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インフィニット・ゲスエロス

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閑話2 ある姉妹のいさかい(前編)

 
前書き
いつもご覧頂き、ありがとうございます。

仕事で更新が不定期ですが、合間で執筆し、投稿致しますのでご安心下さい。 

 
ことん、と音がする。

振り向くと、いつも手を貸してくれる、篝火さんがコーヒーを入れて机に置いてくれていた。

「すみません、ありがとうございます」

お礼を言うと、手を横にふって否定する篝火さん。

「良いって、良いって。私も産休明けで、時短勤務だから遊びにきているだけだしね」

そう言って気にしないように言うが、私としては気にしない訳無いでしょ!というのが本音だ。

IS兵器開発の第一人者、それが篝火さんだ。

学生時代、未完の兵器であったISを先取りして研究した成果なのか、二十台半ばにして大企業のプロジェクトリーダーを任される手腕は伊達ではなく、国産ISで彼女の手が入っていないものは無いくらいだ。

そんな相手に、『兄さんからの推薦』で優先的に開発をしてもらっているのだから、恐縮してもしょうがないだろう。

正直、私もこんな人の力を振り翳すようなことはしたくない。

でも、私はしなければならない。

姉さんの横暴を、止めるために。

無意識に首にかけた『銀のペンダント』を握りながら、彼女は呟く。

「力を貸して…………『打鋼(ウチハガネ)』」

そして想う。引っ込み思案の私が、積極的にISに関わるのを決めた日の事を。

️️️️️◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

私は国の名門、更識家の次女として生まれて、何不自由ない生活をしてきた。

その事については、両親に本当に感謝しているし、私は恵まれた立場だと想う。

だけど、それは決してツラいことがないのとはイコールではなかった。

更識刀奈。

私の姉で更識家長女。

私と違い、快活で、万能で、何でも出来る姉に、私は常に比べられた。

家族に、親類に、使用人にすら。

それは姉さんが若くして党首の証である『楯無』の名を継いでからはより顕著であった。

勿論、色眼鏡で見てくる人間が全てではなかったが、当時党首であった親が明確に姉と私とを分けていたのだ。

少なくとも表向きに、私の味方をしてくれる人はいなかった。

ただ、一人、『太郎にい』を除いて。

太郎にいは不思議な人であった。

別に『なんでもできます』なんて自分から言うことはなかったが、師事を乞うと大体できた。

勿論、出来ないこともあったが、それも頼まれるとわざわざ勉強や訓練してくれて、教えてくれた。

ただ、それを全く鼻に掛けず、飄々としていた。

私が姉と違い、何度も勉学や運動で間違いを犯しても、『教えがいがある!』と業務時間外でも教えてくれた。

私がこっそり好きな特撮を録画して観ていたら、『弟と見てるんだ』と言って一緒に観てくれた後、感想を聞いてくれた。

そして何より、私の心を『救って』くれた。

ある時、私の心は酷く荒れていた。

曲がり角でたまたま、使用人が私の事を『失敗作』と言っていたのを聞いたから。

だから幼い私は、その後顔を出した太郎にいに向けて、心の苦しさからつい当たってしまった。

兄さんも心の中では私の事を見下してるでしょ。

出来の良い姉さんと違い、どんくさい私を教えるのは面倒くさいと思ってるでしょとか。

今、思い返すと死にたくなる罵詈雑言を兄さんに放つ私。

兄さんは、それを黙って聞いていた。

そして、静かな声で言った。

「不器用な人間は苦労するけど、徹してやれば器用な人間より不器用な方が、最後は勝つ。」

「俺が辛い時、良く思い返す、ある野球監督の言葉さ」

太郎にいは続けた。

「俺は『何でも』は出来ないよ。勉強は束に勝てず、運動も全般になると、千冬に劣る。『何でも出来るように見せてる』のが俺の本質さ」

困ったように手を上にあげ、『お手上げ』のポーズをとりながら更に言葉を重ねる。

「二人が俺の事を尊敬してくれるのは嬉しいがね。口が悪い奴らは、『二人を利用して金儲けする屑』、『二人より劣ってるのを受け入れている敗者』とか、好き勝手言ってくれてるよ」

「そんな!そんなこと無い!」

彼女は知っていた。

家庭教師を終えた後、宛がわれた部屋で一人、勉強や筋トレに励む彼の後姿を。

私だって、姉だって、太郎にいを『そんなモノ』だなんて思った事はない。

そう、拙い言葉で彼の言葉を否定すると、彼は笑って私の頭に手を置きいった。

「だったら君も『失敗作』なんかじゃないさ」

「上には上がいる、どんなに努力しても結果が出ない。そんな時もある。実際、剣術や科学関連については、努力しても二人についてはいけない」

「でも、結果が思った通りじゃなくても、今まで自分がしてきた努力は、幻なんかじゃないよ」

「天才に敵わないから、そんな理由で、頑張る君を否定なんて、絶対にしない。させないよ」

ゆっくりと、噛み締めるように紡がれる言葉が私の頭に染み込んでいく。

染み込んだ言葉は、私の体を通り、涙として流れた。

そんな私の背を、太郎にいは優しく、ゆっくりと撫で続けた。

私は変わった。

そんな言い方をするのは少し恥ずかしいけど、少なくとも馬鹿にされて歩みを止めることは辞めた。

兄さんからの勧めで、学校の勉強以外にも色々学んだ。

誰かに言われたからではなく、自分に誇りを持つために。

いつか、ちゃんとお礼を言って、そして、太郎にいの隣に立つのに相応しい女性(ヒト)になるために。

私は胸を張って、生きていこうと心に決めた。

️️️️️◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

私には、プロムラミングの才能があったらしい。

そう気づいたのは、兄さんが当時作っていたISのマニュアルを手伝うついでに、兄さんが組んでいたプログラムに関わった時だったかな。

私の手を握って喜んでくれて。

数日後、私に銀のペンダントに入れたISをこっそり渡してくれた。

仕事外で渡してるから、親と姉には秘密にね。

何気ないその言葉に、優越感を感じたのは、秘密だ。

そして、記憶は、『あの日』を思い出す。

姉さんと私が、決定的に決別した、『あの日』に。

️️️️️◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

その日は、朝から慌ただしい日だった。

両親からは学校を休めと言われ、部屋に引きこもるよう言われた私。

何もわからない私は、少しでも情報を得ようと苦心するも、あらゆるネットワーク上の情報源は無しのつぶて。

兄さんに連絡しても、返事がこない。

そんな時間が暫く続いただろうか。

微かに、兄さんの声が聞こえた。

こう言うとアブナイ人みたいだが、生まれてから今まで変わらない愛する人だ。多分その時は乙女パワー的な何かがあったんだろう。

とにかく、太郎にいが来たことを感知した私は、急いでその声の方へ向かった。

私が、この世で一番安心出来る場所に。

その時、私は初めて知った。

太郎にいが以前言った、自分は強くはない、という意味を。

強くありたいと想う、覚悟を。

兄さんの状態は、一言で言うなら『死ぬ寸前』であった。

全身の包帯からは血が滲み、左手と右足は骨が折れたのか、ギブスで固めてあった。

普段整えてある髪は乱れ、額に怪我をした影響か、右目が血で赤く染まっていた。

それでも倒れず、電話口でつっかえながらも何かを伝える兄さんの姿に、私はただ、黙ることしかできなかった。

その後、私に気付いた彼が、話は休んだ後にな、と言って自室に入った事は気にならなかった。

ただ、何か怪我をした彼のためにできる事をしたかった。

ただ、それだけだった。

なのに、家族(更識家)は私の気持ちを裏切った。

私と同じく、太郎にいを慕う姉に相談するため、普段日中いる、当主用の部屋に向かった時だろうか。

『あの言葉』を聞いたのは。

「やはり、太郎君は優秀だ。不確定情報を含めてこちらに情報を投げてくれたおかげで、我が一族の株は大いに上がった」

まるで太郎にいを優秀な『駒』のように言う父の言い方にも勘がさわったが、問題は次であった。

「だけどお父様、まだ太郎兄様は我が一族に心を許していませんわ。だから『あの件』許して頂けません?」

『あの件』ってなんだろう?

当時の私は思った。

その答えは直ぐに分かった。

分かってしまった。

「ふむ…………まだ早いとは思ったが、今回の件で世界のミリタリーバランスは良くも悪くも変わる。太郎君の人となりは長い付き合いで分かっているし、ここで乗り遅れる事もないか。」

そして、その言葉が放たれる。

「楯無。妹と二人で、彼の寵愛を得て、更識家を更に発展させなさい。婚姻関係程度は、どうにでも出来る。『あの二人』から、太郎君の関心を此方に向けるために」

「ええ、ご期待には答えますわ。お父様」

私と同じく、兄を慕っていたはずの姉から放たれた、兄を政争の道具にする言葉が。
 
 

 
後書き
姉は一族と自身の願いを『両立』させるために偽りの仮面をかぶり、妹は一心に愛しい人を想う。

どちらも『本心』から出た行動故に、妥協が出来ず。 
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