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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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MR編
  百五十四話 成長

 
前書き
はい、どうもです!

さて、前回見事に分断されてしまった一行、今回からはそれぞれ分断された先でシャッフルトークのような感じでの進行になります。
普段しない組み合わせや久々の組み合わせなどをどうか、お楽しみいただければ幸いです。

では、どうぞ! 

 
「おっ……琉ァッ!」
戦闘開始から数分。最後のスケルトンが、蹴り飛ばされて粉々に吹き飛び、ポリゴン片となって四散する。残心を取るように周囲を一度警戒しなおして一体の安全を確認すると、斬馬刀を担ぎなおして振り向いた。

「ったく……シリカ、無事か」
「は、はい……でも、これ……」
表示したウィンドウとにらめっこしながら、泣きそうにも見える表情でリョウを見る彼女の表情から、彼は何となくの事情を察した。

「ま、そりゃダンジョン内ではぐれた奴と連絡なんぞ取れんわな……綺麗に分断されたわけだ。とりあえず、移動するぞ」
歩き出した二人の周囲に、カツーン、カツーンと硬質な音が響く。石で囲まれた薄暗い空間は、死霊の所為なのか、あるいは分断されたショックの所為でそう感じるだけなのか、陰鬱な空気を醸し出し、二人の間にも重い沈黙が流れる

「うぅ……」
「……ま、そうしょげた顔すんな。こりゃお前さんの所為じゃなく、単純な仕様だ」
「仕様、ですか?でも、私が別れて移動するのを提案したから、トラップにかかって……」
「いや……キリトが言ってたろ、奥が行き止まりになってたってよ」
「は、はい」
キリトの最後の報告は、確かに通路の奥が行き止まりになっているという話だった。と、そこまで想いだして、シリカもそうかと思い当たる。

「奥が行き止まりで、トラップに掛かった後は通路が続いてる……」
「あぁ、このダンジョンは多分、元々あのトラップを使ってメンバーを分断、シャッフルすることが前提になってんだろうよ。それが高難易度の一つの理由だ。逆に言やぁ、あれに掛かるのは当たり前。リーダーがアスナだろうがキリトだろうが変わらん。それに、あの状況ならオレもあいつ等も、シリカと同じ判断をしたと思うね」
だからお前の所為ってのは筋違いだ。そう言って話を切ったリョウに、シリカは表情を和らげて、微笑みながら嬉しそうに答える。

「……ありがとうございます、励まして貰って……」
「励ました、ッつーより、単なる事実だがな……あとはまぁ、同行者がしょげた顔してっと、空気が重くてオレが怠い、ってのもある」
「もぅ……リョウさんは、素直じゃないです」
中々自分の感謝をストレートに受け取ってくれようとしないリョウに、口を尖らせたシリカは少しばかり不満げな顔をしたがしかし、そんな彼女を気にしたようなそぶりも無く、軽く鼻で笑って彼は続ける。

「素直さってのは、歳を喰ううちにだんだん失われてくもんなんだよ。お前みたく、食い物を貰うとピヨピヨついてく素直さが、今となっては羨ましいぜ」
「むっ!私、そんなに安っぽくないです!それにピヨピヨってなんですかぁ!」
子供扱いされているからなのか、ひよこ扱いされているからなのか、なんにせよ少しばかり不服そうに、シリカは頬を膨らませる。その行為自体が大変子供っぽいのだが、当人は気が付いていないらしく、おかげでリョウは笑いをこらえながら申し訳なさそうにするという、難しいのか馬鹿らしいのか分からない行為を強いられる羽目になった。

「まぁそう怒るな、クッキー食うか?」
「えっ!?クッキーあるんですk……ハッ!?そ、その手にはのりませんから!」
「ほぉ、そりゃまた、成長したもんだ」
そんな事を言いながらも、いざ目の前にリョウの取り出したクッキーが差し出されると、お礼を言いながら嬉しそうに受け取ってかじりつくので、説得力がまるでない。そんな調子で、結局いつもと同じ子気味良い雰囲気に二人の間の空気感が戻り始め……数分もすると、先ほどまで流れていた重苦しい雰囲気はすっかりなりと消え去っていた。

「そういやぁ、シリカよぉ」
「はい?」
「お前さん、どうしてあん時分断があると思ったんだよ、おかげでとりあえずの方針には迷わずに動けてるが……」
「あ、それは……実は前に……」
少し複雑そうな、けれど誇らしげな顔をして、シリカはリョウに語った。以前リズ達ととあるPK集団を相手にしたことがあった事、その集団が拠点にしていたダンジョンで、分断トラップの罠が働き、個別に襲われて、それを切り抜ける必要があった事、そして、他にもリョウの知らない場所で、沢山冒険をしたこと。

「……へぇ」
「それで……?えっと、なんですか……?」
話に夢中で気が付かなかったが、いつの間にか自分の事をまじまじと見ているリョウに、シリカは少し驚いたように軽く身を引く。リョウは少しシリカの顔を眺めるように視線を巡らせると、ニヤリと笑った。

「いや……お前も、いつの間にかお前だけでずいぶん経験積んでんだなって、な。感心したぜ」
「そ、そうですか……?」
「あぁ」
先程よりも素直な彼のほめ言葉に、少し頬を朱に染めて声を弾ませる。

「でも、そうだとしたら、リョウさんのおかげですよ。SAOの時、リョウさんに助けてもらって、その後も色々教えてもらえて、だから今の私があるんです」
「そうか?ピナの事はともかく、その後のは、お前だけでもどうにかなったと思うぜ、俺は」
お前には、そのポテンシャルはたぶんあっただろうよ、と続けた彼に、少し首を傾げて少女は不思議そうに問い返す。

「え……?でも、ならどうして助けてくれたんですか……?」
「ん?そりゃまぁ……俺の都合だな、余計なお節介って奴だ」
「私が強くなると、リョウさんに良い事があるんですか?」
「愛すべき年下女子に万が一にも死なれちゃ、寝覚めが悪いだろうが」
「愛っ……!?」
呟くように口からこぼれた一言に、シリカの顔が真っ赤に染まる。しかし当のリョウはと言えば、その様子を見て呆れたように息を吐く。

「おーい、この程度で照れだして、あんま耐性ねーと悪い男に付け込まれんぞ~?」
「なっ、り、リョウさんが言ったんじゃないですかぁ!」
「へっ、俺は悪い男だからな。……つーか、たとえ話オレが正面切ってお前に「愛してる」とか言ったとかなら未だしも、今みてーな軽口で……だぁからそういうとこだっつーの」
「ぅう……だってぇ……」
何なる冗談交じりの「愛してる」を聞いてまたしても真っ赤になってうつむくシリカに、リョウはため息をつきつつもポンポンと頭を叩いて笑う。

「ま、寝覚めが悪いってのは本当だ、お前も積極的に生き残ろうとしてたしな。そう言う所、気に入ったってのもある」
「あ、ありがとうございます!」
少しだけ目を細めて、自分を見上げる小柄な少女を見る。実際、ピナの事があって以降の彼女は生き残ろうと必死になっていた。聞きたいことがあればいつでも聞いて良いと言った次の日には大量の質問を送ってきたし、あの事件からSAOが終わるまでの半年以上もの間、自己の強化に余念も無かった、言い方は良くないだろうが、自分とピナ、双方の命が失われる寸前まで追い詰められたあの事件は、紛れもなく彼女の生きるための原動力だったと言えるだろう。同時に其れこそが、今日の彼女の強さの根幹を作っている。
そんなエネルギーを持っていた彼女を死なせずに済んだことについては、当時の自分をほめてやりたくなったし、もしその手助けに慣れたとすれば……それは、悪い気はしないなとリョウも思っていた。
まぁ、そんなことを口に出したりはしないのだが。

「しかしお前、ゲームの方の経験積むのもいいが、リアルの方はどうなんだ、そろそろ色恋の一つも覚える時期だろ」
「えっ!?ま、まぁ、それは、私も色々とですね……」
「気を付けろよ~、素材が良くても、別の事に夢中になりすぎてッと生き遅れるからな」
俺の姉貴みたいに、とため息がちに言ったリョウに、シリカはクスリと吹き出しながらも少し不満そうに言い返した。

「わ、私だって、何時かは誰かのお嫁さんになって見せます!」
「ほぉ?そりゃ、頑張れよ。ま、もうちょい子供っぽいところを直しゃ、お前も多少はいい女になるだろうさ」
「た、多少ってなんですかぁ!」
なんとも微妙な評価に大いに不服と言った様子でシリカが抗議するのを笑って受け流しながら、2人は通路の奥へ奥へと進んでいく。
しかし同時に、リョウは分断された他のメンバーの事も気にかかり始めていた。特に……

「(彼奴は後衛特化だ……孤立すんのは……やべぇよな……)」
シリカに見えない背筋を、冷汗が流れているような感覚がした。

────

「っ、はっ、はっ、はっ……!」
薄暗闇の中を、黒い少女が必死に走っていた。時折振り返る彼女の視線の先、暗がりの奥からは、ガシャがシャとやかましい敵対者の足音が響いている。十分な距離を取る事が出来たとみて、彼女は振り返ると、システムに認証されるギリギリのスピードで、必死の詠唱を開始する。

「……ッ」
近づく足音に対する恐怖を必死に跳ねのけながら、可能な限り冷静に、可能な限り早く、一言一言詠唱を紡ぐ。一人でいる心細さ、周囲の石材で出来た壁と床、松明から発される赤みを帯びた光と反響する足音の圧迫感に、どうしても記憶の彼方にうずめたはずの在りし日の恐怖が脳内にリフレインして足が頽れそうになるが、今自分が紡いでいる言の葉を一筋の希望にして、何とかそこに足を踏みしめる。

「──」
詠唱を続ける、後5ワード……

「──」
敵が見えた、後3ワード……

「──ッ!」
後数メートルで剣の切っ先が自分に届く、後1ワード……!

「ッ!!」
紡がれた文字が集束し、敵の眼前で業火の塊になる。次の瞬間、極熱を含んだ橙色の光と熱が、迫りくる白骨を黒炭へと還した。

「……ッ、ハァ……」
吐きそうなほどの緊張感を、何とかため息に変えて吐き出し、全身に入っていた力を抜く。先ほどのトラップによって、完全に孤立したと理解したときは心細さと不安で胸がつぶれそうになったが、何とか気持ちを立て直して歩き出した矢先、あのエネミー群と接敵してしまった時には、流石に悲鳴を上げそうになってしまった……だが、ひとまずは乗り切った。とにかく、可能な限り注意して、なるべく接敵しない、するにしても不意打ちで一撃目を狙えるように動いて、合流をめざすしかない。
そんな事を、考えていた所為なのか……近接の経験が今となっては極端に少なくなっていた彼女は、魔法のエフェクトで確認しきれない、通路の奥の敵が完全に殲滅できているか、その十分な警戒を怠った。だから。エフェクトとして残った業火の光の奥から飛び出したスケルトンに対する反応が致命的に送れを取る。

「!!!」
「え、ぅぁっ!?」
振りかざされた剣を手に持った(スタッフ)で何とか受け止める。が、魔法使い(メイジ)であるゆえに筋力値の低い彼女の脚は踏ん張りが聞かず、たたらをふんで後退し、何とか目を開いて対処に移ろうとしたところに……

「っ…………!」
間髪入れずに放たれたシールドバッシュをモロに食らって突き抜ける衝撃と浮遊感……直後、叩きつけられた背中から跳ね返る逆方向の衝撃で、息が詰まった。

「…………!」
何とか床に手をついて立ち上がろうにも、転倒(タンブル)状態が適用されてしまったらしく、体に残った衝撃の所為でうまく起き上がることが出来ない。しかしそうしている間にも、乾いた骨の足音は容赦なく彼女に接近してくるのが分かる。

「っ……!」
意志の力を何とか振り絞って顔を上げる。が、その視線の先には、既にトドメを刺そうと剣を振り上げたスケルトンが写っていた。
くすんだ白の身体、乾ききった動作音、がらんどうの瞳、凶暴な光を放つ鈍い銀色の切っ先に、何時かを思い出す。以前にもこんな事があって、あの時、自分は何もできずに殺されるはずだった。瞬くように脳裏をよぎったその恐ろしい記憶に一瞬、心が折れそうになる……だが……

「──!」
その恐怖をはねのけて……否、その恐怖を遠ざけるためにこそ、サチは唯一動く口を動かす。紡ぐのは超短文詠唱。瞬間的に一定以下のステータスの敵を数メートル吹き飛ばすというだけの単純な効果だが、成功すればこの状況を好転……そうで無くても、ほんの一瞬だけ、時間を稼ぐことは出来る。その時間を、彼女はスタッフに飛びついてそれを回収する事に使った。使った詠唱は結局、スケルトンを吹き飛ばすのではなく一瞬硬直させるだけにとどまったが、それでも武器の回収は出来た。
彼女が床の上で転がるように振り向くとの、追撃に来たスケルトンの持つ剣が振り下ろされるのは、殆ど同時だった。

「ッ……!く……ぅ……!」
「……!」
ALOにおける鍔迫り合いの結果は、筋力値をはじめとする各種パラメーターによって決定される、結果、今回はサチが掲げたスタッフは、徐々に彼女の方へと押し込まれ始めた。
カタカタカタカタと不快な音を立てながら、仰向けになったサチに向けて振りかざされた刃がゆっくりとその喉元に迫る。受け止めながらもなんとか詠唱を紡ごうとしたが、詠唱のために少しでも息を吐こうものなら押し込まれる速さが増すような気がして、それどころではない。

「ぅ……ぁッ……!」
そうして遂に、彼女の首筋に刃が触れる。真紅のダメージエフェクトが散るのと同時に、視界の端に表示されたHPが減少を始め、そんなことはあり得ないと知っているはずなのに、明確な死の予感が彼女の胸中を貫いた。

「(もう、ダメ……!)」
(ゲームオーバー)になる恐怖から、せめてリメントライトになるまでの間逃れようと目を瞑りかけた……その時だった。

「サチッ!!」
「ッ!?」
少年の声と共に、自分を組み伏せていた白骨が吹き飛ばされる。代わりに彼女の視界に移ったのは、夜空を移したような漆黒の背中だ。見慣れたその背中に、思わずつぶやいていた。

「キリ、ト……」
「大丈夫か!?」
「う、うん……!」
何とか息を落ち着けるまでの間に、目の前に居たはずのスケルトンはあっという間にポリゴンへと姿を変えていた。
振り向いた少年は、へたり込むサチの様子を見て心底安堵したように息を吐く。

「無事で良かった……本当に……」
「う、うん。助けてくれて、ありがとう……」
見上げるサチに、キリトは少しだけ躊躇ったような表情を見せた後に少しぎこちなく微笑んで手を差し出した。

───

「…………」
「…………」
数分ほどの間、2人は無言のまま石材で出来た壁の間を歩いていた。互いに何か言葉を発しようとはするのだが、どうしてもそれらを発するよりも前に言葉に詰まってしまう。どうしてこんなにも話に詰まってしまうかと言えば単純な話で、実を言うと……キリトとサチ、この二人が2人きりになる状況そのものが、SAOで迎えたクリスマス以来、久しぶりだったのだ。
そもそもあの日以来の二人の隣には、何時もアスナやリョウをはじめとして誰かが居たし、彼らを排してまで、態々二人で話すタイミングも無かった。何よりも……おそらくはお互いに、意図的に二人きりになる事そのものを避けていたのだと思う。自分達が二人きりになってしまうと、どうしてもあの日の事を思い出してしまうことが分かっているから。それにきっと、キリトは今も、あの日の自分を許せてはいない……いや、彼が自分を完全に許せることは、生涯無いのかもしれない。そう思うと、サチもまた、うかつに声を掛ける事が出来なかった。だが……

「……なぁ、サチ」
「え?あ、うん。どうしたの?」
意外にも、今日はキリトの方が先に、口を開いた。

「……もし、俺の所為で嫌な事を思いだしたりしていたら……ごめんな」
「……キリトこそ……」
「いや、俺は……」
仮に周囲が薄暗い事を差し引いたとしても、少年の顔は、顔色が良いとはお世辞にも言えない状態になっていた、反射的に彼は首を横に振ろうとして……しかしそんなごまかしになんの意味もない事に気が付いたように、一つ呟く。

「……ごめん」
「……ううん、私こそ……何時もキリトに気をつかってもらってるよね……」
SAOに居た頃から、キリトは自分を常に気遣うあまりに、彼自身の事は二の次にしてしまう傾向があった。其れは今もあまり変わっていないし、その原因は紛れもなく、あの頃の自分に在る。だから……出来るなら、今はキリトの苦しみを、自分にも分けてほしかった。そうすることくらいしか、あの時キリトの優しさを利用し、縋ってしまった自分に出来る事はないと思っていたから。

「でも、私は大丈夫だから……辛かったら、言って……ね?」
「……あぁ……ありがとう」
そうは言いつつも、まだキリトは自分がそれに足る人間なのかどうか、そんな風に、サチに縋る事が許されるのか、それを迷っている。其れはサチ自身にも分かっていたし、そこに彼自身が納得できるのかどうかは、自分にはどうしようもない事だと、彼女は知っていた。キリトはとても優しく、人を本心から思いやることのできる心の温かい人間だ。だからこそ、自分のしたこと、吐いた嘘、そして目の前で死んでいった仲間たちの事について自分自身を許せないし、こうして今も迷っている。当事者である自分が許しても、彼自身の心は彼を許していない。それは、どうしようもない事実だ。もし彼の中のそれをどうにかできるとしたらそれはきっと……

「……もうすぐ、3年も経つんだね……」
「……あぁ、そうか……もう、そんなになるんだな……」
それはきっと、時間と、その時間の中に降り積もっていく、彼を今取り巻く人々の記憶だけだろう。

「短かった?」
「どうだろう……長いような、短いような……不思議な感じだよ。色々あって……色々、変わったもんな……」
その月日を思い出すように、遠い目をして、キリトが小さく吹き出すように笑みをこぼす。ようやく浮かんだ彼の笑顔に少しだけ安心する。同時に、記憶であってすら、簡単にキリトを笑顔にしてしまうアスナ達の存在を、心からありがたく、そして温かく感じた。
それらに背を押されたせいなのか、サチはふと、ずっと以前から言いたくて、けれど決して言う事が出来なかったわがままを口に出す。

「……ねぇ、キリト……聞いてほしいことがあるの……」
「うん……?どうした?」
立ち止まったサチに、キリトは振り返ってサチの目を見る。彼女は一瞬だけ躊躇う様に目を伏せたが、すぐに顔を上げて、真っすぐに彼を見て言った。

「もし、良かったら……今度、一緒にお墓参りに行かない?」
「え……?」
思ってもいなかったのだろう、目を丸くしたキリトが、呆けたような顔で制止する。一方のサチはと言えば、決定的な一言を口にしたせいか、堰を切ったように続く言葉を紡いだ。

「みんなのお墓の場所、私知ってるの……一度二人でみんなのお墓に行って、元気だよって言ってあげたいなって……今まで、キリトには、辛いかなって思って、言えなくて……でも、ずっとキリトも一緒に来てほしくて……付きあって、くれないかな?」
「サチ……」
よほどの勇気を出して言ってくれたのだろう。サチの顔は少し頬が紅潮し目は熱っぽく潤んでいる、何時になく興奮した様子で自分を見つめる彼女の視線を、しかし受け止め斬る事が出来ずに、咄嗟にキリトは顔を逸らした。

「でも、俺は……俺がみんなの墓前に合わせる顔なんて……」
「元気な顔だけで十分だよ。さっきキリト言ってたよね?色々変わったって……その事、みんなにも伝えてあげよう?」
「けど……」
言葉に詰まりながらも、「行きたい」と、そう思っている自分が確かに居る事を、キリトは自覚する。かつて共に在り、自分の所為で死んでしまった彼らの墓前に、詫びたい気持ち、そして許されるなら、今も生きる自分が彼らとの出会いで得た物、彼らと出会えたからこそ、巡り巡って今の自分に在る物を、沢山の大切なものを、伝えたい。そう心から想う。
だが同時に、同じくらい、そんなことは許されないのではないかという気持ちも在るのだ。自分の弱さや甘さ、浅はかさが彼らを殺した。そんな自分が今更彼らの墓前に立って、彼らの眠りを妨げるようなことがあっていいのか、そんな事が許されるはずがないと、どうしてもそう考えてしまう。
そんな彼の心情を知ってか知らずか……否、恐らくは、全てを察した上で、サチはいたわるような視線と共に口を開く。

「……キリト、私ね?思うんだ。私達は……月夜の黒猫団は、キリトだけじゃなくて、みんなに問題があって、だからあんなことになっちゃったんじゃないかな、って」
「え……?」
「前に言った事、覚えてる?ケイタの事……」
言われて、キリトは記憶の奥から、かつてサチに告げられた事を思い出す。

「ケイタが、俺に頼るのをよくない、って言ってたって話か?」
「うん。あの頃、ね?ケイタ、キリトの居ないところでいつも言ってた。キリトの強さや知識頼みになって、気が緩んでる。自信が付くのは良い事だけど、キリトだってなんでもできる訳じゃない。いつもどうにかしてもらえると思って油断するのはよくない、って……ホントはね?ケイタも分かってたんだよ、あのままじゃダメだって。でも、そう言ってても、キリトの事頼りにするの、やめられ無かった」
「…………」
それは、初めて知る、自分以外の黒猫団の面々の側面だった。

「テツオは、戦いでキリトが前に出てくれるようになってから、ちょっと前衛なのに、防具に使うお金が少なくなったし、ダッカ―は何時も勢いで動く所があって、考え無しに動くと危ないから、ってケイタにも何度も注意されてたのに、あんまり気にしてなくて、ササマルはダッカーと仲良しだったけど、何時も笑ってみてるばっかりで、ちゃんとそんなダッカーを止めようとしてない所があった……私も、怖がってばっかりで、ちゃんと戦えなくて、みんなに頼りきりだったから、何も言えないよね」
「けど……もし俺がみんなに自分の事を伝えられてたら……」
「そうかもしれないけど……でも、其れは、みんなも同じだと思う」
「…………」
もしもケイタがキリトに頼り切る危険性をもっとはっきりと言っていたら、もう少し慎重になれたかもしれない。テツオが防具に十分なコルをつぎ込んでいたら、アラームを破壊する時間が稼げたかもしれない。ダッカーやササマルが自分達のしていることの危険性をもっとはっきり認識していたら、そもそもアラームトラップに引っかかるようなことは無かったかもしれないし、サチが臆病なばかりでなく、しっかりと自分で主張し、キリトに賛同する意見を出せていたなら……その可能性はあるいは低いのかもしれない。けれど少なくとも、0ではない。

「こんな事言っても、キリトは納得できないかもしれないけど……でも、ね?私達は全員……皆で、月夜の黒猫団で、みんなでギルドとしてやっていかなきゃいけなかった……キリトだって仲間の一人で、キリトの問題にも、他のみんなの問題にも、みんなで向き合うべきだったんだと思う」
あの世界で、間違いなく、その瞬間を生きていたあのアインクラッドと言う世界の中で、ギルドと言う共同体を作り、集団としての力と安心を求めて集ったのが自分達なら、その集団における問題は、皆で分け合い、全員で考えて解決していくべきだったのだ。けれどそれを、誰一人として、ちゃんと分かってはいなかった。その点においてのみ言えば、あまりにも、黒猫団は子供にすぎた。

「だから……失敗も、それはキリトだけの所為とか、誰か一人じゃなくて……皆の責任。私達は、みんなであの世界で生きて、みんな、自分たちなりに戦って、でも、失敗しちゃったんだ、って」
「けど、其れは俺の失敗でもある……それに、みんなは……」
「うん、だから……一緒に、みんなのお墓の前で反省しよう?」
「それ、は……」
死者には、もう反省する機会すらもない。それをして、次に生かしていくことが出来るのは生者のみの特権だ。その特権を、あまりにも理不尽な、あまりにも卑怯な方法で自分は得てしまった。そう思っていた。だからどうしようもなく死んでいった彼らに後ろめたくて、申し訳なくて、この感情と、自分は生涯一人で向き合っていくのだろうと思っていた。しかし……

「一緒に反省して、一緒にみんなに謝って……悲しかったら、一緒に泣いて……私達は、生き残れたから……生き残れちゃったから……一緒に、ちゃんと元気に生きてるよって……皆の分も、頑張るねって……伝えたいの……伝えないといけないと……思う。それは、私達じゃないと出来ないから……」
「…………」
答えを、何か答えを返さなければならないと、思う。しかしどう伝えればいいのか、なんと答えるべきなのか、自分はどう答えたいのか……言葉が、咄嗟に出てこない。それを迷って、口を開けては閉めるを、キリトは何度も繰り返す。しかしそのうちに……

「ッ、キリト、前に!」
「!」
サチがキリトの背後、通路の奥を鋭く刺して言った。振り返ると、石室の奥からヒタヒタと不気味な足音を響かせて全身をボロボロの包帯に包んだマミー系のモンスターが数体、ゆっくりと接近してくるのが見えた。

「ごめん、私の声が大きかったから……」
「いや……この位なら問題ないよ。前衛は俺に任せて、サチは詠唱に集中してくれ」
「うん!」
「それと……」

「答えは、この戦闘が終わってからでも良いか?」
「う、うん!」
「よし、じゃあやるぞっ!」
「はいっ!」
二人が構えるのを待っていたかのように、甲高く反響する不気味な唸り声を上げながら、包帯男が突進を開始した。

────

少しは考える時間が出来ればいいと頭の端で考えてしまっていたキリトの思惑とは裏腹に、戦闘そのものは危なげなく終結した。まぁ、今回集まったパーティ全体の中でも最高クラスの魔法火力と、物理火力の持ち主である(こちらについては上がいるが)二人の組み合わせだ。いくら高難易度ダンジョンとはいえ、数体のMobを相手に苦戦しろと言うほうが難しい。

「せぃぁっ!!」
最後のマミーを切り倒し、その身体がポリゴン片となって四散する。と、キリトはまるで走馬燈を見るように、あの日から今日に至るまでの記憶の断片を舞い散るポリゴンの中に見ていた。
あの日から、人と出会い、歩み、話して、いろいろなものを受け取って、学び取ってここまで来た。今ならば、あの日の自分がどれだけ子供だったかも、自分のしたことがどれだけ不義理で、愚かな行為だったかも、あの時以上に理解できる。だから、不安になる。

「……なぁ、サチ」
「お疲れ様、え?うん、何?」
「俺はさ、今も自分が変われたのか、成長できたのかって悩むときがあるよ……あの時から、なんにも変われてないんじゃないか、前に進めてないんじゃないかって思う時もある……でも……」
でも、変われたと信じている。信じたい。そうで無ければ、アスナや、あの経験の後、サチやリョウによって生かされ、その後で出会った仲間達との出会いや経験が意味の無い者だったかのように思えて来てしまうから。其れは容認できない、だから、自分が変わったのだと信じたい。

「……変わったよ。キリトは、変わった」
「……サチ……」
その葛藤の全てを察したように、サチはもう一度微笑んで、キリトに語り掛ける。

「ずっと、キリトの背中は、私にとっては頼れる背中だったけど……今は、前に見てた背中よりもずっと大きくて、強くなったと思う……だって、今のキリトには、沢山、支えてくれる人がいるもんね?」
「……あぁ、そうだな……」
自分の背に、多くの人が支えとなっていてくれることを、今、再びサチを守る戦いをしてみて、強く手ごたえとしてキリトは感じていた。其れはきっと、多くの人が、自分と関わり、自分を気付かせ、変えてくれたおかげだと思う。

「キリトは……強くなったね」
「……サチこそ、強くなったと思うぜ」
「そ、そうかな……?」
どこか誇らしげに言うサチに、苦笑して彼は返した。そう、いつの間に、こんなにもこの女性は強くなったのか。SAOに居た頃は、その臆病さも相まって同じくらいの歳に感じていたのに、今はすっかり彼女が自分よりも数年離れた年上の女性である事をまざまざと思い知らされている。

「俺を、連れて行ってくれるかな、みんなの所に」
「うん、2人で行こう?私達、月夜の黒猫団の二人で」
「……あぁ!」
頷いて、2人は先ほどまでより少し近く、殆ど並ぶような近さで歩き出す。

本当の事を言うと、サチは、少しだけ嬉しかった。誰も知らないまま消えていくはずだった黒猫団の戦いと、彼らを失ってしまった悲しみを共有できる人間が居る事も、今も彼が強く、自分の友人達のことを覚えてくれていることも。あのギルドで残ったメンバーが、自分一人ではないことも。
或いはキリトを苦しめているかもしれない記憶だとしても、覚えていてくれることそのものが、嬉しかったのだ。
こうしてキリトと話すことができた自分の後ろにも、自分と出会った沢山の人がいる。そしてその人たちと出会うことが出来たのは、紛れもなく、イマココにはいない青年と、目の前の少年が、自分を生かそうとしてくれたからだ。だから……

「……キリト」
「ん?」
「……ありがとう」
「……あぁ、俺こそ……ありがとう、サチ」

「「…………」」

「……な、なんか」
「あ、改めて言うと、恥ずかしいな……」
至近距離で見つめ合う形で感謝を伝えあった二人は、赤面しながら、通路の奥へ奥へと進んでいくのだった。
 
 

 
後書き
はい!いかがでしたでしょうか!?

と言う訳で今回は成長をテーマに、
リョウ×シリカ
キリト×サチ
の組み合わせでお送りいたしました。前者はともかく、非常に気を使ったのが後者、しかしこのダンジョンの特性を聞いた時からぜひやりたいと思っていた組み合わせの一つだったので、出来てよかったです。
シリカのプレイヤーとしての成長もそうですが、何より、キリトとサチの成長に注目いただければと思います。強くなった事、大人になった事、時間を得て、納得できるようになった事、整理できた事。三年と言う月日が彼らにもたらした、一つの成長の実感。そして何より、原作のキリトには出来ない、黒猫団の喪失と言う悲しみを、共有できる存在としてのサチ等。書きたい要素を可能な限り詰め込みました。

さて、次回も少し奇妙な展開になる予定、お待ちいただければ幸いです。

ではっ! 
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