と講師の決闘など、そうそうあるものではない。
 そして、そう頻繁に起きてはならない。このようなことが頻繁に起きては長幼の序が乱れる。
 秋芳とストリックランドの間に割って入った人物がいた。
 二年次生一組の担当講師。若くして第五階梯に至った気鋭の俊英ハーレイ=アストレイである。

「グローリー=ストリックランドは学院の方針に異論があり、ここ最近不特定多数の生徒にマキシム主義とやらに裏づけされた武辺教育を教授しているとか。そこまでマキシム主義に熱を入れるのなら、悪魔殺しの実績のあるカモ・アキヨシを相手に、その生徒たちの力を試してみるといい。それも、個人対個人の決闘などよりも、もっと魔術師としての実力を証明できる方法で」
「その方法とは?」
「魔術師としての実力を明確で迅速に証明する戦闘方式。それは決闘でも魔導兵団戦でもない、生存戦だ。戦闘能力、状況判断力、継戦能力――。生存戦は魔術師として武力のすべてを試される。たしか、グローリー=ストリックランド君の愛読書『魔術こそ力』にもそう記述されていなかったかな」
「たしかに、そう書かれています。……なるほど、たしかに生存戦ならばいかなる小手先の技や悪知恵も通用しない。しかしそうなると必然的に集団戦になるわけだが……」
「三週間の準備期間を用意するのでその間に有志を募り、教練するといい。グローリー=ストリックランド直伝のマキシム流戦闘術を」
「こちらはそれでいいとして、カモのほうはどうする。まさかひとりで――」
「俺のほうはひとりでかまわない」
「なんだと!?」
「なにごとも勉強であり、決闘は決闘でためになったが、こうも立て続けだといささか食傷する。ここはひとつ俺に魔術でもの申したい連中を集めて決着をつけようじゃないか」
「生存戦は戦争を想定した対決方式。それをひとりでかまわんとは、きさま戦争をなめているのか」
「ハーレイ先生、生存戦というのは大がかりな演習で軽々しく実施することのできないものですが、そちらから生存戦を口にするということは、実施する算段があるのでしょう」
「ある。迷いの森の一画を使ってもらう。さて、こまかいルールについてだが――」
 
 実はハーレイは今回の決闘騒動とストリックランドの唱えるマキシム主義の台頭を苦々しく思っていた。
 連日のようにおこなわれる決闘は賢者の学舎にふさわしくないし、マキシム主義などという偏った考えを広められるのはゆるしがたい。
 そこで学院長とも相談し、だれもが納得せざるをえない方法で手打ちを狙ったのだ。
 噂と数値でしか知らない秋芳の実力を知りたいという個人的な望みもある。
 こうして生存戦に参加する者を募ったわけだが、実に三〇人の希望者が出た。
 その半数以上が秋芳との決闘に敗れた者であった。
 決闘の結果は覆らない。その一度の結果が全てであり、再戦の要求や報復は断じて認めない。とあるが、これは生存戦であって決闘ではない。事実上の再戦が可能とあって、雪辱の機会に飛びついたのだ。
 三〇人。一クラス分の人数だ。多い。多いだけではなく、この人数は三人一組(スリーマンセル)ユニットが一〇も編成できることを表している。
 三人一組のスリーマンセルとは魔導兵団戦における近距離戦の基本戦術単位。前衛は攻撃・防御のふたり、後衛は状況に応じた攻守のサポート役、支援のひとりで構成される。
 理論上強く立ちまわれる布陣だが、支援にまわる後衛の立ち回りが難しく、会得にはプロでも長期的訓練が必要とされる。
 ちなみに二人一組の場合はエレメントと呼ばれ、スリーマンセルから支援の役割を抜いた基本戦術単位だ。実際の戦場ではスリーマンセルが崩れた場合に仕方なく使用する戦術編成で、スリーマンセルよりも劣る編成だが、人数が少ない分訓練は容易である。
 ストリックランドの提唱するマキシム主義のもとに鍛えられた者たちが勝つか、奇抜な手段で決闘を勝ち抜く秋芳がさらなる勝利をつかむのか。
 
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