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悲劇で終わりの物語ではない - 凍結 -

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終極 ──明日へ──

 
前書き
改訂版Ⅱです
ではどうぞ 

 
 カルデアは人類を救う鍵、人類史の歪みである7つの特異点が存在することを突き止める。

 それら全てが人類が現代に至るまでに重大な転換期となった神代との決別や、発展、革命などの人類史のターニングポイント。

 カルデアは霊子転移(レイシフト)を行うことにより過去へと遡り、それらの時代の歪みの原因である聖杯を回収ないしは破壊することでその特異点を修復することを決意する。

 未来を懸けた過去への挑戦はたった1人のマスターの手に委ねられることになった。



 48人目の最後のマスターである藤丸立香とデミ・サーヴァントであるマシュの世界を救うべき旅が始まる。





──『聖杯探索(グランドオーダー)』開幕──





 彼らの旅路は過酷を極めた。

 彼らカルデアを待ち受けるは人類の転換期となった7つの特異点。
 それら全ては聖杯により狂わされた歴史を辿る世界。血と死が蔓延る残酷で無慈悲な世界だ。



──『第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン 「救国の聖処女」』──

──『第二特異点 永続狂気帝国 セプテム 「薔薇の皇帝」』──

──『第三特異点 封鎖終局四海 オケアノス 「嵐の航海者」』──

──『第四特異点 死界魔霧都市 ロンドン 「ロンディニウムの騎士」』──

──『第五特異点 北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 「鋼鉄の白衣」』──

──『第六特異点 神聖円卓領域 キャメロット 「輝けるアガートラム」』──

──『第七特異点 絶対魔獣戦線 バビロニア 「天の鎖」』──



 数多の英霊たちとの出会いと別れ。

 苦難と困難が止まることを知らず人類史の重さが彼らの肩に圧し掛かる。聖杯によって狂わされた特異点の攻略は困難を極め、数多の犠牲のもとカルデアは全ての特異点の修復に成功した。

 そして遂にカルデアは7つの全ての特異点を乗り越え、ソロモン王の元へと辿り着く。







───『終局特異点 冠位時間神殿 ソロモン 「極天の流星雨」』───







 眼前に佇むは魔術の祖にして、古代イスラエルの絶対的な王であるソロモン。

 その名は魔術世界最高の位階たる人理を守護する抑止力として地上にその姿を現す7つの冠位の1つであるグランドキャスター。

 始まりにして最強の魔術王であるソロモン。彼は自身の死後自らの力で蘇り、その身を英霊へと昇華させた文字通り別次元の存在。



 奴こそが我らカルデアが打倒すべき相手であり、人理焼却を行った黒幕。



 しかしその実体は魔術王ソロモンではなくソロモン王の死後肉体に残っていた魔術式により蘇った『人理焼却式・ゲーティア』であった。

 奴こそ七十二柱の魔人柱の集合体にして人類に大災害をもたらす7つの人類悪の1つである『憐憫』の理を持つビーストⅠ──





 その名を人理焼却式『魔人王・ゲーティア』





─奴は語る─


─この星は間違えた─

─悲劇ばかりの物語だった─

─もはや人類に価値などない─

─故にこの星を悲劇なき世界へと創生する─

 
 そして舞台は終に終極へと至る。

「終局だ。貴様達は勿論、最大の障害であるウィスも何もすることはできないことは分かっている。」

 カルデアのマスター達などもはや自分達の前ではもはや路上の石ころ。後は消し去るのみ。

 さすれば3000年に渡る自分達の大願が成就する。最大の懸念事項であるウィスも今や何もすることができないことは分かりきっているのだ。

「…あの光帯には、誰も太刀打ちできない。」

 マシュは冷静に現状を分析する。
 だがまだ気持ちは死んでおらず盾を正面に掲げ、防御の姿勢を崩さない。

 ゲーティアは詰まらないものを見るが如く冷めた目で眼下のマシュ達を見据えた。

 そして最後に奴は此方に意外とも取れる提案を告げる。

「我らと共に来い、ウィス。それにマシュ。貴様らは我らと共に来る権利がある。」

 奴は自分達の思いを、願いを、決心を、意志を確固たるものにすべく欲する理解者の存在を願う。

「……我らの大願の理解者が欲しい。さすれば我らの計画は揺らぎないものになる。」

 これは実質的な最後の勧告宣言。
 この提案を断ればマシュは勿論、立香の身も忽ち塵と化してしまうだろう。

 マシュはその言葉に己のマスターの手を握り、拒否の意思を示す。対するウィスの返答も最初から決まっていた。

「俺もマシュと同意見だ、ゲーティア。悪いな。」

 実質的な拒否宣言。

 交差するウィスとゲーティアとの視線。





『──そうか残念だ。ならばカルデアの連中が為す術無く消し飛ばされるのを見ているがいい!!』



 

「ゲーティアの第三宝具の展開を確認。あれは止められませんね、マスター。─そっか。わたしはこの時の為に生まれたのですね、マスター、ドクター。」



『ではお見せしよう。貴様等の旅の終わり。この星をやり直す、人類史の終焉。我が大業成就の瞬間を!!!』

『第三宝具、展開。 誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの。』

『──そう、芥のように燃え尽きよ!!!』

誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)!!!』

 今此処に対人理宝具が発動した。



 迎え撃つは人類最後のマスターであるサーヴァントのマシュ・キリエライト。彼女は決意を宿した目で盾を構える。

『真名、開帳──私は災厄の席に立つ──』

『其は全ての(きず)、全ての怨恨(えんこん)を癒す我らが故郷──顕現せよ──』

いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)!!!』

 眼前に顕現するは白亜の巨城。

 円卓の騎士達が座する円卓を盾として用いた何人にも破ることのできない究極にして絶対の守り。マシュ・キリエライトの精神力に比例し、彼女の心が折れない限り決してその城壁は崩れない絶対の守りだ。

 そして、人類史の重みを再現したゲーティアの光帯とマシュの白亜の巨城とが激突し─





──途端世界は爆ぜた。





「く…くぅっ!?あぁあああああ───!!!」

 辺りに響き渡るはマシュの絶叫。

 ゲーティアによる第三宝具の余波は周囲を破壊し、全てを焼却する。

 周囲に吹き荒れる爆風。
 莫大な魔力の本流は周囲の空間を破壊し、捻じ曲げ、燃やし尽くしていく。

 マシュの守りが破られることはない。今なお健在だ。

 だがこのままではマシュ本人はゲーティアの宝具の光帯の威力に耐えることができずにその肉体は跡形もなく消滅するのは間違いない。

 そんなマシュから決して目をそらさず、見つめ続けるは最後のマスターである藤丸立香。

 そこにあるのは絶対的な信頼。
 ここでマシュが死ぬことになっても彼女の想いと決心を無駄にしないという意志の表れだ。

「─。」

 この瞬間、ウィスは決意した。
 この場の全員がカルデアへと無事帰還する未来を実現するために、己を犠牲とする決心を。

 未来ある明日へと。
 誰もが笑顔を浮かべる未来へと繋げるために。







 今なおゲーティアの第三宝具の光帯による光線は続いている。

 マシュは押し負けそうになる体を、足を踏ん張ることで必死に耐える。だがゲーティアの光帯による攻撃は徐々に威力を増し、今にも押し切られてしまいそうだ。

 だが自分がマスターを守らなければ全てが終わってしまう。自分のためにこれまで尽くしてくれたマスターである立香に自分は何も返せていない。

 このまま宝具を発動し続ければ自身は消滅するだろう。当然だ。あの光帯から繰り出される光帯は人類史の重み。デミサーヴァントとはいえ一介の人間である自分が耐えきれる道理など存在しない。

 死ぬことが恐くないといえば嘘になる。だがそれ以上に大好きなマスターのために恩返しをしたいという想いが彼女を駆り立ていた。



─だがあと少しでもいい。短命の存在であったとしても、この人理修復の旅の後も大好きなマスターとカルデアの皆と何気ない日常を享受したかった─



 それはマシュという1人の少女の深層心理に宿る最も強い想い。

 一度は誰もが夢見る儚くも誠実で、未来ある願いだ。

 この人理修復の旅はマシュの人生を画期的に輝かしものへと変えた。

 多くの喜劇と悲劇を見た。
 人の醜さと残酷さを見た。
 だがそれ以上に世界の美しさと輝きを垣間見た。

 これまで積み重なってきた人類史の歴史と発展の歩み。
 救われない悲劇があったかもしれない。
 どうしようもない程愚かな歴史が存在したかもしれない。

 だがそれ以上にマシュはこのどうしようもない世界が大好きなのだ。
 何より大好きなマスターである立香と共に歩んだこの世界を無かったことになどしない。

「く…くぅぅ…!」

 ゲーティアの第三宝具などになど負けはしない。
 マシュは既に限界を越えた己の身体に鞭を打ち、己を奮い立たせる。




 そんな彼女の背中を支える手が─

 まさか自分のマスターが来てくれたのだろうか。

 マシュは一瞬浮上した考えを即座に放棄する。幾人もの英霊を使役しているとはマスターはただの人間だ。その可能性はありえない。


─ならば一体誰が?─







「安心しろ、マシュ。俺が傍にいる。マシュを決してここで死なせはしない。」
「ウィスさん…っ!…はい!!」

 ウィスはマシュの背中を左手で後ろから支え、自らの右手を彼女の右手へと優しく添えた。

 途端、ウィスから莫大なまでのエネルギーが迸り、あらゆる攻撃も破ることが不可能な結界が彼ら2人を包み込む。

 身体に力が漲り、膨大な量の魔力が身体を駆け巡る。
 感じる全能感と絶対感。

 先程までの瀕死の状態が噓のようだ。
 今ならば何でもできそうな気がする。

 マシュはウィスの言葉に活力を取り戻す。
 マシュは歯を食いしばり、体全体に活力を漲らせ盾を構えた。

 ここまでウィスが尽くしてくれたのだ。
 必ずやこの光帯を止め、この場を切り抜けてみせる。

「マシュ、これだけは言っておく。マシュは決してあのゲーティアの第三宝具を止めるために生まれたわけじゃない。未来へと生きるためだ(・・・・・・)。いいな!!!」

「はい!!!」

 今なおゲーティアの第三宝具による光帯からの圧倒的熱量の魔力砲弾が続いている。だが今のマシュに迷いなど存在しない。

「あぁぁあぁああ───!

 ウィスから譲渡されたエネルギーによりマシュの霊格は一時的に英霊の規格を越えたものなる。瞬く間にマシュの霊格は英霊達の全盛期へと近付き、幻想種を越え、神霊すらも越えた頂上の存在へと進化した。

 マシュは後退していた態勢を立て直し、光帯の光線を徐々に押し戻していく。


 また一歩。


 また一歩と。


 マシュとウィスは共に歩を進める。


 盾を前に、前にと押し進め、遂にマシュは─


あああああ───!!!」

 ゲーティアの光帯を防ぎ切るばかりか消失させることに成功した。

「何っ!!?」

 驚愕を禁じ得ない様子のゲーティア。
 自身の絶対の宝具を防がれるばかりかかき消された。

 だがそんなことよりもあのウィスが人類史に干渉(・・)した。
 何故、今頃。
 これまで一度たりとも介入することは愚か、干渉することもしなかったあのウィスが。



 見れば周囲は彼らの激突の余波を受け、状況を窺い知れない程の悲惨な状態と化している。

 巻き上がる爆炎、周囲の場を満たす膨大なまでの魔力の名残り。
 マシュとゲーティアの激突により周囲の空間は歪められ、崩壊している。

 マシュとウィスの2人はどうなったのか。
 生きているのか、それとも死んでしまったのか。

 後方でこの場の行く末を見ていた立香は必死で辺りを見回す。

 やがて、周囲を覆っていた煙が晴れ、マシュとウィスの姿が現れた。







─マシュとウィスの両者は共に健在であった。

「マシュ、無事ですか?」

「は…はい、私は無事です。ウィスさん、助けてくださりありがとうございます。…っ!ウィ…ウィスさん、体が…!?」

 マシュはゲーティアの宝具を防いだ喜びから一転して驚愕の声を上げる。

 ウィスの体には亀裂が走り、光の粒子が止まることなく溢れ出していた。今なおその亀裂は時間と共に徐々にウィスの体を侵食し続け、胸元を中心に体全体に広がっていく。

 理解できないとばかりにウィスを見つめることしかできないマシュ。

 そんなマシュに対してウィスはただ微笑を浮かべ彼女の心臓の位置である胸に優しく手を添えた。
 その様子に変わらず焦りは見られない。

 胸を触られているのにも関わらずマシュは混乱とした思考の中ただウィスを見つめることしかできなかった。

「マシュ、貴方は生きてください。これは私からのささやかな餞別です。」

 途端、マシュは自身の身体へと膨大なまでのエネルギーが流れて来るのを感じる。不思議にも彼女はそれを拒絶しようとはしなかった。


─ウィスが内包しているエネルギーを、もとい生命エネルギーをマシュへと譲渡─


─マシュがこの特異点を巡る旅にて損傷した霊器を、その身体を、魂を回復させ─


─短命という定められた運命を覆す─


「ゥ…ウィ…ウィスさん…?」

 ウィスは何も応えない。
 ただマシュを慈愛の満ちた眼で見据えるだけである。

 マシュは膨大なまでのエネルギーの本流に耐えることができずに意識を静かに落とす。ウィスはそんなマシュの体を優しく支え、マスターである立香へと手渡した。

「これでマシュは人並みの人生を送れるはずです。」
「本当ですか、ウィスさん!?」

 ウィスの言葉に立香は喜色の色を見せる。

「…立香、カルデアに帰還したらスカサハ達にすまないと伝えておいてください。」
「え?」

 ウィスは驚きの声を上げる立香に背を向け、キャスパリーグと向き合った。

「キャスパリーグ。最後に貴方に頼みがあります。勿論強制ではありません。最後はキャスパリーグの好きにしてくれて構いません。」
「…フォウ。(…なんだい、ウィス。)」

 キャスパリーグは自身の背に合わせる形で屈んだウィスの瞳を見つめ返す。
 その様子は静かであり、どこかこれからウィスが述べることを悟っているかのようだ。

『─。』

 静かに口を動かすウィス。

「……フォフォウ…フォウ。(…分かったよ、ウィス。ウィスは相変わらずだね。まさかここまでするとは僕も予想もつかなかったよ。)」

「それが私が生き続けている意味ですからね。その信念は今でも変わりません。」

「フォフォウ!(任せな、ウィス!)」

 返ってくるは力強い肯定の意。
 ウィスはキャスパリーグの応えに安心したように、優し気にキャスパリーグの頭を撫でる。

「ありがとうございます、キャスパリーグ。







──カルデアと立香達のことを頼みます。」




  


「ゲーティア、もう終わりにしましょう。この長きにも渡る戦いを、研鑚を、執念を、その全てを……。」

「…終わりにするだと!?笑わせる、……笑わせるなよ、ウィス!!それだけの力を持ちながら何もしなかったお前が、我々の大願を終わらせるだと!!?」

─ああ、そうだ。確かに自分はこれだけの力を持ちながら彼らのように何もしなかった─

 ソロモン亡き後に彼ら、魔術式が生きていることに自分は気付いていた。

 遥か未来にて彼らが引き起こすであろう災厄を予感しながらも自分は何もせず、ただ傍観していた。ならば此度の一連の騒動に終止符を打ち、全てを終わらせるのは自分が背負いし業だ。

 覚悟を決めなければならない。
 迷いを捨て、ここで全ての過去を清算する決意を。





「ゲーティア、貴方に最後の魔術を教えましょう。貴方が知り得なかったソロモン王の最後の宝具を、10番目の指輪を。」

 幸いにもその指輪は今自分の手にある。
 こうなることを想定してロマニからくすねておいたのだ。

 ロマニの驚愕を禁じ得ない声が背後から聞こえる。


─ロマニ、お前は生きろ─


 生前とは違い彼を縛るものはもう何もない。

 欲して止まなかった心も人となることで手に入れた。彼の王としての責務は既に終わり、ロマニは完全に自由の身だ。彼はもう自身の人生を謳歌する時なのだ。

 ウィスはこの人理修復の最後に立ちはだかる黒幕の打倒にはロマニが有している指輪が必要になってくると確信にも似た思いを抱いていた。

 ロマニの所持するソロモン王の最後の指輪。

 そして人理焼却の元凶であるソロモン王を名乗る何者かの存在。これは偶然でもなんでもなくロマニの持つ最後の指輪がこの事件の黒幕を打倒する鍵になるのだとウィスは推測していた。

 どうやらその推測は間違ってはいなかったらしい。



 本来ならばマシュとロマニの定められた死の運命を傍観者である自分では干渉することはできない。それがウィスがこの世界(・・)と交わした誓約の1つ。

 だがそれは自身が生きている(・・・・・)ことを前提とした場合の世界との誓約だ。

 マシュやロマニの定められた死の運命を覆すにはどうしても自身が介入する必要があった。

 今此処で世界との誓約を破棄し、定められたマシュとロマンの死の運命を変える。





 英霊達が所持する宝具が、彼らが生前に築き上げた伝説の象徴ないしは後世の人々の間の伝承を基盤に構成された奇跡ならばこのソロモン王の最後の指輪が有する宝具の能力は1つしかない。

 ゲーティアの有する9つの指輪とウィスが有する10番目の指輪。これはあの時の再現だ。自身が幾度となく繰り返した英霊たちとの決別の刻にソロモンが天へと万能の指輪を返還したあの時と─





 今此処にソロモン王が全能の指輪を己の死と共に天に返した「人間らしい英雄」の逸話を再現する宝具が発動する。

 その宝具は()の王がこれまで成し得た偉業、奇跡、魔術、その全てを手放すことによりゲーティアの不死性を失わせる自身の存在を代償とする自爆宝具。

 この宝具の発動に伴う代償を全て己に置換(・・)する。今此処に世界との誓約を破棄することでウィスの生き様を体現した宝具が発動される。

 ソロモンの10番目の指輪が浮遊し、空中でウィスのエネルギーに包まれ時計回りに回転する。ウィスの足元に青色のエネルギーが溢れ、循環し、周囲を幻想的に照らし出した。



─全ての出会いを此処に──。今こそ世界との誓約を破棄し、我が宝具を発動する─



「『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの。』──」

 本来ならば宝具の担い手であるロマニが負うべき代償と業を全て自分が引き受ける。

「──『戴冠の時きたれり、其は全てを始めるもの。』──」

 次第にウィスの体の亀裂が全体に広がり、生命という命の灯びが消えていく。ウィスという存在がこの世界から消えていくのを感じる。だが詠唱を止めることはしない。

「──『訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの』──」

─全てを終極へと導く言葉を紡ぐ。







「───『アルス・ノヴァ』───」

 途端ウィスを中心に膨大な魔力が吹き荒れた。







 七十二の魔神柱が自壊し、固有結界である「時間神殿ソロモン」が崩壊していく。全てが壊れ、終焉へと向かう。

「何故だ!?永遠の命を有しているお前が剰えそれを放棄する。何故よりにもよって我々の行いを否定するのだ!!?」

 叫ばずにはいられない。
 彼らはウィスの行動を理解できなかった。










 過去に自分たちの王と交わした言葉を思い出す。
 何故このタイミングで思い出したのかは定かではない。



─多くの悲劇を、悲しみを、死を見た─


─避けられない死─


─最後には恐怖しか残らない。なのに何故我らが王はそれを知ってなお容認するのだ!─





─"それを知ってなにも感じないのか!この悲劇を正そうとは思わないのか!" ─

 故に王へと諫言した。しかし─







"いやぁ、まあ。別に何も?"







─この男を許してはならない─


─我らが求める完全なる生命を有しながらも何もしないウィスも同罪だ─


─ならば我らが無能なる奴らの代わりに人類を救済しよう。終わりなき生命、悲劇なき世界、自身が中心となり新世界を創生する。どれだけの年月をかけても必ずっ!!─

 だが結果はウィス自身がその終わりなき生命を捨て、自分たちが無価値と決めた人類を救うべく投げ打っている。


理解できない。


理解を拒絶する。


一体何故


何故


なぜ


ナゼ










『何故だ』










 自分達は何を間違えたのだ。

 一体いつ、どこで、何を─

 分からない。

 何故我々はこうも葛藤しているのだ。一体我々はどうすれば良かったのだっ!!


 また1柱、1柱と機能を、存在を停止させていく。


─応えろ─

─ウィス!!─





「──確かに貴方の言う通り人間は愚かな生き物です。幾度となく争いと数多の死を繰り返し、今なお世界で悲劇は続いています。人間は私利私欲にこの星を破壊し、幾度となく地上を血に染め上げてきました。」



「……だがそれが生きるということです。悲劇があるからこそ喜劇は意味のあるものになります。人は決して常に正しく生きることができない生き物です。故に未来ある明日へと繋げるために人は正しき道を求め、時には道を間違えようと定命という限られた時間の中で己にとって大切な者を見つけ、愛を知り、自分の人生を輝かしいものへと変えていきます。」



「終わりなき生は謂わば一種の呪いです。死という逃れられない運命に抗いながらも命有る限り前へ歩み続けること……。私はそこに人の無限の進化の可能性と輝きを見いだしました。それが4000年を超える年月を生きてきた私が導き出した答えです。」

 ウィスの姿が次第に希薄なものになっていく。体の節々が粒子となり空気に溶け込み、ウィスと世界との誓約が解かれていく。

「私の役目はここまです。……これでゲーティアの不死性は失われました。立香、マシュ、……貴方達の旅路が最後には喜劇で終わることを心より祈っています。」

 立香とマシュを見据え、微笑を浮かべるウィス。そこには自分が守りたかったかけがえのない人の輝きがあった。

 マシュを支えた立香が現状を理解できず困惑した様子でこちらを見ている。ウィスはそんな2人から目を離し、崩壊に苦しんでいるゲーティアの方へと顔を向けた。

「……ゲーティア、貴方もいつか知るでしょう。この世界は悲劇ばかりではなく、それ以上に喜劇に溢れていることを。そして貴方が無価値だと見捨てたこの世界は美しく、人の無限の可能性の輝きは未来へと繋がっているのだと…。」

 その布石(・・)ならば既に打ってある。

 昏睡状態のマシュを支え、此方と呆然と見ている立香。彼らならば人理修復の旅を無事終えることができるだろう。ウィスはそう確信していた。

 後悔はないが心残りならばある。
 それは彼らの旅路を見届けることができないことだ。
 だが心配は無用だろう。

 彼らならばもう自分がいなくても大丈夫だ。
 きっと彼らならば未来ある明日へと辿り着けるはずだ。




 この世界に転生してから幾星霜。無限にも感じられる程の時間を生きてきた。

 そこから繰り返される多くの出会いと決別。

 最初は借り物の力とはいえこの力を用いれば英霊(彼ら)を救うことができると考えていた。
 だがそんな幻想はまやかしで、自分は人類史の中立者であるのと同時に傍観者であった。

 自身のこの力には数多の誓約と大幅な行動の制限が科されていたのだ。自分にできる唯一のことは彼らの運命への過程を変え、少しでも彼らの力になることだけ。



 多くの嘆きを、悲劇を見た。

 幾度も後悔し、自身の至らなさを嫌悪した。

 いつもこの胸に残るは彼らを失った虚無感のみ。

 自分だけは変わらず生き続け、この手に残るは彼らの冷たくなった体のみ。

 幾度も、此度も、今回も─


 結果は、運命は変えられないのだ。


 ああ─




"一体自分は何度彼らとの出会いと決別を繰り返さなければならないのだろう?"




 億劫になるほど幾度も彼らとの出会いと訣別を繰り返してきた。

 だがようやく彼らのために命を懸けて尽くすことができそうだ。自己犠牲という褒められた行為ではないとしてもマシュとロマン、そしてキャスパリーグを救うことができて本当に良かった。

 最後に彼らのために尽くすことができて本当に良かった。

 崩壊を始める時間神殿の姿が自身の眼に映る。

 これが自分の人生最後の光景。
 己の人生の終着点。
 人生の終幕を飾る光景だ。

 彼らを最後に一目見たかったのだがこの景色も存外に悪くない。
 スカサハには本当に申し訳ないことをした。

 彼女はこんな自分を許してくれるだろうか。
 何も言わず消えてしまうこんな自分勝手な自分を。

 もし再び再会することができるのならば誠心誠意謝ろう。
 二度と彼女の傍から離れないようにしよう。

 思えば自身の人生は長いようであっという間であった。彼らとの出会いなくして自分は今日のこの日まで生き続けようとは決して思わなかっただろう。

 自分は無限にも感じる悠久の時を彼らなくして生きる気力を、意義を見つけることなどできなかっただろう。

 彼らから感謝されたことは多々あるが、感謝を述べるのは此方の方だ。

 彼らからは多くのことを学び、教えられた。
 彼らとの出会いと共に過ごした記憶は自分にとってかけがえのない宝物だ。

 ならば最後に彼らに伝えるべき言葉はこれ以外にないだろう。


 







『ありがとう。』










 最後に彼らへのお礼を述べたウィスはこの世界から消滅した。

 ウィスの体から発せられていた生命の粒子は霧散し、その存在が完全に溶けてなくなる。
 その光景は実に儚く、輝かしい生命の消滅の瞬間であった。

 余りにもあっけなく、この世界から消失したウィスの最後。
 立香とカルデアの皆は決してこの光景を生涯忘れることはないだろう。

 ソロモンの最後の指輪と光りを失ったウィスの杖が地へと静かに落ちる。










 その後ゲーティアとカルデアの面々は正史通りの道筋を辿ることはなく、独自の変化を遂げることになる。


─残留思念と化したゲーティアとの邂逅─

─カルデア側の揺るがない勝利─


 だがそれでもこの世に初めて人としての生を受けた彼、ゲーティアは人類最後のマスターである藤丸立香へと闘いを挑む。


「立て、人類最後のマスターよ。いや…、藤丸立香よ。あのウィスが命を賭してまでお前たちに見出した価値に興味を持った。」

「ウイスは正に我々が求めていた永遠なる命を有していた。終わりなき生命。それを捨ててまでお前たちを救ったのは何故だ?」










「最後にお前に聞きたいことがある。我々の大願を阻止してまで我らを倒したのは何故だ?」

「そんなの決まっている。──生きるためだ。」

「……成程、生きるためか。本当に愚かで、理解に苦しむ答えだ。だが……それでいいのかもしれんな。」

 悲劇があるからこそ喜劇が意味のあるものになる、か─。

 成程、今ならウイスの言っていたことも理解できるような気がする。悲劇は喜劇を語るうえで切っても切れない関係にある。

 生前自分たちの主であるソロモン王が天に全能なる指輪を返還したのも人に全能は遠すぎることを理解したからなのか…。

「ふっ、今さら考えても詮無きことか。」

 自分たちは人類史の、人間の負の部分しか見ていなかった。人類の可能性を認めなかったのだ。



「──行け、お前たちの勝利だ。」










「貴様は…?」

(やあ、こうやって面と向かって話し合うのは初めてだね。同類(・・)。)

「……成程、貴様は霊長の殺伐者か。それで消え去る運命にある私に何のようだ?」

(ウィスから伝言を預かっている。『─。』だそうだ。)

「ウィスが……。」

(この手を取るか、取らないのかはお前の自由だ。ウィスはお前がこの手を取ることを望んでいたけどね。)

「…人類史を崩壊させた私にその手を取る資格などない。」

(分かってないな、お前は。お前だってウィスが何を望んでいるのか理解しているんだろ?)

「……。」

(『生きて世界の美しさを知れ。』だってさ。あと『カルデアのロマンを頼む。』とも言っていたね。)

「─。」

(ロマンはお前たちの王であるソロモンが聖杯によって人となった人物だよ。)

─っ!

(さあ、もう一度言うよ。この手を取るかい?)

「私は……」

 この日、一匹の『獣』は生まれて初めて人間らしい、利己的な選択をした。










 




──魔術王を名乗ったモノの計画、人理焼却式・ゲーティアによる逆光運河/創世光年の計画は失敗に終わった。人類の不完全性を克服するために人類史全ての膨大な熱量を魔力へと変換し、この惑星を死の概念が存在しない世界へと創造する大偉業。原初に至ることで死による消滅の悲劇を無くすことを求めた一匹の獣。誰よりも人類を愛していたがゆえに死という結果を許容できずに人類の可能性を認めなかったモノ──



──その企みは人類史を誰よりも傍で見続け、人の輝きと無限の可能性を信じたウィスの手により阻止された。人類最後のマスターである立香とマシュに全てを託しこの世界から悔いることなく消滅したのだ──










 多くの悲劇があった。嘆きがあった。悲嘆が、悲しみが、痛みが、救われない物語があった。

 絶望もしよう、失望も落胆も、そして『憐憫』もしよう。人類史が救いなき歴史を有していることも認めよう。

 何故ならウィスは実際に人類史の時の歩みと共にこの目で見てきたからだ。だがそれが人類史を築き上げる全てではない。

 悲劇は人類史を彩る一種の飾り、人類史を構成する骨組みにすぎない。光があるところに影があり、正義があるところに悪が存在するのと同じ理屈だ。

 『獣』は過去と未来、未来を見通す全能なる目を有していたのにも関わらず人類史の負の部分しか見ようとしなかった。彼らが想像する以上に人類は美しく、捨てがたい輝きを有しているのだ。

 人に全能は遠すぎる。

──初めから誰も天に立ってなどいない。人も、悠久の時を生きるウィスも、そして神すらも──

 全能とはそれ以上に進化の余地がなく、人の輝きを否定するものだ。人類はいつだって不完全性を克服することができずに人類史を築き上げてきた。人は届かないと知りながらも幾度も完全性を目指し、多くの災いと嘆きを生み出してきた。

 完全性の追求、死の克服、悲劇の存在しない世界。誰もが一度は夢見る理想の世界。一匹の『獣』が求めた大偉業、過去への───原初への到達。

 決してその想いは間違っていない。間違ってなどいないのだ。だがその行いはこれまでの人類の歩みと『獣』自身の生きた過去を否定する行為だ。

 悲劇とは生きる上で決して切り離すことができないもの。確かに見るに堪えない悲劇がこれまで幾度も起きただろう。だがそれが生きるということだ。

 何より彼ら(英霊たち)の軌跡を、頑張りを、絆を無かったことにはさせはしない。人類史とは謂わば喜劇と悲劇、善と悪の両方を内包した人類の足掻きと生きた歴史だ。

 形ある物はいずれ崩れさる運命にある。悠久なものなど存在せず、人も神もその定められた誓約から逃れる術など存在しない。だが限りある時間の中でこそ人の輝きは意味を持ち、後の世へと確かな軌跡を残すのだ。










 ウィスの姿はこの世界の何処にも存在しない。

 だが確かに彼の意志は然るべく者たちが受け継ぎ未来へと繋いでいく。



─ウィスの杖が光った気がした─
 
 

 
後書き
ゲーティアの3000年に渡る研鑚がたったの1ページで終わる現実(非情)
以上改訂版Ⅱでした。

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